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田舎暮らしの本 1月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 1月号

12月3日(火)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

大竹しのぶさんインタビュー「からだを通して伝えていく、それが私の使命」

掲載:2021年10月号

デビュー以来、演技派の名をほしいままにし、どんな役柄も「この人でなければ」と思わせる、女優の大竹しのぶさん。最新作はアニメーション映画『岬のマヨイガ』で不思議な力を持つおばあちゃん、キワさんの声を演じます。
キワさんとどこかシンクロする大竹さんに、父母との思い出、年若い世代への思い、コロナ禍で役者として生きることについて、じっくりお話を伺いました。

おおたけ・しのぶ●1957年7月17日生まれ、東京都出身。1975年に映画『青春の門-筑豊篇-』のヒロインで本格デビュー。最近の主な出演作はテレビドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』『監察医 朝顔(第2シーズン)』、映画『後妻業の女』『のみとり侍』など。『ピアフ』『夜への長い旅路』と舞台への出演も多数。アニメーション映画『インサイド・ヘッド』『漁港の肉子ちゃん』などで声の出演も。2011年に紫綬褒章を受章。10月末には、主演舞台『ザ・ドクター』の公演が控えている。

 

のんびりしたいけど、せいぜい3日の別荘ライフ

 「ちょっと不思議な物語だなって。おばあちゃんの語る昔話が面白くて心ひかれました。あとおばあちゃん役っていいのかな? 大丈夫?と思って」

 そう言っておかしそうに笑う大竹しのぶさん。映画『岬のマヨイガ』で声優に挑戦、「ふしぎっと」と呼ばれる優しい妖怪たちと心を通わせるキワさんを演じた。

 「キワさんは人間じゃないみたいなところもあって、年齢不詳の不思議な人。でも、冷静で達観していて、いざというときに頼れる格好よさもある。あんなおばあさんに、なりたいですねぇ」

 キワさんはそれぞれの理由で居場所をなくした17歳のユイと8歳のひよりと出会い、3人で岬に立つ古民家に暮らし始める。それは岩手の昔話に語られる、訪れた人をもてなすという家「マヨイガ」。茅葺き屋根でL字型の曲り家(まがりや)だが、土間をアイランドキッチンにしたり、馬屋だったところにソファを置いたりして、さりげなく今風にアレンジされている。

 「ああいうの、いいな〜って思いますね。古民家をリフォーム、って誰かがやってくれるなら。自分では無理です(笑)」

 大竹さん自身は40年前から軽井沢で別荘ライフを楽しむ。

 「冬はスキーをしたりして、子どもが小さいときはそこに行くのがもう楽しみで。息子や娘が学生のころは子どものお友達を呼んで。私はご飯をつくり、洗濯物出して〜!と民宿のおばちゃん化しました(笑)」

 1カ月くらいは滞在したいけど、実際はせいぜい3日ほど。

 「自宅の庭にはレモンやブルーベリー、ハーブなどを植えていて。こっちの庭もキレイにしたいとお花を植えても、次行ったときには全部枯れてます(笑)。近くに住む人たちに、このお花を育てるといいよと教えてもらったり、お店の人と仲よくなったり。今日はただのんびり本を読もう、そんな暮らしをしてみたい。帰るときは、もうちょっといたいな……といつも思うんですよ」

 さかのぼって幼少期。東京生まれの大竹さんは、小学1年生の秋から1年ほど埼玉県越生町(おごせまち)に暮らした。

 「駅に着いたら改札がなくて、ビックリしたのを覚えてます。山と畑と川がある暮らしってそれが初めてで。父は宮城県塩竈(しおがま)の人でしたから、自然の豊かなところに住むのを喜んでいました。夕食が終わるといつも私を自転車の後ろに乗せてホタルを見たり、カジカの声を聞きに行ったり。私じゃなくて妹が父と一緒に行くときもあったんです。荷台に乗れるのは1人だけだから、どっちかしか行けないの」

 父親は高校の先生で、山の上にあった教員住宅に暮らした。

 「学校まで歩いて1時間くらいかかるんですよ。それで母親が先生に宛てた手紙に『娘が夕飯のあと、脚が太くなっちゃったよ〜と嘆いていました。その肉付きのよい脚を見て、健やかに育ってくれてここに来てよかったと思いました』と書いて。それがクラス新聞みたいなものに載ったのをいま思い出しました。毎日毎日山道を歩いて筋肉がついたのが気になっていたんでしょうね」

母のおにぎりのような幸せを大切にしたい

 ユイとひよりは過酷な人生を生きてきて、赤の他人である自分たちをあっさり受け入れるキワさんにも簡単に心を開かない。でもキワさんは、とっても料理上手。ウルイのみそ汁、ヨモギの天ぷらと、野草を上手に使った手料理を用意する。ときには焼きみそのおにぎりと漬物で簡単に食事を済ませたり。そうして2人の心は、次第に豊かなもので満たされていく。

 「あれとってもおいしそうですよね。つくりたい!と思っちゃいました。私の母も、おにぎりをよくつくってくれたんですよ。具は焼いた鮭や明太子、昆布と普通のものですけど、ぱぱっと握り、これ持っていきなさいって。私もお友達に、手づくりのおにぎりを褒められたことがあります。その友達が遊びに来たときに、〝すごくおいしいから握ってくれる?〞って。何が違うんだろう?」

 握り方? 微妙な塩梅? おにぎりは不思議と、つくった人によって味が全然違う。そして懐かしい記憶とともにある気がする。

 「いつもは忙しくてなかなかできないけど、昨年、コロナ禍の外出自粛期間中はゆっくりご飯をつくりました。母親の味というのを確立しなくちゃと毎日やったら……、飽きました(笑)。でもつくったものを食べてもらえる幸せってあるなと。子どもがちっちゃいときはお弁当を残さずに帰ってきてくれたらうれしかった。日々のなかにそんな幸せがありました」

 今回の作中には「福は大きくなくていい、小さな幸福が毎日ここにあればいい」という台詞がある。いま、そんなことを考える人は多いだろう。

「お花をちょっと買って生ける、庭のベリーが色づく、そういう幸せって確かにありますよね」

 

「頑張り過ぎなくていいよ。悲しまないで」と伝えたい

 母親を亡くしたユイの孤独には、父親の存在が絡む。まだ幼いひよりは両親を事故で一度に亡くす悲劇に見舞われ、ショックでしゃべれなくなっている。そんな事情を誰もが知るわけはなく、理由なく優しくしてくれる大人ばかりではない。

 「親子関係に恵まれず、それでも親に養ってもらわなくちゃいけない、そんな大変な思いをしている子もいっぱいいますよね。他人でも優しい人はいるけれど……。うん、とにかく子どもには自由になってほしい。子どもには幸せになってもらわないと未来が……。悲し過ぎます」

 やがて、人びとの悲しい思いを糧に巨大化するという伝説の生き物「アガメ」が暴れ出す。キワさんは心優しいふしぎっと、河童たちに助けを請う。

 「人の憎しみやねたみ、そうした負の感情というのは大きくなるととんでもない力を持ってしまう。怖いですよね。でも河童たちに会えばきっと癒やしてくれそう!」

 ふしぎっとが誰の目にも見えればいいのに、とふと漏らすと、「本当に〜。でも私、共演しちゃった」と大竹さん。河童と肩を並べて演じる大竹さんの姿を想像して笑ってしまう。

 河童だけではない。ユイやひよりは、マヨイガにも癒やされていく。決して大げさなことは起こらない。でもなんとなく、家そのものに歓迎されている気がする。しかもそこに暮らし始めてからユイとひよりにはちょっとだけいいことが起きたり、心が躍る出会いがもたらされたりする。そんなことが、生きる力が未熟な2人にどれだけの後押しになるだろう。この映画を観て、心を震わせるかもしれない子どもたちにとっても。

 「頑張り過ぎなくていいよ、悲しまないで、そう言ってあげたい。孤独を感じてしまう人に、温かい気持ちになってもらいたい。ふしぎっとはいつかきっと来るし、守ってくれるからって。目に見えないものを信じてほしいです」

からだを通して伝えていくそれが私の使命

 目に見えないものに振り回される……。コロナ禍で我われはそんな現実をいま、生きている。大竹さんは昨年、初日直前の舞台の全公演中止を経験した。

 「だからこそ、お客さまへの感謝がより一層深くなりますよね。こんな状況でもこの芝居を選び、危険な思いをして外へ出て、劇場という密室に入ってくださることが。劇場スタッフさんもそう。開演2時間前から感染対策ですべてを消毒するのですが、そういう努力を目の当たりにして。いまこそ芸術を!と大仰なことでなく、それが私たちの生きる術。いいものをつくらなきゃって、より強く思うようになりました」

 稽古の合間、お茶場に置かれた差し入れのお菓子をつまみ、「これおいしいね」という小さな会話がどれだけ大切だったか。

「コロナ以前から、若い人が『関係ねえや!』と知らない人には関わらないようになってましたよね。それでいまは人と関わろうとしなければ、関われない。それが当たり前になってしまうのが怖い」

 舞台はもちろん、女優として関わる作品づくりは人との関わりなしには成立しない。また別の舞台ではイギリスの演出家、音楽や美術スタッフをリモートでつないで千秋楽までを駆け抜けた。

 「リモートであれだけの舞台をつくったことは誇りです。スゴイことをしたね!と思うけれど、二度とやりたくないです。だってイギリスにいる彼らは自分のつくった舞台を見られないんですよ!」

 女優デビューしてもうすぐ50年。なぜこれだけ芝居へのみずみずしい思いを持ち続けられるのだろう。どんな作品のどんな役も、確固たる演じ方が確立しているのだろうか。

 「いや、全然してないです。先日は関ジャニ∞の大倉忠義君と、杉野遥亮君と舞台が一緒で。稽古場の最終日に、初舞台で25歳の杉野君が床に座って手をついて、『は〜全然できない……』と落ち込んでいたんです。つられて私も『は〜』とうつむいていたら、大倉君も来て3人で同じように(笑)。確かに知ってることは多いし教えてあげられることもあるけど、私ができないこともいっぱいあります。若いときのようにできないことがわからないのではなく、できないことが具体的にわかるという面もあるし」

 いつでも必死。それはどれだけキャリアを重ねても変わらない。

 「最初にそう思ったのは、井上ひさしさんの舞台『太鼓たたいて笛ふいて』でした。井上さんの言葉を伝えると、客席がじわ〜っと潤うのがわかるんですよ。水が染み込むように温かくなり、哀しみもじわじわと伝わっていく。そのとき、ああ井上さんの言いたかったことを私のからだを通して伝えていく、それが使命なんだ!と思ったんですよね」

 

10歳の愛犬バルーちゃん。大竹さんが出かけるとき、玄関でお見送りしてくれことも。ネコが怖いらしい。 写真提供(以下3点すべて)/大竹しのぶさん

庭にある姫リンゴの木。「この間カラスが1羽ふわ~んと来て、そのあと2羽、3羽、大きなカラスがばさばさばさっと飛んできて、すんごい怖かった!」。

ベランダにはレモンの木。庭に咲いたパンジーと一緒にアレンジして、レモンの実の付いた一枝を食卓に飾った。

 

『岬のマヨイガ』
(配給:アニプレックス)●原作:柏葉幸子『岬のマヨイガ』(講談社刊) ●監督:川面真也 ●脚本:吉田玲子 ●声の出演:芦田愛菜、粟野咲莉、大竹しのぶ ほか ●全国公開中 ●ストーリー:ある事情で家を出てきた17歳のユイと、両親を事故で亡くしたショックで声を失った8歳のひより。居場所を失った2人は、ふしぎなおばあちゃん・キワさんと出会い、海を見下ろす岬に立つ、ふしぎな古民家“マヨイガ”に住むことに。一方、町では怪奇現象が続発し……。ユイとひより、そしてキワさんは、それぞれの過去を乗り越え、大切な居場所を守ることができるのか―。
©柏葉幸子・講談社/2021「岬のマヨイガ」製作委員会

https://misakinomayoiga.com/

 

文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)  
ヘアメイク/新井克英(e.a.t...)

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