日本一の公教育のまちを目指し、「子育て・教育」への施策を重点的に進める安平町。その環境を求めて移住するファミリーも増えている。1月に行われた現地移住ツアー「あびらの教育と暮らし、まるわかり」では、公私連携で運営する認定こども園、昨年開校した町立の義務教育学校、総合型地域スポーツクラブなどを見学、安平町の教育の魅力に触れた。
掲載:2024年4・5月号
CONTENTS
北海道安平町 あびらちょう
札幌から約60km、北西に千歳市、南西に苫小牧市と接する丘陵地に位置する。人口約7300人。年平均気温6.5℃。チーズやメロンなどが特産で、名馬ディープインパクトの故郷として知られる馬産地。ユニセフ日本型「子どもにやさしいまちづくり事業」の実践自治体に承認された全国5自治体の1つ。新千歳空港から車で約20分。
移住者の7割が子育て世代。移住ツアーは教育環境の見学
安平町の冬の暮らしを体験してもらおうと、1月に開かれた現地移住ツアー。当日は冬型の気圧配置も緩み、新千歳空港からの道道は路面に雪もなし。わき道に入って薄い圧雪を慎重に進めば、すんなりと集合場所の「はやきた子ども園」に到着。幼稚園・保育所・子育て支援が一体になった幼保連携型認定こども園だけに、中に入ると土曜日とはいえすでに数人の子どもたちが遊んでいる。
それぞれ東京と大阪から参加する2組が集まると、今日のツアーに同行するスタッフが自己紹介。ほとんどが子育て中の移住組で、親しみを感じる8人だ。
「安平町は降雪量も札幌の半分ほどですし、空港から近く恵まれた立地です。それでも進む人口減少への対策を考えるにあたって、地域全体で子どもを育てる気風こそが町の強みと捉えたわけです」
と言うのは役場政策推進課の木村誠さん。町ではもともと、ふるさと教育が盛んで、地域の協力で職場体験や農業体験、環境学習などが行われてきた。
2017年に策定された第2次安平町総合計画では、目指すべきまちづくりの方向性に「将来にわたって子どもの声が地域に響き、若者・子育て世代で賑わうまち」を掲げ、優先すべき政策分野を「子育て・教育」、それによる効果が発揮される政策分野を「移住・定住対策&回遊・交流促進」としている。
「23年、安平町は91 人の人口社会増でした。転入者の約7割は子育て世代です。町の子育て・教育環境を求める人は確実に増えていると思います」
現地移住ツアーを案内してくれたスタッフは、移住を担当する町の政策推進課や、地域おこし協力隊、まちおこしや教育に携わる事業者の皆さん。
はやきた子ども園。建設当初は町営としてスタートし、運営が民間に委託された。
馬産地の風土を生かし、園庭で2頭の道産子を飼育。専門の飼育員のもと、掃除やブラッシングなどは子どもたちが担当。年中組から乗馬ができる。
公私連携の人気子ども園。園庭はみんなで手づくり
「はやきた子ども園」は、0歳児から5歳児まで定員150人のところ、約190人が通う人気の園。町内だけでなく隣接する苫小牧市や千歳市などからの通園もある。園はもともと町立だったが、近隣の恵庭市で森の活動などユニークな幼児教育に取り組んでいたリズム学園に14年より運営を委託、公私連携による幼保連携型認定こども園は全国に先駆けての試みだった。教頭の梅原健吾さんは言う。
「子どもたちの知的好奇心が育まれるようにと、屋内の飾り付けや山のある園庭はみんなで手づくりしました」
地域住民が一定の責任と権限を持って学校の運営に参画するコミュニティ・スクール(学校運営協議会、以下CS)は、いま、全国の自治体が設置に取り組みつつある。安平町では13年に全道の町村に先駆けてCSを設置。町内の全小中学校、高校のほか、独自の条例を定めて民営のはやきた子ども園にもCSを導入した。
「CSを通じて保護者の方だけでなく、地域の方や、各学校にも園の理念をお伝えして、協力いただけるのは安平町ならではのよさだと思います」
と梅原さん。森で遊んで焚き火をしたり、薪割りをしたり、冬は年中組以上がスキー場に行くなど、子どもたちが園から町内に出て遊ぶ機会も多い。
園庭の遊具もスタッフと子どもたち、保護者がみんなで手づくりした。
お父さんと一緒に東京からツアーに参加した常笑(とえ)くんも、雪の園庭に大喜びで、遊びに夢中。
冬のお楽しみは雪遊び。年中組からはスキーができる。板とスキーシューズは園の備え付けで。
「ここは『おもちゃ図書館』のコーナーです。好きなおもちゃを選んで借りられますよ」と、梅原健吾さん。
放課後の児童が通う児童クラブは、児童館を兼ねて、子ども園の中にある。幼児と児童のお迎えは1カ所で完結。
子どもたちのスポーツを町ぐるみで応援するしくみ
18年に発生した北海道胆振東部地震では安平町も大きな被害を受けた。中学校は校舎の床にひびが入り、敷地には地割れも。体育館は避難所になった。しかし危機に瀕し、力を合わせて何とかしていこうとする町民の意識は強まった。
そうしたなかで生まれたNPO法人に、アビースポーツクラブがある。クラブマネージャーの鳥實裕弥さんは言う。
「町内では長年子どもたちがスポーツ少年団で野球やサッカー、バレーボールなどに親しんできましたが、地震後は活動の場所がなくなってしまって。そこで、各種目の指導者や有志が集まり、運営や送迎をサポートする組織をつくりました」
現在は安平町の総合型地域スポーツクラブとして14団体、約280の会員が参加。企業からの寄付も集めるなど、子どもたちを地域全体で支えるしくみの1つとして機能している。中学校の部活動の地域移行の議論も進むなか、その受け皿としても期待されていると鳥實さん。
「今後はスポーツだけでなく、吹奏楽など文化芸術活動もサポートしたいと考えています。また、健康運動教室や大人のスポーツイベントもあり、子どもから大人までがやりたいことを続けられる場所をつくっていけたら」
町民センターでは、アビースポーツクラブの5周年イベントが開かれ、遊びや食べ物のブースが並んだ。雪上の焼きマシュマロに子どもたちが集う。
アビースポーツクラブの鳥實裕弥さん。佐賀県出身でサッカー経験があることから指導者に。ヒッチハイクの旅の途中、地震被害に遭った安平町でのボランティアから当地に移住。
地域の公教育の新しい方向は、みんなの学校・わけない学校
地震被害を受けた早来(はやきた)中学校の再建に向けては、小学校の建て替えと合わせて小中一貫の義務教育学校の設置を決めた。町民の声を聞く場として「新しい学校を考える会」も発足。子ども、保護者、地域の人が話し合い「自分が〝世界〞と出会う場所」「みんなの学校」がコンセプトとされた。設計には、教育環境、建築、ICT環境の各分野でスペシャリストが参画。1年3カ月の工事期間の後、昨年春に「早来学園」が開校した。
現地ツアーの昼食は図書室の奥にあるアトリエでいただく地元産食材のお弁当。その後、教育委員会次長の永桶憲義さんの案内で早来学園の見学に。
「アトリエや図書室はすでに早来学園の校舎内です。このほか大中のアリーナやステージ、工作室など学園内の地域開放区域を『まなびお』と呼んでいます」
早来学園は空間や年代を隔てない「わけない学校」を掲げている。小中学校をわけないだけでなく、子どもと大人、地域と学校をわけずに、枠を超えて、地域みんなで子どもを育てていく場所。その考えのもとに「まなびお」がある。
「セキュリティーの確保にはICTを使いました。教室のあるエリアに入れるのは顔認証システムに登録された人だけです」
永桶さんはセンサーに笑顔を向けて扉を開けると、現地ツアーの一行を、休日の学園の広々した廊下へと誘った。
早来学園では中学生にあたる7学年以上は教科ごとの教室で学ぶ。外国語教室には移動自在のテーブル付きキャスターチェアを配備。
校舎は北海道建設部の2023年度赤レンガ建築賞を受賞。廊下は光のプロムナードと呼ばれ、頭上の木造架構の間から自然光が差し込む。
7学年以上のホームルーム。教科学習のない空間で、生徒の自主性に任されたしつらえには、各クラス個性がある。
アリーナに設けられたステージは音楽教室と兼用で奥行きも充分。
広い廊下の一角には図書コーナーがあった。
校舎に直結した大中2つのアリーナは地域住民にも開放されている。
図書室は一般に開放され、児童生徒がより多くの本を知り、町の大人とも出会える場所になった。
支倉常明(はせくらつねあき)さん(43歳)、常笑くん(4歳)。常明さんの仕事は場所を選ばず、小学生の大半が受験勉強に勤しむ東京を離れようと地方の教育先進地への移住を検討中。
大阪から参加した夫妻。子どもが小学校に入る来年に向け、自ら考える力を育める環境を探している。「お迎えなど子どもの時間に合わせられる仕事を見つけられるかもポイントです」と夫のKさん。
【安平町のすごい! 教育への取り組み】
学校教育と社会教育をつなげて子どもたちの挑戦を応援
安平町の教育環境は認定子ども園や小中一貫による学校教育と、総合型地域スポーツクラブなど地域コミュニティーがその一翼を担う社会教育の両輪に支えられている。さらに学校教育と社会教育をつなぐ安平町独自の教育事業として「あびら教育プラン」がある。遊びを通して非認知能力を高める「遊育」、テーマに沿った探求型授業を行う「あびらぼ」、子ども自身がプロジェクトを実践する「ワクワク研究所」、挑戦への賛同者を募る「ABIRA Talks」の4つを軸に、子どもたちの挑戦心を育む。運営は各地で地方共創のプロジェクトを手がける「株式会社FoundingBase」が担当。
「遊育」は乳幼児から小学生までを対象に「機会・場所・遊びそのもの」の3つを提供。
「あびらぼ」は小学5年生から中学3年生までを対象にした探求型授業の放課後教室。
「ワクワク研究所」は子ども自身の興味に基づいたプロジェクトをサポートする。
「ABIRA Talks」は小学生から大人までが、やりたいことやアイデアを発表して出資を募る。
【教育移住を実現した先輩に聞きました】
安平町の魅力を教えて!
我妻敬祐さん●44歳
北見市出身。勤務先のあった札幌市内に住んでいたが、娘の佳穂さん(4歳)の成長に合わせ、通勤圏に戸建てを建てられる土地を探し、昨年4月、安平町に新築して移住。
「札幌までぎりぎり通える範囲で移住を決めましたが、転勤になって室蘭まで車と特急利用で1時間30分かけて通勤しています。自営の妻は東京出張があり、空港が近いのは便利です。住んでみての感想は、いろいろな場面で人の温かさを感じること。町のいちばんの魅力は教育です。子ども園は泥だらけになって外遊びできるのがいいですね。都会の保育園ではあり得ません」
丸山 明さん●39歳
兵庫県出身。大学卒業後にカルチュア・コンビニエンス・クラブに勤務し「函館 蔦屋書店」の立ち上げから運営に従事。昨年7月に妻の明日香さんの故郷、安平町に移住。
「前職にやりがいを感じていましたが、子どもが生まれて、定住できる場所で新たに挑戦したいと考えました。子どもの教育と、まちづくりにかかわってきた私のキャリアを生かして働ける環境の両立を求めて移住してきました。現職は『あびら教育プラン』を運営するFoundingBase。同僚や行政の若いメンバーから熱意を感じるのも、この町の大きな魅力です」
安平町の子育て支援
〇安平町出生祝金
出生児1人につき、町内加盟店で使用できる5万円相当の「ポイントあびら」を贈呈。入浴券も選択可
〇保育料の負担軽減
町内の認定子ども園に同時入所する場合、2人目半額、3人目以降無料
〇高校生以下の医療費無料
保険診療の自己負担分を助成
〇インフルエンザ予防接種費用助成
15歳以上18歳以下は自己負担1100円、14歳以下は自己負担550円で接種可
〇特定不妊治療に町独自の助成
保険適用後の自己負担額を助成し、保険適用外の先進治療についても20万円を限度に助成
〇妊婦健診などへの助成
受診料金と通院交通費を助成(上限あり)
〇子育て関連施設の集約
子ども園、放課後児童クラブ、児童館、子育て支援センター、発達支援センターの機能を1施設に集約(町内に2拠点あり)
「冒険遊び場ガンケ山」は、工作、穴掘り、焚き火、水遊びなど、子どもがのびのびと遊べる地域の遊び場。
安平町の移住支援情報
住宅建築に助成金。移住者と子育て世帯に加算あり
①安平町で住宅を建築または築2年以内の住宅を購入すると、町分譲地なら20万円、そのほかは10万円。①で町外から定住前提に転入した場合はそれぞれ20万円、10万円を加算。②で中学生までの子どもがいる場合は10万円加算。いずれも町のポイントで助成される。
家具家電などが揃った戸建ての「おためし暮らし住宅」は子育て世代の世帯が対象。料金は1週間7500円より。
町分譲地はJR追分駅より徒歩8分。81万2400円(262.49㎡)〜。
「ご希望に合わせてご案内します。お気軽にお問い合わせください!」
政策推進課 郡 宏夢さん
問い合わせ先/政策推進課 政策推進グループ
☎️0145-22-2751
https://www.town.abira.lg.jp/
文・写真/新田穂高 写真提供/安平町
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