「本物の日本を体験できる旅行先」として、アメリカの旅行メディア・ナショナルジオグラフィックの「Best of the World 2025」に選出された石川県金沢市。コンパクトで風情豊かな観光都市は、移住先としても高いポテンシャルを秘めています。そんな金沢に家族で移住したエディターの永島岳志さんに、“観光地”に視点を当てた移住と日常について、紹介してもらいます。
掲載:2025年8月号
暮らすことで見えてくる観光地・金沢の豊かさ
永島岳志(ながしまたけし)●埼玉県生まれ、2023年4月に石川県金沢市へ移住。システム会社勤務後、アジア放浪を経て写真雑誌の編集者へ転身。その後、ユーラシア〜アフリカ大陸のバックパッカー周遊、北米大陸自転車横断を経て帰国。2014年からはフリーランスとして編集業とともにカメラマンとしても活動する。
https://ngsmtks.myportfolio.com
石川県金沢市(かなざわし)
浅野川に架かる梅ノ橋にて、妻と息子と家族3人で記念撮影。旅の空気に触れたくなったら足を運ぶ、我が家の定番散歩コース。(永島さん 以下省略)
コロナ禍を経て、妻のリモートワークが常態化したことをきっかけに、にわかに現実味を帯びた我が家の移住計画。元バックパッカーの僕たち夫婦にとって、観光地という条件はほとんど必須ともいえるものでした。
地方移住は、「都会の便利さと引き換えに」となりがちですが、それは僕たちの本意ではありません。都会的な利便性や機能性を備えつつ、「わがまち」としての帰属意識を共有できる規模感。「人口50万人程度の、地域の中核となる観光都市」が理想の条件でした。
過去の旅行での印象に加え、首都圏へのアクセスのよさや移住支援金制度の後押しもあり、最終的に金沢市で意見は一致。息子の転園準備や借家の契約更新が迫っていたため、思いつきからわずか半年足らずで、ほぼ縁もゆかりもない金沢へ慌ただしく移住決行となったのです。
新天地での居住先は、金沢のなかでも主要な観光地と重なる「まちなか」エリア。その恩恵は、これまでの生活と比較するまでもなく明らかでした。
個性豊かな観光スポットへ、徒歩や自転車でふらっと出かけるぜいたくさ。国際色豊かな旅行者が生み出すハレの空気感。そこにあるのは、さまざまな要素が絡み合った極めて立体的な街の風景でした。
また、息子が転園した保育園も、まちなかならではのメリットがありました。近隣で商いを営む保護者も多く、ご厚意から園の活動の内外でお茶や金箔といった伝統文化に触れる機会に恵まれたのです。
一家団らんのひとときに、息子の口からふいに金沢弁がこぼれることも。それは彼の成長の証しであり、親として市民のお墨付きをもらったような気持ちにもさせてくれるのでした。
浅野川の対岸から眺める、風情ある主計町(かずえまち)茶屋街。1922年建造の地域のシンボル・浅野川大橋のライトアップも美しいです。
加賀藩祖・前田利家公を祀る尾山神社。ギヤマン(ガラス)がはめられた和洋折衷の神門が特徴で、金沢観光の代表的スポットのひとつです。
羽織袴姿で臨んだ卒園式のあと、せっかくだからとひがし茶屋街をお散歩。普段は観光客でごった返すスポットも、朝夕の時間には静けさが訪れます。
地元のミスマッチを救う? 観光客の“まち推し”移住
金沢の魅力は、もちろん中心市街地だけではありません。人混みを離れて身近な自然へと足を延ばせば、北陸の一地方都市としての等身大の姿をそこに見ることができるでしょう。
山も海も中心部から車で30分足らずという恵まれた環境は、週末の家族のお出かけにぴったり。お隣さんから今朝方釣った魚や採れたての山菜を頂いたことも、一度や二度ではありません。都会では資本主義にからめとられてしまいがちな地産地消も、ここではその野性味を失わずに存在しているのです。
このように都会と田舎のハイブリッドな暮らしが楽しめる金沢ですが、一方で現実には課題も多く抱えています。そのひとつがまちなかの空き家問題。なんだかんだ言っても金沢は車社会。狭路ばかりで大型スーパーもなく、少子高齢化が進行するまちなかに、地元の若者世帯は不便を感じるのでしょう。
だからこそ、観光をきっかけに金沢のファンになった人たちに僕は言いたいのです。「いっそ、まちなかで暮らしてみてはいかがですか?」と。
僕たちはさしたる野望もなく、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を求めて金沢へやってきました。土地への愛着がありさえすれば、その実現は容易なものです。好きが高じて観光地に暮らす。その選択は、想像するよりもずっと近しい存在であると僕は思うのです。
自宅から車で約20分、金沢の奥座敷・湯涌(ゆわく)温泉に隣接する市民農園で今年の4月から野菜づくりに挑戦。通うにつれて人生の先輩方とも農園仲間に。
「まちに開かれた公園のような美術館」が建築コンセプトの金沢21世紀美術館。息子の未就学時は併設する託児室もよく利用し、今ではお気に入りの場所に。
小学校の入学式の帰り、金沢城公園の満開のサクラを背景にパチリ。サクラや紅葉の季節は市内が最も華やぐとき。遠出を控え、暇を見つけてはご近所の散歩に勤しんでいます。
ひがし茶屋街の奥にたたずむモンゴルカフェで、かつてモンゴルをともに旅した仲間と再会。友人を気軽に出迎えられるのも観光地だからこそ。
結婚前、約2年半に及んだバックパッカー旅の途上では、アフリカ大陸最高峰、標高5895mのキリマンジャロに登頂したことも。移住しかり、昔からとんきょうな提案は妻からなされることがほとんどです。
移住の決断は冬の金沢を知ってから
「弁当忘れても傘忘れるな」という言い伝えが残る金沢。特に冬季のぐずついた天気は、太平洋側のカラッとした冬晴れに慣れた人には少々こたえるかもしれません。裏を返せば、下見をするなら冬がオススメ。ドカ雪が降ったあとに目当てのエリアを訪れれば、より生活のイメージも湧くでしょう。ちなみに我が家のベストバイは乾燥機付き洗濯機。もはや手放せないほどに大活躍しています」(永島さん)
文・写真/永島岳志
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