掲載:2021年12月号
見る人をほっこり笑顔にさせる人柄と変幻自在なキャラを操る確かな演技力で、芸人として俳優として、幅広く支持される塚地武雅さん。
最新作の映画『梅切らぬバカ』では自閉症を抱える息子を演じます。母親役で共演した加賀まりこさんのこと、ご自身のご両親の思い出、田舎暮らしの夢について聞きました。
最初怖かった加賀まりこさん。全部お任せして親子の関係に
「撮影前に自閉症の方が暮らすグループホームを訪問しました。実際にお会いして触れてみると、喜怒哀楽の出し方が子どものよう。突然大声を出すのは2、3歳の子がうまくいかないことに、あ〜!と叫ぶのと同じ。外に向けてというより自分に対して、思いを表現できないイラ立ちなのかと感じました。突発的に殴られたりするんじゃないか?と怖がったりするのは、周りが勝手に決めつけているだけだなと」
映画『梅切らぬバカ』で忠(ちゅう)さんを演じた塚地武雅さん。自閉症の方の家族や世話人の話を聞き、ドキュメンタリー映像を見て研究、この難役に挑んだ。
「そのホームでは土日は家族と過ごすそうで、どちらの生活も両立されていました。すべてにサポートが必要な存在ではなく、それぞれにこだわりがあり、自分というものを持って暮らしている。会話できる人もいればまったくできない人もいて、知らないことがたくさんありました。知ることで、ものの見方が変わる。それはこの映画の大きなテーマかなと」
忠さんは母親の珠子(たまこ)と、庭に梅の木がある小さな一軒家に2人暮らし。分刻みでスケジュールを立てて行動することにこだわる忠さん相手に、軽口を叩きながら「はいはい」とお世話する珠子。まずはその日常が描かれる。珠子を演じるのは加賀まりこさん。
「大女優さんですし、歯に衣着せぬ物言いの印象もあって、最初は……怖かったです(笑)。でも珠子の母性や長年一緒に暮らす安心感があって、全部お任せすれば自然と親子の関係性ができあがっていました」
珠子は「率直なだけが取り柄」という占い師でもあって、加賀さんにはハマリ役。人としての強さを持ちながら他人には優しく、苦労した人だからこその懐の深さも感じさせてどこか格好いい。塚地さんは加賀さんに、役の相談をすることもあったそう。
「加賀さんはパートナーのお子さんが自閉症やから。母親のように接してこられたそうで、ウチの子はこういうときはこうなどと、いろいろお聞きしました」
塚地さんは安定感と説得力を持って忠さんを演じていく。ご自身の愛嬌も役のそれに変換し、揺るぎなく物語を引っ張る。
「僕、大丈夫でした? 違和感なかったですか!? 見た人の話を聞きたいです。自閉症のお子さんと一緒に見たという方が、〝息子はふだん映画にまったく集中しないけど、この映画では忠さんをずっと追っていて。友達を見るような感覚だったみたい〞と楽しそうに話されて。大きな意見を聞かせてもらったなと」
隣に引っ越してきた家族との交流、自立の第一歩にグループホームへ入居すること。忠さんが周囲と巻き起こすあれこれは、ただほのぼのしているわけではない。自閉症を抱えた中年の息子と老いた母親が、周囲の偏見や不和に「困ったわねぇ」なんて言いながら、なんとか折り合いをつけていく。描こうとするものは確かに社会派だけど決して声高に叫ばず、劇的な山場が用意されるわけでもない。あるのは嘘のない、ときにクスッとさせるていねいな描写の積み重ね。
やがて観客はタイトルの由来となったことわざ、「桜切るバカ、梅切らぬバカ」に思いを馳せる。桜の枝は自由に枝を伸ばすのがよく、梅は積極的に小枝を刈り込んで新しい枝を出すほうが多くの花を咲かせる。樹木にも特徴や性格があり、それに合わせて世話をしないとうまく育たない。人も同じ。どんな人とのかかわりも、まずは相手を知ろうとすることから始まるのだろう。
「日常ってそんなに大きく変わりません。でも周りの見方がほんの少し変わることで、互いの関係に変化が起きて暮らしやすくなったりする。監督ご自身がてんかんという持病を抱えていらっしゃって。そうしたことを隠すのではなく開くことで、周囲が手助けしてくれることもあるんじゃないか、そんな思いも込められています。決してわかりやすく感動させにいく映画ではありませんが、きっと響くものがあるはずです」
二足のわらじが楽しいバランス
ところで塚地さん自身のお母さんはどんな人なのだろう?
「おかんはいま、大阪の実家に1人で住んでいるんですよ。近くに弟家族がいるからいつでも様子を見に行けるんですけど、どうせならリフォームして一緒に住んだら?と言うと、お父さんの建てた家やから最後まで私が守る!って。そう言われたら、勝てないですよねぇ」
73歳になるお母さんは、昔から厳しい方でもあったそう。
「僕は一度就職し、脱サラしてお笑いを始めたんですけど、まあ猛反対されて。勘当されるみたいに東京へ出たんです。売れるまで帰ってくるな。いっさい援助せぇへんとも言われて。テレビに出るようになって少しずつ変わり、実家に帰れるようになったんですけど」
一方で亡き父は「ひたすら頑固やった」と振り返る。
「ウチの親父は、大阪にいながらジャイアンツファンなんです。小学2、3年の夏に、おかんと野球帽を買いに行って。当時阪急ブレーブスの、ベースが黒で、Hというイニシャルの文字とツバのところが赤い帽子が格好いいんです。それを買って帰ったら、ラシャ切りハサミで真っ二つにされました。ジャイアンツの帽子以外は認めん!って(笑)。甲子園に行っても、阪神側のスタンドに、ジャイアンツの帽子を被って座るし」
そうした頑固さを自分も継いでいるかもと塚地さん。特に仕事へのこだわりには思い当たるふしがあるらしい。芸人と俳優の二足のわらじ、邪道と人から切って捨てられることがあっても、頑なに己の意思を通した。
「お笑いをやっていたらお芝居のお仕事も頂けるようになりましたけど、違いみたいなものをまったくわかってないんですよ。もちろん準備は違います。でも現場に行き、時間をかけて撮影し、それが完成して……という過程は同じやから。一本の道を追求するほうが職人みたいで格好いいかもしれないけど、このバランスが楽しくて」
いつのころからか、芸人の道は決まっているようにも見えた。ネタをやってテレビに出られるようになってバラエティで頭角を現し、冠番組を持ってMCをする。けれどNHK連続テレビ小説『おちょやん』で演じた漫才師、花車当郎役が、ある気づきを与えた。
「しゃべくり漫才の元祖、エンタツ・アチャコの花菱アチャコをモデルにした人物です。ラジオドラマを経て映画に出たりする役を演じ、いまの自分と一緒やなと。よくよく考えたら渥美清さんもドリフターズもクレイジーキャッツも、映画やドラマをやられている。自分は演技をすれば芸人風情がと言われ、バラエティでは役者気取りと思われるようで劣等感を持っていましたが、これでいいのかなと。両方を力いっぱいやってたら、両方ず〜っとやれるかもしれない。大谷翔平みたいに、ってたとえが大き過ぎますけど」
休みにはとりあえず海を目指す!
本誌を目にした塚地さんは、「田舎暮らし、いいですねぇ」と興味津々。
「最近は東京ってなんなのだろう?ってほんまに思いますよね。田舎暮らしのほうが学びや楽しみが多いんじゃないかって。定年くらいの年齢で仕事を辞め、地方に家を建ててのんびりする。決して贅沢でなく、好きなことをして暮らすのが理想かなと」
海の近くがいい、暖かいほうがいいかも。話すうち、ぽやんと夢が広がっていく。
「コロナ前は休みがあると沖縄や奄美と、とりあえず海を目指して。海ってずっと見てられるし、ゆったりした時間が流れます。泳ぎたくなったら海に入ったり、SUPをしたり。サーフィンだと波がなかったらできへんけど、SUPはしんどければ座ったまま漕いでも、眠いな〜と思ったらその上で寝てもいい。すげぇラクで」
大きめのボードに立ち、パドルで漕いで水面を進む……。塚地さんが沖縄の海で、のんびり楽しむ姿を想像する。
「畑もいいなぁ……。僕、高知県の観光特使と、鹿児島県薩摩川内市と大阪府泉佐野市の観光大使をやらせてもらってるんです。こないだ高知へ行かせてもらって、仁淀ブルーと呼ばれる仁淀川の近辺もええなと。三重県の鳥羽からフェリーで20分ほどの答志島で、トロさわらを釣って食べたりもして。やっぱり……田舎のほうがいいですね!」
『梅切らぬバカ』
(配給:ハピネットファントム・スタジオ)
●監督・脚本:和島香太郎●出演:加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹/林家正蔵、高島礼子ほか●11月12日(金)~シネスイッチ銀座ほか全国公開●山田珠子(加賀まりこ)は息子の忠さんこと忠男(塚地武雅)と古い一軒家に暮らしていた。隣に越してきた里村茂(渡辺いっけい)と妻の英子(森口瑤子)は、道をふさぐ山田家の梅の木に困惑しつつも言い出せないが、息子の草太と忠さんは仲よしに。ある日、腰を痛めた珠子は「このまま共倒れになっちゃうのかね……?」と将来に不安を抱き、忠さんのグループホーム入居を決意する。
ⓒ2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
スタイリスト/森下彩香(ニューメグロ衣裳) ヘアメイク/石井織恵
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