英語の授業だけでなく算数や理科などほとんどの科目を英語で行い、まさに英語に「浸す:immersion」、イマージョン教育。日本では一部の私立校で実施されてきたが、豊橋市は全国で初めて公立の小学校に取り入れた。教室を訪ねると、そこには英語で学ぶ子どもたちのキラキラ輝くまなざしがあふれていた。
掲載:2024年6月号
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愛知県豊橋市 とよはしし
愛知県南東部、東三河地方の中心都市。人口約36万8000人、年平均気温16.3℃。吉田藩の城下町、宿場町、豊川水運の湊町として栄えた。現在は工業、貿易額全国9位の三河港、野菜・果樹などの農業・畜産業も盛ん。東海道新幹線で東京から81分、名古屋から19分、大阪から93分。
市北東部に連なる弓張山地の麓には里山風景が見られる。
太平洋に面した表浜海岸はアカウミガメの産卵地。サーフスポットとしても知られる。
豊橋駅から市街地東部まで、市の中心部を走る路面電車。市民からは「市電」の愛称で親しまれ、まちのシンボルとなっている。
ネイティブが英語で進めるイマージョン教育の授業
国語と道徳を除くすべての教科を英語で学ぶイマージョン教育コースを持つのは豊橋市立八町(はっちょう)小学校。同コースは1年生から6年生まで各学年1クラス26人で2020年に開設された。
「何より、授業のようすを見ていただくのがいちばんです」
と、校長の山本武志さんに促され、まずは3年A組の教室へ。理科の授業は「物の形の変化と重さ」がテーマだ。
「What happens to the weight of an object when it changes shape?」
黒板の前に立って授業を進めるのはNET(Native English Teacher)のブレント・バジャーさん。質問も説明もすべて英語で日本語は一切ない。子どもたちは英語の質問に手を挙げて応じる。促されて立ち上がり、回答も英語だが、難しければときどき日本語でもよし。子どもたちの発言を板書するブレントさんは、日本語での答えも英語にして書き連ねていく。
普段、英語に慣れていない私は、会話の理解はほどほど、板書を読むのにも時間がかかる。3年A組の子どもたちの英語力は予想をはるかに上回っていた。市の教育委員会でイマージョン教育を担当する安井美千代さんによると「この子たちは1年生から英語で授業を受けています。3年続けたいまは、先生の英語を理解できる。英語で発表する力がつくのは、まだ少し先ですが」。
教室内にはもう1人の担任、彦坂悠仁さんが板書の補助や机の間の巡回を担当していた。
「イマージョン教育コースは、日本人教員とNETの2人担任体制です。各教科の授業をどう進めていくか、役割分担も含めてプランは担任2人が事前に打ち合わせして決めています」
豊橋市立八町小学校
路面電車の走る国道1号より路地を1本入った便利ながら閑静な場所。吉田城址、競技場、球場、美術館などのある豊橋公園、市役所、公会堂などにもほど近い、文教・行政地区に立地する。創立は明治6年で、昨年150周年を迎えた。東京五輪・女子マラソン代表、鈴木亜由子さんの母校。
イマージョン教育を進めてきた八町小学校校長の山本武志さん(左)と、教育委員会の安井美千代さん。
路面電車で通う学区外からの児童たち。保護者1人が交代で引率当番に当たっている。
路面電車の駅から国道を渡って登校する。
3年生の理科の授業はNETのブレント・バジャーさんが教壇に立ち、日本人教員の彦坂悠仁さんが見守るスタイルで進められていた。
どんどんマネして話しはじめた子どもたち
「イマージョン教育コースが始まった4年前、子どもたちは英語がわからないところからのスタートでした。私たち教員も、視覚的に補う教材をつくったり、生活指導だけ日本語にしたり、どう進めていくか試行錯誤の連続で。正直、難しいと感じたこともありました。けれども子どもたちの吸収力は想像以上に高かったです。担任の英語をどんどんマネして、しばらくすると流暢に話しはじめました」
と振り返るのは2年A組担任の平松亜弥美さん。市内中学校で英語を担当していたが、イマージョン教育コース開設にあたり、小学校の教員免許を併せ持つ人材として抜擢された。
「私自身、海外で過ごした経験はなく、英語力の点では不安でした。NETとコミュニケーションをとって授業を計画し、協力して進めるなか、私も子どもたちと一緒に力をつけました」
教育委員会の安井さんはコース開設当初、平松さんの同僚として担任を務めていた。
「国語、道徳を除くすべての教科を英語で行うには、授業の計画だけでなく、例えば視覚的に理解を助ける教材づくりなど、準備は思った以上に大変でした。よりよい指導法を求めて意識を高く持っていないと務まりません。NETも同様です」
豊橋市には1990年代から自動車関連工場などに就労する日系ブラジル人が増加、以後、多くの外国人が住む。現在は市民の約17.6%が外国籍。「豊橋市多文化共生推進計画」を策定するなど、市は共生社会の実現のための取り組みを積極的に続けている。そうした風土のなか、2005年には「国際共生都市・豊橋」が国の構造改革政策による英語教育特区に認定され、翌年から「英会話のできる豊橋っ子」育成プランを実施。小学校3年生からの英会話授業を全国に13年先駆けて、07年に始めている。安井さんは言う。
「イマージョン教育コースは、市が育成プランなどで進めてきた英語教育の集大成。ここに集まった教員はプロジェクトを成功させようと仲間意識も強く、お互い協力しています」
育成プランの英会話授業では、市が独自に採用したALT(外国語指導助手)が活躍した。イマージョン教育のNETは、ALTのなかから特に優秀で協調性のある人材が選ばれた。
「ALTはパートタイムの会計年度任用職員で、複数の小・中学校を兼務して英語の授業に当たります。一方、NETは1つのクラスの担任として、授業だけでなく学級経営、つまり学校生活すべてにかかわります。市の正規職員でフルタイムです」
平松さんとペアを組む2年A組担任のNETはベンジャミン・ブラッドリーさん。英国出身で22年前に来日し、大手英会話塾講師の後、豊橋市のALTを14年間務め、4年前にNETに任用された。
「イマージョン教育で子どもたちは積極的になりました。担任以外のNETやALTにもどんどん声をかけるし、海外から来た人とも躊躇なくコミュニケーションをとれるんです」
2年生の教室で、算数「はこの形」の授業を行うNETのブラッドリーさん。「This shape has 8 vertices, 6 faces, and 12 edges.」と答える児童。
ブラッドリーさんが準備した視覚教材が液晶画面に示され、子どもたちの英語での理解を助ける。
2年生の教室内の掲示は英語と日本語が半分ずつ。年を追うごとに英語の比率が増えていく。
2年A組の担任はNETのベンジャミン・ブラッドリーさん(左)と、平松亜弥美さん。
人材確保は難しいけれど実現できれば革命的な教育
5年A組でNETを担うメリッサ・ブランガイさんはフィリピン出身。03年に来日、大学院で教育を専攻した後、中高一貫校のALTを経て、11年より豊橋市のALTを務めた。
「フィリピンは国語がタガログ語、公用語が英語。教育は幼稚園から英語イマージョンで、特に問題はありません。一方、日本の場合、日常で英語を使う機会が多いフィリピンとは背景が異なります。でも、始めてみると子どもたちはスポンジのように英語を受け入れました。私たちが担任として日常的にかかわっている点も大きいです。自然に会話が生まれますからね」
少子化が進むいま、全国の小学校で児童数が減少している。八町小学校も学級数は各学年1組ずつになっていた。
「各学年26人のイマージョン教育コースが開設されて、児童数・学級数は倍増しました。それだけで活気が戻ったのですが、ネイティブの教員や外国籍児童、帰国子女が増えた結果、通常学級の子どもたちも、英語への関心や、多様性を認める意識が高まっています」
と校長の山本さん。英語以外の教科の理解度は、イマージョン教育コースと通常のクラスの間に差は見られないという。
新入児童は市内全域の希望者から抽選される。学区外通学には市電を利用するなどのハードルがあっても、学区内外合わせての倍率は例年3〜4倍になる。
とはいえイマージョン教育を市内他校にも導入する計画は今のところない。理由は英語イマージョンのできる教員が少ないため。特に中学校では、各教科免許と英語力を兼ね備える人材の確保は難しい。この記事を読んで「豊橋市に移り住んで一緒に取り組んでみたい」と考える教員がいたら大歓迎とのこと。
「私は八町小学校の試みが全国に発信できる成果だと感じています。すべての授業とはいわず、いくつかの教科だけでもイマージョンにできれば、きっと効果があるでしょう。この取り組みをきっかけに、各地で新しい動きが生まれればと思います」
全国の小・中学校で授業の一部がイマージョンで行われるようになったら、日本社会はグローバル化が大きく進むだろう。豊橋市のイマージョン教育は、革命的な実験に違いなかった。
5年生の授業。教室内には外国籍や帰国子女も含め、英語力の異なる児童が混在。グループ学習では得意な言語を補い合って答えをまとめていた。
子どもたちの机の上には学習指導要領に基づいた教科書(日本語)と、市が独自に作成配布した英語版が並んで広げられていた。
フィリピン出身のNET、メリッサ・ブランガイさんはイマージョン教育コース講師陣のチーフ的存在。
図書室には英語のブックコーナーが。
創立150周年を記念して、この春卒業した6年生が記したメッセージ。イマージョン教育コースの26人は英語で。
教室の名称も英語で示され、児童全員が自然と英語に親しめる。
体育の授業。審判のバジャーさんは英語、子どもたち同士の声のかけ合いは日本語がメイン。
豊橋市の子育て・教育支援
多彩な施策でパパママ&子どもの学びもサポート
豊橋市では国の保育料無償化制度に加えて、市独自に保育料の無償化や副食費の軽減の範囲を拡大している。昨年からは、1歳未満の子どもがいる世帯を対象に、家事代行サービスが1回当たり500円で6回利用できるクーポンを配布。また、市内の全小学校では、放課後の新たな学びの場として「のびるんdeスクール」を実施。さまざまな分野の専門家が講師を務め、子どもの能力発掘などを目指す。
家事代行サービスでは洗濯、掃除、生活用品の買い物、調理などを依頼できる。
「のびるんdeスクール」で行った、吉本興業の住みます芸人による漫才講座。
豊橋市の移住支援情報
利便性の高いエリアへの移住を応援! 定住者には固定資産税相当額の補助も
豊橋市では利便性の高い公共交通幹線軸の沿線などを対象に居住誘導を図るため、歩いて暮らせるまち区域を設定、区域内に転居して家屋を取得し、定住する人に、固定資産税相当額(市内区域外からの転居の場合は1/2相当額)を補助する。
問い合わせ/企画部 広報戦略室(豊橋市役所 東館6階)
☎️0532-51-2179
https://www.city.toyohashi.lg.jp/30941.htm
「こども未来館ここにこ」の体験発見プラザは雨の日でも遊べる場所。
「こども未来館ここにこ」。親子で遊べる場や、子どもたちの体験の場を持ち、子ども向けのイベントも開かれる。
「のんほいパーク」は動物園、植物園、自然史博物館、遊園地が併設された総合公園。
「豊橋市定住・移住アドバイザーとして、このまちの暮らしの魅力を知る4人の市民がご相談に応じます。お気軽にお問い合わせください!」
広報戦略室 後藤慶太郎さん
文・写真/新田穂高 写真提供/豊橋市
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