かつてから関西の避暑地として知られ、最盛期にはひと夏で100万人が海水浴に訪れた高浜町。「子育て環境日本一を目指す町」を掲げていちばんに取り組んだのは産後ケアデイサービス。町内の旅館や民宿を会場に、助産師や保育士が対応。おいしいランチも食べられて、母親同士リラックスして話もできると、参加率9割に達する好評を得ている。
掲載:2024年11月号
CONTENTS
福井県高浜町 たかはまちょう
福井県の最西端で京都府に接する。若狭湾の海産物を京の都に運んだ“西の鯖街道”の起点。海山の自然に恵まれ、町内の海水浴場は8カ所。人口9576人(24年8月末現在)、年平均気温約14.8℃。京都駅からJR特急で東舞鶴駅、JR小浜線乗り継ぎで若狭高浜駅まで約2時間。
旅館・民宿を活用した産後ケアの参加率は9割
宿の和室で専門のスタッフに囲まれて赤ちゃんも安心。
産後の母子に心身のケアや育児サポートなどきめ細かい支援を行う〝産後ケア事業〞。厚生労働省は少子化社会対策大綱で今年度末までに全国展開を目指している。多くはスペースに余裕のある病院や助産院に委託されているが、高浜町では2018年から町内の旅館や民宿を活用した〝産後ケアデイサービス〞をスタートさせた。
「私たちは産後早期の支援がその後につなげる意味でも重要だと感じていました。当時は産後ケア事業に取り組む自治体が出始めたころでしたが、まずはそこを目玉としたうえで、ほかの事業も展開していこうと考えたんです」
と言うのは高浜町こども未来課の保健師、中川若奈さん。しかし町内には妊娠出産に対応する医療機関がなく、車で20分から1時間以上かけて小浜市や隣接する京都府舞鶴市まで通う必要がある。
「遠方の医療機関に産後ケアを委託しても、利用するにはハードルが高すぎます。ほかに方法はないかと着目したのが、観光地高浜町の特徴でもある民宿や旅館でした」
日帰りの観光が増え宿泊需要が減るなか、地域資源の活用にもつながるアイデア。食生活改善推進委員の経験がある旅館の女将さんなど、顔見知りに声をかけると快く応じてもらえた。
「『授乳中のお母さんには、どんな食材を使った料理がいいかな』と聞かれたり、いろいろと気にかけていただいて」
母子の受け入れは1日4組。助産師や保育士、保健師など専門知識を持った5人のスタッフが対応にあたる。育児や授乳の相談、赤ちゃんの健康チェック、子どもを預けた母親は入浴して大きな湯船で手足を伸ばせる。
産後ケアデイサービスが行われる町内の民宿。
生後5カ月まで、同時期に生まれた赤ちゃんが集まる。
費用は行政が支援するほか自己負担分はランチ付きで1回1500円。出産から5カ月まで最大4回利用できる。
「町には夫の転勤で来て、周囲に知り合いのいないお母さんもいます。それでも産後ケアに来れば同じ月齢の子を持つお母さん同士、和室でくつろぎながらゆっくりと話ができます。『こんなにおしゃべりしたのは久しぶりです』『ここで出会ったママ友と一緒に遊びに行きました』という話をよく聞きます」
ゆっくり休んでもらおうと別室に布団も用意してあるが、会話が盛り上がり眠る人は少ないのだとか。そしてお楽しみは豪華なランチ。
「会場は旅館と民宿が4カ所あって、お料理はそれぞれ違うんです。4カ所をコンプリートしようと計画して申し込むお母さんも多いですよ」
何もなければ地元の旅館や民宿を使う機会は少ないが、産後ケアでの利用をきっかけに「実家の両親が来たとき食事に行った」など、新たな需要も生まれている。
2019年には厚生労働省が主催する「健康寿命をのばそう!アワード」の母子保健分野で厚生労働大臣賞・自治体部門優秀賞を受賞したこの取り組み。自治体の多くは産後ケアの対象を育児不安がある人や、保健指導が必要な人とするが、高浜町では導入当初から「みんなが使うサービス」として、すべての母子に参加を促してきた。その結果、産後ケアデイサービスの利用率は対象となる母子の9割ほどにまで達した。
「しんどくなってから相談に出向くのはかえって難しい。普段から顔を合わせて関わりをつくるのが大切です。多くの方に来ていただけるのはありがたいですね」
体重を測って授乳量を確認。助産師や保健師に小さな心配ごとも気軽に相談できる。
産後ケアデイサービスを通じてママ同士の交流が始まる。
おいしいランチは産後ケアデイサービスのお楽しみ。
顔の見える関係を育み、伴走型で子育てを支援
高浜町こども家庭センター kurumu
妊娠期から子育て期まで切れ目のない相談・支援を行う拠点として2018年に開設された。ネーミングは赤ちゃんのおくるみのイメージから。フロア内に設けられた木製のプレイルームは、木のおもちゃや絵本も置かれ、親子でゆったり過ごせる場所。
住所/福井県大飯郡高浜町和田117-68 高浜町保健福祉センター内 1F
☎0770-72-6154 https://www.kurumu-takahama.com
行政の子育て支援には保健、福祉、教育、生活などさまざまな部門が関わっている。高浜町では2007年以降、これらを横断させながら支援を充実させてきた。国が地方自治体に設置を求めた〝子育て世代包括支援センター〞の役割を持つ「kurumu」は2018年にオープン。産後ケアデイサービスをはじめ、妊娠から産後、就学前まで多くのサポートを担う。
「子育て世代包括支援センターの設置が進められたのは、ひとり親、貧困、虐待といった問題への意識が高まってきた時期でした。高浜町の子育て支援もハイリスクへの対応で手一杯な面があり、『みんながもっと幸せに子育てできる町』になるにはこのままではいけないと、問題意識を持っていたんです」
そこで、kurumuを開設するまで2年間の準備期間を設け、乳幼児健診などで実施するアンケートの結果を分析すると、3つの課題が見えてきた。
「出産までに親になる準備が整っていない。出産から4カ月前後の育児スタート時期に幸せを感じる子育てができていない。4カ月以降はつながりと充実感を持った子育てができていない。ならば、そこに向けて考えようと、子育て支援に携わるメンバーが意識を共有しました」
kurumuが最初に産後ケアに注目したのは、こうした分析に基づいている。さらに、妊娠中と産後それぞれに〝スマイルマルシェ〞を実施。妊娠中は妊娠・出産・育児の相談や妊婦さん同士でおしゃべりしたり、マタニティストレッチなどを。産後は身体測定・育児相談・授乳相談・離乳食相談のほか、ベビータッチケアやヨガ、バランスボールなどを行っている。
「妊娠中と産後のスマイルマルシェは同じ日に同じフロアで実施しています。『生まれた後は向こうに参加するんだよ』という流れを意識してもらうんです」
kurumuでは助産師、保健師、看護師、栄養士、保育士、家庭相談員、社会福祉士、事務職のスタッフがチームを組む。
1歳ごろまでの赤ちゃんと家族が対象のスマイルマルシェ。ママがバランスボールでからだを整えるあいだ、赤ちゃんを見守るのは児童委員さん。
これまでのkurumuのサポートの場を通じてつながったママ友同士、話が弾む。
ここ数年、国では妊婦・子育て家庭への伴走型相談支援の充実を掲げている。高浜町ではkurumu開設とともに、その流れをつくってきたと中川さん。母子健康手帳交付、妊婦訪問、スマイルマルシェ、新生児・産婦訪問、産後ケアデイサービス、スマイルマルシェと、産前産後に手厚い支援を継続するなかで、スタッフと母子との関わりも深めていく。昨年度、町内の新生児は73人。人口規模が小さいだけに、お母さんはkurumuの支援を受ける都度、同じスタッフに会う。
「繰り返し会うと、打ち解けて話ができるようになります。そうしたなかで『妊娠出産は大きな変化だから、しんどくなるのは特定の人だけじゃないですよ。利用するのが当たり前だから、ぜひ来てください』とお声がけして、産後ケアデイサービスのチケットをお渡しするわけです」
高浜町では、妊娠中や出産後の悩みを相談する相手を尋ねる質問に、50%以上が「行政」と答えているという。
「お母さんたちがkurumuとのつながりを大事にしてくれている結果だと思うとうれしいですね。子育て世代の方が移住されたなら、高浜町は安心して子育てできるところだと、きっと感じていただけます」
kurumuの主なサポート&イベント
父親向けのプログラムは日曜日にお父さんクッキング
コロナ禍以降、両親面接が難しくなったため、父親向けのプログラムを日曜日に企画している。「親子遊びや料理教室、離乳食や幼児食の講座など、関心を持って参加するお父さんは
多いです」。
お父さんクッキングでは前菜からデザートまで家族が笑顔になる簡単メニューを調理。
親子で楽しむ1歳からの食育 わくわく☆ちびっこ食体験クラブ
kurumuでは家族で楽しくおいしく、食を通じて人とつながる食育にも力を入れる。敷地内の菜園では苗植えや収穫、調理などを体験。「菜園の手入れをしている地元のお年寄りとの交流も生まれます」。
対象は1歳ごろから保育所入所までの子と家族。秋は芋掘りとクッキングを体験。
まだある! 高浜町のオススメ
若狭和田ビーチ
海藻や魚がよく見える透明な水質で国際環境認証BLUE FLAGをアジアで初めて取得。遠浅のビーチは「日本の夕陽百選」にも選ばれ、海水浴はもちろん、サンセットSUPクルージングも人気。
高浜七年祭
旧高浜地区全域を氏子として6年ごとに開かれる。3基のみこしとともに太鼓や太刀振り、神楽などの芸能衆が行列。御霊や疫神を慰める。期間は6月の卯の日から酉の日の7日間で、直近の開催は来年。
城山公園
戦国時代に築城された高浜城の跡地で、芝生広場の前は海水浴場、日本海の荒波に削られてできた洞穴「明鏡洞」もある。5月にはこいのぼりが頭上を泳ぎ、保育所の遠足などで子どもたちにも人気。
若狭高浜花火大会
8月初めに開かれる花火大会は全長4kmにもなる砂浜から、ゆったりと見物できる。打ち上げ数は5000発以上、広い会場ならではのワイドな演出と、目の前で開く大迫力の水中花火で魅了。
高浜町の子育て支援
●子宝手当
満3歳誕生月までの町内在住児童1人当たり月額5000円を保護者に支給。
●子ども医療費助成
0歳から18歳時の年度末まで保険適用分の医療費などの自己負担分を全額助成。
●保育料無償化・減免
3歳未満第2子の保育料半額、3~5歳の主食費・副食費無償化、負担軽減
●小・中学生の教材費無償化
鍵盤ハーモニカや習字道具などの教具類、ドリルやワークなどの教材類を無償化。
●入学・新生活スタート応援給付金
小学校入学時2万円、中学校入学時3万円、中学校卒業時5万円を保護者に給付。
●給食費無償化
小中学生の給食費を無償化。
●中学生通学費助成
JR電車、路線バス通学には定期券購入費の全額、自転車通学には入学時に1万5000円を助成。
●高等学校等通学費助成
JR電車、スクールバスなどでの通学には費用の8割、バイク通学には月額3000円を助成。
●妊婦健康診査等助成
妊婦健康診査無償化、その他妊娠中の医療費などついて助成(上限あり)。
妊娠中の家族にはギフトセットが贈られる。
バランスのよい食事をアピールする町のオリジナル戦隊ヒーロー“3食レンジャー”が保育所・こども園に参上。
保育所が移転新築され一昨年開園した町立認定こども園cocokara。園舎には木がふんだんに使われている。
高浜町 移住支援情報
町が移住支援策として力を入れているのは情報発信。移住定住ポータルサイト「ピン!ト」は、高浜町の魅力的な人・モノ・ことを、地元で活動するフォトライターが紹介。臨場感あふれる内容から町での生活をイメージできる。住まい探しは空き家バンクのほか民間不動産会社の物件も比較的多い。
問い合わせ/総合政策課 ☎0770-72-7711
「ピン!ト」 https://www.pinto-takahama.jp
ワーケーション向きの宿や施設も多い。ワーケーションと同時に町の課題解決に関わり、地域とのつながりを深めることもできる。
ワーケーションとともに禅を体験するプログラムもある。
「自然豊かで海山のレジャーもいっぱい、お祭りなど伝統文化も大切にする居心地のよい町です。ぜひ一度遊びに来てください!」
総合政策課 小原一輝さん
文/新田穂高 写真提供/高浜町
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