オーダーメード型のプランが好評な美瑛町の「移住体験プライベートツアー」。子育てのステージごとに用意された支援の充実ぶりも移住希望者の心に響く。先輩移住者が多い環境から、温かなコミュニティが形成されており、積極的に暮らしの相談に乗ってもらえるのも大きな魅力となっている。
掲載:2023年12月号
北海道美瑛町 びえいちょう
北海道のほぼ中心に位置し、旭川空港から車で約15分とアクセス良好。写真家・前田真三氏の作品によって丘陵につくられた畑の風景が話題となり、「丘のまち」の異名を持つ。JR美瑛駅周辺の市街地には飲食店やスーパー、公共施設などがコンパクトにまとまっている。町内にはヒマワリ越しの夕日が楽しめるスポットも。ヒマワリは景観づくりのためではなく、畑にすき込むための緑肥として植えられている。
移住者目線を活かし本当に役立つ情報を
北海道の中でも一大観光地として全国に名をはせる美瑛町。起伏に富んだ美しい丘の風景、豊かでおいしい農産物、アウトドアレジャーを満喫できる自然環境といった特色がこれまで多くの人を魅了してきた。それだけに、町内の飲食店、ペンションの経営者や、美瑛を制作拠点とする芸術家のなかには移住してきた人も少なくない。
そんな美瑛町が「移住定住推進室」を開設したのはごく最近の2020年。
「もちろん、それ以前から町では移住促進の取り組みを進めてきました」
と美瑛町住民生活課移住定住推進室の土井俊介さん。ただ、住まい、仕事、子育てなど相談業務の窓口がバラバラでわかりにくかったという。
「現町長ももともと移住してきた人なんです。そういう経歴もあり、町長が19年に現職に就任したのを機に、これまでの問題点を洗い出し、移住定住相談にワンストップで対応できるようにしよう、そこでイニシアチブも取れるようにしようと、移住定住推進室を立ち上げました」
とはいえ最初は「何ができるか」を模索するところからのスタート。19年末からじわじわと世界を蝕んだコロナ禍も活動の妨げになった。そんななかで生まれたのが「移住体験プライベートツアー」だったという。
同推進室でコーディネーターを務める後藤みづ絵さんは16年に横浜から移住。旅行業界で培った経験を活かし、移住希望者ごとに要望を聞き取ってオーダーメードの視察プランを作成している。お決まりのコースを案内するのではなく、希望者が望む情報が確実に手に入るように個別のプランをその都度組んでアテンドしてくれるのだ。
JR美瑛駅。周辺には公共の施設や町立病院、飲食店、コンビニ、スーパーがあり、たいていの生活必需品が揃う。
小学校が5校、中学校が2校、高校が1校ある美瑛町。旭川市の高校へ通う子も多い。写真は町立美瑛小学校。
美瑛の暮らしを体験してみたい人を対象に、1カ月単位で貸し出している「セカンドホームびえい」。
このツアーを利用し、2023年3月に移住してきた柴田さん一家は充実した毎日を送っている。千葉県で暮らしていた柴田さん一家。夫・宏行さんは道北の小さなまちの出身。数年前に両親が旭川に引っ越したので、いずれは実家と行き来できるような場所に住みたいと考えていた。
「2022年5月にオンライン相談を利用し、6月にまずは1人で美瑛へ来て、窓口で住まいや支援制度について聞きました」
そして7月には家族4人で美瑛を再訪。妻の祐実子さんは夫の希望を知りつつも、子育ては千葉でしたいと考えていたとか。
「美瑛へ来てみたら、夫がずいぶん役場の人と仲よくなっていてびっくり(笑)。移住体験ツアーは本来、事前にオンラインで打ち合わせてプランを組んでもらうものですが、私たちの場合は窓口相談の流れで急きょ、町内を案内していただけることになって……」
このときのツアーで、祐実子さんの移住に対する考え方を一変させたのが、先輩移住者である加藤さんファミリー宅への訪問だった。
「急にお邪魔したのに歓迎してくださったのもうれしかったし、『移住して6年経った今でも景色に感動する』という言葉がすごく印象に残ったんですよね」
移住することに対して前向きな気持ちが芽生えた祐実子さんは、美瑛町での暮らしを現実的に考えるようになった。仕事は会社に相談して継続できる方法を考えればいい。千葉では週末に1〜2時間かけて家族で緑のある所へ出かけていたが、ここでは車で数分の郊外へ出れば自然がもっと身近で、道の駅には産地直送の農作物がいっぱい。旭川空港まで車で20分なら千葉へ里帰りするにも不便はない。さらに、加藤さんの子どもたちが自然のなかでのびのび遊ぶ様子を聞いて大きく心が傾いた。千葉で子どもたちが通っていた習い事や今後通う予定の学校は人数も多く、個々にスポットが当たりにくいのではないかと感じていたことにも後押しされ、より子どもたちに適した環境であれば、千葉にこだわる必要はないと判断した。
土井さんや後藤さんをはじめ、町のスピーディな対応にも好感が持てた。知りたいことをメールで問い合わせればすぐ返信が来るし、幼稚園や小学校の間に立って話を通してくれるから、不安なく準備を進めることができた。
「役所の窓口対応は事務的だというイメージを持っていたけれど、美瑛はとにかく『親切だよね』というのが夫婦共通の第一印象でした」(宏行さん)
最終的に祐実子さんも「美瑛の素晴らしい環境であれば子どもたちものびのび育って行けるはず」と心が決まった。
美瑛町に移住した柴田さんファミリー
柴田宏行さん(43歳)、祐実子さん(41歳)、愛梨ちゃん(6歳)、怜奈ちゃん(3歳)。2023年3月、千葉県から移住。夫婦ともに関東の企業に勤め、現在は完全テレワークで就業中。余暇は家族で過ごすほか、宏行さんは家庭菜園、祐実子さんはカフェ巡りが楽しみ。愛梨ちゃんも怜奈ちゃんも、ことぶき公園のアスレチック遊具が大好き。
JR美瑛駅そばの「丘のまち交流館bi. yell(ビ・エール)」。2階の子ども遊びコーナーや図書閲覧コーナーは無料で利用でき、子育て世代に人気。1階にギャラリー、地下にはカフェもある。
bi.yellには大型木製遊具も。「都会のこういう施設は混んでいるし有料のところも多いけれど、ここはのびのびと遊ぶことができて、子どもたちもお気に入りです」と祐実子さん。
bi.yell2階の子ども遊びコーナー。ボードゲームや野球盤などのおもちゃ、絵本などを備えている。館内には授乳室やおむつ交換室も設置。
新栄の丘は美瑛の風景を360度見わたすことができる。冬は一面の雪原となり、雪合戦や雪だるまづくりも楽しみ。
近隣市町村も含め、季節を問わず大小のイベントがめじろ押し。
「白樺回廊」での一枚。子どもたちの何気ない日常も「映える」写真になりそう。
官民一体で進める充実した移住者支援
多くの移住希望者が憧れ、観光客も多く訪れる美瑛町は、子育て支援も手厚く、妊娠、出産、新生児期、乳幼児期、小・中学校・高校入学とライフステージごとに細やかな心配りがなされている。なかでも、0歳〜高校生までの町民を対象とする医療費全額助成、小学校入学時の学用品支給、中学校入学時の制服・ジャージ支給、小・中学校の給食費無償化といった施策は大きく家計を助けてくれる。
「町内すべての小・中学校は自校給食を実施しています。新鮮でおいしい地場食材を使い、つくりたての温かい料理が食べられるんですよ」(土井さん)
柴田さんファミリーの場合、夫婦ともにテレワークが可能な会社に勤めているため仕事探しの手間はかからなかったが、住まいは町が用意した定住促進住宅を借り、年内に郊外の新居に引っ越し予定。新居購入を支援する制度があったのもありがたかったという。町の定住住宅取得助成制度では、新築50万円、中古30万円の上限で購入費用の一部を助成。転入者、子育て世帯、町内建設業者利用といった条件に合致すると、10万〜50万円の加算助成も設定されている。
また、北海道が推進するUIJターン就業促進事業として、美瑛町も対象となっている支援金給付制度も活用した。東京23区在住者または通勤者が美瑛町へ移住して就業・起業・テレワークをする場合に適用され、最大100万円(単身者は60万円)を給付。さらに18歳未満の世帯員人1につき100万円が加算されたことも大きな助けとなった。
大雪山系の雄大な山々を望む明治の丘に立つ土井さん。「丘陵地帯に住むのは土地の問題もあって難しいですが、市街地から車で数分で絶景スポットにアクセスできます」。
緑が映える春先の農作業風景。向こうには、まだ雪で真っ白な山々が見える。
ふるさと納税で人気の「びえい和牛」。飼料に日本酒酵母や大雪山の雪どけ水を使用。まろやかな舌触りと豊かな風味が特徴。
美瑛独自の品種「ラスノーブル」をはじめとするアスパラは町の特産品。昼夜の寒暖差が大きく冷涼な気候はアスパラ栽培に最適!
土井さんに移住希望者の相談に対応する際に心がけていることを聞くと、「いいことばかりでなく、住んだときに不便かもしれないと思えることも必ず伝えます。こんなはずじゃなかったと後悔させたくないですからね」と答えてくれた。例えば、町内には産婦人科と小児科の専門医院がない。医療機関が充実した旭川まで車で40分の距離だが、子育て世代の移住先としては大きなデメリットにもなり得る事実だ。柴田さん夫妻もこの点は承知しているが「土井さんがいいことも悪いこともちゃんと教えてくれたのがかえって安心感につながった」と信頼を深めたそうだ。
移住したはいいが地域になじめないというありがちな悩みに対しても、フォローする体制が整っている。地域全体で移住希望者や新規移住者をサポートする「丘のまちびえい移住定住促進協議会」、愛称「BIEIJU/美瑛樹」は、移住経験者を含む町民が生活全般にわたって相談に乗ってくれるコミュニティだ。町内の不動産会社店舗や公共施設を会場にサロンと称した交流会を開催し、地元の顔見知りを増やす機会を提供している。
春から町民となった祐実子さんにとって冬の寒さは未経験だが、先輩移住者から「慣れるよ」と言われて、むしろ楽しみになったと笑う。
「移住に関して大きな決断をしたという感覚はありません。人との触れ合いが増え、毎日が新鮮で楽しくて、なんだか留学しているみたい!」
柴田さん夫婦も、今後は移住希望者の力になりたいというから頼もしい。
プライベートツアーでは、丘のまちびえい移住定住促進協議会の佐々木会長(Uターン移住)との面談も。美瑛の移住における歴史や観光業、事業融資など幅広い分野についてアドバイス。
BIEIJU/美瑛樹が定期的に開催する移住定住サロン。毎月第2水曜の昼と第4金曜の夜に開催。
美瑛町移住体験プライベートツアーに参加してみよう!
まずはHPの問い合わせフォームから「住民生活課(移住定住推進室)」へメッセージを。Zoomを利用して打ち合わせ後、コーディネーターが要望に応じて個別のプランを作成し、当日も同行してくれる。宿泊代、食事代、体験プログラム費用は実費で現地払い。平日を中心に通年催行。
■プラン例/子育てファミリーのケース(1泊2日)
【1日目】
町内のベーカリーでパンを買ってランチ。幼稚園と保育園を見学し、ホテルにチェックイン後いったん休憩。夕方に家族構成が似た先輩移住者と面談後、BIEIJU/美瑛樹の移住定住サロンに参加。
【2日目】
役場や病院、スーパーなど生活に欠かせないスポットを回り、保健センターや図書館なども訪問。市街地にある小・中学校の場所を確認し、ランチは地元の飲食店で。午後は不動産業者を紹介してもらい、最後に牧場や公園などで少し遊んで終了。
びえい青葉幼稚園。年齢が異なる子ども同士が一緒に生活し、下の子の挑戦心や上の子の思いやりを育む。
美瑛町立どんぐり保育園。新規入所の児童には集団生活に適応できるよう2~4時間のならし保育を実施。
移住体験プライベートツアーの魅力
- 先輩移住者の声が聞けるのが最大のポイント。実際の暮らしに近い生の情報を入手可能。
- 移住してどのように暮らしたいか、例えば起業や就農を検討している場合もなるべく具体的に要望を伝えることによって、求めている情報をより適切な内容で提供してもらえる。
- ふるさと納税の返礼品として移住体験プライベートツアー参加時に利用できる5000円分の宿泊券を用意。2万2000円以上の寄付が対象。
移住の先輩宅での相談時間がお昼になってしまうことから、急きょ、相談者さんも含めてみんなで昼食づくりということも。
美瑛町の子育て支援
美瑛町では「子どもは地域で育てる」という観点から、地域づくりの大きな柱として子育て支援を充実させている。妊娠前から高校生まで続く切れ目のない多彩な支援策のなかから、独自の取り組みの一部を紹介しよう。
- 0歳~18歳(高校生)までの医療費全額助成
- すくすくサポート事業(誕生時の記念品、進学時の家計サポートなど)
- 紙おむつゴミ処理助成(満3歳未満の乳幼児がいる世帯にゴミ処理券交付)
- 0~2歳児の保育料を軽減
- 3~5歳児の副食費無料
- 学童保育無料
- 小・中学校給食費無料
- 子育てファイル"すとりーむ"配布・活用(成長記録)
「すくすくサポート事業」では、小学校入学時に算数セットや鍵盤ハーモニカ、絵の具セットなど16種類の学用品をプレゼント。
美瑛町の移住支援情報
適用条件を把握してお役立ち制度を活用
生活、住宅、起業それぞれの面で移住者に役立つ制度が用意されているのでチェックしておきたい。
【生活支援】
- 奨学金返還支援事業
- 結婚新生活支援事業
- 福祉人材確保事業
【住宅支援】
- 定住住宅取得助成制度
- 移住定住促進民間賃貸住宅家賃助成制度
【起業支援】
- 起業支援事業補助金
最長3年間住むことができる定住促進住宅。住宅の多くは元教員住宅で1カ月の家賃は2万~4万円(光熱水費は自己負担)。
「町と町民、先輩移住者が連携して、美瑛への移住をサポートします!」
住民生活課移住定住推進室 土井俊介さん
【問い合わせ先】
美瑛町住民生活課移住定住推進室
☎︎0166-74-6171
https://town.biei.hokkaido.jp/move/
文/和泉佐絵 写真/田名辺諭史 写真提供/美瑛町、柴田祐実子さん
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