「この人についていきたい」と慕われる懐の深い上司、威厳漂う凜々しい女性、そんな役をさらりと演じて多くの人から支持され続ける女優の天海祐希さん。
ドキュメンタリー映画『私は白鳥』では、ナレーションを担当しています。翼が折れて北へ帰れなくなった白鳥と、その白鳥を全力で見守り続けるおじさんとの4年にわたる記録。前に出過ぎず、引き過ぎず、一人と一羽の物語に静かに寄り添う天海さんに、じっくりお話を聞きました。
おじさんの目線で白鳥を見守る
「お話をいただいて、まずは映画を観て。最初のうちは淡々と白鳥のいる風景が流れ、このままいくのだろうかと思ったんです。でも富山の景色と、白鳥を追い求める澤江さんの純粋な思いに触れ、どんどん巻き込まれていきました。いつもそうなのですが、もしこのお仕事をどなたか別の方がおやりになったら、それを冷静に観られるだろうか?と考えます。ああ残念だった……、と思うようなら自分でやろうよ!って。それで、ぜひやらせてくださいとお伝えしたんです」
天海祐希さんはドキュメンタリー映画『私は白鳥』のナレーションを引き受けた経緯をそう振り返る。舞台は800羽を超える白鳥が越冬のために飛来する富山県富山市。プロパンガスなどを扱う「澤江商店」を父親から受け継いだ澤江弘一さん(当時57歳)は、白鳥に夢中。ビデオカメラでその姿を撮影し、自費で餌やり。時間が許せば日がな一日、白鳥を眺めている。
「〝私は白鳥〞とおっしゃる澤江さんは一見、変わった人にも映ります。でもその人となりや、すべてが白鳥中心の生活を見ていくと、これほど真っすぐに白鳥と向き合う人を、なぜ変わった人と思ったのだろう?って。その価値観が理解を超えたところにあるものを変だと思うのは間違っているなと」
2018年の春、澤江さんは翼が折れて飛べなくなった一羽の白鳥を見つける。富山で夏を乗り越えた野生の白鳥はこれまで確認されていない。暑さに耐えられるだろうか、天敵に襲われたらどうしよう? 澤江さんは白鳥を見守り続ける。
「澤江さんの思いが報われてほしいという気持ちと、それでいて自ら線を引き、なるべく人の手がかかわらずに自然のままでいてほしいという気持ちで見守る姿と。穏やかで優しいものが、ず〜っと流れています」
警戒心の強い白鳥が撮影クルーに反応し、より危険なところへ移動してしまうかも。心配した澤江さんは途中からスタッフに遠慮してもらい、以後は撮影も兼ねる。つまり観客は澤江さん目線で、ひとりぼっちの白鳥を見続けることになる。
「白鳥を応援する澤江さんを、応援する。俯瞰する感覚です。それで〝こう観てください〞〝こう思って〞という意図が見えず、自然な流れで、あれっ、自分も応援してる!?みたいなことになる。映像に、力があるってことですよね。私も心の中で、がんばれ〜と言ってましたから」
例えば、通りすがりに白鳥を見て涙する人がいたら、何事!?と驚くことだろう。ところが。
「野生の白鳥にもコミュニティがあり、ちゃんと会話していて、つがいがあんなに親しい。だんだん生態がわかっていくと、そりゃ泣いちゃうよ!って。私もいつの間にか、あの白鳥はどこ行った? 仲間に入れてくれ!と思いながら観ていました。それでいて澤江さんの思いに巻き込まれる感覚が嫌じゃないんですよね。薄汚れてしまった自分が純粋なものに触れたようで。ここであったかい気持ちになれる自分はまだ大丈夫!と」
澤江さんは猫のがーちゃんが相棒で、「家族はこの子だけです」なんて自嘲気味に笑い、尺が足りない年季の入ったソファで眠り、手軽だからと蕎麦ばかりを食べている。でも、さみしそうに見えないから不思議ですね、と言うと、「ひとり暮らしで家族がいないとさみしい、と決めつけるのもよくない。全然さみしくないから!(笑)」と、天海さんにたしなめられた。心血を注げるものがあるからそう感じたのかもと続けると、今度は深くうなずいた。
「それってスゴイことですよね。何をしていいかわからないという人も多いけど、自分はこれが好きだ!というものが人生に1つあって、それをずっと続けている。飽きるとか飽きないという次元じゃないんでしょう」
澤江さんにとっての白鳥、それは天海さんにとって何か?というこちらの質問へ、食い気味に「仕事」と即答する。迷いのなさに、速いっと驚いてしまう。
「速いよ〜(笑)。もちろん家族も大事だけど、この仕事が好き。絶対にブレないです」
キリッとした表情がさらに引き締まった。
大事なのは小さな幸せを感じ取る感性
幼稚園のお遊戯で「声が大きくてお芝居が上手ね」と先生に言われ、「お芝居をする人になる!」と心に決めた天海さん。そこから女優の道に一直線。
「そうですねぇ……でもたくさんの可能性があったとき、違うものを見るのも大事ですよね。私は早い段階で本当にやりたいと思うものに出合えたけれども、いろんなものを見るのも必要かもな〜と思ったりする。ちょっとずつかじって何も身につかず、自分が混乱するのでなければね。若いときは特に、やり直せる時間がいっぱいあるわけだし。私は職業を通していろんな世界を見せていただけるので、それもありがたいことだと思っています」
一度こうと決めたら、揺れないほうがいいのだろうか? ブレたことがないという天海さんに聞いてみたくなった。
「人にもよるんじゃないですか。やり直して、また元の位置に戻って違うものを選んで。それでよかった、という人ももちろんいるから。結局は自分が何で満足するのかってことをちゃんと……」
言葉をのみ込み、しばし黙り込む。せっかち?と思ってしまうほど相手の言葉にパッと反応し、あらゆることに白黒の判断がくっきり。それでいて用意した言葉を置きにくるのでなく、その場のやりとりを心から楽しむようでもある。そして次の言葉を考える姿までが凜々しい。
「人間って……大きな幸せを望むと、それ以外の何が来ても見向きもしないんですよね。自分が思うサイズの幸せが来ないと〝私は幸せじゃない〞って。そう思う間も違う角度から小さな幸せがたくさん来たはずなのに。身の回りにある小さなこともありがたい、すてきだと思っているとそれが積み重なり、いつの間にかたくさんの幸せに包まれているのだと思う」
今度はこちらが息をのむ番だった。舞台で研鑽を積み、からだを張って演じ続けてきたゆえの、人としての圧倒的な迫力。画面越しでもまぶしいほどの華やかなスターオーラ。対峙すると改めて、人としてのスケールの大きさをびしばし感じさせる。誰より大きな幸せを手にしたはずの天海さんが、小さな幸せを積み重ねる大切さを語っている。
「幸せなんて大小の問題じゃない。大きくても小さくても、幸せと思える気持ちは同じですよね。そもそも大きいものなんてそうそう来ないし! ちょっとした幸せを味わえる感性、心や目がなければ大きなものが来ても見逃す気がするんです」
まさに「思いがけない角度」から、気づいていなかった真実を告げられたよう。でもそのためには日々、それに気づくための膨大な努力が必要に思える。
「でもさぁ、朝起きて天気がよければ幸せでしょう? 今日ご飯がおいしかったというだけでも。たくさんの幸せを当たり前に思って流してしまっているんでしょうね、きっと」
そんな天海さんは、自宅でぬか漬けを漬けている。天海さんが、ぬか漬け。ちょっと意外な組み合わせにも思える。
「ぬか漬けって食べたくなるでしょう? 簡単だしね。祖母のがいちばんおいしかった。ナスなんて全部がキレイな紫色ではなかったけど、古漬けになったのがすごくおいしいの」
するとその先、いつかは畑をやって野菜を手づくりしたいと思ったりしないのか尋ねると「それはないない、大変大変」とこれまた即答だった。
「コンビニのサンドイッチでも、うわ〜おいしいね!と言いながら食べるのがいいんですよ」
あ〜んと大きな口を開け、おいしそうに食べる天海さんの姿が浮かぶ。確かに幸せそうだ。
「第二の故郷」である富山の思い出
天海さんが『私は白鳥』に深く心をとらえられたのは、舞台となった富山もその理由だった。
「富山にはご縁がありまして、祖父母の出身地なんですね。それで小・中学校の夏休みには毎年、宿題を持って1カ月ほど滞在しました。第二の故郷だと思っているんです」
「気ぃつけて帰られ〜」、白鳥に向かって優しく呼びかける澤江さんの富山弁、雪を頂いた立山連峰。天海さんにとっては味わい深い懐かしさ。
「海も山もあります。なんでもあるけど、なんにもないの。子どもにとっては近くに遊園地があるわけじゃないし、することがなくて毎日海で泳いでいました。だから日に焼けて真っ黒で。テトラポッドのところで釣りもしましたよ。そのへんで見つけた貝を付けて糸を垂らすと、カニが釣れるんです。夜には海辺で花火をしてね。またお刺身!? ハンバーグがいい!なんて思っていたけど、海の幸も山の幸もあって、朝いちばんに穫れたお野菜をご近所さんが持ってきてくれたりして。振り返ると、そんな日々がなんと豊かだったか、と思うんですよね」
そして大人になり、女優として第一線を走り続ける天海さん。コロナ禍で心境には変化が。
「10 日も休むと、世の中に貢献してない! このままお仕事がなくなっていくかも?なんて思っていたけど、『休めるじゃん、私!』と思うように。こうして力をためていくことも大事だなと」
皆で顔を合わせてお芝居することが、どれだけありがたいことかを改めて実感した。
「コロナ禍は振り返って、よかったねと思える出来事ではありませんよね。世界中の方が大変な思いをし、いまも腹の立つことばかり。何か1つでもいいことがないと……。お買い物に行くこと、ご飯を食べに行くこと、何人かで集まってしゃべること。それがこんなにもうれしいことだと気づかせてもらえた。それだけでもよかったと思ってやる!なんて(笑)。やられっぱなしじゃ、悔しいですからね」
翼の折れた一羽の白鳥と、それを見守るおじさんの記録
『私は白鳥』(配給:キグー)
●語り/天海祐希 ●主題歌/「スワンソング」石崎ひゅーい(Sony Music Labels) ●監督/槇谷茂博 ●出演・白鳥撮影/澤江弘一 ●2021年11月20(土)~富山・ほとり座先行公開、11月27日(土)~ユーロスペースほか全国順次公開
©2021映画『私は白鳥』製作委員会
https://www.watashi-hakucho.com/
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)
ヘアメイク/林 智子 スタイリスト/東 知代子(ポストファウンデーション)
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