アクセスのよさと温暖な気候、海も山も里もある豊かな自然で移住先としても人気の南房総市。2020年よりワーケーション事業をスタートし、これまで多くの滞在を受け入れてきた。「子どもと休暇を楽しみながら、仕事もしたい!」、そんな希望をかなえてくれる南房総での親子ワーケーションをリポートする。
掲載:2022年7月号
都心に近いからできる気軽なワーケーション
「大人は第2関節くらいまで、お子さんは指を全部田んぼに入れて。倒れないように苗をしっかり植えてね〜!」
4月下旬、南房総市白浜地区の「道の駅 白浜野島崎」横にある田んぼでは、田植えのイベントが開催されていた。子どもたちが泥んこになってはしゃぐ姿と、田の神様を呼ぶ田楽のリズムに誘われて、買い物に訪れた観光客の足も思わず止まる。
今回のイベントは、南房総市の「ル・ファーレリゾート」と、体験を通して学ぶ活動を首都圏で展開する子育て団体「こあっぷ」等が主催、南房総市観光協会、日本ワーケーション協会等が後援した「親子ワーケーション企画」。親子で田植え体験やワーケーションをしながら、南房総の自然と食を思い切り体験してもらおうというツアーで、昨年6月の第1回に続く開催だ。
そもそもワーケーションとは、「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた欧米発の造語で、リゾート地などで短期〜長期の休暇を楽しみながらリモートワークをする働き方。コロナ禍で在宅勤務やテレワークが普及するなかで、日本でも観光地を中心に広がりを見せている。
ここ南房総市では、2020年よりワーケーションの受け入れを本格化した。
「2019年9月に台風15号で被災し、宿泊事業者の建物が多く被害を受けました。9月〜12月は南房総の観光は閑散期なので、その間に建物を直したりと頑張っていましたが、年が明けて露地の花も咲き始め、イチゴ狩りもできる観光のトップシーズンに入った途端にコロナが始まって……。どうする?となったときに、ちょうど働き方改革やリモートワークが話題になっていたので、『ワーケーションをやってみるか!』と、スタートしたんです」
そう振り返るのは、南房総市観光協会の多田福太朗さん。
東京から90分で来られる場所のよさから注目が集まり、次第にワーケーションの体制が整っていったという。また、南房総市には民宿やホテル、ゲストハウスなどの宿泊施設が120ほどあり、隣接する館山市を含む南房総エリアではなんと240〜250施設もあるのだとか。さらにWi-Fi環境やワーキングスペースを整備する施設も増え、滞在先の選択肢が多い観光都市・南房総ならではのメリットも、自然とワーケーションの普及につながった。個人はもちろん、団体や実施企業の受け入れもスムーズになったという。
「いままでなら、旅行先で旦那さんがパソコンを立ち上げたら、奥さんは怒っていたと思うんです(笑)。でも、いまは宿泊施設の方に聞くと『リモートワークの流れで、皆さん滞在中に結構仕事してるよ』って。南房総に遊びに来て、結果的にワーケーションをしているんですよね。かしこまって来るような地域じゃないので(笑)、まずは好みの滞在先を見つけて、気軽に体験してほしいですね」
子どもを巻き込むことで地域との交流が深まる
この日、親子ワーケーションのイベントに参加していたのは県内外から集まった10組30 人ほどの親子。田植えのあとは、「ル・ファーレ白浜」でのジビエバーベキューや、イノシシを解体する「館山ジビエセンター」の見学など、参加者は思い思いにツアーを楽しんでいた。子どもたちが東京ではできない体験を重ねたり、この日できた新しい友達と遊んでいる間、道の駅やル・ファーレ白浜に設けられたワーキングスペースで仕事をするママの姿もあった。
その1人、毎日みらい創造ラボ兼毎日新聞記者の今村茜さんは、親子ワーケーション部の代表を務めている。ワーケーション企画やオンラインイベントの開催、SNSでの情報発信をしながら、11歳・9歳・2歳の3人のお子さんとのワーケーション経験も多く持つ(!!)、いわばスペシャリスト。この日も娘さん2人と一緒に、軽やかにイベントを楽しんでいた。
筆者も今村さんと同じく3人の子どもがいるが、どうしても親子でのワーケーションとなるとハードルが高いように思えてしまう……。子どもの世話に追われるばかりで、仕事になるのだろうか? そんな素朴な疑問を今村さんにぶつけてみると、何回か経験したことで、子どものほうも慣れて、仕事がしやすくなったと教えてくれた。
「もちろん初めて親子でワーケーションをする方や、お子さんが小さい場合は、仕事にならないことも多いんですが、子どもは成長が早いので、何回かやっていくうちに『ママはいまお仕事で来ているんだな、だから邪魔しちゃいけないんだな』というのがわかるようになります。この子たちも、私がオンライン会議をやっていると静かに自主学習をしてくれますよ」
また、子どもを巻き込むことで、旅行の分散化やコロナ禍でもできる新しい旅のスタイルだったワーケーションに、「子どもの関係人口の創出」という+αが加わったという。地域の人びととの交流がしやすくなり、同じように親子ワーケーションをしている仲間との横のつながりもできた。
「春休みに北海道の知床で親子ワーケーションをしましたが、知床にはテレワーカーを受け入れている組織があるんです。これまで4回行っているので、いまでは知床のおじちゃん、おばちゃんで親戚のような関係になって。私が仕事のときは、子どもたちを連れてウマを見に行ったり、雪滑りをして遊んでくれたりします。そんなふうに、1回だけでなく何回か行って地域の方との関係性を築き、また『ただいま』と訪れる――。第2・第3のふるさとのような感じで、親子でワーケーションを楽しむのがいいのかなと思います」
仕事と観光だけじゃない、ワーケーションの一歩先へ
観光協会の多田さんも、親子ワーケーション部の今村さんも、親子でワーケーションをするなら「まずは2泊3日から!」と口を揃える。
「半日かけて南房総まで来て、また半日かけて帰るとなると、1泊で仕事をするのはちょっと難しい。金土日、土日月など週末を使って来てもらうのがオススメです。もちろんホテルやリゾートマンションに長期滞在する方もいますし、二拠点居住の方は道の駅でさくっと仕事をしていたりもする。お子さんと一緒に釣りを楽しんで、その合間に仕事をしたり、スタイルに決まりはないんです」(多田さん)
そして、南房総ではワーケーションのさらにその先も提案していきたいと、多田さんは続ける。
「SDGsと絡めたり、地域課題を解決したり、移住・定住にもつながるような企画も計画中です。もともと観光からスタートしたワーケーションでしたが、やり始めたら長期滞在や何度もリピートする方が多いので、そこから二拠点居住や移住につながってほしいという思いがあります。ワーケーションをしながら家を探したり、市内のリサーチをしたり、市の移住担当者との連携も始めています!」
南房総市の移住&滞在スタイルは、今後ますます多方向に展開し、多くの人を呼び込みそうだ。
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