子どもたちの自然の中での生活体験が失われたいま、これを子育て保育に再び取り戻す「森のようちえん」が注目されている。今回訪ねたのは2人の保育士を中心に東京西部の山村、檜原村で取り組む保育園「里山保育やまっこかわっこ」。山里の自然を丸ごとフィールドに生き生きと遊び、異年齢の仲間と過ごす日常には、子どもたちの伸びやかな育ちがあった。
掲載:2024年8月号
CONTENTS
東京都檜原村 ひのはらむら
都心から西に約50km。村の中央を標高1000mほどの尾根が東西に走り、面積の9割以上が山林、約8割が秩父多摩甲斐国立公園。東京の奥座敷の自然を求めて年間40数万人の観光客が訪れる。人口1957人(2024年6月1日現在)、平均気温約12℃。JR中央線・五日市線で東京駅から武蔵五日市駅まで約1時間20分、駅からバスで約30分。
山間の集落内の道は車も少ないが、「やまっこかわっこ」の子どもたちのルールは「止まれ」。
安心できる仲間に包まれて、一歩ずつ自然の中に踏み出す
この日、園で過ごした子どもたちは11人。約半数は村内から、残りは近隣市町から通園。クラス分けはなく異年齢が一緒に過ごす。
「森のようちえん」は自然体験活動を基軸にした子育て・保育・育児・幼少期教育の総称。「森のようちえん全国ネットワーク連盟」には300以上の団体が参加している。その形態は認可幼稚園・保育園、認可外保育施設、共同保育、育児サークル、自然学校などさまざま。各地で独自の取り組みが進むなか、全国ネットワーク連盟は「自然はともだち」「いっぱい遊ぶ」「自然を感じる」「自分で考える」を大切なキーワードに掲げる。
保育士の杉井詩子さん(49歳)は「里山保育やまっこかわっこ」を東京都檜原村で7年前に立ち上げ、運営する1人。
「小さな体で大きな自然とよく向き合っているなあ……、と日々感動させられっぱなしです。川底はぬめっていたり、山道には草木が覆い茂っていたり、怖い思いはいっぱいします。けれど自然はただその中にいるだけで美しいし、驚きの連続。命の神秘に満ちています。子どもの心はこうした圧倒的なものに出会い感動しながら自然に親しんでいく側面も大きいです。そして子どもが自然の中に踏み出すには、安心できる人との関係が必要。大切なのは、生活をていねいに重ね、子どもたちが人の温かさを知っていくことです」
やまっこかわっこの園舎はバスが通る都道から集落に入ったところ。道路から階段を下った敷地は、すぐ下が北秋川の清流。
「新しく保育園を開くにあたっては、私自身も中学時代から家族で暮らした檜原村で場所を探しました」
杉井さんとともに共同代表を務める清水まみさん(58歳)は前職で勤務した生活体験重視の保育園で杉井さんと出会い、新たな園をつくろうと意気投合した。
「小学校、認可保育園、公立幼稚園、認定こども園と長年携わり園長も務めてきました。ただ、法の縛りもありますし、最近は管理がきつ過ぎて子どもの経験を奪っているとも思えて。例えばここの敷地で認可を得るには川との間に柵が必要です」
確かに子どもが勝手に川に行くリスクを柵を設けて避けるのは管理者として正当な感覚だろう。では、やまっこかわっこでは柵の代わり、リスクにどう備えているのだろうか。
特定非営利活動法人 里山保育やまっこかわっこ
村の自然の中でさまざまな命とふれあいながら生活し、遊び、豊かな感性や力強く生きる心を育むことを目指して2017年4月に開園。定員/2~5歳児計13人、保育時間/月~金曜日、午前9時30分~午後4時。住所/東京都西多摩郡檜原村3859-4
https://yamakkokawakko.wixsite.com/yamakkokawakko
かっこいいお兄ちゃんは、つよい、はやいだけじゃない
園での過ごし方は、朝の会でみんなが話し合う。この日は車で10分ほどの神戸岩の散策に決定。沢で水遊びができるうえ、真っ暗なトンネルもあり、鎖をたどる岩場の道も選べる場所だ。
岩場の道は真下を沢が流れてスリル満点だが、意外にも11人中7人の子がこちらを選択。3歳児もいる。杉井さんは言う。
「ここでは誰が先を歩くか、順番が大事です。体力と経験のある年長の子は、先を争うのではなく、後ろの子たちを気遣ってゆっくり歩いてくれます。彼が年小さんのとき、お兄さんたちがしてくれたようにね」
年下の子は杉井さんの目が届く範囲に、初挑戦の子は杉井さんと手をつないで。初めて同行した筆者は少しハラハラしたが、日々子どもと過ごし、それぞれの能力と個性を知っている杉井さんは、彼らの経験をほどよく上手にサポートできる。
「かっこいいお兄ちゃんとして慕われるのは、つよい、はやいだけじゃだめ。大丈夫?って寄り添って力を加減してくれるお兄ちゃんがかっこいい。やまっこかわっこでは、そういう子どもの文化が初代のお兄ちゃんから引き継がれています」
子ども13人に保育者2〜3人は一般には十二分に手厚いのだが、ここではギリギリなのだという。それでもチャレンジできるのは子ども同士が助け合えるから。やまっこかわっこでリスクに備える柵の代わりは、日々の暮らしのなかで育まれる保育者のまなざしと、子ども同士の絆なのだろう。
今日のお散歩は神戸岩の峡谷へ。ハシゴを上って冒険のはじまり。
子どもたちが「おばけトンネル」と呼ぶ神戸隧道。素掘りで途中にカーブがあり中は真っ暗。出口近くで後ろの仲間を振り返る。
鎖を伝って岩肌を抜ける。最初は大人と一緒に、お散歩で何度も通いながら経験を重ねていく。
峡谷を抜け、安全な林道ルートを歩いた子たちと合流。達成感と安心感に包まれる瞬間。
滝の上の清流で水遊び。やまっこかわっこの林間学校みたいな日常。
大家族や近所の子どもとのコミュニティーを取り戻す
毎日が林間学校のようなやまっこかわっこでの生活。昼食はみんなで食卓を囲み、それぞれが食べるだけ取り分けていただく。
「好き嫌いがあっても、特に注意はしません。みんながおいしそうにしているのを見て、食べてみようかって思う日が来ればいい。大自然の中で思い切り遊んで帰ってきた後のご飯は、体と心が心底ほっとするひとときです。みんなで分かち合って食べると、仲間のぬくもりや社会のあたたかさを感じます。『人間っていいものだ』という思いを育んでいけるんです」
と杉井さん。陶器の食器はみんな一度は割るけれど、その後は気をつけるようになり、扱いの感覚も発達するのだという。
やまっこかわっこの日常は、大勢の兄弟がいた昔の大家族に似ている。年小さんがお兄ちゃんについていくさまは、昭和の高度成長期に近所の子と群れて遊んだ私の思い出とも重なる。そうした家族や子どもの関係性はいま、田舎にあっても見つけにくくなっている。森のようちえんには、かつてを取り戻す場としての役割も、求められているのかもしれない。
「園のある集落は村内では面積が大きいほうで、幹線道路から離れた静かな道も多く、子どもたちは散歩しながら虫がいれば立ち止まり、花に出合ったら立ち止まり、自然を感じる力のままに過ごせます。それがこの村のよいところ。村の人たちも子どもたちを見守ってくれます」
調理するのは隣に住む杉井さんの母、通称「バービー」。大皿を受け取り園舎に運ぶのは子どもたちの役目。
この日のお昼ご飯はみんな大好きパエリア風ピラフ。それぞれ取り分け、いただきます。
小さい子たちのお昼寝タイムを前に室内で歌や紙芝居。気持ちをゆったり整えていく。
子どもたちはみんなそれぞれ、思い思いの遊びに夢中。
右から共同代表の杉井詩子さん、園長の清水まみさん。時間講師のスタンジアリ千鶴さん(左)は都心の渋谷での仕事と日替わりで。「ここは私にとってもセラピーです」と言う。
やまっこかわっこの一年
【春】
春の足音を感じるころは、宿泊保育で思い出をつくり、年長さんはいよいよ修了式。4月には新たなお友達が加わって、みんなでお花見。ヨモギやタンポポを摘み、稲の種を蒔き、川でじゃぶじゃぶ遊んだら、田植えも間近。
若葉萌える山をお散歩。道がたくさんつけられ、子どもたちは「めいろ山」と呼ぶ。
【夏】
夏は毎日かわっこ川遊び。虫もいっぱい。海水浴にも出かけます。夏休みには本栖湖でやまっこキャンプ。カヌーを漕いだり湖で泳いだり。みんなでご飯をつくって食べて。園のお友達家族同士のつながりを深めます。
子どもたちは川遊びが大好き。初夏から秋口まで晴れた日の自由時間は、園庭の前の川で遊ぶのが日常。
【秋】
涼風が吹いても、まだまだ川遊び。収穫の季節を迎えて稲刈り、芋掘り。刈り取った稲が乾いたら足踏み式で脱穀、唐箕で調整。年末に向けてはクリスマスツリーにクッキーづくり、お餅つきではお父さんが大活躍。
近隣の町にある2aほどの水田で稲を育てている。実りの秋には子どもたちもノコギリ鎌を持って稲を刈り取る。
【冬】
冬晴れの日はハイキング。園の近くだけでなく、ときには尾根道にもチャレンジします。なかには園庭の前の川で寒中水泳に挑む子も。木枯らし吹く日の楽しみは工作にお絵描き。白く積もれば待ってました、朝から一日雪まみれ。
雪が降る日は少ないけれど、里に降れば山間の村では少し多めに積もる。ソリ、雪だるま、かまくら……。遊びは尽きない。
やまっこかわっこ 在園児のママに聞きました!
■里山保育は目配りがあってこそ/飯塚潤子さん、照之くん
「上の子は村唯一の認可保育園のひのはら保育園を卒園しました。小規模で先生も熱心ですが弟の照之の学年はたまたま人数が多く、マイペースな彼は、やまっこかわっこに通わせています。保育は制度や仕組みよりも、誠意や信頼関係が大事だと思います。一人ひとり日々の様子を知らせるやまっこかわっこのノートは感動ものですよ」
村内の林業ベンチャー企業として知られる「東京チェンソーズ」に夫婦で勤務、7年前に村に移住した。たまたま杉井さんと知り合ったのをきっかけに、次男の照之くんがやまっこかわっこに通う。
■「自分は自分でいい」と思える場/町田美香さん、結絆(ゆうき)ちゃん
「いま小学校3年生の息子が3歳のとき、森のようちえんが合っているだろうと移住しました。今日は妹の結絆が神戸岩の鎖場を歩いたそうですが、兄は年長さんになって初めて挑戦できたんですよ。競わず仲間が認め合い『自分は自分でいい』って思えるところがやまっこかわっこの素晴らしさ。時間がかかればその分だけ、喜びは大きいと思います」
海外に単身赴任していた夫が戻るタイミングで、通勤圏内の森のようちえんを検索。やまっこかわっこを選んだ後、都内の葛飾区から近隣のあきる野市を経て3年前に檜原村の村営住宅に移住。
檜原村の子育て支援
●檜原村出生祝金
第1子5万円、第2子10万円、第3子以降20万円を支給。
●檜原村乳幼児育児用品助成事業
出生翌月から2歳誕生日月まで1人につき月額5500円を支給。
●ウッドスタート事業
新生児の保護者に檜原産材を使った木のおもちゃを贈呈。
●ブックスタート事業
生後3~4カ月の乳児に幼児本を贈呈。
●檜原村チャイルドシート購入費補助金交付事業
購入費について3万円を上限に補助。
●檜原村子育て支援保育料等補助金
認可保育所および無認可保育室、認証保育所の保育料について第1子1/2、第2子以降全額補助。
●檜原村入学祝金
檜原小学校、檜原中学校への入学時、1人につき3万円を補助。
●檜原村子育て支援学校給食費補助金
檜原小中学校に在籍する児童生徒に給食費を補助。実質無償化。
●小中学校バス通学費無償
檜原小中学校への通学用バス定期券などの料金は全額村負担。
●檜原村高等学校等バス通学費補助金
武蔵五日市駅までのバス定期券料金の8/10を補助。
●檜原村バス停遠距離補助金
自宅から最寄りバス停まで2km以上距離がある世帯に月2000円を補助。
●乳幼児から高校生まで医療費無償化
医療費(保険適用分)の一部負担金(自己負担分を除く)を助成。
●ファミリー・サポート・センター事業
村が運営し、育児サポートをしてほしい人と、したい人が会員となって低額で助け合う会員組織。
檜原村 移住支援情報
登録空き家への移住に各種補助あり
移住+村内就職や起業、テレワークも支援
村の登録空き家への移住には、改修補助(1/2補助・上限100万円)、家財道具処分補助(1/2補助・上限10万円)、引っ越し費用補助(10万円・中学生以下の子ども1人につき5万円増額)、仲介手数料補助(1/2補助・上限10万円)など。都内条件不利地域以外から移住し、指定された就職先への就業、起業、テレワークを行う場合は単身60万円、世帯100万円を支給。
問い合わせ/企画財政課むらづくり推進係
☎️042-519-9556
https://www.vill.hinohara.tokyo.jp/0000001497.html
檜原森のおもちゃ美術館。村産木材を活用した空間とおもちゃで子どもも大人も楽しめる。
「子育て教育に手厚い檜原村。18歳未満は檜原温泉やすらぎの湯が無料。中学2年の夏休みにはオーストラリアに海外派遣もありますよ!」
文・写真/新田穂高 写真提供/里山保育やまっこかわっこ、檜原村
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