いつでもハツラツとした空気をまとい、周囲を明るく照らす笑顔が印象的な俳優の南果歩さん。原爆投下という悲劇を3人の看護学生の女の子の視点から描く映画『長崎―閃光の影で―』に出演しました。映画のこと、二拠点居住への思い、南さんに聞きました。
掲載:2025年9月号
みなみ・かほ●1964年生まれ、兵庫県出身。84年、映画『伽倻子のために』のヒロインで俳優デビュー。89年『夢見通りの人々』でエランドール新人賞、同作と『蛍』でブルーリボン賞助演女優賞受賞。黒木和雄監督の『TOMORROW 明日』(88年)では三姉妹の次女を演じた。最近の主な出演映画は『君の忘れ方』『ら・かんぱねら』。今秋、主演映画『ルール・オブ・リビング』が新宿ピカデリーほか全国公開、主演舞台『ハハキのアミュレット』が可児市文化創造センター(9月29日~10月5日)、吉祥寺シアター(10月9日~10月15日)で上演される。
真っすぐ直球で、真面目な映画
「映画『TOMORROW 明日』でご一緒したプロデューサーから、『また長崎の映画を撮るから』というお話をいただいて。こういうカタチでまた長崎の映画が巡ってくるなんて!と驚きました。『〜明日』は原爆投下の前日、24時間を描いた映画で。今回は原爆投下後、長崎でどういうことが起こっていたか? 残された人たちがどんな気持ちで生きてきたのかを描いています」
そう語るのは、映画『長崎―閃光の影で―』に出演した南果歩さん。日本赤十字社の看護師たちが、被爆後の救護活動を記録した手記をもとに脚本化。3人の看護学生を軸に、戦争の記憶を未来へつなぐ人間ドラマを描く。南さんは「脚本は最初に読んだ印象が大事」と言うが、それはこの映画も同じだった。
「本当に真っすぐ描こうとしている、それがストレートに伝わってきました。一つひとつのエピソードは小刻みだけれど、ていねいに実直に描こうとしている。こういう作品を製作する、その勇気をたたえたいと思うくらいで」
南さんが演じたのは、修道院で戦争孤児の面倒を見る令子。明るく元気に働く女性だった。
南さんは『〜明日』のとき、看護師を演じるため、戦時中に看護師として勤めていた女性に話を聞いた。
「今回は看護師役ではないので、直接的に役づくりに反映したわけではありません。ただ、本物に会うことが大事なんです。戦時中、看護師さんだったその方は、許嫁(いいなずけ)を特攻で亡くされていました。資料を読んだり映像を観たりすることはできますが、本当にそういう方とお会いすることはもっと重いのです。お医者さんや刑事を演じるときもそう。それで本物に会ったことは、私の中に眠っています。今回わざわざ自分の中のその〝引き出し〞を開けることはありませんでしたが、これまで得たものは今もずっと、すべて持っているんです」
映画の終盤、17歳のスミが出会うのが令子だった。被爆後の長崎で、人としても看護師としても未熟なまま、傷ついた人びとを救おうと働き続けたスミ。彼女は令子の働く修道院で、縁のあった赤ん坊と再会する。
「脚本に描かれていないことをいろいろ考えます。令子がスミに、抱っこしていた赤ちゃんと〝はい、握手〞というのは私がつくりました。令子は、傷ついた心で修道院へやってきたスミに、あなたは懸命にやったと伝えたかったからです。無力ではないという思いで赤ちゃんの力を借りたと。そういうことは現場で生まれるのです。あの赤ちゃん、かわいかったですよね」
理屈ではない。滋賀のロケ地、そこに組まれた趣ある修道院のロケセット、スミを演じた菊池日菜子さんとの対峙。その現場を構成するすべてを全身で感じたことからくる反応のようなもの。
「スミは戦時下に青春を送っています。亡くなった方はもちろん、戦争で残された人の傷がどれほど深いものか。この映画には、そんなことが描かれます。3人の若い女優さんは、今では考えられない状況のなか、俳優として自分に与えられた責任を全うすることとせめぎ合いながら演じていました。多くの死を見送ったスミを演じるのは、大変な精神状態になるだろうなと」
令子はスミに言う。「今スミさんにできるのは生きること、次に生きること。そんで生き続けて忘れんでいること」。そのセリフは南さん自身にどう響いたのか。
「命には限りがあり、誕生すれば必ず誰にも最後の日が来ます。それは、人間に平等に与えられたこと。だからこそ、今生きている人は切に生きなければ――。あの時代、残された人に共通した意識を言葉にしているのだろうと。いいセリフですよね。だからこそ、あまり力を込めないで言いたいと思っていました」
完成した映画を観たとき、やはり脚本を最初に読んだときと変わらないものを受け取ったそう。
「真っすぐ直球な映画、それで今どき珍しい生真面目さがあって。自分が出ていないと客観的に観られますが、自分が出てくると反省大会に(笑)。やればやるほどそうなるみたいです」
海より断然、山派で、“お客さまキャンパー”!
「ええっ、こんな雑誌があるんですね。本当に!? 興味津々!」
インタビューの場に現れた南さんは、テーブルに置かれた本誌を目にして心からびっくりしたように声を上げた。
「自然のなかがとっても好きで。登山をするほどは頑張らないですけど、犬と一緒に、自然のなかに身を置くのがいいんです」
SNSには、トイプードルの親子が信じられないほどうれしそうに芝生を走り回る動画が。その姿を目を細めるように撮影する南さんの視線を感じるよう。確かに犬と暮らすと、「田舎なら」と思うことは多いだろう。
「公園にも毎日行きますしね」と南さん。
「東京の住まいを引き払うのは難しいですけど、二拠点居住なら可能性はあるかも。それで海と山なら断然、〝山派〞。森林が好きです。木々の中を歩くこと、木漏れ日や鳥のさえずり、小川のせせらぎ。土の軟らかさを踏み締めること、すべてがいい」
どれほど森がいいか、南さんが語るその言葉の響きだけで、こちらまで森林浴の心地よさが蘇る。幼いころ、そうして森で遊んだ記憶が?と思いそうになるが、南さんは兵庫県尼崎市出身。
「森なんてとんでもない! 工業地帯の中枢で生まれ育ちましたから。幼いころは、夏に光化学スモッグ注意報が出て、先生が〝教室に入れ〜!〞とそういうところで。でも田んぼや空き地がたくさんあって、毎日外で遊んでいました。今とはずいぶん違いますね」
そうそう、という感じで、「キャンプも好きですけど私、お客さまキャンパーで」と南さん。お客さまキャンパー? 初めて聞いたが、なんとなく伝わるからおかしい。
「1から10まで道具を揃えて準備していくのは荷が重くて。それでいつも、〝寝袋だけ持ってくればオッケー〞という感じの参加で。田舎暮らしも友達のおウチにちょこっと行く、〝お客さま田舎暮らし〞がちょうどいいかも(笑)」
南さんが〝マイ寝袋〞を持っていてキャンプに参加するというだけで、いかにもフットワークの軽さを思わせて驚いてしまう。
「お友達の山のおウチで、森を見ながらお風呂に入ると、〝生きててよかった……、ふは!〞となる(笑)。最高なんです」
行動力は生まれつき。直感やひらめきを信じる
「私にとって、いちばん近いところにいる自然は犬です」
南さんからまた、耳慣れない表現が口をついて出る。
「犬は本能で生きています。だから、犬を見ると自然を感じて」
人工的な手が加わっていないもの、ありのまま、本能のままでいるもの。例えば犬はうれしいときにしっぽを振ったり、居ても立ってもいられないようにぐるぐる回ったり。その瞬間、喜びの感情でからだの中をいっぱいにし、それを混じりけなしに表現する。
「犬は、〝この人のためにこうしよう〞〝こういうことは言っちゃいけないかな?〞なんて考えません。ただ本能で動いて行動する、それが私にとっては自然な姿で。それを見るのが好きなんです、思惑のないところが」
俳優という仕事は自分と役と共演者と監督と、人間というもの、複雑に揺れ動くその心と向き合い続ける必要がある。自然に触れたくなるのも、そうしたところに理由があるのだろうか。
「バランスとして、一方だけではつまらないということかも。極と極を行ったり来たりするのがいい。だから自然に身を置き、そのよさを満喫しても、必ず都会に帰る。そして都会には都会の面白さがあることを発見します。都会にいるから自然のよさもわかる。当たり前じゃないと思えるし、相互作用があります。振り子みたいなものですね」
すると、二拠点居住はまさに理想にも思える。
「でも二拠点を維持する大変さも知っているんです。自分の家として持つと責任が生まれますから。責任というのは、例えば掃除です。東京から行って、まずは掃除して。お客さんを迎えたらシーツなどを撤収し、東京へ帰る前にまた掃除。すると、なんのために来たの?ということになる。ファミリーなら分担すればいいけど、今は一人なのでとても手に負えません。やっぱり〝お客さま田舎暮らし〞がよさそう(笑)」
人を呼ぶのが好きで、「とにかく人を呼んじゃう」と南さん。
「私のいちばんの興味の対象は人です。人を呼ぶのが好きで、集まるのが好き。自然のなかでも、ずっと一人はイヤ。そんなに対峙できないなと」
南さんの周りに人が集まるのも当然に思える。明るくテキパキとした空気と行動力。そのパワーに誰もがひきつけられ、心地よく巻き込まれていくだろう。
「行動力は生まれつきのもので、直感やひらめきを信じます。自分の中になんらかのサインを感じたら、キャッチしなきゃ。一足飛びに物事は起こらないとわかっているんです。人生ゲームと同じで。一駒二駒、常に進める。すると景色が変わります。自分の駒を自分のペースで進めるのです」
種を蒔いて芽が出るのを待つ、とも違う。「そんなに気が長いほうじゃないので」と南さん。
「可能性をすべてなくすことは、やめようと思っています。だからケンカはしません。ケンカをしたら、そこで終わってしまうから。そういう意味では平和主義です」
それは「人の縁は大切なものだと実感している、と?」と尋ねると、「はい、しています」とこちらの目を真っすぐ見て即答する。
「自分の努力というのはやって当たり前、基本中の基本です。プラス何が起こるか?は、風が運んでくる。幸せは、人が運んできてくれると信じています」
人が動くと、そこに風が起きる。人が集まって楽しい時間を過ごすと、そこには自分一人では生み出すことができなかった明るい何かが生まれる。けれど明るい何かを生み出そう!と必死に人を集めるのとも違う。
「わらしべ長者ってスゴイですよね。目的があって物々交換するのではなく、都度、交換していたらスゴイものが手に入る。無意識の力ってそこだなと。計算して動いた段階で、別のルートになる気がします。無意識に動くのとは別の道筋に。それがよいか悪いかは、結果を見なければわかりませんけど」
そうして東北や熊本での読み聞かせボランティアでもすぐ行動を起こし、ライフワークに。
「そうしたいと思うからする。迷いはありません。食べ物を選ぶのもハッキリしています。ずっとメニューを見ている人もいますが、いちばん食べたいものを頼めばいいのに。何を迷うのかわからない!と思っちゃう(笑)」
あまりにきっぱりとした南さんを前に、「迷い出すとキリがなくて」とこぼすと驚かれてしまう。
「私なんて、明日の予定もわかってないですよ。今は、今のことしか頭になくて」
そんなふうに思えるのは、大病をされたから?とも思うが、やはり「子どものころからこんな感じで」と言うから筋金入り。そんな彼女の混じりけなしの真っすぐなパワーに触れると、こちらまで、からだの中からむくむくと力が湧くよう。
「幸せは人が運んでくる、絶対にそうとしか思えなくて。だからこそ、その人とつないでくれた私の知らない誰か、ありがとう!と思うんです。それで何かを思ったら、伝えなくちゃ。例えば大勢の人と会う場で、〝あとでちゃんとご挨拶しよう〞と思いながら別の人としゃべるうち、その人と話す機会がなくなってしまうことってありますよね。大事なのは一瞬を生きること、後悔しないこと。先日も友達とのメッセージのやりとりで、〝××してゴメンね。イヤだったんじゃない?〞と聞かれて、〝大丈夫。私は、後悔という言葉を持ち合わせてないから!〞って答えたんですよ(笑)」
『長崎―閃光の影で―』
(配給:アークエンタテインメント)
●監督:松本准平 ●出演:菊池日菜子、小野花梨、川床明日香、水崎綾女、渡辺大、田中偉登、呉城久美、坂ノ上茜、田畑志真、松尾百華、KAKAZU、加藤雅也、有森也実、萩原聖人、利重剛、池田秀一、山下フジヱ、南果歩、美輪明宏(語り) ●全国公開中
太平洋戦争末期の1945年、17歳のスミ(菊池日菜子)とアツ子(小野花梨)とミサヲ(川床明日香)は日本赤十字社の看護学校に通っていた。8月9日朝、祖母の家へ向かうスミを、幼なじみの勝(田中偉登)が待っていた。アツ子は看護の現場で手伝いに入り、ミサヲは父(萩原聖人)と浦上天主堂で告解を済ませて帰宅途中。午前11時2分、長崎の街に閃光が走る――。
©2025「長崎―閃光の影で―」製作委員会
https://nagasaki-senkou-movie.jp/
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳 ヘアメイク/黒田啓蔵(Iris) スタイリスト/坂本久仁子
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