木炭やシイタケ原木の産地だった阿武隈山系は、人と里山が共存してきた地域。しかし、原発事故で両者のつながりが崩れかけた。それを取り戻すべく、ツリークライミング®の楽しさを伝え続けてきた移住者がいる。活動にかける思いなどを伺った。
掲載:2024年10月号
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福島県田村市(たむらし)
福島県中通り最東端に位置し、約6割が山林で占められる中山間地域。人口は約3万3000人。阿武隈(あぶくま)高地が南北に走り、最高峰の大滝根山の西斜面に仙台平(写真)が広がる。地下には観光資源として有名な鍾乳洞の「あぶくま洞」がある。東北新幹線郡山駅から磐越東線で船引駅まで約25分。
子どもたちや高齢者、障がい者も木に登る!
福島県田村市へ移住し、ツリークライミング®の楽しさを伝える活動をしている久保優司(ゆうじ)さん。体験会で使用したシデという広葉樹とともに。ほかにもクライミングに向くのはケヤキ、コナラ、クヌギなど粘りのある木だとか。
子どものクライミングの手伝いをする香世(かよ)さん(中央)。優司さんとともにツリークライミング®の楽しさを伝えながら、自らもクライミングを楽しんでいる。
ツリークライミング®とは、専用のロープやサドルなどを使用して木に登るアトラクション。アーボリスト®(樹護士®)の姿に憧れたアメリカの子どもたちの声から生まれた。
田村市の久保優司さん(58歳)は2017年に「ツリークライミング®クラブ どんぐりの芽」を設立し、現在42名の会員がツリークライミング®を楽しむとともに、年に20回以上の体験会を通じて多くの人に木と友達になってもらう活動を行っている。年間の参加者は約500名。うち約8割が子どもだ。
「自分の力で木に登るという達成感から、ケンカしていた親子がいつのまにか仲直りしたり、普段は無口な子どもがおしゃべりになったり、不思議な反応が生まれるんです」と優司さん。
もちろん大人も参加しており、「体験会を手伝っているうちに私も登りたくなったので、スタッフになりました」と妻の香世さん(56歳)は話す。
今までの参加者で最高齢は88歳。体験会は通常、1回60〜90分。下りてきたときに「ありがとうございます」と木に挨拶し、登ったことを証明するカードを受け取る。このプログラムは「ツリークライミング®ジャパン(TCJ)」のやり方に沿ったものだが、参加した人が達成感を得られるのがよくわかる。さらに車イス生活の障がい者も受け付けているという。安全性を確保するための準備は大変だが、そこまで対象にしているのは国内ではTCJの本部と「どんぐりの芽」だけだ。
優司さんは岩手県で検察事務官を務めていたが、東日本大震災の発生後は休日にがれき処理の災害ボランティアに参加。全国から岩手にやってくる人たちと出会い、「助けてもらっているばかりでなく、何か恩返しをしたい」という思いから福島県の除染ボランティアに応募した。荒れていく福島の里山を見て、森を守るために移住して林業を始めようと決意。
スクールカウンセラーとして働いていた香世さんは岩手を離れることに心残りがあったが、「今やらないと死んでも死にきれない」と言う優司さんの強い意思を受け入れて13年に夫婦で田村市に移住。
ロープを使って木に登る子どもたち。誰もが達成感を得られて、木と友達になれる瞬間だ。
木に登るとまったく違う風景が目に飛び込んでくるのもツリークライミング®の魅力。木の上でキャンプやバードウォッチングなど楽しさは広がる。(活動の本拠地・田村市の「スカイパレスときわ」にて)
アーボリスト®で稼ぎ、休日にクライミング
林業の会社と森林組合で知識と技術を学んでいたが、樹木の管理全般に携わるスペシャリスト「アーボリスト®」の世界に出合う。高い木に登る技術と樹木への幅広い知識を得て、重機が入らない場所や住宅に密接し倒木のリスクがある樹木の伐採・剪定なども行え、樹木への適切な管理ができるように。
優司さんは2年前にアーボリスト®主体の会社を立ち上げ、平日は9名のスタッフと働いて収益を確保しながら、休日にツリークライミング®の活動を行っている。
「体験会をやるにはファシリテーターという資格が必要で、うちには4名います。現在は主に福島県中通りの自治体などの依頼で開催していますが、もっと増やして会津や浜通りまで広げたい」と抱負を語る優司さん。
福島県ではツリークライミング®が盛ん、と広く知られる日がやってくるかもしれない。
「ツリークライミング®クラブ どんぐりの芽」は、愛知県に本部がある「ツリークライミング®ジャパン」の認定クラブ。1つの体験会で10名ほどの会員が運営・指導にあたる。
「どんぐりの芽」には、ジュニア・ツリークライマーの有資格者も3名いる。大人と一緒に参加者をフォローしてくれる頼もしい仲間だ。
ツリークライミング®の魅力は?
「ぜひ一緒に木に登りましょう! 普段とは違う景色が見えますよ」と久保優司さん。
小学生以上であれば、老若男女、体力、体格に関係なく、誰でも木に登ることができます。木と友達になり、自然を愛する心を育むことができます。そして、疲れたからだや心を自然が癒やしてくれます。二酸化炭素を吸って酸素を出してくれる広葉樹には微生物、菌類、昆虫、小動物などさまざまな命がかかわっていて、常に更新している若い命と触れ合えるのもツリークライミング®の魅力です。
ツリークライミング®クラブ どんぐりの芽
☎090-2843-7965(久保さん)
http://dong-guri.org/
田村市の移住の問い合わせ
空き家バンク物件のリフォーム費用を最大250万円補助
移住定住のサポートに力を入れている田村市。空き家バンク物件のリフォーム費用を最大250万円補助や、賃貸住宅の家賃を上限月4万円で補助、15歳以下の子どもがいる世帯が転入から3年以内に住宅を新築する場合に最大180万円の補助などを行っている。また福島県12市町村移住支援金として、世帯に最大200万円、単身世帯に最大120万円を支給。支援金や補助金にはそれぞれ要件あり。
お問い合わせ:田村市企画調整課 ☎0247-61-7615
たむら暮らし - 福島県田村市の暮らしがわかる移住・定住ポータルサイト
田村市の移住相談窓口である「田村市・東京リクルートセンター」を渋谷スクランブルスクエア内に開設。☎050-5526-4583(10:00~20:00、年末年始を除く)
田村市では、林業体験ができるプログラムも実施。
「ぜひ一度ちょうどいい田舎へ来てみませんか」(田村市企画調整課の鈴木智亜稀さん)
文・写真/山本一典 写真提供/ツリークライミング® クラブ どんぐりの芽、田村市
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