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田舎暮らしの本 5月号

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田舎暮らしの本 5月号

3月3日(月)
890円(税込)

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異常気象―そしてパリ五輪/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(56)【千葉県八街市】

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 8月9日。「もしあの年も猛暑だったら」。

 空には高い雲が沸き上がる。人間も野菜もひたすら暑さに耐えている。東海地方では40度を超えたとテレビが伝える。5か所に分けて作っているマクワウリ。一巡して熟したものを集める。被害を防ぐためブルーネットをかぶせてある。しかし、ハクビシンの仕業であろうが、じつに巧みに、ネットのちょっとした隙間から入って齧る。そのマクワウリの次はゴーヤ。ゴーヤはすでに収穫中の物が30本くらいあるが、去年こぼれた種が遅れてたくさん芽を出した。それを10本ばかりポットに移しておいた。僕の好きなゴーヤ料理は単純。トマトと合わせ、梅黒酢で食べるサラダだ。今日、ポットの苗をビニールハウスに定植した。それが順調に育てば美味しいサラダが10月、11月にも食べられるだろう。そんな期待でバカ暑いビニールハウスで草を取り、植えてやったのである。

 すでに書いたが、今年の夏の光は、熱くて、重い。甲子園での高校野球は日中の試合は行わず、午前の部、夕刻の部で行われているらしい。賢明な処置かもしれない。暑さといえば、朝日新聞夕刊に連載「三谷幸喜のありふれた生活」が面白かった。2歳から東京で暮らしている三谷氏は、子供の頃、気温が30度を超えることは少なかった気がすると言う。小学校の授業で入ったプールの水は冷たかったのに、最近息子に連れられて行ったプールの水は生温く、温水プールに入ったのではないかと錯覚したほど。そして三谷氏は、IFの視点で過去の歴史をひっくり返して見せる。

もし戦国時代の気温がもっと高かったら、おそらく歴史は変わっていた。戦国武将だって、真夏日に甲冑姿で戦うのは嫌なはずだ。熱中症で倒れる足軽も続出したことだろう。6月から9月は戦争を避けるのが常識になっていたかもしれないのだ。本能寺の変が起こったのは今の暦で7月1日。もしそれがこの年最初の熱帯夜だったとしたら、明智光秀は「今夜は熱い。やっぱりやめておこう」と引き返したかも。信長は命拾いしていた可能性もあるのだ。

 三谷氏は、「地球温暖化は進み、春夏秋冬はすでになくなってきている。こうなったのは僕ら人間が原因であるわけで、それぞれが何をすれば良いか真剣に考えるべきだろう」とも書いている。で、僕は唐突、ここで戦艦大和のことを思い出す。戦艦大和にはエアコンがあった。大和ホテルとも呼ばれていたらしい。僕は小学校低学年からずっと、戦艦大和に興味を持ち続けてきた。子供心によくあるカッコ良さへの賞賛といったものとは全く逆で、実戦での成果をほとんど上げることなく、むざむざと南の海に沈んだ、それへの哀れさと、もったいないという気持ちが幼い僕にはあったのだ。

 1か月ほど前、朝日新聞の「現場へ!」が、「戦艦大和の沖縄特攻」という連載をした。それに続き、NHKのテレビが『戦艦大和・封印された笑顔の写真』という番組を放送した。大和にエアコンがあったことはそこで知った。供される乗組員への食事も豪華で、それゆえにまた僕は、さしたる仕事もせず南の海に沈んだ6万数千トンの巨体に哀れさともったいないという感情を抱いたのだった。朝日の連載では、護衛の飛行機のない丸腰で大和は何故いきなり沖縄に向かったのか、そこに焦点が当てられていた。昭和天皇の「艦(ふね)はもうないのか」の一言で海軍上層部はバタバタと沖縄出撃を決定したらしいことを記事は探っていく。3332人の乗組員で生還したのはわずか2百数十人・・・。僕は次回テーマを「戦争」としようと思っている。なぜ戦争が嫌いなのかと問われたら、答える。地球の、陸も海も、そして空をも汚してしまうから・・・。イスラエルとウクライナ。連日多くの命が奪われることへの悲しみとともに、街全体が炎を上げて瓦礫の山となる。その風景も、もの言わぬ、不平を漏らさぬ地球という星であるがゆえに僕には悲しく思える。

 これを書きながら思い出したことがひとつある。山口県の徳山に停泊していた戦艦大和は豊後水道を抜けて沖縄を目指す。爆弾や魚雷を積んだ夥しい数の爆撃機が待ち受けていることを知ってか知らずか。小学生の頃、その戦艦大和を見たという話を農家の人から聞いた。ふるさと祝島は標高300メートル、島の北側、本州側に面する部分だけに人家が集中している。島の南側は、そこに田んぼや畑を持つ農家の人だけが足を踏み入れる。家と山を行ったり来たりするロスをなくすため、寝泊り・食事のできる小屋も用意されていた。戦艦大和を見たという人は、畑仕事の合間、目の前を進んでいく巨大な船に驚いた。ただし、それが戦艦大和であったことはその場ではわからず、後になって知ったらしい・・・。今日も首筋から肩口にかけ、僕はのしかかるような光の重さを感じながらいつもの荷造りをした。途中でマクワウリを2つ食べ、ポカリスエットをガブガブと飲んだ。鼻の頭から汗の玉がいくつも地面に転がり落ちた。そんな時、不意に、今から90年も前に造られた戦艦大和、それにエアコンがあったということが思い出されたのであった。

この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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