掲載:2022年8月号
がまぐち専門のかばん作家である於久田大介(おくだたいすけ)さんが心がけてきたことは、ものづくりを通して穏やかな日常に寄り添うこと。そして、心豊かな暮らしを自身も実践するため、新たに選んだまちが岡山県瀬戸内市牛窓(うしまど)。表情豊かな海と温かな人に囲まれ、作品に新たな魅力をもたらした。
於久田さんは、牛窓の気さくで温かな人たちと穏やかな海に魅せられて移住を決めた。
岡山県南東部の瀬戸内市は、瀬戸内海に面して入り組んだ海岸線が広がり、牡蠣養殖を中心とした漁業が盛ん。釣り、海水浴、ヨットなど、海のレジャーでも親しまれる。岡山空港から車で約1時間、大阪市内から同2時間余り。
地中海のリゾートのような雰囲気が漂う牛窓。「日本の夕陽百選」にも選定されている。
ビーチコーミングが大学時代からの趣味。牛窓海水浴場へは仕事後によく訪れるという。
海の近くの町家を拠点に、牛窓らしいものづくり
西日本最大級のヨットハーバーを有し、高台にオリーブ畑が広がる牛窓(うしまど)。日本のエーゲ海と呼ばれる一方、港からひとすじ入った、しおまち唐琴(からこと)通りは風待ち・潮待ちの良港として栄えた往時をしのばせる。ここで古い町家を改装し、がまぐちかばんのアトリエ・ショップを営むのが、今年4月に京都市から移住した於久田大介さん(44歳)。以前は京都の町家を借りていたが、地方では古い建物がまだまだ生かされていないと知り、自分が実践してそのよさを伝えようと決意。候補地は決めていた。
「全国を回り、一番のびのび過ごせた場所が瀬戸内地方。のびやかな海の景色があり、温暖で晴れの日が多いですから。特に牛窓は、誰もが見知らぬ自分に挨拶をしてくださり、土地の豊かさが感じられたんです」
現在の建物と出合うと、地域の人の協力も得てセルフビルドで改修を進め、開業後の現在も手を入れ続けている。
「町家の住まい方の提案として見ていただけるよう整備できれば。伝統的なよさを受け継ぎながら、みんなが『住みたい』と思える魅力も付加していきたい」
仕事の面では、牛窓特産のオリーブオイルを使った「牛窓レザー」をつくり、牛窓のデザイナーと赤磐市のレース刺繡アトリエがコラボした生地を取り入れるなど、地域に根差したものづくりに努める。同時に、気持ちの変化ももたらされた。
「日常に海があるだけで穏やかな心持ちになれるんです。牛窓の海がすてきなのは、潮の流れが激しく、見る時間帯や光の具合で色も姿も違うこと」
と、於久田さん。ゆったりと流れる牛窓時間に身を置いていると、仕事に追われる感覚もストレスもなくなったという。
店先にて於久田さん。「京都にいるときに小豆島や牛窓で買ったオリーブは、こちらに来てから元気になり、花も付けてくれました」。
古い町家を活用した「poussette(プセット)」。中央にはこの家に眠っていた古いミシンを展示。
海岸で拾った貝殻などを個人的に楽しむアクセサリーとして加工。「海からもたらされたものには人の手でつくれない美しさがあるんです」。
右端の「55」(1万1000円)は、岡山県赤磐市にあるレース刺繡のアトリエでつくられた生地が魅力。中央の「カードケース/パスケース」(1万450円)は“牛窓レザー”を使用。
1階Before
もとは店舗スペースに隣接する和室。畳がかなり傷んでいた。
1階After
床の下地から補修してカーペット敷きの作業スペースにした。土間側の建具は撤去。
2階Before
2階の奥にある和室は、雨漏りで腐っていた畳を撤去。
2階After
1階同様に床の下地をやり替えてカーペットに。階段上には1階にあった古い建具を設置。
塗装中のキッチン横の壁には知人の書家が書をしたためたいという話も。最終的には漆喰を塗る計画だ。
残されていた商品棚をアレンジして活用。土壁を見せるため既存の化粧ベニヤは外した。
心地よい海風が入る2階の広縁も於久田さんのお気に入り。「フェリーの音などで時間がわかるんです」。
しおまち唐琴通りには、昔ながらの町家などノスタルジックな家並みが残る。
何かと気にかけてくれるお隣の高祖絹恵さんはなんと92歳。この日は店に飾る花を届けてくれた。
魚介類が主役の自炊を満喫
潮風を日々感じるだけでも充分に癒やされるという於久田さんだが、特に海の幸に感動したそう。
「冬になると牡蠣小屋へよく行きますし、魚介類はどれもおいしい。安くて新鮮なものが手に入るので、地元でゲタと呼ばれるシタビラメを炊き込みご飯にしたり、干しエビの炒飯をつくったり。海の幸と山の幸やオリーブオイルとの融合も楽しんでいます」。
質のよさで人気の虫明(むしあげ)産の牡蠣。冬場は虫明湾沿いのほか市内各所に牡蠣小屋が出る。
牛窓海水浴場に面する牛窓神社。「毎月1日に詣でる地元の風習に合わせ、可能な限りお参りに訪れています」と於久田さん。
文・写真/笹木博幸
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