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田舎暮らしの本 12月号

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田舎暮らしの本 12月号

11月1日(金)
890円(税込)

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「働くこと」の自由と不自由/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(59)【千葉県八街市】

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鶏しかり人間しかり、拘束されず自由に動けることは大切だ。食べるため、生きるためだけではなく、「面白いから」僕は百姓をやっている。

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僕は自由のない会社員生活に背を向けた

 10代の頃から映画が好き。畑仕事を終える。気分が向いた時、パソコンで映画音楽を聴く。『ひまわり』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』・・・10月も半ばとなった。秋風が身を包むようになったせいでもあるか、心は深く、切なく、チョッピリ美しく、沈み込む。遥か時を経た映画。自分の年齢。ふたつが重なり合って追憶と静謐の時となる。

 金曜の夕刊は映画に関する記事がいっぱい。ストレッチしながら胸はずませて読む。ギリシャ映画『憐みの3章』。主人公は豪華な住宅に暮らし、上司に恵まれる順風満帆な男。だが彼の生活には自由がない。何時に起床し、何を食べ、1日をどんなスケジュールで動くか、全て上司の指令に基づく。男はついに上司に従うことを拒絶する・・・。「拒絶」なんて立派な言葉はふさわしくないが、僕も自由のない会社員生活に背を向けた・・・畑で曲がった背中を伸ばしながら映画評をなお読み進む。北大路隆志氏はこう続ける。

上司に心ならず反旗を翻す部下は自由を満喫できるのか。人は自由を享受し、自らの意志で生きることを当然視する。しかし、何をしてもいい自由が、さらなる不自由へと僕らを導くこともある。たとえば、転職の美化が転職の強制や落ち着き先を常に探さなければならない不安定さに人を追い込むこともあるように。

 思いがけない視点である。何をしてもいい自由がさらなる不自由へ導くとは。我が日常に目をやる。何をしてもいい自由さで暮らしている。その自由さから生まれる不自由さとはなんだろう・・・しばし考え、これかなと思う。コンクリートのオフィスにいると、外が大雨だろうと35度の猛暑だろうと、震度6以上の地震でない限り関係ない。しかし百姓仕事はその影響をモロに受ける。いわば自然との関わりにおいては丸腰。会社員生活から田舎暮らしに移り、生じる不自由さがあるとすればそれかも知れない。アフリカの国だったか、厳しい気候の中で畑の収穫に励む労働者(主に女性)に日本円で1日200円ほどの手当を国が支給することになったという報道を目にした。僕はチョッピリ嬉しかった。

全国知事会議で人口減少問題の議論が白熱。知事会が人口や産業が特定の地域に集中している現状の是正を求めたのに対し、人口減少との因果関係は明確ではないとして小池都知事は反対意見を述べたというニュースが流れた。日本近代史が専門の平川新氏はこれを受けるかたちで江戸の天保改革「人返し令」について書いている。凶作や飢饉のため疲弊した地方から多くの人が江戸を目指した。なぜ江戸に人々は押し寄せて行くのか。平川氏は言う。「稼ぎの場も遊び場も多い。江戸にはさまざまな職業があり、その日稼ぎでも生きていくことができた。同じ貧しさなら地方農村で苦労するより華やかな江戸で暮らしたいと考える人たちがたくさんいたからだ・・・」と。わかる気がする。我が街に娯楽設備はゼロ。華やかさのカケラもない。身近にあるのは光と風と土と静けさだけ。ただ、同じ貧しさなら・・・オレは“江戸”よりも、光と風と土と静けさの田舎がいい、そう思ったのだ。

 

気力は眼に出る。生活は顔色に出る。教養は声に出る。「折々のことば」によるとこれは写真家・土門拳氏の言葉だという。僕自身の眼、そこに色濃く生活が反映されているだろうか。自分の眼以外、田舎暮らしにはさまざまな「め」がある。野菜の芽、目玉焼きの目、春に期待を寄せる果樹の新芽。さらには生後まもないヒヨコが活力を示す眼の輝き。

毎朝パソコンのある部屋の隅で鶏5羽が卵を産む。箱には1羽しか入れない。写真の2羽は番号札を持って順番待ちなのである。卵が高値だと伝えられている。原因は猛暑で産卵が減ったこと。その影響は消費者だけでなくオムライスを売りにするレストランをも困らせているらしい。さらに焼き肉店の倒産が急増というニュースもあった。こちらは円安による牛肉の高値とやはり猛暑による不作での野菜高値が原因であるらしい。我が家の鶏は夏バテとは無縁であった。拘束されず自由に動けることの大切さ。人間も鶏も同じであろうか。

「静かな退職」という言葉を最近知った。会社で報われない、やり甲斐がない。最低限の仕事だけして自分の時間を楽しむ、そういう意味らしい。元は“仕事はあなたの人生ではない”というメッセージとともに米国から来た「quiet quitting」だという。最低限の仕事しかしない。それはそれでけっこう勇気がいるのではないか。僕はダメだった。毎月25日発売という月刊雑誌を担当していた。ミスせず発売日を守る。パソコンはなく、糊とハサミで割付する時代。残念ながら常に仕事に追われていた。ひとつ意外だったのは、「静かな退職」をしている人の約半数が「仕事と私生活どちらも不満」という調査結果だ。今生きている満足度が低いゆえ仕事に対する熱も低くなる・・・そんな相関が背後にはあるらしい。

畑に入れる堆肥、おなかに入れる食物繊維。働くメカニズムは同じだと僕は思っている。我が畑には皆さんの想像を超える草が生える。抜いて枯らして米ぬかと鶏糞を加える。スコップを入れると大量のミミズやクワガタの幼虫が出て来る。堆肥を餌とし、かつ彼らの排泄物が土を肥やすのだ。京都府立医大の内藤裕二教授は食物繊維の大切さを述べる。腸内細菌の餌となる食物繊維の効果は便通や大腸癌予防にとどまらず、多くの病気や体の機能(脳も含まれる)とも関係する。日本人はこの大切な食物繊維が減っている。食生活の欧米化とも関係する。かつて重要なタンパク源だった大豆、野菜、果物を食べなくなったからだと内藤教授は言う。食物繊維には2種類ある。腸内細菌がよく利用できてエネルギーを出してくれるものを「高発酵性」、できないものを「低発酵性」。前者に当たる食品は豆、芋、キノコ、ゴボウ、キウイ、リンゴなど。今日仕事の合間、キウイのジャムを作った。夏の暑さのせいだろうか、今年はキウイの落果が多い。勿体ないのでジャムにしたのだ。それに栗を混ぜた。上の写真は茹でて包丁で半割にし、スプーンで中身を取り出したものだ。根気のいる作業だが蜂蜜と混ぜてパンにのせると美味。

朝日新聞編集委員“でありながら”百姓と猟師をしている近藤康太郎氏は、人はなぜ働くのかと自問する。灼熱地獄、日陰のない田んぼで大汗かく。そして言う。わたしにとって仕事とは、食うための苦役でも、利他行為でも、暇つぶしでもない。単におもしろいのだ・・・と。さらに言う。古来、人間にとって労働とは悦楽の源泉だったろう。手に豆を作り、その豆が破れると、理屈でなく体で分かる・・・。この写真は仕事を終えた風呂上がりの我が手。ひざ丈を超える草をひたすら引っ張り、抜く。最強の相手はカナムグラ。それを打ち倒した時の快感は・・・食うためでもあるが、やはり面白いから僕も百姓をやっている。

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  • 太陽の光を浴びてうれしそうな室内の鉢植えたち。大きな実を付け、太陽に向かって伸びていく姿がたくましい。
  • 卵を3つ使って目玉焼きをつくる。卵の高値が続いている。鶏たちが毎日卵を産んでくれるおかげで、うちでは今日も新鮮で栄養たっぷりな食事が楽しめる。
  • 卵を産む順番待ち中の2羽。自由に動き回る、夏バテ知らずの元気な鶏たちだ。
  • さあ生きるか死ぬか・・・実際、死んだ苗が多かったあの猛暑の8月、さらに9月。その苦境が今ようやく収まり、白菜、カリフラワー、キャベツが生き残れた喜びをかみしめている。僕も野菜たちとともに喜び、そして収穫への希望を抱く。
  • パン、栗を混ぜたキウイジャム、コーヒーを楽しむ。キウイをジャムにする、栗を茹でて1粒ずつ中身を取り出す。おいしく食べるために必要な根気のいる作業。「作って食べる」ことは生きることだ。
  • 茹でた栗を蜂蜜と混ぜ、キウイジャムに入れる。パンにたっぷりとのせると美味。自然の甘さが体と心を元気にしてくれる。
  • 百姓の僕の手。1日の仕事を終えた風呂上がりの手だ。土や泥にまみれ、豆ができて破れる。この手でひとつひとつ野菜を作り、畑を作っていく。百姓仕事の大変さも面白さも、日々この手から感じる。

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この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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