山里で狩猟をしながら自給自足に近い暮らしを実践、その生き方にあらためて注目が集まる俳優の東出昌大さん。出演作である映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』が公開されます。ぜひ、その暮らしぶりに触れたいと北関東のとある山里へ。映画のこと、お芝居のこと、狩猟について。焚き火を囲んだインタビューが始まりました。
ひがしで・まさひろ●1988年2月1日生まれ、埼玉県出身。モデルを経て、2012年に映画『桐島、部活やめるってよ』で俳優デビュー。最近の出演作は『寝ても覚めても』、『コンフィデンスマンJP 』シリーズ、『天上の花』、『とべない風船』、『Winny 』、『福田村事件』、『コーポ・ア・コーポ』、ドキュメンタリー映画『WILL』。豊田利晃監督作『次元を超えるTRANSCENDING DIMENSIONS』が今夏公開予定。
前作の10年後を描く青春映画
駅から車で延々と山道を走る。本当にこの先に?と思うころ、視界が開けてそれらしき一軒家が。家の前で車の整備をするのは、俳優の東出昌大さん。ここが東出さんの住み処か――。真冬の空気がキリッと澄んでいる。どこからか沢の音が聞こえる。6歳になる愛犬のしーちゃんが、見知らぬ訪問者を前にワンワン鳴いている。家の背景には山が重なり合い、「冬は日陰になるのが早いんですよ」と東出さん。日が陰る前にと撮影を済ませ、ビニールシートに覆われたリビング仕様の軒下へ。まずは『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』について聞く。
映画監督の若松孝二が設立した若松プロダクションに集う人間たちの青春群像、その10年後。若松孝二が名古屋につくったミニシアター「シネマスコーレ」が舞台。その支配人の木全純治(きまたじゅんじ)を演じた。
「前作は大変な熱量を持った作品でした。木全さんは、ビデオが普及し始めたあの時代にミニシアターで映画界を牽引しようとした、格好よくいえば孤高の人。経営が厳しくてもこだわりの映画をかけ続けて固定客をつかんだ由緒正しきミニシアターの支配人です。そんな木全さんを描くなら、前作と異なる熱量の作品になるだろうと」
クランクインの数日前、本人に会う機会もあった。
「お会いした印象と、若松さんを演じる(井浦)新さんとの身長差も意識してかなり前かがみで演じたのですが、木全さんご本人から〝僕、そんなに猫背じゃないですよ〞って(笑)」
木全は、つかみどころがない。1980年代、レンタルビデオに押されてミニシアターには向かい風。それでも木全は飄々と、どこか楽しそうでさえある。
「木全さん自身が表面上お芝居をなさる、心の内を知る人が少ないような方。破天荒な若松さんを相手に、のらりくらりしていたとか。でも学生運動の端で、生きるとは?などと考えた時期を経て、映画を目指した。決して、ただ牧歌的な人ではありません。経営難でも映画や周りの人間を見捨てない、悲壮感はなくても覚悟を持つ人です。バブルで世間が盛り上がるなか、それは人としての強さでもある。僕はその何分の一もわかってないかもしれませんが、『映画って、簡単じゃないんだよな』というセリフ、あの一言が肝だろうと思いながら演じていました」
そう聞いてすかさず、東出さんに「映画って難しいですか?」と尋ねると、「難しいですね」という言葉が返る。
「僕は映画監督でもないのでそれとも違う、よい材料になるには?という難しさですけれども。お芝居を考えるとき、自分はこうできるかもしれないけど、別の方向がいいかもといろいろあって。そうした試行錯誤は、確かに簡単ではありません」
それで今回、熱くて面倒くさい〝青春〞の部分を担うのは、芋生悠(いもうはるか)演じる監督志望の金本法子と、「このままじゃ地方の映画青年のひとりなんで」と若松プロに飛び込む杉田雷麟(すぎたらいる)演じる井上淳一。後者は、脚本も手がけた監督自身を投影した役でもある。
劇中には「転んでも、ただでは起きない。ただで起きないために、思いっきり転ぶんです」という印象的なセリフがあるが、これは井上監督が若松プロにいた先輩から言われたものであるらしい。東出さんに「ご自身にも響くものが?」とトボけると、「え、僕? 何を言っているのだろう?と思ったけど」とおかしそうに笑っている。
「これは井上監督がご自身の思い出を台本に投影させた、井上さんにしか書けない台本です。映画というものが好きで、批評家もやりながら、映画をミューズのように思いながら一生を過ごしてきた。そんな井上さんが好きにやりたい!と言って、やりきった作品。それはやはりある映画人の、生きた証しのようなものだと思うんですよね」
役者としてのインプットが豊富な田舎暮らし
「シネマスコーレ」とはラテン語で〝映画の学校〞の意。支配人である木全は金本と井上を見守る役回りで、そんな木全役の東出さんも、若手俳優2人の奮闘に寄り添った。
「さっき言った〝お芝居の難しさ〞って例えば、『スパイの妻』などでご一緒した黒沢清監督の撮影現場では、まず映画的なリズムがあって役者は動線を与えられ、それに沿ってパフォーマンスします。でも今回はその動線もなく、役者が工夫を怠ると、カメラを引いた画とそれぞれに寄った画を撮るだけで終わってしまう。だから2人に『自由に動いていいんだよ』って。すると芋生ちゃんが『どういうことですか?』と。役者って、大事なセリフを言うときに構えてしまうんです。でも人って普段は次に何が起こるかわからないし、何をしゃべってもいい。だから大事なセリフでも、それまでは自由に動いていいと。すると『そんなことできます?』と言うので、例えば屋上で風が強くて、羽織っていた上着を肩から外したときに髪がなびく。それを感じてセリフがゆっくりになり、屋上の手すりを触りながら相手に近づいて。手についた錆が気になって払ったあと、目の前の存在を受け入れ、思いを伝えに行けばいい。そう言うとその通りにやるので、芋生ちゃんすご〜い!と(笑)」
「基本的には、いつも黙ってるんですけど」と東出さん。
「もちろん映画は監督のものだし、役者は誰もが最善を尽くしますから。そこで自分が余計なことを言ったら混乱します。それに若い役者が迷っているからと、先輩が頭ごなしにこうやれと言うのは違う気がして。自分で答えを出さないと、その人の気づきにはなりませんから」
そんな東出さん自身はモデルを経て俳優としてデビュー。一気にメジャーな存在になったが、「僕は不器用で。仕事を始めて5〜6年は、お芝居が全然できないという状態が続いて苦しくて。そこから……」と今に至る役者としての紆余曲折を語る流れに、そんな長い話をここで!?という思いがよぎったよう。一瞬見せた困惑の表情のあとで笑い出した彼に、ついこちらまで笑ってしまう。
「〝芝居しろ〞〝芝居するな〞と、お芝居って禅問答みたいなところがありますよね。しかもそれぞれに宗派の違う(笑)。自分にはとにかく勉強が必要だと古い映画をたくさん観て、お芝居ってなんだろう?と事細かく分解して考えていきました」
そうして自身で気づきを得た。「小手先の表現や、俺が俺がという姿勢は顔に出る。お芝居って、そんなわかりやすいものじゃないだろうと。例えばカメラに映ったとき、人として分厚そうに思える役者はお客さんの耳目を引きます。キレイやかわいいだけでは薄っぺらい。日常的にどう生きるか? いろいろなことを考えながら過ごすほうが魅力的な役者になるんじゃないかと。それで今は梅干しのつくり方とか、干し柿の取り込み時期とか、そんなことを考えてます(笑)」
生活を自らの手で構築する。2年前から始めた田舎暮らしは、役者としてのインプットをもたらす経験に満ちている。
「役者としてだけでなく、生きるとは?みたいなことが本当にわかっていないと幸せな人生は送れないでしょうしね」
そうして、幼いころから動物好きだった東出さんは6年前、狩猟の免許を取得した。
単独忍び猟でシカやイノシシを獲る
「大量消費社会というのか、お金で必要なものを買って完結するのとは違う生活もあるんじゃないか。釣りをして獲った魚を食べるときの興奮と罪悪感を経験したことがあったので、ほかにも?と思っていたときに、猟師である千松信也さんの著書と出合いました。自分で哺乳類を殺して肉を獲って生活する――。目からウロコでした」
千松さんが取り組むのはワイヤーと塩ビ管で自作したわな猟。都内に暮らしながら仕掛けたわなを定期的に見回るのは難しいため、東出さんはひとりで忍び寄って鉄砲で獲物を獲る「単独忍び猟」を選ぶ。
「こっちに住んだらわな猟も、と思ったのですが、わなって一日に2器かかる場合もある。獲れるのはメスのほうが多く、平均的なサイズならおろすのに40分ほどかかります。見回って仕留めて運んでさばいて、すると一日のうち、かなりの時間を費やすことに。まだこちらの生活が根付いていないし、小屋や風呂や犬舎をつくりたい! 養蜂も農業も!とやりたいことがたくさんあって。鉄砲猟なら好きなときに獲物が獲れますから」
残酷だけど、考えることが多い。東出さんにとって狩猟は一般的な意味での仕事や趣味ではなく生活、営みそのもの。
「お金を稼ぐことが仕事と思われがちですが、薪を割るのも飯をつくるのも営み。狩猟も、それとつながっています。僕の場合そこに金銭は発生しませんが、山仕事ともいえます。〝半農半Ⅹ〞、農のある小さな暮らしと、天与の才を世に活かすことが人生の、社会の幸せと塩見直紀さんが提唱されていますが、最低限のお金が必要なのは確か。僕の場合、Ⅹが役者で」
建設中の小屋はソーラー発電にする予定。庭には、便利屋さんの知人がもらってきた風呂釜が。「山並みを見ながら五右衛門風呂に入るのが楽しみ」と東出さん。
自宅はこちらで出会った地元の人から無償で借り受け、たまには外食もするが、毎月の固定費は電気代の基本料金のみ。水は沢から引き、薪で煮炊きする生活。それで話を聞いていると、周囲に溶け込んで暮らしているのが伝わる。彼の周りには、自然と人が集まる。
「こちらでの人付き合いも、無理はしません。役者の仕事と同じ、わからないことは教えてください!という感じで。それで近所のおっちゃんたちがいろいろ教えてくれたのですが、先輩や後輩がこちらに移住してきて。若い子に教えるのが楽しくて、僕に教えてくれなくなっちゃった」
ふと東出さんが、「ちょっと、見に行ってみます?」と庭続きの畑に誘ってくれる。重機を使って自らパイプを打ち込んだ獣除けの金網に、「ひがしで農園」と書かれた手書きの小さな看板。1人分の野菜をつくるには充分な広さが耕してある。昨年はトマト、ナス、パクチーと夏野菜を一通りつくり、これから長ネギを植えようか考え中。ここは数時間前にいた東京都とはまさに別世界。ぜいたくな暮らしだな……と実感する。
「快適な空間に暮らすのもいいですが、それではどこか心が躍らない。ここでの暮らし、狩猟もそうですがキツイことも当然あります。それを含めてやりがいがあって面白いのです」
狩猟も農業も、あらゆることが役者の仕事に通じるそう。
「体力もつきますしね。それで役者として、どういう境地に行けるのだろう?という思いもあります。やっぱり、芸術行為で。狩猟や畑での収穫は生きることに直結した、人生の本流です。一方で芸術というのは生活には必要のない、本流という幹から外れた枝みたいなもので。でも、よい枝になったなぁという面白さがある。それでいて芝居には100点がなく、考え続ける余地があります。だからこそ、続けられる限りは続けたい。そう思っているんですよね」
軒下で梅干しを作成中。
畑の金網にかけられた看板。もう一枚には「鹿、猪侵入🚫」の文字が。「彼らの見える位置に置いたんですけど」と東出さん。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』
(配給:若松プロダクション、スコーレ株式会社)
●脚本・監督:井上淳一 ●出演:井浦新、東出昌大、芋生悠、杉田雷麟ほか ●3月15日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次公開
若松孝二(井浦新)が「映画は人に観られて初めて完成する」とつくったミニシアター。支配人に抜擢したのは、東京の名画座を辞め、ビデオカメラのセールスマンをしていた木全純治(東出昌大)だった。そこに映画監督への夢を諦めきれない金本法子(芋生悠)や、映画青年の井上淳一(杉田雷麟)らの若者が引き寄せられる。
©若松プロダクション
http://www.wakamatsukoji.org/seishunjack/
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)
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