海外や鹿児島の離島、北海道などに移り住んだ坂井友子さん(50歳)。それは、秘境で自然と一体となり、心が満ち足りる暮らしを探す旅でもあった。現在は沖縄県の西表島で働きながら自然と触れ合う生活を送っている。なぜ秘境にひかれるのか? そして彼女の求めるものはどこにあるのか? 秘境を求めてやまない1人の女性に話を伺った。
掲載:2024年12月号
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島の約90%がジャングルに覆われた西表島。写真の仲間川流域にはマングローブ林が広がり、貴重な自然を見ることができる。©OCVB
沖縄県竹富町西表島(たけとみちょう・いちおもてじま)
沖縄県の八重山(やえやま)諸島に属し、沖縄県内で沖縄本島に次いで二番目に大きな面積を有し、島の約90%がジャングルに覆われている離島。日本最南端の波照間島(はてるまじま)に近く、沖縄本島よりも台湾のほうが近い。イリオモテヤマネコやカンムリワシ、マングローブ林など珍しい動植物の宝庫で、2021年に世界自然遺産に登録。エコツアーなどの観光が盛んで、訪れる観光客も多い。島内に大きなスーパーやコンビニはなく、不動産会社もない。賃貸物件もすぐに決まってしまい、慢性的な住居不足だ。住まい探しは、島へ通い知り合った地元の人のつてか、住み込みの寮などになる。
石垣島離島フェリーターミナルから、西表島の上原港もしくは大原港行きの2つの航路があり、約40~50分。1日4~6便。写真は大原港。
秘境を求めて西表島へ移住した坂井さん。自然と触れ合うことで、自分らしく生きることができるようになった。黄色いキチョウが飛び回る西表島のユツン川を裸足で散策する。
憧れは秘境でカフェ!? 自給自足の暮らしを求めて
私は子どものころから、なぜか秘境にひかれていました。田舎や島、手つかずの自然のなかや自分が知らないところで暮らしたいと、今でも思うんです。新潟県の自然豊かな村である下田村(現・三条市)で生まれ、野山とともに生活していたからでしょうか。新潟大学へ進学して、都会の暮らしもしましたが、私には田舎での暮らしのほうがしっくりきていたんですよね。
大学院生のころ、学校の近くにあった箱のような外観のカフェが素敵で、カフェをやりたくなったんです。そのころ、趣味で陶芸教室に通っていて、そこでつくった私の器を、カフェのママさんに見せたら買い取って使ってくださったんです。それで単純ですが、「カフェをやりたい! やるなら秘境がいい!」と。今考えると秘境でカフェって矛盾してますよね。
大学院卒業後、臨時の高校教師をしてお金を貯め、秘境カフェを求めてマリ共和国へ行きました。マリ共和国は、かつてマリ帝国があったとても神秘的な国です。でも、砂漠なんですよ。私がイメージする秘境は、水があり、木々が生い茂るところ。農耕をしなくても食べ物が手に入るような緑豊かなところなんです。理想郷に簡単にたどり着けるはずもなく、日本に帰国しました。
それでは消化不良で、鹿児島県の口永良部島(くちのえらぶじま)で暮らすことに。大学の同級生と結婚して2人での生活です。家賃月1万円の古民家でしたが、土間のドラム缶には湧水が満ち、庭にはバナナやガジュマルの木があり、離れに五右衛門風呂と汲み取り式の甕かめのトイレ。母屋には電化製品。穴窯をつくって陶芸を始め、自給自足のために畑を耕しました。ただ、子どもを流産してしまって……。島内には診療所しかなく、大きな病院には船でしか行けなかったのです。「ここでなければ助かったかもしれない」。どうしてもそう考えてしまうんです……。その結果、離婚して島を離れることを決意しました。
二度目の結婚生活は、日本一寒い北海道の町
新潟の実家に戻ったところ、中学校の同級生と再会し結婚。北海道へ移住することになりました。北海道に決まったのは、大きな意味で島であるのと、日本のなかで唯一自給自足している都道府県だったからです。
「全国で最も寒い町」である陸別町で古民家を借りました。周囲に建物がないポツンと一軒家です。すき間だらけで冬は寝ている頭に雪が積もり、鼻毛が凍るんですよ(笑)。
子どものことを考慮して、陸別町の小さな集落の元郵便局という建物へ転居。そこで、ランチ・デザート付きの陶芸教室を始めました。さらに、大工の夫とともに少しずつ手を入れ、カフェを開業しました。当時、北海道では人里離れた「はぐれカフェ」が流行で、それを面白がってくださり、雑誌の取材もたくさん受けました。カフェも軌道に乗ったところだったのですが、夫との価値観の相違で再び離婚を経験することに……。
離婚後、やはり森の中でカフェをやりたかった私は、近隣で一軒家を探しました。たまたま見つけたのが築40年の家。ほぼ廃屋のような状態でしたが、私は赤い屋根が気に入って、「絶対にここ!」って思ったんです。幸い、電気・ガス・水道は通っていたので、友人たちに手伝ってもらいDIYして、「森Cafe Tomono」をオープンしました。
近くに小川が流れ、庭にはサイロもあり、木々には鳥たちが訪れる、最高のロケーションです。ここは、不便ではあるけれど、豊かさもいっぱいある。休日には登山をして、山の息吹を感じる楽しさも覚えました。
けれども、ある日、店の周りの草刈りをしているときに、ふとこの草刈りは必要なのかと疑問が湧いてきたんです。私は秘境好きなのに、人工的な里山で暮らしている……。店への道はお客さんが通ることでできる、草刈りをして道をつくるのは不自然ではないか。
ここでも、やはり私の理想の秘境には出会えませんでした。北海道での暮らしを終える決心をし、1年かけてカフェ仕舞いの準備をして「森Cafe Tomono」を友人に譲り、カフェオーナーの道を引退しました。
カフェ仕舞いの間、常連のお客さんから各地の話を聞きました。そんななか出てきたのが、沖縄の西表島です。いろいろと調べたら、ジャングルがあり、滝が流れ、世界遺産の自然があります。私の理想の島じゃないですか! 次の私のライフステージは沖縄・西表島です。
人と人との〝ご縁〟で仕事や暮らす場所が見つかる
西表島での暮らしは、まさに〝ご縁〟がつないでくれています。島へ来た当初は、知り合った島民の方のお宅でしばらくお世話になりました。その後、ヒッチハイクでたまたま乗せてくれた人がホテル勤務で、そこの仕事と寮を紹介してくれました。
また、ネイチャーガイドの人に西表の自然や地理を教えてもらったり、滝のスペシャリストに出会い「ピナイサーラの滝」を案内してもらったり、山の師匠に出会いジャングルでの歩き方と楽しみを教えてもらったりしました。
坂井さんの島内での移動は、友人から譲り受けたスクーター。笑顔がまぶしい。「世界共通のものって“笑顔”なんです。知り合いからそう言われて納得しました」。
滝浴びでマイナスイオンを補給。写真は、滝つぼが神秘的なマヤロックの滝。ほかにも落差が大きく人気のピナイサーラの滝や秘境感たっぷりのナーラの滝など、 西表島には滝が多くある。
同じ寮の星野楓さんと海でSUP。SUPしたり、波打ち際で漂ったり、砂浜を散策したり、海と触れ合うのも楽しい。
SUPのあとは、友人である新あやさんが営む「紅茶の店花ずみ」で、星野さんとともにランチ。
今の仕事は、島に来た当初働いていたホテルではなく別のホテルで従業員向けのまかないづくりをしています。さらに、友人のゲストハウスの掃除や沖縄料理の店の手伝いなど、仕事をかけもちしています。
住まいはホテルの寮です。私にとっては衣類も余分なものなので最低限にし、普段の生活でも自然を感じていたいと、窓は一年中開け放っています。当然、網戸もなしです。
「ホテル ラ・ティーダ西表」は、広い敷地内にコテージが点在し、ゆったりと過ごせる。坂井さんはここの職員のまかないづくりを担当し、寮で暮らしている。
厨房で働く坂井さん。まかないづくりは午前中のみで、午後からは別の仕事をしている。
寮の部屋では窓やドアをすべて開放し、できるだけ自然に近い状態で暮らしている。「閉め切っていると息苦しいので、このほうが快適です」。
友人がやっているゲストハウス「しまおとや」では、掃除の仕事をしている。
西表島を走る西表島交通㈱のEV路線バスの前で。坂井さんは、退寮した部屋の清掃を請け負っている。
夜は、沖縄料理の店「はてるま」で働く。ここは西表島で採れた食材を使った料理で人気が高い。
「はてるま」のオーナーと。西表の食の豊かさがよく感じられる店だ。
ジャングルを裸足で歩き、地球と一体となる
山の中を歩くとき、私は、裸足です。これは、地球の大地と直接つながる「アーシング🄬」といいます。
アーシング🄬は、足裏を大地に接触させることで、からだの余分な電気を放出でき、地球のエネルギーに触れることで、免疫力が上がり、ストレス解消にもよい影響を与えるとされる健康法です。でも、私にとっては裸足で歩くと気分が開放的になれ、地球と一体となったような感じがして、心地いいことが一番の理由です。
裸足で歩くと危険かと思われるかもしれませんが、山には、人里にあるようなガラスや金属片などの危険なものは少なく、枝や虫などは知識があれば注意して回避できます(知識がないと危険なので、マネしないでください)。
素足だからこそ、足裏の感覚で地面の状態などを敏感に感じ取ることができるのです。
自然と人が隔たりなく、住める楽園
なぜ、秘境にひかれるのか。若いころは、自分でもわかっていませんでした。でも今は、「自然とともにある」ことを求めているのだと思っています。私にとってはそれが自然なんだと気づきました。
西表島で自然とともに暮らすことで、現代社会において忘れていた、自然の豊かさや大切さを思い出すことができました。私のお友達も西表島へ遊びに来て、ジャングルや滝を案内し、木登りや滝浴びなどを体験すると、清々しい表情になります。
人間社会にいる自分が必ずしも満たされていないわけではなく、どこにいても満たされています。だからこそ、手つかずの自然が残る秘境の楽園を選び、より充実した人生を歩んでいきたいのです。私は、人も自然も大好きなんです。これからも、自然と人が隔たりなく住める楽園を求め、生きていきたい。
たぶん、私は自然と一体となることで、満ち足りたいのだと思います。これからも、そんな満たされる場所で暮らしていきたい。そして、自然の豊かさや満ち足りる心地を、いろいろな人に知って感じてほしいと思います。
モダマ(藻玉)のツルのブランコに乗って。世界最大の豆となるモダマは、太くて長いツルが特徴。「西表島には、こうした景色はあちこちにあります。こうしているとジャングルの中に包まれているようです」。
インタビュー/水野昌美 写真/森河美帆 写真提供/坂井友子さん
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