豊かな自然や歴史に恵まれた九州の離島・壱岐市。人気の観光地だが、加速する人口減や高齢化など、島という特殊環境に伴う社会問題は深刻。この課題に対して、SDGsの概念を土台に、先端技術も駆使した取り組みが進む。
掲載:2024年3月号
長崎県壱岐市(いきし)
九州北部と韓国の間に位置する国境離島。南北約17㎞、東西約15㎞の亀状の島。人口約2万4600人。中国の歴史書『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』にも登場し、太古の昔から大陸との交通の要衝として栄えた。農業と水産業が盛んで、麦焼酎発祥の地としても知られる。福岡県・博多港から高速船で約1時間、フェリーで約2時間30分。
環境関連施策が主流のなか、経済重視の視点に独自性
福岡市から手軽に足を運べる観光地としても人気が高い壱岐市。離島という「非日常」を味わえる地理的特性を背景に、豊かな自然、豊富な歴史遺産、海の幸をはじめとする島グルメなどが多くの人を魅了する。
一方、島という「個性」は、その地に暮らす人にとって逆風となる側面もあり、壱岐市も例外ではない。人口減や若年層の島外流出、国内平均の四半世紀先を行く水準の高齢化は深刻で、島の産業や地域コミュニティーの衰退が懸念されている。
一定の人口減は避けられないとしても、島民が豊かに暮らすことができる持続可能な社会・経済を構築するため、市が施策の拠りどころとして掲げるコンセプトがSDGsだ。
市は2018年、SDGsに取り組む自治体を国が支援する「SDGs未来都市」に選定された。人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)といった先端技術の導入により、島の基幹産業である第一次産業を中心とする経済の発展や、人口減などに代表される社会的課題の解決、島内外との積極的な交流を原動力とするイノベーションなどを目指している。
SDGsに絡む行政施策をめぐっては、環境分野を重視する傾向が強いなか、壱岐市はテクノロジーの積極活用で産業課題の解決を図ろうとする「経済重視」の姿勢に独自性がある。
例えば、農業分野では最新技術で作業の効率化や品質向上を図る「スマート農業」を推進。島の基幹作物であるアスパラガスについては、IoTセンサーを用い土壌水分や生育データを「見える化」。経験や勘に頼っていた栽培技術をデータ化し、自動灌水(かんすい)システムも開発した。これにより灌水作業の省力化が実現、収穫量の増加も確認された。この取り組みは産地力強化や新規就農支援などにもつながるとして今後、実社会での横展開に期待が寄せられている。
持続可能な農業の実現に向け、島の基幹作物であるアスパラガスについてAIやIoTといった先端技術を積極的に取り入れることで「スマート農業」を推進中。
また、行楽地という島の特徴を活かし「リゾート型テレワーク」活動も推進。テレワークセンター「フリーウィルスタジオ」は、コワーキングオフィスや島外企業のサテライトオフィス・スタートアップ拠点などとして活用が進み、昨年度には約4500人が利用した。テレワークの取り組みは2019年度、日本テレワーク協会のテレワーク推進賞で優秀賞を受賞している。
テレワークセンター「フリーウィルスタジオ」。ワーケーションやワークライフバランスといった近年注目されているコンセプトにもマッチしている。
フリーウィルスタジオ内には、フリーアドレス席のコワーキングスペース、個室のサテライトオフィススペース、イベントなどに利用できるコミュニティスペースなどがある。
啓発活動としては、学生から企業まで、島の未来にかかわりたい人がアイデアを出し合う「壱岐なみらい創り対話会」が進行中。空き家を移住者向け賃貸物件に再生させる取り組みなど、これまで40件以上のアイデアが実現。夏季には、高校生が島出身の大学生と島の将来を考えるプログラムも開かれている。
教育分野では、行動経済学の理念「ナッジ」に沿って、強制ではなく自発的な行動を促す子ども向け環境教育プログラムを展開。小学校では海洋教育、中学校ではSDGs17の目標に沿った授業を設けている。
SDGs未来課では「SDGsは持続可能な島をつくるための柱となる概念。壱岐がそのモデルとなれば」と力を込める。
高校では「イノベーション教育」を展開中。外部団体とも連携しながら、つくりたい壱岐の未来を考え、実証していく活動を行っている。
「イノベーション教育」の一環として、島の高校生らが考案した食品ロスに関する「食べてほしーる。」プロジェクトは消費者庁長官賞を受賞。
児童向けの海洋教育では、壱岐の海と関連が深い「食」「水産(漁業)」「交易」「エネルギー」「環境」「文化(歴史)」の6テーマから各校でテーマを設定し授業を実施。
壱岐の未来にかかわりたい意欲的な人が集う「壱岐なみらい創り対話会」。学生のアイデアから企業や大人のプレゼンまで、未来に向けた熱い想いに触れる好機。
空き家を移住者向け賃貸物件に再生させる取り組みなど「壱岐なみらい創り対話会」発のアイデアは数多く実現。島が抱える課題の解決にも一役買っているようだ。
壱岐市のSDGsここがすごい
取り組みの柱は「経済」「社会」「環境」の3分野。それぞれの取り組みを有機的につなげ相乗効果も狙う。
●最新技術を活用した「スマート農業」を推進
●「対話」を重視し、島民の主体性を育成
●島の未来を担う子どもたちへの多様な教育プログラム
●国内の地方自治体として初の「気候非常事態宣言」を表明
「SDGsの考え方を柱に島のあるべき姿を考えています」(壱岐市SDGs未来課・篠崎道裕さん〈右〉、中村勇貴さん)
壱岐市のここがオススメ!
壱岐産のケンサキイカ。島といえば海の幸。玄界灘と呼ばれる壱岐近海は、海流の影響もあり好漁場として知られ、質のよい魚介類が数多く水揚げされる。
干潮時の前後、数時間だけ海から参道が現れて歩いて参拝することができる「小島神社」はイチオシ。「壱岐のモンサンミッシェル」と呼ばれることも。
壱岐市移住支援情報
引っ越し、家賃、空き家改修など、さまざまな分野で補助支援策
最大20万円の引っ越し補助や月額最大1万2000円の家賃補助、最大100万円の空き家バンク物件改修補助がある。そのほかにも住宅取得にかかる補助や移住検討者の短期滞在費補助、奨学金の返済補助など幅広い支援策を用意。雇用増を伴う創業または事業拡大資金を一部補助する「市雇用機会拡充事業」も。 ※補助金には補助率の設定あり。
お問い合わせ:壱岐市政策企画課 ☎︎0920-48-1134
https://ikishimagurashi.jp/
東京、大阪など都市部で開催される「ながさき暮らし相談会」に移住相談ブースを出展。ネットでは探しきれない詳細情報などを提供。市の移住ワンストップ窓口も開設。
「保育料第2子以降無償化、学校給食費支援など安心して子育てができる環境づくりにも取り組んでいます」(壱岐市政策企画課 辻元裕二さん)
文/竹内 章 写真提供/長崎県壱岐市
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