『舞いあがれ!』での、自らの足で人生を生き抜いてきた男勝りな“ばんば”役をはじめ、どんな役にも自然な説得力と、ときにチャーミングな彩りを加える俳優の高畑淳子さん。最新出演作は映画『お終活 再春!人生ラプソディ』。映画のこと、田舎暮らしの夢、今考える理想の演技について聞きました。
掲載:2024年6月号
たかはた・あつこ●香川県出身。1976年、青年座に入団。数多くの舞台、映画、ドラマに出演。1988年に紀伊國屋演劇賞、2013年に菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞最優秀女優賞受賞、翌年に紫綬褒章受章。最近の主な出演作は渡辺えりとの人芝居『さるすべり』、映画『あまろっく』『おいしい給食 Road t oイカメシ』、連続テレビ小説『舞いあがれ!』。現在、ドラマ『Desti ny 』(テレビ朝日系)に出演中。
「お終活」シリーズ第2弾。テーマは“再春”!
「嫁をいびり倒す半身不随のおばあさんとか、ちょっと変わった役をいただくことが多くて。そのせいか前作では友達に、『よかったわ』と言われて。よかった、って何が!?と(笑)」
2021年、新しい〝終活〞のカタチを家族のドラマのなかに描いた映画『お終活 熟春!人生、百年時代の過ごし方』。熟年離婚寸前のごくフツーの主婦、千賀子を演じたのが高畑淳子さん。このたび、シリーズ第2弾の『お終活 再春!人生ラプソディ』が完成した。
「第2弾って、それはうれしいですよ! それで今度のテーマは〝再春〞で。断捨離じゃないですけど、自分のこれまでを整理したら若いころは映画を撮りたかったとか、やり残したことがどなたにもある気がして。いいところを突いてきたなと」
千賀子は金婚式を終え、一人娘の結婚も決まってホッと一息。そのころ、「シャンソン歌手として舞台に立つ」というかつての夢を再び追いかけようと決める。
「ウチの父も、ショパンの『小犬のワルツ』がどうしても弾きたいと言って。建築会社で働いていましたけど、定年後にピアノを習い始めたんです。発表会ではタキシードをつくり、ちっちゃい子どもたちのなかに1人でおじいさんが交じってね。家では音が漏れないようにとヘッドホンをして、1日5時間くらい練習していました」
なんて素敵なお父さん! 確かに、人生でやり忘れたものは?と考えたとき、何か表現したいと思う人は多いのかも。
「人前に立つってお遊戯会みたいに、怖いようなうれしいようなもの。カラオケだってそれを楽しむところがあるわけで、人間の本質的な欲求なのかも。そういえば母も日舞をやっていました。私なんかは若いうちに、やりたい!と思うことに飛び込んじゃったわけですけど」
高畑さんは、やりたいことに一直線。高校を出て上京し、短大で演劇を専攻。劇団青年座に入って今に至る。
「だから反対に、ゆっくりお母さんをやってみたかったなあ、なんて思うことはあるんです。子どもが学校から帰る時間に、ウチにいるお母さんでいたかったって。実際は仕事が忙しい時期でもあって、なりふり構わずでしたけど」
子育ての時期はもちろん、家族をチームと考えたときに旦那さんの存在はどう考えても大きい。映画のなかで千賀子の夫、真一は典型的な〝昭和のお父さん〞。千賀子が、「私は家政婦じゃないのよ!」とブチ切れるのも仕方ないかも、と思わせる。
「真一さんなんてまだ優しいほうで、日本のお父さんって本当にね……。〝夫婦で年金を半々に受け取るなら、自分のご飯は自分でつくって!〞とケンカになったという友達もいました。結婚相手は宝くじみたいなもの、みたいですよ。ほぼハズレる、と思ったほうがいいって(笑)」
でも、「結婚生活を続けている方は偉いなあと思いますよ」と、高畑さんは続ける。「私は2回トライしましたけど、いや〜大変! それは恋人でも同じで。『今2人でいられてよかった』、そういう一瞬のために、いえ一瞬ではないかもしれませんけどそうではない時間をどう算段するか? どうごまかして(笑)、自分を納得させて過ごすか。お互いに努力が必要ですよね。生活というのはね……。それはきっと、家族というものの永遠のテーマで」
そんな高畑さんは幼少期、「すごく寂しかった」とも。「一人っ子として育ち、母はコマネズミのように働く人でまるっきり構ってもらえなかったんです。寂しくて寂しくて、『おばちゃんどこ行くん?』と道行く人に声をかけるような子で。だからこそ家のなかに人がいること、家族がいるということはなにものにも代え難い宝、愛しい時間だなと思うんです」
大切な家族だからこそ、〝終活〞は大きな意味を持つ。千賀子にとってもしかり。生前整理のためにと不用品を片付ける断捨離を進め、夫が要介護認定を受けるに至って、その必要性をより切実に感じることに。
「あまり神経質になる必要はないでしょうけど、知識はあったほうがもめ事も起こらないでしょうしね。絶対にそのときは来るわけですから」
高畑さん自身は30代のうちから(!)、エンディングノートを用意していたそう。
「シングルマザーでしたからね。私がぽっくり逝って、子どもが路頭に迷ったらかわいそうだと思って。『まず××さんに電話する。この人はよい人です』とか会計士さんの名前、『学資保険に入っているから、この会社に電話をすること』などと書いた黄色い表紙のノートで。それでまだエンディングノートという言葉も一般的でなかったから、『お母さんが死んだら見るノート』と書いたんでしょうね」
千賀子は劇中、納骨堂にも足を運ぶ。受け付けから参拝室に入るまでカードキーをかざすだけという最新のシステムで、ホテルのコンシェルジュのような女性が対応してくれる。
「そういう時代になったんですね、墓じまいなんて言葉もよく聞くようになりましたし。私自身、お墓は〝地べた派〞で。父と同じお墓にできれば入りたいけど、誰も来てくれなくてぺんぺん草が生えるのも寂しいし」
そのときは誰にでも訪れるし、避けることはできない。この映画を観ていると、だからこそ準備が必要で、今というときを楽しまなくちゃ!みたいな気になる。
「千賀子が歌うシーンでは、ああ歌だ! 歌が始まっちゃった!とアップアップしてしまって。冷静には観られませんでした。撮影ではメイクをしてドレスを着せてもらって、生バンドの音が聴こえ、やっぱり楽しいな。舞台に立ってコンサートをしてみたかったという若いころの夢が、今こうしてお客さんを目の前にできている。うまい下手じゃなく、千賀子のやりたかったことなんだ! そんな感覚が確かにあったんですけど」
演技で大事なのは身をさらすこと
そんな高畑さんに田舎暮らしへの興味について聞くと、「ありますよ!」という返事が。
「畑を耕して野菜を育ててみたい。トマトをもぎってその場で食べたりね。庭で長ネギやローズマリーを育て、それを穫ってきてさっと料理に使う。そんなふうに、さっきまで生きていたものをいただくって憧れます」
場所でいうなら、京都に魅力を感じるそう。
「古くからの都で高い建物が少なく、空が見えるのがいいですよね。それから『舞いあがれ!』でロケをさせていただいた五島列島もいいなって。仕事があるときだけ帰る、こぢんまりとした住まいが東京にあれば二拠点もいい。海辺で育った人間なので、海が大好きなんですよ。舞台の公演で地方に行くときも、海沿いのお客さまってひときわ明るく、よく笑ってくださるんですよね」
香川県の実家はすでにない。けれど多くの人が年齢を重ねると、幼いころを過ごした故郷を恋しく思うのかもしれない。
「父は四国出張所に勤める転勤族で、スーパーマーケットや病院などの建物をつくっていて。だいたい1年ほどで完成するので、あちこち転々としました。弘法大師が生まれた土地といわれる香川県善通寺が生まれ故郷で、小学校に入学したころは愛媛県の新居浜、2年が徳島、3年が高知、4年ではまた香川県善通寺。5年からは高松でしたが、その辺りから父は単身赴任をするようになりました。ずっと海沿いから海沿いへ、高知では近くに川があってそこで泳ぎを覚え、のちに水泳部に入ったんですよ」
水泳は今も、からだが資本の俳優業に役立っている。ほぼ1日おきにプールへ通い、行けば1キロは泳ぐとか。「唯一できる運動で」と笑うが、なるほどそれが元気の源? 今年で大台にのる年齢と聞くと、驚くほどに若々しい。
「え、私まだ……あ、あ、そうですね。嫌だ〜!(笑)。思春期のころは『30歳になったら、そんなに年をとってしまったらもう人生を閉じよう』なんて思っていたのに。大台!? 恐ろしい、けど自覚はゼロですね(笑)」
「今やっている二人芝居のセリフが覚えられなくて!」と悔しがるのも楽しそう。この人は本当に、演じることが好きなのだ。
「どんな役に挑戦するか? そこに重きを置いた時期もあったと思うんです。自分から遠い役に挑み、その振り幅でエネルギーが出るということが。でも年齢を重ね、目指すのは『ご長寿早押しクイズ』のおばあちゃんみたいなことかなと。いつ撮っているのかなんてわからない状態でいることです」
例えば何か事件が起きたとき、近所の人がインタビューに答える映像がニュースで流れる。高畑さんはそれを観ると、「負けた……」と思うそう。なんの作為もなく、あんなふうにカメラの前や舞台に立ちたいものだと。
「でも、それは本当に難しい。特に演劇では付け鼻をしたり金髪のカツラを被ったりして外人さんを演じたり、自分とは違うものになってきたわけですし」
過去には、そうした離れ業をやってのけた俳優がいたと聞いたそう。生放送でドラマをやっていたころの大御所だったが、その人はセリフを覚えない。飲み屋のシーンでは、目線の先にある衝立に覚えるべきセリフを全部書いた。ところが、それを知らないスタッフが衝立を運び去る。そのまま迎えた本番。その大御所俳優は何もせず、何十秒かを黙ったままそこに居続けた。
「それが歴史に残るような名演技だったと。それは役を演じながら〝何もしなかった〞わけです。そういう状態、ただそこに居るというのはさぞかし面白いだろうなと。自分もだんだんセリフが覚えられなくなるかもしれませんから、生き残るにはそれしかないなって(笑)」
まるで何もしていない。確かにそれはハイレベルな、洗練された表現に思える。
「恐ろしくて、私はそういう経験をした記憶はないです。でも、身をさらすというのが大事なことじゃないかと思うんです。自分自身は変化しています。今はこうしてキレイにお化粧をしていただいていますが、素顔はひどいもんです。鏡を見て、これが私!?と思うくらいで(笑)。でもそれを認め、そうした変化を脳にインプットし、さらけ出す勇気が必要で」
そう聞くと、高畑さんがこの先どう年を重ねていくのか? がぜん知りたくなってくる。
「あと1〜2年はまだ年齢に抗うでしょうね。これが最後だからと、若くあろうとすることにしがみつくかも。でも俳優として、いつまでも使い物になる状態でいたいんです。30歳までは仕事がなかったので、あそこに戻るのは嫌で。どこかに道はないか? 今は探している時期だと思います。私はどうしたらいいでしょう? やっぱり『ご長寿早押しクイズ』かしら(笑)」
『お終活 再春!人生ラプソディ』
(配給:イオンエンターテイメント)
●脚本・監督:香月秀之 ●出演:高畑淳子、剛力彩芽、松下由樹、水野勝、西村まさ彦、石橋蓮司、藤原紀香、大村崑、凰稀かなめ、長塚京三、橋爪功 ほか ●5月31日(金)より全国公開
大原千賀子(高畑淳子)と夫の真一(橋爪功)は、一人娘の亜矢(剛力彩芽)と葬儀会社で働く菅野涼太(水野勝)との結納を迎える。ところが真一は道に迷って遅刻。日常的に物忘れも激しく、千賀子らは真一の認知症を疑う。一方、千賀子はかつて習っていたシャンソンの恩師の娘(凰稀かなめ)と出会い、歌の練習を再開する。
©2024年「お終活 再春!」製作委員会
https://oshu-katsu.com/2/
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)
スタイリスト/森 美幸(監物事務所) ヘアメイク/山口久勝(Allure) 衣装協力/YUKI TORII
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