明るくはつらつとしたキャラクターで、俳優だけでなく、情報番組のMCもこなす北乃きいさん。最新主演映画『おしょりん』が公開中です。明治時代、メガネづくりの夢を追った人びとの姿と家族の絆を描く人間ドラマです。ロケ地となった福井の思い出、俳優としての今について聞きました。
きたの・きい●1991年3月15日生まれ、神奈川県出身。ミスマガジン・グランプリを受賞し、2007年に主演作『幸福な食卓』で日本アカデミー賞新人俳優賞ほかを受賞。主な出演映画は『ラブファイト』『ハルフウェイ』『武士道シックスティーン』『上京ものがたり』『僕は友達が少ない』『TAP THE LAST SHOW』。
メガネづくりに挑む夫を支える妻に
「この映画の台本を頂いたとき、事務所の人に〝集大成を見せなきゃね〞と言われたんです。新しい作品に入るときはいつでもそうした気持ちで挑みますが、人から言われたことで改めてそう感じて。俳優を始めた13歳から学んできたことをすべて注ごう! そう思いました」
『おしょりん』でヒロインの増永むめを演じた北乃きいさんは振り返る。明治時代、メガネづくりに情熱を注いだ人びとの物語を描く。
「私自身が乱視で。小学生のころは矯正メガネをかける必要がありました。でも視界がぼやけるのが嫌で、目が悪いまま大人に。そのままお芝居をしていて、『トイレの神様』というドラマで岩下志麻さんとご一緒したんです。岩下さんも普段はメガネで、撮影では裸眼のまま演じられるそう。すると目の前にカメラがあっても目の焦点が遠くなり、瞳がキレイに映るそうで。ラブシーンでは相手の顔がよく見えなくて緊張しないというメリットもあるとお聞きして(笑)、岩下さんがそうなら私も!と。コンタクトもせず、今もメガネ一筋です」
映画の舞台は、日本製メガネフレームの約95p%(!)を生産する福井県。豪雪地帯で冬の農閑期に収入がなくなる村人を助けようとメガネ工場を立ち上げた増永五左衛門・幸八兄弟と、五左衛門の妻で2人を信じて支え続けたむめ。家族の絆も描く。
クランクインは、森崎ウィン演じる幸八とむめが川で水を掛け合ってはしゃぐシーンだった。むめは幸八への淡い想いに心を揺らすも、親の決めた結婚相手は、小泉孝太郎演じる兄の五左衛門。結納で初めて夫と対面したむめは、思わず「違う」と言ってしまう。「違う」って!
「振袖姿で彼の向かいに座り、三つ指をついた状態から顔を上げて〝違う!〞と言うってどんな心境だろうと。相手に伝えようとしたらとても言えませんから、まるで独り言のように。あまり顔を上げないようにしながら言葉が口をついて出ていた、ということで自分の中で丸く収めました(笑)」
五左衛門は庄屋の跡継ぎとして厳しく育てられた長男らしく、不愛想で古風な男。それに対して幸八は自由な心を持ち、心の赴くままに生きている。そんな幸八への想いをほんの少し抱えたままだったむめ。けれど村人のためにメガネ工場設立に奔走する五左衛門の姿、責任を負うことから決して逃げない夫に敬愛の念を抱くように。北乃さんはそんなむめの19〜35歳までを演じた。イキイキとした娘時代、夫を陰で支える明るい妻、おおらかに子どもを愛する母の顔と、鮮やかなグラデーションで。
「19歳のときは歩くスピードを速くして、所作もテキパキと。着物の丈も短めになっていて、機敏に動けました。それで声のトーンを上げたり、目をキラキラさせたり。そこから年齢を重ねるにつれ、所作やしゃべるスピードを遅くするよう意識して。旦那さんをうちわであおぐシーンでパタパタと動かしたら、所作の先生に〝速すぎる。風が届くかどうかわからないくらいで〞と言われて。ああそれが30代かと」
大阪から帰郷した幸八の提案で村を挙げてメガネづくりに取り組むが、道のりは平坦ではない。農業しか経験のない者や元宮大工が必死に技術を身につけるも、真鍮、赤銅と技術の進歩で扱う素材が変化。そのたびに素人集団がバタバタ対応するハメに。どんな分野も黎明期というのは先が見えないという意味で〝お先真っ暗〞。そのなかでもがき続け、振り返ると夢中だったときの楽しさばかりが思い出されるような。明るい希望に満ちたワクワク感が全体を覆うような。この映画もまた、そんな青春ものに似た味わいがある。
「老若男女が楽しめる作品で、本当に感動しました。自分が出演した作品の試写を観て、泣いてしまったのは初めてかも。号泣でした。強い思い入れもあったのだと思います。10代で映画の主演をやらせていただいたときとは全然違いました。それは、そこに込められた年数が違うということかもしれません。すべてを出し切ったということなのか、見終えたあとは自分が空っぽになったよう。それをクランクアップではなく、完成した映画を観たときに感じて。プレッシャーもあったのかもしれません」
ロケ地の福井については語ることが多すぎる!
撮影はオール福井ロケを敢行。そこでしか撮れない映像が、映画の確かな力となっている。
「増永家として使わせていただいた家は国指定重要文化財で。ドキドキしながら撮影しました。でも本物だけに、家の中の香りからセットとは違います。温度もそう。いつでも暖かいスタジオと、底冷えする板張りの部屋の中で撮影するのとでは何かが変わる。気持ちをつくらずとも、自然とその状況に心が染まるのはぜいたくなことです。部屋数があまりに多くて迷子になりました(笑)」
むめが実家から増永家に帰るときに通る切通しは、吉崎古道で撮影した。
「あまりに美しくてアニメーションに出てきそうな風景で、私は〝ジブリ〞と呼んでいました(笑)。『都会に住んでいると、こういうところが新鮮でしょう?』と言われましたが、私自身は横須賀出身でも、海ではなく山のほうで。井戸水を使っていたし、野菜の無人販売所があるような田舎育ちなんです。だから、なんだか落ち着くな……という感じでした」
高橋愛さん、津田寛治さんら福井出身の俳優のほか、現地のたくさんの人が出演者として撮影に参加した。
「そのなかに社会とちょっと距離を置いていた20代前半の男の子がいました。彼のお母さまが、何かのきっかけにならないかと、オーディションに応募されたらしくて。それで監督が『あなたを外に出します』と、出演することになったんです。でも最初は誰とも目を合わせず、ずっと下を向いたまま。ただ撮影ではセリフをちゃんと言って芝居をしていたので、私もめげずに話しかけて。するとだんだん話してくれるようになりました。そうしてクランクアップではマイクを持ち、みんなの前で『映画づくりってこんなに素晴らしいんだ!と知りました』と笑顔で挨拶するまでに。しかも後日、撮影現場でみんなで撮った写真を絵に描いて送ってくれたんです」
そのまま映画になりそうなエピソード! 北乃さんも「スゴイですよね」と目を丸くして驚いている。撮影現場のよき雰囲気が伝わるよう。
「ケータリングも毎回、地元の方が名物を用意してくださって。あれはなんという名前だったか、ソースかつ丼もそうなんですけど、え〜っと……ボルガライス! 温かいものを食べさせていただいたのですが、オムライスにカツがのっていて本当においしいんです。はやらせたいな〜と思ってます(笑)」
福井でのロケを終えて東京に戻る際、頂き物が多すぎて宅配便で送ったのだとか。
「越前焼、お酒、お箸、刃物、お米なんて何キロも! 福井を訪れたのは初めてでしたが、メガネだけではなく、良質なものがたくさんあるのを知りました」
ワンピース/5万9400円
問い合わせ先/ハンドレッドカラー ☎03-6821-1727
横須賀の田舎育ち! 趣味はドライブ
そんな北乃さんの故郷は「横須賀の山のほう」。幼いころは、祖父母と一緒に暮らした。
「祖父母は第二次世界大戦を経験した人たちで、家には洗濯機もなく、洗濯は洗濯板。おめでたいときに食べるのはお赤飯で。誕生日にケーキを食べることを、お友達の家で初めて知りました。お菓子なんて家にはなくて。お砂糖がまぶしてあるかたいゼリーみたいなお菓子が、たまにあるくらい(笑)。かまどを使って、夕飯のご飯が炊けるのが午後3時ごろ。だからおやつはいつも、炊きたてご飯を握った塩おにぎりでした」
なんておいしそうなおやつ!
北乃さん自身、大人になるまでにおばあちゃんからご飯の炊き方を教えてもらうつもりが、13歳でモデルデビュー。同年、女優としてのスタートも切ることに。
「自炊しなきゃいけない生活になったけれど、料理がまったくできなくて。キュウリにマヨネーズを塗るところから始めました(笑)。電車にもほとんど乗ったことがなく、近くに駄菓子を売るような店もなかったので、お年玉を使ったことが一度もありません。だから本当に、洗濯板だけを持って出てきた感じでした」
そうして都会に出て、「便利さを知りました」と言う北乃さん。
「コインランドリーに靴を洗える洗濯機があるのを知って。今はそうしたものに頼りながら生活するほうがいいかも」と笑う。
「最近は二拠点居住をする俳優さんも多いですよね。私の場合は地元に帰ればいいので、すでに拠点が2カ所あるようなもの。山で暮らしていたこともあって、田舎暮らしへの〝憧れ〞というのは正直ないかもしれません」
田舎で一軒家に暮らすと草むしりが大変なことも、体験として知っている。
「とても手で抜いていられないので先日、実家で初めて除草剤を撒いたんです。日焼け対策をばっちりして、ゴーグルとマスクと手袋をして。ホームセンターが大好きで、噴射器を買ってみたんですけど、全然うまくいかなくて! 結局、庭師の方にお願いしました……」
幼少期からごく自然にDIYもやっていたそう。家にたくさんあったおじいちゃんの工具をこっそり借りて、山奥で秘密基地をつくったこともあった。
「別に得意じゃないんです。しかもちゃんと勉強して始めたのではなく、とりあえずホームセンターで材料を買ってきて椅子をつくったりしました。実家で飼っていたゴールデンレトリバー2匹のための犬小屋は今でもまだあります。犬はもう、いなくなってしまったんですけど」
そんな彼女の現在の趣味はドライブ。田舎を走るのが好きだという。
「18歳で免許を取り、地元に帰ったり葉山へ行ったり。道を走っていると風景が変わっていく、それがいいんです。マラソンでいうと、ランニングマシンじゃダメで。だからいつも好きなだけ真っすぐ走り、こんなところまで来ちゃったな……と帰るのが面倒くさくて。同じ道を通りたくなくて苦労して帰る。そんなことを1人でやってます(笑)」
緊張が続くお仕事の合間、ドライブで1人の時間をゆっくり味わう。なんだか楽しそうだ。
「結婚もいいなあと思うし、〝結婚しないの?〞とよく聞かれます。でも結婚したら夜中の3時にドライブするなんてことが、今のようにはできないかもしれないですよね。自由にしている今がとっても楽しいです!」
そうしてまた1つ、自分で「これが集大成」と胸を張れる作品が完成した。その先の今、演じることにどんな思いを抱くのか。
「数年前、〝お芝居が楽しいとは言えない〞という時期もありました。つらいことのほうが多いし、セリフを覚えなくちゃいけないし(笑)。でも今回、『おしょりん』を観た周りのスタッフが〝ここまでよく頑張ったね〞と言ってくれて。やっぱりそれは自信になりました。〝北乃きい〞という人物をつくってくれた人たちに、まだお恩返しができていないという気がしていたからうれしくて。そうして映画が公開され、皆さんに観ていただけたら。そのときが本当の恩返しになるのかもしれません」
『おしょりん』(配給:KADOKAWA)
●監督:児玉宜久 ●原作:藤岡陽子『おしょりん』(ポプラ社) ●脚本:関えり香、児玉宜久 ●出演:北乃きい、森崎ウィン、駿河太郎、高橋愛、秋田汐梨、磯野貴理子、津田寛治、榎木孝明、東てる美、佐野史郎、かたせ梨乃、小泉孝太郎ほか ●角川シネマ有楽町ほか全国公開中
明治28年、福井県足羽郡麻生津村生野(あすわぐんあそうづむらしょうの)。久々津むめ(北乃きい)は、庄屋の長男である増永五左衛門(小泉孝太郎)に嫁入り。3人の娘に恵まれる。ある日、大阪で働いていた義弟・幸八(森崎ウィン)が帰郷。兄に、村を挙げてメガネづくりに取り組もうと提案するが……。
©「おしょりん」制作委員会 https://movies.kadokawa.co.jp/oshorin/
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
ヘアメイク/Yuko Fujiwara(Y's C) スタイリスト/米原佳奈
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