華やかな甘いマスクで邦画界に新鮮な風を吹かせる俳優の寛一郎さん。歴史エンターテインメント番組『タイムスクープハンター』(NHK)を手がけた監督による映画『シサム』で、アイヌ民族の風習や文化に触れて自分を見つめ直す武家の若者を演じています。映画のこと、俳優の大先輩でもある祖父と父親のこと、田舎暮らしへの思いを聞きました。
掲載:2024年10月号
かんいちろう●1996年生まれ、東京都出身。2017年に『心が叫びたがってるんだ。』で映画初出演。『菊とギロチン』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で多数の新人賞を受賞。主な出演作に大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、『せかいのおきく』『首』『身代わり忠臣蔵』などの映画がある。映画『ナミビアの砂漠』が公開中、『グランメゾン・パリ』が公開待機中。
もともと興味があったアイヌ民族の文化
「小学2〜3年生のころ、2週間ほどのサマースクールでアイヌ民族の生活や文化に触れたことがあって。もともと興味がありました。それから十数年、アイヌ文化はさらに失われつつあります。映画はそうした文化を残すツールになるだろうと」
『シサム』のオファーを受けたときのことを、寛一郎さんはそう振り返る。江戸時代前期、〝蝦夷地〞と呼ばれた北海道を領有する松前藩。寛一郎さん演じる高坂孝二郎はアイヌとの交易のために兄と蝦夷地へ向かうも、兄は旅の途中で命を落とす。孝二郎も重傷を負い、アイヌの人びとに救われる。
「孝二郎は最初、一言でいうなら半人前で。兄の復讐に燃えたのをアイヌの人たちの温かさに触れ、許すというフェーズ(局面)に入る。僕も孝二郎とまったく同じではありませんが、そうした思いを大なり小なり経験しました。最後に、彼がどう解決するのかが問題で」
孝二郎は村のリーダーの家に身を寄せて寝食を共にする。郷土料理「カジカ汁」でもてなされ、川を汚さずに必要な分だけサケを獲って。非暴力、自然との共生を体現する彼らの姿は、侍として敵討ちを誓う孝二郎の信念を揺るがせる。
「劇中同様、アイヌでは数人で一組になり、サケの進む方向をふさいで1人がたいまつを持ち、その灯りを頼りに漁をしたらしいです。僕も獲りましたよ。それで干物にするため、おろした身に串を通すのですが、皮がかたくて! あらかじめキリで穴を開けてました(笑)」
アイヌに伝わる竹製の板にひもが付いた楽器「ムックリ」にも挑戦した。ひもを引き、振動で音を出して口腔に共鳴させる。
「あれ難しいんです。でもうまい人は、口の開け閉めで音程も操ります。僕は役のために習ったのではなく遊んだくらいで、しかもいくつか壊してしまって。〝やめてください〞と言われ、〝ゴメンなさい……〞と(笑)」
ロケ地は北海道白糠町(しらぬかちょう) 。撮影 にはアイヌ民族の伝統住居「チセ」を復元し、エキストラにはアイヌの血を継ぐ人も。
「白糠町は釧路から車で30分くらい。撮影は昨年の6月〜7月でしたが涼しく、扇風機があるくらいでエアコンは使わないとか。スタッフ、キャストと1カ月半ほど滞在しましたが、決して大きな町ではないので、食事に行くところはほとんど決まってくる。撮影を終えてお風呂に入り、ご飯を食べに行くと誰かがいて、お疲れ様です!と。半分、暮らすような感覚になりました。地元の方がたくさん手伝ってくださったのですが、僕らもかなり経済に貢献したかと(笑)」
劇中の孝二郎は村に滞在するうち、アイヌにもさまざまな問題があることを知る。和人(=シサム)によるサケの乱獲や川の汚染、不平等な貿易への不満の蓄積。和人への蜂起の機運が高まるが、争いが起きるからくりは、そのまま現代にも通じるよう。
「イギリスの作家ジョージ・オーウェルの『1984』という小説だったか、〝戦争には暴力での決着しかなく、解決というものは存在しない。結局人類は愛でもお金でも話し合いでもなく、暴力で決着をつけてきた〞という意味のことが書かれていて。だからこそ、それとは違う最善の策を選びとろうとする孝二郎はステキだなと」
西部劇を思わせるような古典的構造でありながら、なぜ争いが起きるのか? 自然との共生について考えさせつつ、人間ドラマとしての奥行きを持つ豊潤な物語が展開する。
「時代劇とアイヌ民族の文化とエンターテインメントがいいあんばいに融和し、新しさを感じました。観やすくて、間口の広い映画になったと思っています」
映画を新しい時代につなげたい
1949年に刊行されたSF小説が、会話の中でごく自然に出てくる寛一郎さん。かなりの読書家?と思うが、ふだん小説はほとんど読まないそう。
「哲学書のほうが肌に合うんです、物事の原理を知るのが好きで。人間を知ることにつながり、役づくりにも役立つ気がします。そうした原理を言葉で説明できると、1つ安心できる材料になる。自分の役を監督や共演者らと共有し、話し合うときにも役立ちますから」
人間を知る――、それはまさに俳優業に直結するはず。彼自身は演じることに今、どんな面白さを感じているのだろう。
「いろんな人と出会えるのは面白いです。それから今回のアイヌ、『プロミスト・ランド』のマタギ、『せかいのおきく』の江戸もそう。作品を通していろいろな文化を学べます。この年で、といっても僕はまだ若いですが、毎回学び続けられるって幸せなことで」
以前から「映画という文化を残すために役者をやりたい」と語っていた寛一郎さん。そんな志を抱いて役者業に取り組む人もなかなかいない。
「それは後付けに近いところもありますが、本当にそう思っているんです。今回の『シサム』もそうで。昔の邦画を観て興奮してきた人間なので、映画というものを新しい時代につなげたい。使命感というほどではありませんが、そうできればうれしいです、という感じで」
祖父の三國連太郎、父の佐藤浩市。彼らの大き過ぎる背中を見て育ったからこその背負い方にも思える。
「それは関係ありますね、絶対にあると思います。でも俳優でなくても、家族の文化を継承するって大なり小なりありますよね。ミクロでいえば、〝ウチは目玉焼きにソースかけるけど?〞とか(笑)。それが自分の場合は俳優業で、でもそれを家業というとちょっと大層なことに聞こえますけど」
それでいて過去、「父は目標ではなくライバル」と言ったのも凛々しいが、本人は「そんなこと言いました!? 言葉で聞くと恥ずかしい」と苦笑い。
「こんな話があります。40〜50代のある実業家が〝今世では70%ほどはやりたいことができたので、あとは息子に託す。そこから先は息子が考えればいい〞と。それを聞いた知り合いが、するとその息子も仮に70%だったら、いつまで経っても100%はならないとハッとして、自分は100%やりきらなきゃ!と思ったらしいんです。それで僕も、例えば自分が父親を目標にし続ける限り、彼を超えることはできないなと。目標という言葉が嫌なだけかもしれません」
親から引き継いだものを70%で切り抜けるのではなく、自分自身を100%生きる。それ、いけそうですか?と尋ねると、「頑張りますよ。みんな頑張りましょう!」。そう言って笑いながら、27歳の若者に励まされてしまう。まだデビューしたてのころに「根拠のない自信がある」と語っただけのことはある。
「それも恥ずかしいですけど、若いときって誰でもそうですよね。なんかできる気がする、みたいな。そこから年齢を重ね、時代や歴史を含めて物事を知っていくと、自分が今どこにいるかがわかるようになる。視座が高くなり、見える範囲が広がります。それでいて若いときというのは無知ですが、知らないというのは最強でもあって。〝無知の知〞ではありませんが、相対的に自分の位置を知って苦しくなることもあるなと。それで今の自分は、そこを超えたところにいるのかも。根拠のない自信はありませんが、根拠づけられるよう、自信を蓄えているところかなと」
そうして得た視野から見る俳優・寛一郎を、彼自身はどう感じているのだろう?
「どうなんでしょう? まだ、あまり面白くない気がします。もうちょっと頑張れよ!って
(笑)。本人は頑張っているつもりですが、何が足りないのか……? 人間としての面白さ、深みのようなもの。経験を積まないと、人としても役者としても、面白くならないみたいです」
では新たな経験として、田舎暮らしなんてどうでしょう? 無理やり水を向けてみると、「めちゃくちゃ興味あります」という意外な答えが。
「今、屋久島で撮影しているのですが、移住してきた方が多く、お話を聞くと面白そうで。僕自身は東京生まれの東京育ちで、どこか都会は居心地がいい。でも最終的には、海の見えるところでのほほんと暮らしながら仕事に行く。そんな生活に憧れます」
具体的には、空気がよさそうで、東京へのアクセスも悪くない鎌倉や葉山がいい。でも釣りやサーフィンと、海で遊びたいわけではないらしい。
「海の景色が見たい、海の見えるところで焚き火がしたいんです。夕日の時間になると空がだんだん赤くなり、焚き火の赤と重なっていく。すると急に周囲が暗くなり、焚き火の光量だけになる点……。そう聞くと、聞いているだけで、海辺で焚き火がしたい!と思って」
その話を聞くこちらも映像が浮かぶ。「薪ストーブもいいですよね、薪割りをしたり」と続けると、「うん、いいですね」と彼も新たな映像が浮かぶ様子。
「実際にやってみたら、なんか違うと思って東京に戻るかもしれませんが、一度は経験したいと思っているんですよね」
『シサム』
(配給:NAKACHIKA PICTURES)
●監督:中尾浩之 ●脚本:尾崎将也 ●出演:寛一郎、三浦貴大、和田正人、坂東龍汰、平野貴大、サヘル・ローズ、藤本隆宏、山西惇、佐々木ゆか、古川琴音、要潤、富田靖子、緒形直人 ●9月13日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開
松前藩士の高坂孝二郎(寛一郎)は、生業であるアイヌとの交易のため、兄の栄之助(三浦貴大)、使用人の善助(和田正人)らと蝦夷のシラヌカへ旅立つ。荷物の横流しを画策する人間に栄之助は命を奪われることに。復讐を誓う孝二郎も負傷し、アイヌの村人に助けられる。アイヌの人びとのなかにはシカヌサシ(坂東龍汰)ら、和人に恨みを持つ者もいた。
©映画「シサム」製作委員会 https://sisam-movie.jp/
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
ヘアメイク/KENSHIN スタイリスト/坂上真一(白山事務所)
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