掲載:2022年4月号
NHK連続テレビ小説『どんど晴れ』のヒロインを経て、『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』での負けず嫌いな看護師さん、『推しの王子様』での恋愛下手なベンチャー企業の社長と、どんな役でも凛としたたたずまいで輝きを放つ女優、比嘉愛未さん。
最新主演映画『吟ずる者たち』が全国で公開されます。演じるのは、家業の酒造りに挑むヒロインの明日香。ご自身の故郷である沖縄への思い、女優としてのいまについて聞きました。
酒造りの手間暇を疑似体験!
「広島には何度か訪れたことがありましたが、酒蔵でのロケをした西条あたりは初めてでした。よい意味で、まるで時が止まったよう。竹原もそうですがタイムスリップした気持ちになり、どこか懐かしい風景に圧倒されました。撮影では酒造りの手間暇を疑似体験し、つくり手の情熱や思いを味わって。日本酒をただおいしいから飲むという感覚ではなく、本当にありがたくいただけるようになりましたね」
オール広島ロケを敢行した映画『吟ずる者たち』での撮影を、比嘉愛未さんはそう振り返る。彼女が演じたのは東京でのモノづくりの夢に破れ、恋人と別れて5年ぶりに故郷の広島に戻るヒロインの永峰明日香(ながみねあすか)。彼女は病に倒れた父に代わり、家業の酒蔵を継ぐことになる。その決断を「同じ女性として尊敬します」と、比嘉さんは言う。
「どんな仕事も、覚悟を持つ人なら絶対に大丈夫。でもその覚悟を、人にしてもらうことはできませんよね。自分で決めるしかない。そこから自分のペースで切り開いていくのが人生で、決心した彼女は素敵だと思う」
明日香は実家で、家宝だった三浦仙三郎(みうらせんざぶろう)の手記と出合う。仙三郎は明治初期、軟水による低温醸造法を考案し、「吟醸酒の父」と呼ばれた実在の人物。その日記に背中を押されるように、女人禁制で封建的なイメージのある杜氏の世界へと飛び込む。
「仙三郎との縁は必然で、明日香が引き寄せたものでしょう。でも人生で、そういうことってあると思います。そんな縁をどれだけ引き寄せ、逃さずにつかむか。そこから何を学び、自分なりの覚悟につなげるか。こうしろ!と与えられるのではなく、模索したゆえに導かれる。その過程が大事で、明日香を見ると苦しんだのも無駄じゃなかったなと」
どんな逆境にあっても酒造りに突き進む仙三郎と、その末裔である父の養女として、酒造りに挑む明日香。映画は時代を超えた2つの物語のつづれ織り。酒造りへのそれぞれの想いが、物語のなかで熟成していく。
「現実でも女性の杜氏が増えているのは素敵ですよね。大事なのは男か女かではなく、その仕事が好きで熱意を持てるかどうかですから。シンプルに、そこを尊重する世の中になってきたのがうれしい。思った以上に体力勝負ですが、どうしても杜氏をやりたい女性は鍛えればいいんだし! この映画が観てくださる方一人ひとりのエールになれたら。エンターテインメントって、それが醍醐味ですよね」
沖縄の海がリセットしてくれる
「私自身は好きなこと、夢を追いかけてきていまだにお仕事をいただけることに感謝しています。でも、このままでいいの?と立ち止まることはある。そんなとき地元に帰るとゼロに戻ります。それはネガティブなことではなくて。立ち止まって俯瞰したり、何が好きでどうしたいか内省して、その都度確認します。ただ流されたのでは、自分を見失ってしまいますから。だから明日香に共感したし、成長する姿に想いを重ねて演じました」
比嘉さんにとって〝ゼロに戻れる場所〞は故郷の沖縄。インスタグラムにはしばしば、劇的に美しい沖縄の海が登場する。
「母親がよく送ってくれるんです。沖縄はいちばん自分に還れる、リセットできる場所。コロナ禍以前は年に5回ほど帰ってました。実家では完全にオフです。仕事のことも何も考えず、ただぼ〜っと海を見たり空を見たり。おなかがすいたらおいしいものを食べて、寝て。人間のシンプルな姿に戻るんです」
そんな比嘉さんのお母さんは、「エネルギッシュな人」だそう。
「アロマセラピストなんです。20年ほど前にイチから学び始め、沖縄の田舎で広めて。いま生徒さんが何百人といて、私より仕事をバリバリやっています。バイタリティーがあって止まっていない。誰かに頼るのではなく、自分で道を切り開く人です。尊敬していますし格好いいけれど、天然で! 人として魅力的なんですよ」
親子の会話も、母と娘というより同志の会話に近いそう。
「今後どうしていくの? お母さんはこんなことがしたいの、って。仕事の失敗を相談され、〝それはお母さんの価値観が曲がっているんじゃない?〞と答えたりして。つかず離れずで付き合っています。それで父のほうが母性があって、お母さんみたい。両親で、いいバランスなんです。なのでやっぱり沖縄の実家がないと、東京のジャングルでこうして仕事できていないかもしれません(笑)」
キラキラした表情で「田舎が大好き!」とも語る比嘉さんは、きっといつか故郷に帰るだろう。
「帰りたい!じゃなく、帰ると思います。いまや二拠点生活をする人は多いですし。私も年齢を重ねれば、ずっと働き続ける必要もないでしょう。一つひとつ質のいい作品と出合えればいい。すると将来的ではなくいまからでも、二拠点生活ができるんじゃないかと。ラッキーなことに実家があるので、飛行機に乗ればいつでも帰れますから」
ときめく場所に出合えれば、家を建てるのもいいかも。まだ見ぬ理想の家に思いを馳せる。
「絶対に海の見えるところがいい。18歳で上京しましたが、逆に海が身近にないことが不自然で。沖縄に帰れないときは心のバランスを取り戻すため、近場の海でただぼーっと波の満ち引きを眺めたりします。私にとってそれがメディテーション(瞑想)のようなもの。心を調整できるみたいです」
育った環境と違っても、例えば森で鳥の声を聴きたいとか、自分の感覚で心地いいと思えればいい。比嘉さんは続ける。
「ここは落ち着く――。そう思うのは頭ではなく、波長が合うんでしょう。ストレスを感じるのはどこかに不調和があるから。そこに無理して自分を合わせようとするから不快になるんですよね。ではどうするか? 解決法がわからなくて苦しんだりします。でもそれは、自分次第で見つけられる気がして。コロナ禍前は〝二拠点なんて〞と思っていたけれど、環境は変化しました。そこに自分が柔軟に合わせれば、可能性が広がるはずです。当たり前がそうでなくなったのだから、別にどこに住んだっていいじゃないですか。もうちょっと動物的な感覚に戻り、心地いい場所、人、モノを大事にシンプルに生きる。当たり前ですけど、それが自分を整えることになる気がします」
酒造りもお芝居もチャレンジし続けるしかない
澄んだ瞳と華やかな美しさのせいだけではない。比嘉さんの周囲には澄んだ空気が流れる。キリッとした物言いなのに、人を緊張させないたたずまい。ポジティブな心根が、対峙するこちらの心に明るく響いてくる。
「親の育て方か育った環境か、人に対して自分から閉じたらもったいないと思うんです。まずは取り繕わない自分でいて、私はこういう人ですよ、と示し、好きか嫌いかは相手に委ねる。演じるのが仕事なのに、日常まで演じたら疲れちゃう(笑)。デビュー当初はそんな時期もありましたが、殻を破り、いまはいつでも自分のままで」
女優としても、ストイックな完璧主義にとらわれていたそう。
「課題を決め目標を定めて、自分はあそこにいなきゃ!とがむしゃらに頑張る。まだそんなところが少しあるけれど、それも流れに委ねてみようと思うように。作品や人との出会いには意味がある、そう思い始めたら面白くなってきました。よいものも悪いものも、バランスよくやってくる。そこで何をキャッチするかは、価値観次第だなと」
昨年、主演を務めた連続ドラマ『推しの王子様』は、体調不良で休業した女優さんに代わって急きょ登板したもの。
「あのときはビックリしました。でもとにかくやってみよう!と、迷いもしませんでした。決めたあとで不安が襲いましたが、結果的にやりきれた。できるんだ自分!という自信になりました。来るものは来る、だからそこからは逃げない。難しいですけれど、そうすると自然に鍛えられます。人の前に立って表現するにも、ブレない自分になれる。そこだな!と気づいたんです。海だってそうですよね。自然のサイクルも動物も、絶えず動いています。生きるために、シンプルに繰り返すんです。人間だけが、物事を複雑にしているなって」
沖縄でおばあに会うたび、いつも言われるのが「なんくるないさぁ」。考え過ぎずに生きなさい、優しくて強い言葉。
「戦時中を生き延び、9人の子どもを育ててきた人の言葉の重みですよね。95歳のいまも毎朝畑で働き、収穫した野菜でご飯をつくって食べて寝て。そうした生活を繰り返しています。自然にあらがわず、シンプルに流れに沿って生きる。母もそうですが、格好よく生きる人は、柔軟でありながらチャレンジして変化を楽しんでいます。完璧主義だと、変化って楽しめないんです」
映画には「百試千改(ひゃくしせんかい)」という言葉が登場する。吟醸酒造りに没頭した仙三郎は何度も試し、うまくいかないところを見つけて千回でも直し続けた。それは女優として、完璧主義を脱した比嘉さんが目指すところと重なるところがあるのだろうか。
「仙三郎さんは決して心が折れない、武士のような人です。当時は大変な状況のなか、耐えて耐えて切り開くのが当たり前だったのでしょう。それに比べ、便利になり過ぎてしまったいま、私たちのメンタルは弱くなっている気もします。だからこそ仙三郎さんの精神に学ぶところが大きいはずだと思うんです。役者もありがたいことに代えがきかない。一人ひとりに個性があり、その個性がいいからと仕事をいただける。毎回毎回が勝負で、失敗できません。お芝居には正解がなく、チャレンジし続けるしかないんです」
近道なんてない、そんなことを実感する日々が続いていく。
「何かを成し遂げようとするのに、時間と経験は絶対に必要だと思う。それで自分が前進しているかどうかはわかりません。ただ後退はしていない。心がけているのは、出会った方にいい影響を与えられる人でいたいということ。だから噓をつきたくないんです。お芝居もそうで、画面を通しても噓ってわかってしまうから。そうではなくて、ちゃんとまっとうにいまを生きる。そこだけは揺るがずにいたいと思っているんですよね」
『吟ずる者たち』
(配給:ヴァンブック)
●監督:油谷誠至 ●脚本:仁瀬由深、安井国穂、油谷誠至 ●出演:比嘉愛未、戸田菜穂、渋谷天外、ひろみどり、大森ヒロシ、山口良一、今井れん、中尾暢樹、中村久美、奥村知史、川上麻衣子、丘みつ子、大和田獏、中村俊介 ほか ●3月25日(金)〜シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開中
5年ぶりに東京から故郷の広島へ帰った永峰明日香(比嘉愛未)。養女として育ててくれた父(大和田獏)が倒れ、幼いころから好きだった酒造りに取り組むことに。ある日、家宝だった三浦仙三郎(中村俊介)の日記を目にする。そこには明治初期、醸造中に酒が腐る「腐造」に見舞われた仙三郎が新しい醸造技術を見いだそうと試行錯誤する日々が記されていた……。
ⓒ2021ヴァンブック https://ginzuru.com/
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)
ヘアメイク/奥原清一(suzukioffice) スタイリスト/後藤仁子
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