都会生活は人間関係のストレスが多く、男にも更年期をもたらす。田舎暮らしの僕は、それとは無縁だ。
怒りっぽくなり、無気力になり、勃たなくなる男たち
数年前、男にも更年期なるものがあると知って驚く。稀なことと思ったが違うらしい。企業や自治体で更年期障害を理解し支援する動きが広がっているとの新聞報道で再び驚いた。性欲低下、持続力低下、怒りっぽい、夕食後うたた寝する、無気力、勃起力が弱くなった・・・僕はどれも当てはまらないまま今に至る。そのワケは日々単純な暮らし、人間関係での齟齬が生じず・・・前回「都会生活とは沸き上がること、浮上すること、田舎暮らしとは深く沈み込むこと」そう書いた。沸き上がる、浮上するには周囲の人間との接触が濃く、かなりエネルギーを使う。1つの例。昔の職場に破竹の勢いで出世した人がいる。1世代上の先輩を追い抜き要職に就く。しかし経営者の交代で苦境に立ち退職を余儀なくされ、同じく出世頭の1人だった同僚と編集プロダクションを開くも60代、癌で亡くなった。それより先、その同僚は出張先のホテルで自死したと聞く。一緒に飲み、麻雀をやる仲間だった彼らだが、「浮上」の人生にも大きなストレスがかかっていたのかと訃報で思った。
人的ストレスは体に悪い。都会で生きる能力に欠けた我が結論である。無縁だった男の更年期。深く沈み込む精神の日々。目前の作業に取り組むのみ。野菜との競争、軋轢などあるはずもなく、生ずるは肉体疲労だけ。頭の疲労は入眠を妨げ、体の疲労は深い眠りを誘う。46歳で更年期障害となったエンジニアに医師が指導したのは漢方の服用と朝方30分のウォーキング。それで改善したという。田舎暮らしがくれるもの。豊かな食生活。ほどよい(?)肉体疲労。立案・実践すべて自前。更年期障害の原因は男性ホルモン(テストステロン)の低下だが、低下しない男もいるらしい。誘発するのは栄養不足、環境からのストレス。解消法は食生活の充実、適度な運動、睡眠の質の向上だと。これだ!!と僕が思ったのは「自分に居場所がある」そう感じる事が重要という指摘。都会で浮上する能力がなかった男は思う。田舎暮らしは最上の「居場所」じゃないかと。鶏と戯れ、ランニングしながら高い空を仰ぐ。男性ホルモン維持に効果大。世界トップの長寿国。高齢化で社会保障費増大が財政を苦しめている。病院の世話にならずここまで来たのは田舎暮らしのおかげか。国の財政にチョッピリ僕は貢献しているか。
鶏の世話、ランニング、そして朝食。会社員は満員電車に揺られている時刻だ。好きなパンを齧りながら思い出す。通勤時の満員電車での緊張感と他人への厳しさを論じる社会学者が「楽しみではない場所」に向かうため寛容さがなくなっている、そう表現していたのを。僕も楽しくはない場所に向かっていたな。今は職住一体だ。大きなカップの珈琲を飲み干し、さて今日もやったるぜ。朝食は静かな闘志を燃やす時。
今日の荷物である。写真の他にミョウガ、ヤマイモ、ゴーヤが入る。多くの品種を少しずつ作る。大農家とは違う所で苦労がある。点検整備すべき点数が多いのだ。しかしそれゆえ時が案外心地よくスルスルと過ぎてゆく。小さな作業との格闘を5つくらいやるうちに1日が終わり、アレっと思う間に1年が過ぎる。雑念が割り込むスキなし、些事をすっかり忘れさせる・・・これぞ良い意味での田舎暮らしがもたらす認知症か。
ブロッコリーの苗を植え、キャベツとレタスの種をまく。鶏に荒らされないようブルーネットで囲わねばならない。まずそれに必要な面積を計算する。必要なパイプとブルーネットをあちこちから集める。パイプもネットもサイズはバラバラ。それをうまく組み合わせ、5×3×1メートルの苗場を完成させる。体8、頭2の割合でなす田舎暮らし。男性ホルモン維持と認知症予防にこの8対2の比率はピッタリかも・・・手前みそである。
スコップは6本ある。我が仕事の8割はスコップでやれる。酷使するゆえ常にこうして修理が必要。アウトドアに関する何冊もの本を書いている赤津孝夫氏は、地震・台風など災害の多い日本ではいざという時のサバイバル技術が必要、手元にナイフがあるかどうか、それを使いこなせるかどうかは死活問題につながると言っている。僕はスコップ1本でたいていのことが出来る。
高温が続きグッタリしていた白菜とカリフラワー。夜中に雨音がし、今日は少し息を吹き返した。よかったなあ・・・そう囁きかけながら草を取り、土寄せしてやる。7月、猛暑の中で種まきし、育った苗の半数は焼け死んだ。生き残ったものを畑に植えるも直射日光には耐えられない。冬に防寒として使う毛布や布団を総動員して光を遮ってやる。その遮光をヨシとして虫が発生し、草も生える。ひたすら防御に走り回る。
この情景を作るまでにどれだけの時間とエネルギーを費やしたことか。可視化という言葉はそう古いものではないが、百姓仕事の現場はすべて自分の目で見える。土が乾いている。虫がついている。雑草に絡まれている。見えたら直ちに手足が動く。田舎暮らしとはほぼ全て可視化の世界だ、見て見ぬふりは許されないのである。
田舎で暮らす。精神を沈み込ませながらも、意識はうんと浮揚させて生きる、生きられる。その原動力のひとつが食事である。見ても出来るわけないのに僕はNHKの料理番組を我が食生活の参考とする。田舎暮らしの特典は、すぐそこに豊富な材料が揃っていることである。生きると食べる、根っ子は同じ。食事と運動をいかげんにする。そのツケは誰にも必ずやって来る。
この夏、インゲンは全く実をつけず、イチジクは実のついた枝ごと枯れた。だから冷涼な気候を好む秋ジャガは大丈夫かと気を揉んだ。数か所に分けて植えてある。1日中、強い光を受ける場所ではグッタリ。この写真はやや日照が欠ける所。そのぶん葉の成長は良い。
忙しい中でも食べることの手抜きはしない。フードロス解消を兼ねて商品にならないカボチャやニンニクやジャガイモを豚肉と一緒に圧力鍋に投げ込んでおく。何をどう食べればヒトの健康は保たれるか。本能的に僕は知る。『食べる投資~ハーバードが教える世界最高の食事術~』、そんな本があった。田舎暮らしは健康維持へのリターン確かな投資かもしれない。森永卓郎さんは「投資なんか絶対するな、必ず損する」そう書いているが、田舎暮らしへの投資なら損する可能性はかなり低い。自信を持って僕は言う。
1日の仕上げは腹筋である。畑で疲れ果てている日はスルーしようかという怠け心がちょっとわく。そんな自分を誤魔化す。いつも100回やるのだが、減数方式。100、99、98・・・と減らしていく(この方式、アナタもぜひ取り入れて)。体を動かすことで免疫力が高まる。白血球が増えて病原菌への抵抗力も増すらしい。畑仕事での切り傷、擦り傷も化膿せずすぐ治るのはそのためか。深いヤブに入ることが頻繁。それゆえマダニに噛まれてもいるだろう。でも平気。感染症に強い、それが我が唯一の自慢。
日が傾く。築40年のボロ家を落日が照射する。百姓の心は深くチョッピリ美しく、沈み込む。明日も懸命、あらん限りの力を尽くして生きようぜ、そう思う。落ちこぼれサラリーマン時代、帰宅の電車内、吊革につかまる我が心は「明日もなんとか生きられるかなあ・・・」だった。ここで唐突に小泉今日子さん。精神的に落ち込んでいる人にアドバイスするラジオ番組を持っていることを先日知ったのだが、さきほど読んだ夕刊のインタビューで小泉さんは、あえて自身の生活を「不便にする」という選択をしたと語る。所属事務所から独立したというくだりだ。50代には迷いもあったらしい。そして60歳になったら・・・自然の中で暮らしたり、動物の保護活動をしたり、畑で野菜を作ったり・・・そんなことを考えているという。
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この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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