田舎への移住にあたり、子育て世代の女性の戸惑いは男性よりも大きいかもしれない。「子どもの医療は?学校は?生活コストは……?」など、母親として心が乱れるのは当然だ。そのような不安を払拭する施策で、日本トップクラスの合計特殊出生率を達成した岡山県奈義町を訪ねた。
掲載:2023年11月号
岡山県奈義町 なぎちょう
国定公園の那岐山(なぎさん)の麓に広がる高原状の山里で、人口約5700人。「黒ぼこ」という滋味豊かな土壌に覆われ、サトイモなどの農産物が高く評価されている。町内に工業団地や、近隣に人口約10万人の津山市があり、仕事の求人も多い。大阪方面から中国自動車道で約2時間。写真は「山の駅」の吊り橋からの眺め。奈義町では高原の山里に集落が点在する。
充実の子育て支援により、安心してお母さんに
奈義町の子育てファミリー/岸本淳さん・真奈さん夫妻
淳さんが中学校教師のため岡山県北地域で転勤続きだったが、2017年に奈義町へUターン。お子さんは左下から佑(たすく)くん(4歳)、旺介(おうすけ)くん (9歳)、姫奈(ひな)さん(14歳)、柚香(ゆずか)さん(11歳)。
令和元年に合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子どもの数)が2.95になった奈義町。全国平均の2倍以上を記録したこの町に居を構えて6年目になるのが、岸本淳さん・真奈さん夫妻だ。高校までこの地にいた淳さんにとってはUターン移住。両親宅の隣に新居を建て、中2から4歳までの4人の子どもと暮らしている。
「親の世話が一番の移住理由ですが、子育て支援も魅力でした」
真奈さんはといえば、次男の出産で町からの祝い金30万円に驚いたという(本年度10万円)。
「毎月の在宅育児支援金も頂きました。高校卒業まで医療費無料や、ワクチン接種に助成があるのも、うちみたいに子どもの多い家庭は助かります。町の経済的な支援は大きいよねと、ママ友の間でも話題になっています」
経済的な支援以外で好評なことは?と聞くと、少し違いますがと、ピアノ教師でもある真奈さんはこんな話をした。
「赤ちゃんのリトミック(音楽での情操教育)講師として『なぎチャイルドホーム』に月1回行っているのですが、びっくりしたことが!」。そこは子育て世代に開放されている施設で、親同士の交流や育児相談、一時保育などの場になっている。
「そこでは、まだ2歳ぐらいの子たちが、親がいない状況なのに、楽しく遊んでいるんです」
それは「自主保育たけの子」のことですねと、奈義町情報企画課の松下貴政さんが続ける。
「10人ぐらいの子どもを、その親のうち2〜3人が当番で面倒を見る自主保育の活動なんです」
また、「なぎチャイルドホーム」内には、子どもを一時的に預けられる「すまいる」もあると松下さん。そこでは地域のおばあさんも子どもの面倒を見るという。
「なぎチャイルドホームは地域住民のレクリエーションにも使われる施設です。なので、施設の人や子育て世代と知り合いになったおばあちゃんなどが、半分ボランティアで子どもの相手をしてくれるんですよ」
町の人びとにも見守られながら育つ環境が奈義町にはある。それは同時に、安心して子どもを預け、一時でも母親業ではない自分になれる環境でもある。
岸本家はご両親宅と同じ敷地内に新築。子育てを手伝ってもらうなど、とても助かっている。
家の前は淳さんの父・正三さんの畑。この地域一帯では「黒ぼこ」と呼ばれる黒ぼく土で育つ野菜は絶品!
岸本さんの家のリビングにて。広々としてうらやましい住環境だ。
庭は、走り回っても余裕の広さ。ここでテントサウナを満喫することも。
教育学部出身の真奈さん、移住後自宅で念願のピアノ教室を始めた。
合計特殊出生率よりも重視していること
「奈義町の子育て支援は、経済的な支援と、精神面のサポートやライフスタイルの提供などが軸になっています」
と松下さん。精神面では産前産後のケアや育児・子育て相談、親同士の交流など。ライフスタイルの提供は、例えば子育て中のママがリフレッシュできる仕組みづくり。子育てしながらでも就労できて、社会とのつながりを持てる「しごとコンビニ」という事業も立ち上げている。
つまり、子どもを増やすだけでなく、子を育てる社会も魅力的にしていこうという施策。
「日本トップクラスの合計特殊出生率が注目されていますが、じつは、子どもの増加だけでは奈義町の人口減は止まりません」
と松下さん。
「肝心なのはこの町に居続けてもらえるよう、住みよい地域にすること。そのための少子化対策、子育て支援なんです」
そんな施策の起点は平成15年。合併せず単独行政を選んだ奈義町は、再出発計画を発端に子育て支援を拡充していく。そして平成24
年に「奈義町子育て応援宣言」を発表。「町は子育て支援を中長期的にしっかりやるので、安心して子育てを」という町の方針が広がっていった。
奈義町の観光拠点「多世代交流広場ナギテラス」。移住の下見でもぜひ利用をと松下さん。
那岐山の麓の標高400mにある「山の駅」。遊具のある公園や宿泊コテージ、特産品の物産コーナーやレストランがあり子育て世代にも大人気だ。
各種スポーツ施設が揃う「総合運動公園B&G海洋センター」。町外からの利用者も多い。
田舎だからこそ、地域は大きな家族になれ
宣言から11年。確かに子どもは多いと淳さん。
「少子化なんてどこの話?みたいな感じです。この町だと子どもが3人の家庭は普通ですから」
町内の小・中学校は各1校。小学校は1学年3クラスだけだが、中学の数学教師でもある淳さんは教育的に問題ないという。
「生徒が少ないからこそできることもあります。田舎だからといって教育を諦める必要は、奈義町ではないです」
また、移住者の子も学校になじみやすいのではと真奈さん。
「町には自衛隊の駐屯地があり、隊員は転勤がつきもの。だから学校では転校生が珍しくないんです」
それに、小学校では兄弟姉妹の同時在学も普通らしい。
「なので、お姉ちゃんの友達と遊ぶなんてことも。年が離れた人とのコミュニケーション力も上がるみたいです」
淳さんは、ここでは人びとの結び付きが強いという。
「祭りや、子ども主体の昔ながらの行事が残っているし、歌舞伎も江戸時代から受け継がれている。ボーイスカウトみたいなことをするFOS少年団などの活動もある。子どもの成長にいろんな世代が交わるんです」
淳さんの話を聞きながら、奈義町自体が大きな家族のようだと思った。子育て支援のもとでにぎやかな家庭を手にした人は、もれなく豊かな地域社会への参加も可能になるのだ。
町のランドマーク、「奈義町現代美術館」。建築界の巨匠・磯崎新氏の設計。町立図書館も入り、子どもたちに優れた芸術や文化を届けている。
子どもも含めた地域の人が演じる奈義町の歌舞伎。役場では歌舞伎の後継者育成と振興のため「歌舞伎専門職員」を2名採用。
奈義町の合計特殊出生率の推移
奈義町の子育て支援策は平成16年から始まり、段階的に支援を増やしてきた。それを反映してか、合計特殊出生率は段階的に上昇。平成17年は、前年に比べて出生数が大きく下がり、合計特殊出生率も1.41と日本全体の1.26に近づく値になったが、これは全国的な結婚・出産世代の減少のためだろう。平成24年の「奈義町子育て応援宣言」の2年後からは平均すると合計特殊出生率が2を超えるように。
全国から注目される合計特殊出生率だが、奈義町はそもそも子育て世代が多くないため、母親の数が1人増減するだけでデータは大きく変化する。人口減が続くなか、それでも出生率を維持できていることは、明るい兆しといえよう。
奈義町の子育て支援
【妊娠以前~出産】
□不妊治療助成事業 □不育治療助成事業
□妊婦・乳幼児健診事業
【出産~就園前~保育園・幼稚園】
□出産祝金交付事業
□在宅育児支援金交付事業
□保育料多子軽減等事業
□なぎチャイルドホーム(乳幼児~高齢者)
□つどいの広場「ちゅくしんぼ」
□自主保育「たけの子」
□子育てサポート「スマイル」(生後6カ月~小学校1年)
□ひとり親福祉年金交付事業 (出産~義務教育終了)
【出産~高校卒業】
□乳幼児及び児童生徒医療費給付事業
□高等学校等就学支援金交付事業
□おたふくかぜ予防接種
□インフルエンザワクチン接種
□病児・ 病後児保育事業
(生後6カ月~小学校3年)
□子育て家庭食育支援事業(小~中学校)
□子育て家庭学校教育等支援事業(小~中学校)
□なぎ放課後児童クラブ(小学校)
【その他】
□軽度発達障害児相談支援事業
なぎチャイルドホーム。役場や文化施設も含め、子育て関係の施設の多くは町の中心地に集まる。
ちょっと子どもを預けられる一時保育「すまいる」の様子。
週4で通え、親同士で協力して保育する「自主保育たけの子」。
奈義町の移住支援情報
充実の子育て支援が、移住者支援でもある
移住者支援策としては、実質的には「新築住宅・住宅リフォーム補助金」ぐらい。世帯人数などの条件を満たすことにより、個人が新築・購入する建売住宅や100万円以上のリフォームに対して、それぞれ20万~100万円の補助がある。田舎に移住して大家族をつくりたい人には、町の子育て支援策がそのまま移住支援になるだろう。
問い合わせ/情報企画課 ☎0868-36-4126
https://www.town.nagi.okayama.jp/gyousei/index.html
子育てで空いた時間にちょっとだけ働きたい、という人の受け皿になっている「しごとえん」。母親が社会やいろんな世代とつながれる場にもなっている。
「子育てするなら奈義町で!」
奈義町情報企画課 松下貴政さん
文・写真/大村嘉正 写真提供/奈義町
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