8月3日。「大事なこと、それは、ともかく前に進むこと」。
数日前、僕はブログに書いた。午後の、真上から注ぐ光が首筋から肩口に当たると、「熱さだけでなく重さをも感じる・・・」と。それに対し、古くから読んでくれている同じ年代の男性から、自分はそのような経験はしたことはないですが、わかるような気がします、そうコメントを下さった。単なる修辞ではなく、たしかに光には重さがあるのだ、特に今年の場合は。
しかし、意外なことに、僕が今年の暑さをまともじゃないと実感するのは、畑ではなくランチで部屋に戻って来た時だ。部屋なんだから直射日光は当たらない。なのに、熱風が全身に覆いかぶさって来るような感じを受ける。三方の窓は開けてある。それでも外とは違って空気の流れがなく、滞留しているせいなのか。この下は正午過ぎ、日の当たらない窓際に置いた温度計の数字である。こんな数字を横目に僕はいつもランチを食べる。
オリンピック競技。僕はどの種目も、試合そのものよりも、試合後に選手が語る言葉に興味を示す。予選落ちした選手は全力を尽くした結果ですからと、唇をかみしめるようにして言う。3位決定戦で銅メダルを勝ち得た選手は、自分を信じて、これまでの努力を忘れないで、悔いのないように全力で戦いましたと言う。水泳の池江選手、女子柔道の阿部選手は敗れて涙を見せた。池江さんは泳ぎ終えたあと「これまでの努力は何だったのか・・・」そう言いながら静かな涙を流した。一方阿部さんはコーチに抱き着き、崩れ落ちるようにして泣き続けた。柔道選手らしくないと、それにはかなり厳しい反応があったようだ。でもテレビを見ていて僕にはちっとも不快感がなかった。むしろ正直な感情表現だという気がした。
負けたら悔しい。涙がこぼれる時もある。しかし、雪辱を胸にまた前に進んでいく他はない。オリンピック選手のみならず、この百姓にもひそかに泣く場面がある、同じである。この上の写真は3週間前にまいたキャベツとブロッコリーだ。ポットで複数発芽したものを先週、分割してやった。強い光に当たるとダメになる。さりとて光が足りないとモヤシ状態になる。水やりにも気を配る。ほどほど雨が降って、気温も30度くらいになってくれればさしたる苦労はないが、今年は平年の何倍もの手間をかけている。それでもなお最終的に、畑への移植が可能なまでに育つのは6割ほどだ。でも、へこんではいられない。とにかく前に進む、最善を尽くすのだ。
その苦心して育てている苗。それを植える場所を作る。5日前から草を取り続けている。大きな草を取り終わったら鍬を入れる。地中40センチの深さをヤブカラシとカナムグラの根が這っている。それを何としても根絶したい。30年前、村の墓地に通ずる道を舗装するため、大きなダンプで業者がバラスを運んできた。その2割くらいが我が畑になだれ込んだ。草を取りつつそのバラスをも拾い集める。
草に埋もれたこの場所は、目測で40坪くらいあるか。全部をきれいにするまであと3日はかかる。午後6時。今日はここまで・・・そう思って鍬を投げ出してから、ちょっと気持ちが変わった。この気象条件でどうなるか。テストケースとして15本だけキャベツ苗を植えてみよう。直射日光に当たるとひとたまりもないことは分かっている。だから、パイプで囲い、上部に布団を掛けてキツイ光を遮る。
この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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