子育て支援が充実した自治体はいくつもある。けれど、北海道東川町の家事育児サポートは少し違う。移住者が住民の約半数を占め、「住みたくても住めない」と言われるほど人気のこの町が大切にしているのは、“いまここで暮らす町民の幸せ”に寄り添うこと。子育て世帯の日々の暮らしに根差し、数字ではなく生活の手触りを大切にする町のサポートを取材すると、東川町が目指す“豊かさ”の輪郭が見えてきた。
掲載:2025年8月号
北海道東川町(ひがしかわちょう)
北海道のほぼ中央に位置する、人口約8700人の町。東部は山岳地帯で大規模な森林地域を形成し、日本最大の自然公園「大雪山国立公園」の区域の一部になっている。大雪山系の最高峰・旭岳を町の東部に擁し、自然の景観が観光資源として高く評価されている。全国的にも珍しい上水道のない町で、町民は天然水を生活水として利用している。旭川空港から車で約10分、羽田空港から約2時間でアクセスできる。
「住みたくても住めない町」の本当の魅力とは?
東川町は、人口約8700人のうち、じつに約半数が移住者という町だ。少子高齢化と都市部への人口流出が加速するなかで、1993年以降一貫して人口が増加している、全国でも稀有な存在。「移住希望者が多過ぎて、住宅が足りない」とまで言われるこの町は、いったいどんな暮らしを提供しているのだろうか。
その理由を探るべく、昨年、筆者は子どもとともに4泊5日の体験移住をしてきた。滞在期間は短かったが、多くの子育て世帯がこの町を選ぶ理由が、肌で感じられた。
移住先を選ぶ際、〝子育て支援の充実度〞は大きな判断材料の一つになるが、第一子からの保育料無償化が決まっているなど、金銭的な支援の手厚さに限って言えば、現時点では東京に軍配が上がる。圧倒的な税収の差を考えれば、それも当然のことかもしれない。にもかかわらず、地方移住を検討する子育て世帯が増加している理由の一つは、都市にはない「豊かさ」を求めてだろう。東川町は、ほかの自治体を圧倒する充実した支援と、「豊かさ」を両立する町だった。
1985年に「写真の町」を宣言して以来、〝写真映えする町〞として景観整備に力を入れてきた東川町。大雪山を背に広がる田園風景は、どこまでも開放的で、息をのむ美しさだ。そんな風景のなかに、洗練された公共施設や最新のショップ、おしゃれな飲食店が自然に溶け込む。「田舎なのにおしゃれ」「田舎なのに新しい」--これが、私の東川町の第一印象だった。
そしてもう一つ強く感じたのが、この町が〝子育て〞を町づくりの中心に据えているということだ。町の子育て支援を担う、東川町保健福祉課の佐々木英樹さんに取材した。
東川町は1985年に「写真の町」を宣言して以来、“写真映りのよい”町づくりを進めている。町内には大雪山を背景に、どこまでも広がる水田の大パノラマが楽しめるオシャレな飲食店も多い。
おしゃべりは子育てのインフラ。東川町流仲間づくり支援
――移住体験の際に東川小学校を見学し、その敷地の広さと窓からの景観に驚きました。町の中心部の一番よい場所に小学校を置いたところから、東川町が、町の将来を担う子どもの教育を最重要事項の一つとしているんだなということも伝わってきました。(筆者・揖斐 以下略)
「東川町の年間の出生数は40人ほどですが、小学校に入学する学年までに、人数が1.5倍くらいに増えるんです。『東川小学校に通わせたい』という理由で移住してくるご家庭も多いんですよ。私たちが重視しているのは、移住者を含め、今、東川町で子育てをしているすべてのご家庭が、より幸せに暮らせるようにすること。その視点から、支援のかたちを考えています」(佐々木さん 以下略)
――「育児パス・Café共通クーポン」と「お掃除・昼食宅配共通クーポン」、とてもユニークで実用的ですよね!
「育児パス・Café共通クーポンは、一時預かりができる『子育て応援ルームひまわり』(写真A)と、町内のカフェで利用できる1万5000円分のクーポンです。移住者が多いため、親や親戚が近くにいないケースが多く、子育てでの孤立を防ぐために、子育て仲間とカフェに行っておしゃべりをする時間をつくってほしいという思いから始まりました」
A /一時預かりで利用可能な「子育て応援ルームひまわり」。体験移住に訪れた際、私も3歳の娘を預けることができた。
――“おしゃべりのための支援”って、あまり聞かないですよね?
「年少児以上は幼児センターが1カ所なので、同じ年代の子どもを持つ親たちが自然とつながるんですよね。そこで出会った育児仲間と、一時預かりを利用してカフェに行く。そんな光景がよく見られます」
――クーポンが使えるカフェも、東川町らしいすてきなお店ばかりですね。
「今は8店舗で利用できます。東川の食材を使った食事や美しい景観が楽しめる店が揃っていて、好評をいただいています(写真B)」
B/子育てCaféクーポンが利用できる店舗は現在8店舗。上は「お菓子喫茶みうら」の季節のパフェ。下は「天然酵母蒸しパンSitoa」の東川町産の野菜を使ったタルティーヌ。
――その中の一つ、「higashikawa style cafe Zen(写真C)」さんに伺いました。四季折々の草花が咲く庭を眺めながら、町の食材を使った料理が味わえる心地よい空間で、子どもたちも夢中になってぺろりと完食していました。
「Zenさんには、産前産後の昼食宅配にも協力いただいています」
C /「higashikawa style cafe Zen」の2階にはコワーキングスペースがあり、息子は宿題、私は仕事で利用した。木の香りに癒やされる居心地のよい空間。
――「お掃除・昼食宅配共通クーポン」についても、詳しく教えてください。
「こちらは昼食宅配とお掃除サービスに使える2万円分のクーポンです。移住してきた方は、出産前後に頼れる人がいないことも多いので、その分を町が担いたいと始めました。Zenさんとひがしかわ食堂ワッカさんの2軒が対応しており、朝10時までに申し込めば自宅に昼食が届きます(写真D)。掃除はダスキンの専門サービスが使えます。出産前にエアコンや水回りなどの清掃をしたいという声が多く、そういったニーズに応えています」
D/妊婦や子育て期のママの健康を考えた栄養たっぷりのお弁当。写真は「ひがしかわ食堂ワッカ」の地元食材を使用したトマトクリームオムライス(900円)。
――プロに頼めるのはうれしいですね。制度の内容も、〝実際の暮らし〞をちゃんと見てつくられているなと感じます。
「町の妊産婦の声を直接聞いてきた保健福祉課職員たちが制度設計にかかわっています。町には5名の保健師がいて、出生数が年間40人ほどなので、ママと赤ちゃんを全員把握できるんです。今でこそ多くの自治体で妊婦への保健師面談が行われていますが、東川町ではずっと以前から、母子手帳を保健師が直接手渡し、そのときから関係性が始まる仕組みになっているんですよ」
――人口規模が小さい町だからこそ実現できる、寄り添ったサポート体制が整っているのですね。
「2人目以降の出産時には、下の子が1歳未満の間、上の子を短時間保育に預けられる制度あります。ほかにも、産前・産後ヘルパーサポート(1回2時間500円)、タクシー利用や整体・鍼灸・骨盤ケアへの補助(各1万円)など、子育ての負担を軽減するための制度を揃えています」
“放課後”にも豊かさを。東川町の見守り体制
――小学校入学後の子どもたちの、放課後の居場所づくりにも力を入れていますよね?
「東川小学校には地域交流センター(写真E、G)が隣接していて、子どもたちは学校の敷地を出ることなく、学童保育やスポーツ少年団の活動に参加できます。東川小学校以外に通う児童には、下校時刻に合わせた送迎バスを用意(取材時)。さらに、田んぼや畑での自然体験や特色あるイベントも行っており、ほかではなかなか味わえない学びができるんです。長期休みには学童保育昼食サービス(写真F)もあります」
E/学童保育は東川小学校に隣接する地域交流センター内にある。写真はホールからの風景。広大な芝生の向こうに、大雪山国立公園に指定される標高2000m級の山々が連なる。
F/夏休みなど長期休暇中には学童保育昼食サービスを400円という安価で利用できる。写真は七夕ドライカレー。
G/12haの公園、人工芝のサッカー場や野球場、児童たちの体験活動ができる1haの水田、果樹園まである広大な敷地を囲むように、東川小学校、幼児センター、学童保育のある「地域交流センター」、「わくわくプレイス」の会場など、子どもに関するサービスが集約されている。
――それは魅力的ですね! 学童保育は、希望者は全員利用できるのでしょうか?
「以前は1〜6年生まで希望者全員が利用できていましたが、共働き世帯や移住者が増え、150名の定員を超えてしまいました。現在は見守りが必要な低学年に絞り、1〜3年生までが対象です。その代わりに、学童保育を利用できない4〜6年生には、無料の『放課後見守りサービス』を実施しています。加えて、週3回、小学生が自由に集い、過ごし、学べる『わくわくプレイス(写真H・I)』も開設しており、前後期各500円で参加できます。〝与えられたプログラム〞ではなく、子どもたち自身が考え、学び合う場を目指しており、自主性や主体性を育むことを目的としています。どちらの施設でも、東川町独自のIC式ポイントカード〝HUC(ひがしかわユニバーサルカード)〞で入退室を管理し、保護者へ自動で通知が届くので安心ですよ」
H/「 わくわくプレイス」では、稲刈り体験や収穫した米で調理体験などのアクティビティが実施されることも。収穫体験は学童保育でも行われる。
I/子どもに関する施設やサービスがほぼ町の中心部に集まっているので、月に1回程度、遊具などをバスに乗せて、「移動わくわくプレイス」を地域のコミュニティセンターなどでも実施。
――学童保育は、働く保護者のためのサービスという側面が強く、子どもの視点に立つと、決められた施設内で制約のある環境に毎日いることが、本当によいことなのかと不安になることもあります。でも東川町では、どのサービスを利用する場合でも、子どもたちがのびのびと過ごしている様子が目に浮かび、それが保護者にとって何より安心でありがたいと感じます。選択肢があるというのも、心強いですね。
「適疎」が生み出す、豊かで洗練された支援
東川町は、「足りないものがないのでは?」と思うほど、家事・育児にまつわる支援が全方面に行き届いている。ソフト面だけでなく、洗練された景観に調和する公共施設も充実している(写真J)。
「この制度が私の町にもあったら、もっと子育てを楽しめたのに!」と思ってしまうほど。
なぜ、ここまでの支援が可能なのだろうか。
「財源でいうと、移住者が一人増えるごとに地方交付税が増えるので、その分を子育て支援に充てられるという背景はあります。ただ、ほかの自治体が同じことをできないとしたらその理由はおそらく、財源というより組織のあり方にあると思います。東川町役場は縦割りのピラミッド型組織ではなく、職員同士が横断的に連携しながら柔軟に動ける環境です。前町長の〝なんでもやってみよう。失敗しても学びになる〞という精神が、今の組織文化にしっかりと根付いています。市町村合併をせず、自立した町としてやってきたというのも大きな理由だと思います」
佐々木さんの言葉からは、行政だけでなく、町全体の「自分たちの町を自分たちでよりよくしていこう」とする、風通しのよい空気感が伝わってくる。
今後の展望について尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「現在、合計特殊出生率は1.38で、1.5を目指すという数値目標はあります。ですが、数字を追うのではなく、『今、東川町に暮らす子育て世帯が、もっと子育てしやすくなるように制度を見直し、進化させていきたい』と考えています。例えば昼食宅配サービスを土日にも広げられないか、利用可能な店舗を増やせないかなど。制度はつくって終わりではなく、毎年見直しを重ねてアップデートしていくものだと考えています」
人口が増加し続けている東川町だが、町として「人口の増加」を目的にしているわけではない。
「過疎でも過密でもない、適度な疎が存在する町」=「適疎」という独自の考え方を掲げている。〝ほどよく田舎〞な余白があること。それが、都市部にはない余裕や豊かさを日々の暮らしのなかで実感できることにつながる。
家事・育児に関する東川町のサポートは、手厚い助成があること以上に、「目の前にある誰かの暮らし」に根差している点に特徴がある。制度が暮らしの実情に寄り添って丁寧に設計されているからこそ、まるで家族のように心強く感じられるのだ。「適疎」というサイズ感と、移住者が約半数を占めるというユニークな構成。東川町だからこそ実現できる〝町民の幸せに寄り添う支援〞が、ここにはある。
J/ハード面でも先進的な取り組みを進める東川町の象徴が「東川町共生プラザそらいろ」。道産材を使用し町の自然と調和するこの施設は、建築家・隈研吾氏の設計。子どもの遊び場や高齢者の健康づくりルームなどが揃い、町民が世代を超えて交流する拠点だ。©今田耕太郞
「私も子どもの育つ環境を求めて今年の3月に移住してきました。移住検討される方の気持ちもよくわかりますので、お気軽にご相談ください!」(経済振興課 花澤太朗さん)
東川町の移住定住の窓口
問い合わせ/経済振興課 ☎0166-82-2111
https://higashikawa-town.jp/settledown
文・写真/揖斐麗歌 写真提供/東川町
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