掲載:2022年2月号
2010年以降、ITベンチャー企業などが続々と進出している神山町。いまではここへの移住目的が、一般的な「田舎暮らし」ではない場合もあるらしい。ビジネスのためにこの山里で暮らす人物に話を聞いた。
木工の職人とかかわって価値観の違いに衝撃を受ける
渡邉朋美さんが勤める「キネトスコープ社」は、2012年より神山町にオフィスを構え、その4年後には本社を大阪市から神山へと移転した。企業向けトータルブランディングやWEBデザインでの事業展開を柱にしつつ、自社企画のプロダクトも手がけている。題して「神山しずくプロジェクト」。かつてのスギの需要を少しでも取り戻すために付加価値を創造し、神山の山林環境を改善するのが目的だ。
渡邉さんは大手証券会社に勤めたのち、半年ほどヨーロッパや中央アジアで旅の人となった。帰国後、偶然の縁で神山町に滞在することになり、この職場に出合った。渡邉さんが入社したのは、同社が苦労の末にスギ材のタンブラーなどの食器の製作に見通しがついたころだった。
大手企業から田舎の小さな会社へ。最初はちょっときつかったと渡邉さん。
「仕事で扱う金額のギャップに戸惑いました。こんなに熱量をかけたのに、会社としての成果はこれだけ?とか」
しかし木工に携わる人びととの出会いが、大企業勤めで染み付いたものを洗い落としていく。
「木工の職人とかかわって衝撃的だったのが、彼らの時間軸の長さ。神山しずくプロジェクトの目的は植林地をよりよく変えていくことですが、『俺たちは年だから森の行く末を見られないけど、渡邉さんは若いから見届けてよね』と言われて」
そのころ、自分には若さしかないと感じていた渡邉さんは、一層頑張らねばと思ったという。
「また、そんなに長い目でものを捉えることに驚きました。まったく違う世界に来たと、変化をポジティブに受け入れられた」
ところで、自然豊かな環境に来た渡邉さんだが、あまり田舎暮らし的じゃないと笑う。
「うちのスタッフはいま10名で、そのほとんどがこの会社ありきでの神山暮らしです。例えば、うちの工房の製作スタッフは、この会社で職人になりたいからと、大学の卒業を待たずに移住してきました」
あの会社に勤めたいから東京へ、と同じことが、この小さな集落で起きているとは驚きだ。
神山しずくプロジェクトの商品は、財布のひもが固いといわれる徳島県民にも人気が高い。2年前にはイタリアでの国際的デザインコンペティションで金賞を受賞した。また、2年連続で明治神宮鎮座百年大祭の奉献品になるなど知名度は高まっている。しかし、いわゆる営業や売り込みはしていないという。
「うちの商品の世界観をしっかりと伝えるコンテンツを時間もお金もかけてつくり、興味を持った人にはきちんと価値を説明することで、ここまでやってこられました」
どこでどう働くか。その選択肢の広がりは地方にこそあるのかもしれないと、渡邉さんの田舎移住は教えてくれる。
渡邉さんに聞く「移住して、ここが変わった!」
「健康になりました。以前は、定期的に扁桃炎など体調不良になり、すぐに病院や市販薬に頼っていましたが、山々に囲まれた暮らしも7年目にもなると薬を一切飲まないように。30年来の慢性鼻炎も最近、治癒方向にあります。夫のクリエーティブ系の友人に誘われて陶芸や洋裁なども始めていて、休日も充実しています」
神山町移住支援情報
住宅取得・改修や子育てにさまざまな支援あり
移住支援空き家改修事業補助金(上限100万円)、若者定住支援住宅新築等補助金(上限150万円)、空き家利活用改修事業補助金(上限100万円)など移住・定住への補助・助成金あり。子育てでは出産祝い金(5万円、第3子から10万円)、子どもはぐくみ医療費助成(0歳~18歳までの医療費を助成)なども魅力だ。
産業観光課 ☎088-676-1111
https://www.town.kamiyama.lg.jp/immigration/
文・写真/大村嘉正
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