2018年度にSDGs未来都市に選定された仙北市。農業や観光、健康など多面的な課題に向き合う。なかでもSDGsの視点を活かして取り組みたいとするのは、昭和初期の開発で失われた田沢湖の自然の再生。湖に固有種クニマスが再び泳ぐ未来を目指す。
掲載:2023年10月号
秋田県仙北市(せんぼくし)
秋田県東部に位置し、市の中央に田沢湖、東に秋田駒ヶ岳、北に八幡平、南は仙北平野が開ける。湖と渓谷、森林、温泉の田沢湖エリア、重要伝統的建造物群保存地区の武家屋敷がある角館エリア(写真)、田園風景の西木エリアの3つからなる。年平均気温10.7℃、有数の豪雪地帯。人口約2万4000人。JR秋田新幹線で東京~田沢湖駅は約2時間50分。
湖再生のゴールに向けてクニマスと湖の歴史を知る
仙北市でSDGsに取り組む4人。右から2番目は田沢湖クニマス未来館館長の田口真吾さん。
「仙北市のSDGsを知るには田沢湖を見ていただくのがいちばんです。80年前に国策として開発が行われ、失われてしまった環境を未来に向けて再生しようとする取り組みですから」
とは仙北市の田沢湖クニマス未来館館長の田口真吾さんと、SDGsを担当する企画政策課の伊藤潤秋(いとうみつあき)さん。田沢湖再生には湖の歴史と現状を知ってもらう必要がある2017年にオープンしたのが田沢湖クニマス未来館だ。ここでお話を伺った。
外輪山に囲まれたカルデラ湖で、外からの流入河川のない田沢湖には、かつてこの湖固有のクニマスが生息。65軒の漁師が権利を持って漁も行われ、「クニマス1匹米一升」といわれた。角館の武家屋敷などでハレの日の魚として扱われたと聞く。だが、1930年代になると東北地方の大凶作と発電への要求の高まりを受け、湖を利用した利水と開墾計画が立てられた。玉川温泉が流れ込む強酸性の玉川の水を田沢湖に引き込み、農業用水に利用できるよう酸性度を弱めると同時に水力発電を行うもの。1940年に導水が始まると、湖水は急速に酸性化してクニマスをはじめほとんどの生物が姿を消した。同館アドバイザーの大竹敦さんは言う。
「漁師や学者は当然反対しましたが、開墾と発電への期待が大きい当時は、開発を選択せざるをえなかったわけです」
その後クニマスが山梨県の西湖で発見されたのは2010年。田沢湖から絶滅前にクニマスの発眼卵が送られた歴史があり、孵化後に放流された子孫が生きていた。
田沢湖畔に建てられた田沢湖クニマス未来館。住所/秋田県仙北市田沢湖潟字ヨテコ沢4 ☎0187-49-8131 休館日/火曜
環境教育の拠点として活用されている未来館。廊下からは田沢湖が一望できる。
山梨県から貸し出されて未来館の水槽で展示されるクニマス。
クニマスの発見を機に、秋田県と仙北市は協働して「田沢湖再生クニマス里帰りプロジェクト」をスタート。完成した田沢湖クニマス未来館に、西湖由来のクニマスが生体展示された。
1991年からは国土交通省による玉川酸性水中和処理施設が本格稼働し、湖水のpHは4.2から一時5.8に改善したが、その後逆戻り。現在のpHは5.4ほどで、水質は回復していない。仙北市SDGs未来都市計画には、田沢湖にクニマスが生息できる程度のpHの改善は、仙北市民の悲願と記されている。
「とはいえ田沢湖の再生に広く支援を得るには、関心を持つ人をもっと増やしていかなければ。幸い、未来館を訪れた人は、『ぜひクニマスが棲める湖に』と、賛同してくださいます」
と大竹さん。田沢湖のクニマスは小中学校の教科書にも取り上げられている。市内の小中学生は総合的学習で未来館を訪れるようになった。自由研究で田沢湖をテーマにする子どももいる。県内の大曲農業高校では生徒たちが電気分解による田沢湖水の水質中性化実験や生態調査などに取り組んでいる。
コロナ禍が薄らいだ今年はキャンプやカヤック、サイクリングなどの田沢湖でのアウトドアを楽しむ人も増えている。将来、さまざまな魚が泳ぐ豊かな湖が再生し、その自然を楽しむ人で賑わうシーンを思い描いた。それは確かに、SDGs=持続可能な開発目標の、わかりやすくふさわしいゴールに違いない。
展示室には田沢湖のジオラマが。湖は直径約6km、日本一の最大深度は423.4m。
クニマス絶滅前の田沢湖では、専門の漁師が丸木舟を使って一年中漁をしていた。
大竹敦さんは初代の館長。「田沢湖のクニマスは1925年に固有の新種として発表され、国内に14体の標本が残っています」。
仙北市のSDGs ここがスゴイ!
●西湖でのクニマス生息確認を機に、田沢湖の環境修復に向けた取り組みが加速
●田沢湖クニマス未来館を中心に環境学習と情報発信が進む
●強酸性の玉川温泉水からの水素生成の実証実験に取り組み、水素エネルギーへの活用技術の確立を目指す
●市内各所の豊富な温泉を活用して市民の健康増進を図るとともに、温泉×健康による観光振興を進める
「一度失った田沢湖の環境回復こそまさにSDGsとして取り組む内容だと考えています」
(企画政策課 伊藤潤秋さん)
仙北市移住支援情報
移住者&希望者が交流して情報交換する「移住者の会」
仙北市では移住者や移住を考える人が交流し、相談・協力し合える場として「仙北市移住者の会」が活動している。代表は2010年に仙北市に移住した土屋和久さん。「会費はなく、毎年交流会を行っています。ホームページでは雪国の田舎暮らしの感動したこと、困ったことなどを集めた『移住あるある物語』も公開しているので、ぜひご覧ください」。
仙北市移住者の会HP https://senbokuijyusha.akjob.jp
●問い合わせ先/まちづくり課 ☎️0187-43-3315
https://www.city.semboku.akita.jp/egukite
土屋和久さん。伝統野菜「田沢ながいも」の生産・販売のほか、移住や暮らしについては県内のラジオでも紹介する。
市の移住・定住情報をまとめた小冊子『おかえり!』
「市の定住応援サイト『えぐきてけだんし』には空き家バンク情報もあります」
(まちづくり課 高橋亜紗美さん)
文・写真/新田穂高 写真提供/仙北市、土屋和久さん
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