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田舎暮らしの本 12月号

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田舎暮らしの本 12月号

10月31日(金)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

【出産・子育て支援】「生まれてきてくれて ありがとう」。地域からの贈り物 ― いま注目を集める「出産記念品」とは?

「ようこそ、生まれてきてくれてありがとう」。その想いを、“かたち”にして届けるまちが、全国に広がっている。木のぬくもり、花の香り、名を刻んだ器や椅子―。それは、モノを超えた、赤ちゃんの誕生を心から喜び、これからも見守っていくという、地域からの温かなメッセージだ。

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掲載:2025年9月号

「すみません」より「ありがとう」を伝えられるまちへ

 母親になり、子育てを始めてみると、「すみません」という言葉をよく使うようになった。

 ベビーカーで電車に乗るとき、レストランで子どもがぐずったとき、周りの視線が気になって、気づけば口癖のようになっていた。心もからだも余裕のないときに、冷たい視線やクレームに出合うと、「自分たちは歓迎されていないのでは?」と感じて、必要以上に落ち込んでしまう。

 子育て中の孤立を防ぐために、各自治体がさまざまな取り組みを行っているなか、「出産記念品」もその一つといえるだろう。出産祝い金やサポート制度とは別に、赤ちゃんの誕生を祝福する「贈り物」を用意している自治体が増えている。まちによって内容は異なるが、どれも「このまちに生まれてきてくれてありがとう」の気持ちが込められている。

 調べてみると、贈り物の内容は多彩で、妊娠後期や出産後9カ月、児童館に初めて来館したときなど、〝贈る時期〞も自治体によってさまざま。そこから、まちごとの子育て支援の〝まなざし〞が見えてくる。それは、経済的支援とは別の、「ちゃんを歓迎し、見守っていますよ」と伝える地域との関係性の入り口だ。

 改めて、子育てをしてきた自分の歩みを振り返ってみると、「すみません」よりも「ありがとう」と言っていた場面のほうが、じつは多かったのかもしれないと気づく。自治体からの出産記念品は、周囲の〝温かなまなざし〞に気づかせてくれる、小さなきっかけにもなっているのかもしれない。

 出産記念品に込められた「歓迎」の気持ちは、子育てを地域ぐるみで支えていこうという、まちの意思表示になる。「生まれてきてくれてありがとう」の気持ちがこもった小さな贈り物から、地域とのつながりが始まっていく。

 

CASE1/歓迎の想いを詰め込んだ “ベビーボックス”

 子どもが生まれた家庭に、育児に必要なグッズを詰め込んだボックスを贈る――。

 この「ベビーボックス」は、フィンランド発祥の制度として知られ、赤ちゃんとその家族を社会全体で祝福し支える象徴的な取り組みである。日本でもこの仕組みに着想を得て、独自の“ベビーボックス”を導入する自治体が増えている。

 鹿児島県日置市では、赤ちゃんに必要な育児グッズを詰め合わせたスターターキット「ひおきコウノトリ便」を、出生届の提出時に手渡ししている。

 「頑張り過ぎないで、優しく、ゆったりした気持ちで育児を楽しんでいただきたい。そんな想いを箱の中にぎっしり詰め込んでいます」と語るのは、日置市健康保険課健やか母子係の下窪さん。

 「子育てに必要なものをボックスに詰め、生まれてくる子どもたちを社会全体で歓迎しています、という気持ちを届けたい。その想いから『マタニティボックス配布事業』が始まりました」(日置市・下窪さん)

 福岡県大木町のベビーボックス「赤ちゃんギフト」も、地域の特色と想いが詰まったユニークな内容。木製プレートやコップ、キルケットには一人ひとりの名前が刺繍されており、大木町の特産であるい草を使った寝ござも入っている。い草には、湿度調整効果や抗菌・消臭効果があるほか、香りによるリラックス効果がある。また、赤ちゃんの運動発達、特にハイハイ期のからだの動きを促す素材だ。そのほか、離乳食に使える昆布とシイタケなど、多世代・多方面からの気持ちが、一つの箱にていねいに詰め込まれている。単なる支援物資ではなく、地域の人びとのまなざしと手仕事が感じられる“贈り物”として、ベビーボックスは新しい命の門出を温かく彩っている。

鹿児島県日置市/マタニティボックス~ひおきコウノトリ便~
鹿児島県日置市(ひおきし)/マタニティボックス~ひおきコウノトリ便~
赤ちゃんに必要な育児グッズがたっぷり。お食い初め用の薩摩焼も。「『何が入っているのだろう……と家族でワクワクしながら開けて盛り上がりました』と好評いただいています」(健康保険課・下窪さん)。

福岡県大木町/大木町赤ちゃんギフト
福岡県大木町(おおきまち)/大木町赤ちゃんギフト
木製プレートの裏面には、赤ちゃんの名前とお誕生日に加え「うまれてきてくれてありがとう」のメッセージが入れられている。廃油石けんも環境のまち大木町ならではの一品。

 

CASE2/木のぬくもりを贈る

 出産記念品のなかでも特に多いのが、地元の木材を使用したおもちゃや食器など、“木のぬくもり”を感じられる贈り物。そこには、木と触れ合うことで自然の大切さを考える心を育み、地元の資源に親しみを持ってほしいという地域の願いが込められている。

 群馬県沼田市では、新たに市民になる赤ちゃんに、天狗伝説や果樹のまちとしての特色、河岸段丘という地形をモチーフにした「てんぐつみき」または「りんごつみき」のいずれかを誕生祝い品として贈っている。「乳幼児期から地元の木に触れることで、沼田市に愛着を持ち、豊かな心を育んでほしいという想いが込められています」と語るのは、農林課森林整備係の家田さんだ。

 沼田市は市域の約80%を森林が占めており、古くから木材のまちとして発展してきた。だが近年では、管理の行き届かない森林が増加し、土砂災害のリスクや野生動物の生息域拡大といった課題も顕在化している。こうした背景を踏まえ、木のおもちゃは、単なる記念品にとどまらず、「木と触れ合う」ことを通じて地域の自然環境とつながる“最初の一歩”としての意味も持っているのである。

群馬県沼田市/ぬまたのりんごつみき
群馬県沼田市(ぬまたし)/ぬまたのりんごつみき
誕生祝い品は「てんぐつみき」と「りんごつみき」(写真)の2種類がある。地元の木材を市内のつくり手が加工している。

群馬県富岡市/とみおかつみき
群馬県富岡市(とみおかし)/とみおかつみき
世界遺産の富岡製糸場を模した積み木。贈られる子どもの生年月日と名前が木箱に刻印されている。

栃木県鹿沼市/ベビー用すのこベッド 栃木県鹿沼市/ベビー用すのこベッド
栃木県鹿沼市(かぬまし)/ベビー用すのこベッド
積み木や花木などいくつかの商品から選ぶことができるギフト。なかでもめずらしいのがベビー用すのこベッド。「木は安心感がある。香りがいい」と好評だ。

岐阜県恵那市/ファースト・マイ・スプーン
岐阜県恵那市(えなし)/ファースト・マイ・スプーン
4カ月健診時に恵那の木を使って職人が心を込めてつくり上げたスプーンをプレゼント。その場で焼きペンを使って、スプーンに子どもの名前やイラストなどを焼き付けオリジナルスプーンを作成できる。焼きペンの作業中は、主任児童委員がお子さんを見守る。

 

CASE3/命を育む “記念樹”

 赤ちゃんの成長とともに、「緑に親しむ心を育んでほしい」という想いから、記念樹を贈る自治体も多い。贈る苗木は、まちの気候にも合わせて、花や果樹などさまざまだ。

 静岡県島田市では、毎年2月末、市内に住民登録のある前年1月1日から12月31日までに生まれた新生児に、市の花であるバラの苗木を贈っている。この取り組みは1974年(昭和49年)に始まり、50年近くにわたって続いている。

 「生まれてきた子どもたちが、バラの苗木とともに成長し、心豊かに育ってほしいという願いを込めてスタートしました」と話すのは、都市基盤部建設課の矢﨑さん。

「 市の花であり、主要な施設園芸品でもあるバラを通じて、特色ある地域づくり『ばらのまちづくり』への関心と理解を深めてもらうことも目的の一つです」(島田市・矢﨑さん)

 さらに記念樹の取り組みは、個人の思い出づくりにとどまらず、まち全体の緑化促進にもつながっている。バラの苗木と一緒に、子どもたちもこのまちで、健やかに育ってほしい―、そんな願いも込められている。

静岡県島田市/誕生の木配布事業
静岡県島田市(しまだし)/誕生の木配布事業
毎年バラの植え付けの時期である2月に、前年に誕生した新生児にバラの苗木をプレゼント。

 

CASE4/伝統と地域の誇りを贈る

 その土地ならではの文化や産業を生かした出産記念品もある。

 長崎県佐世保市では、市の特産であり国の伝統的工芸品にも指定されている三川内焼の「へその緒入れ」または「お食い初めセット」が贈られている。白磁に伝統的な絵柄が施された美しい器は、誕生の記憶を大切に残しておける記念品として人気が高い。

 鹿児島県南九州市では、市の伝統工芸である「川辺仏壇」の製造技術を生かした命名プレートを贈呈。重厚な技術が凝縮された一枚のプレートには、赤ちゃんの名前が刻まれ、リビングに飾る家庭も多いという。「親族や友人が訪ねてきた際に披露しています、といった声も届いています」と市の担当者は話す。

 また、新潟県見附市では「ニットのまち」としての特徴を生かし、上質な“おくるみ”を贈っている。妊娠7カ月ごろに申し込み書を送り、子育て支援センターで手渡す形式をとっており、素材やサイズ感には、実際に育児を経験してきた市内の子育てサークルの声が反映されている。

長崎県佐世保市/へその緒入れ、お食い初めセット
長崎県佐世保市(させぼし)/へその緒入れ、お食い初めセット
第一子はお食い初めセットまたはへその緒入れから選べ、第二子以降は海きららなどのレジャー施設の入場券も加わった3種類から選択可。写真はへその緒入れ。

鹿児島県南九州市/命名プレート
鹿児島県南九州市(みなみきゅうしゅうし)/命名プレート
名前と出生年月日、図柄が入っており、図柄は干支または季節の花から一つ選べる。季節の花は、春=サクラ、夏=ヒマワリ、秋=モミジ、冬=ウメ。

新潟県見附市/おくるみ
新潟県見附市(みつけし)/おくるみ
見附ニット工業協同組合の新商品開発事業において開発された、綿100%で非常にやわらかな触り心地のおくるみ。3種類の柄から選べる。

 

CASE5/まちの個性が光る贈り物

 記念品のかたちは多様だが、どれもそのまちの「らしさ」と「歓迎」の気持ちが表れている。例えば、埼玉県本庄市では赤ちゃんの写真を広報紙の表紙に掲載。富山県小矢部市ではバラ
の花束、大阪府池田市では子ども名義の通帳を贈っている。

 さらに、岩手県野田村では地元の高校生が製作した椅子が贈られるなど、地域の人びとがかかわる記念品もある。

 こうした取り組みは、贈り物を通じて“このまちで生まれたこと”への誇りと、温かなつながりを育んでいる。

埼玉県本庄市/記念版広報紙
埼玉県本庄市(ほんじょうし)/記念版広報紙
出生届の届け出の記念として赤ちゃんの写真を表紙にしたオリジナルデザインの「広報ほんじょう 特別版」を贈呈。

富山県小矢部市/バラの花束
富山県小矢部市(おやべし)/バラの花束
小矢部市ならではの記念品がバラの花束。「出生届の手続きをお子さんのお父さまがされることが多く、出産を頑張ってくれた奥さまへの感謝の気持ちを表す、ちょっとしたサプライズにもなっているようです」(企画政策課・米永さん)。

岩手県野田村/岩手県立久慈翔北高校の生徒製作の木製椅子
岩手県野田村(のだむら)/岩手県立久慈翔北高校の生徒製作の木製椅子
野田村唯一の工業高校である久慈翔北高校の生徒が、生まれた子ども一人ひとりのために製作。祝い金と一緒に村長からの贈呈式も行われる。

 

“居場所”を贈る「君の椅子」プロジェクト

 「君の椅子」プロジェクトは、生まれてきた子ども一人ひとりに、北海道産のミズナラでつくられた世界に一つだけの椅子を贈る取り組みだ。2006年、旭川市立大学のゼミでの会話をきっかけに、東川町からスタートしたこの活動は、今では北海道内の12町村と、福島県葛尾村を含む13自治体へと広がっている。

 贈られるのは、熟練の家具職人が1脚ずつ手作業で仕上げた椅子。デザインは毎年変わり、どれもぬくもりと美しさを兼ね備えている。椅子には、子どもの名前と生年月日、さらに通し番号が刻まれ、その子の存在が唯一無二であることを象徴している。

 「贈りたいのは、単なる記念品としての椅子ではありません。『自分はこのまちに歓迎されて生まれてきた』『自分にはここに居場所がある』という、たしかな実感を贈りたいのです」と話すのは、プロジェクト代表の磯田憲一さんだ。

 「君の椅子」には在庫はない。新しい生命が産声を上げてはじめて制作がスタート。だから手元に届くまでには2カ月半ほどの時間がかかるが、それもまた、この椅子が特別であることの証しだ。100年使える耐久性を持ち、万が一壊れても修理できる環境が整っている。届けられた椅子は、日常のなかで子どもとともにたくさんの記憶を刻んでいく。自分のためだけに、時間と手間をかけてつくられた椅子は、子どもたちに、家族以外にも自分の誕生を喜び、見守ってくれる存在がいたことを感じさせるだろう。その肯定感が、いつか困難に出合ったときの支えとなることを、磯田さんは願っている。

 「『向こう三軒両隣』という言葉があります。かつて地域には、子どもを見守り、支え合うコミュニティがありました。少子高齢化が進むいま、必要なのは経済性や利便性だけでなく、そうした優しくやわらかなつながりではないでしょうか。新しい命のスタートを地域全体で支え、その誕生に『ありがとう』と言える社会でありたいと願っています」

文/揖斐麗歌

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  • 群馬県沼田市/ぬまたのりんごつみき
  • 群馬県富岡市/とみおかつみき
  • 栃木県鹿沼市/ベビー用すのこベッド
  • 栃木県鹿沼市/ベビー用すのこベッド
  • 岐阜県恵那市/ファースト・マイ・スプーン
  • 静岡県島田市/誕生の木配布事業
  • 鹿児島県日置市/マタニティボックス~ひおきコウノトリ便~
  • 福岡県大木町/大木町赤ちゃんギフト
  • 長崎県佐世保市/へその緒入れ、お食い初めセット
  • 鹿児島県南九州市/命名プレート
  • 新潟県見附市/おくるみ
  • 埼玉県本庄市/記念版広報紙
  • 富山県小矢部市/バラの花束
  • 岩手県野田村/岩手県立久慈翔北高校の生徒製作の木製椅子
  • 君の椅子プロジェクト

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