若い人が多いイメージの地域おこし協力隊だが、40代・50代でも活躍することができる。年齢制限がある自治体もあるが、近年は年齢制限が撤廃されたり、緩和されたりしている自治体も増えている。積み重ねた社会人経験は若者にない強味であり、大きな武器だ。「移住+地域おこし協力隊」は人生100年時代にうってつけ!といえよう。実際に、53歳で地域おこし協力隊になった移住者を紹介しよう。
掲載:2024年10月号
CONTENTS
愛媛県今治市
愛媛県北東部、瀬戸内海沿岸に位置し、陸地部と島しょ部がある。人口約15万人。世界有数の海事産業とタオル産業のまちでありながら、自然豊かで山や海も共存する「ほどよい田舎」。島しょ部を結ぶ橋、通称「しまなみ海道」は世界的な観光名所で、海と島を眺めながらサイクリングも楽しめる。羽田空港から松山空港まで約1時間30分、空港からJR今治駅までリムジンバスで約1時間。
サラリーマンから一念発起! 循環型農業でニワトリと暮らす
アメリカで出合った循環型農業を日本でもやってみたい! 農業未経験の状態から一念発起し、サラリーマン生活から53歳で瀬戸内海の島の地域おこし協力隊になった山本寿さん。地域の信頼を得て、約5000㎡の畑で野菜とニワトリに囲まれて暮らしている。
山本 寿(やまもと・たもつ)さん(54歳)
30歳までアメリカンフットボールの実業団に所属したのち、大手電子部品や通信事業の会社に勤務。シンガポールやアメリカなど、海外で15年間過ごす。帰国後は東京や大阪で暮らし、2016年に妻・暖子さんと入籍。2023年に住民票を大三島に移し、4月から今治市地域おこし協力隊に着任。大三島自然農法グループ「あしたも」のメンバー。
山本さん夫妻が暮らす大三島(おおみしま)は、今治市の島しょ部の1つ。しまなみ海道で本州や四国とつながっている。日本総鎮守と称される大山祇(おおやまづみ)神社など観光資源も豊富で、近年はゲストハウスや飲食店も増えている。
美しい島とつないでくれた「ふるさと回帰支援センター」
「50 代になったら漁師か農家になって、自然と触れ合う仕事がしたい」。そんな想いが20
代のころからありつつも、長年勤務していたのは大手電子部品メーカーや通信事業社。農業はほぼ未経験だったという山本寿さん。
カリフォルニア赴任中の40代にニワトリを使った有機栽培に出合い、無駄のない循環型の農業に美しさを感じた。
「循環型農業を調べるなかで、日本でも同様のことができると知りました。青い海を背景にレモンの樹があって、平飼いしたニワトリのフンが根元に撒かれる。そんな理想の絵が浮かびました」
帰国した2020年からは、東京で市民農園の運営スタッフを務め、さらにブルーベリーを無農薬栽培する「吉野果樹園」で1年間の農業研修を受けた。
「オーナーは70代くらいの方でしたが、時代に合わせて栽培品目や運営形態を変化させていける理論と実行力を併せ持っていました。『将来、あんな農家さんになりたい』と、徐々にイメージが固まっていきました」
夢実現のための移住地が具体化したのは、全国の移住相談ができる「ふるさと回帰支援センター」に夫妻で足を運んだことがきっかけだ。
「複数の県の方に相談しましたが、農業グループを紹介してくださるなど一番マメに交流が続いたのが愛媛県の相談員さんでした。大三島は工業地帯と離れた美しい島ながら、架橋による便利さもある。農業と暮らしを両立するのに最適な地でした」
新規就農をする際、49歳以下であれば農林水産省の就農準備資金が受けられるが、寿さんはすでに50代。新規就農の準備をしながら給与の出る地域おこし協力隊の制度は渡りに船だった。
当時、相談に乗ってもらっていた元協力隊の有機農家から制度について教えてもらい、さっそく応募。熱意が伝わったのか無事に採用となった。
「親子に見えますか? いいえ、地域おこし協力隊の同期です(笑)」と寿さん。2023年に今治市で着任したのは4人。年齢は20代前半から、出身地も東京都や埼玉県などさまざま。
地域に貢献することで、地元の信頼は得られる!
2023年4月、妻の暖子さんとともに兵庫県から住民票を移し、地域おこし協力隊として着任。
定住を見据えた農業にまい進しながら、地域の高齢農家が手に負えなくなった畑も借り受ける。レモンなどの柑橘、トマトやカボチャ、オクラなどの多品目野菜、ブルーベリー、麦など、島内で手がける畑は7カ所で約5000㎡もある。
「畑が分散して作業効率は悪いですが、放置すればすぐ荒れてしまいます。個々の面積が小さい島の農地に法人は手を出しづらいでしょう。だから、いろいろ挑戦できる協力隊のうちに、うまく回せる方法を探したいです」
トマトは生食で濃厚な甘さのアイコと、加熱するとうま味が引き立つイタリアントマトを栽培。
レモンとライムの苗木を植えた半反ほどの畑には、スペース活用のためにサツマイモを植えてみた(写真上)が……、イノシシに食べられてしまい、跡形もない状態に(泣、写真下)。獣道を確認し今後に備えるなど、農場全体が学びの場。
地域行事のサポートにも加わり〝新鮮な業務〞も体験した。「保育園の催しで『きらきら星』を踊らされたとき、自分のなかでパッカーンと何かが弾けました(笑)」。
協力隊といえば20〜30代のイメージが強いが、寿さんによると、「50代では、積み重ねた社会人経験そのものが武器になる」という。
着任した年の秋、コロナ禍を経て4年ぶりに島のイベント「三島水軍鶴姫まつり」が開催。寿さんは事務局員として携わり、花火やステージイベント、出店などの企画・交渉などの中核を担った。
組織としての動き方、経費やスケジュールの調整などが臨機応変にできたのは、サラリーマン経験のなせる業。イベントは盛況に終わり、地域の人たちから感謝の言葉が集まった。
「地域に貢献したことで、地元の方の信頼も得られたように思えます。農業活動にも理解を示してもらえることが増えました」
島内の自然農法グループ「あしたも」に加わり、所属農家で移住者が運営する「吉川自然農園」と「のむら農園」で農業研修を受けることができた。
野菜栽培のほか、現場でしか見られない作物の発送や営業方法などは目からうろこだったが、さらなる幸運も。「あしたも」では苗や資材などを共同購入することもあるが、ある日、グループLINEでニワトリ購入の連絡が回ってきたのだ。
「それまでは自分にはまだ縁遠いと思っていましたが、今だ!と名乗りを上げました」
購入したボリスブラウンという品種は、人懐こい性格で卵を毎日産む。夏は水分の多い野菜を好み、畑で廃棄されるキュウリやトマトも餌に混ぜられる。
「麦の茎などは鶏舎の敷き藁に使えます。たとえ天候不良などで作物がうまく育たなくても〝ニワトリの暮らしに役立つ〞と考えれば前向きになれるんです」
ネットで見つけた洋風の平屋からは、穏やかな瀬戸内海が望める。庭には自由気ままに虫を啄(つい)ばんだり、木陰で休んだりするニワトリたち。
自宅の庭の養鶏スペースで山本寿さんと暖子(はるこ)さん。餌用のサツマイモを植えたり、年齢別に分けて寝る鶏舎を建てたり、試行錯誤を楽しんでいる。
傾斜地に立つ家からは、穏やかな瀬戸内海が一望できる。家は地域おこし協力隊に着任したときに、ネットで見つけて借りた。
じつは暖子さん、在英の世界最大ワイン教育機関が認定する最高位資格保持者。夜は2人でワインを楽しむことも。大三島にはブドウ栽培から一貫して行うワイナリーもある。
「現状40羽ですが、今後100羽に増やすつもりです。家の近所に新たに農地が借りられたので、レモンの苗木を植えました。来年はそこに鶏舎を自作して、ニワトリを畑に放す予定です」
夢に見た循環型の農業が、本格的にスタート。「マネタイズには課題もありますけどね」と笑うその表情には、人生経験に培われた頼もしさがのぞいていた。
大三島にあるハード系のパンも人気の「カエルベーカリー」は、オーナー夫妻の人柄も含めて寿さんのお気に入り。ホストファミリーとして受け入れたアメリカ人高校生と一緒に。
自宅から目と鼻の先にあるレモン畑の予定地。来年はDIYで鶏舎を建て、ニワトリを平飼いする。「共同浴場で知り合った近所の方が、この畑を貸してくださいました!」(暖子さん)。
山本さんが生産した野菜や卵が購入できる場所
道の駅「 しまなみの駅 御島(みしま)」
住所:愛媛県今治市大三島町宮浦3260 ☎0897-82-0002
ぷっくりした白身には臭みがなく、黄身の優しい風味が引き立つ。販売用のケースには、暖子さん制作の手描きスタンプ。
山本さんからアドバイス&収入について
●50代から地域おこし協力隊として成功するポイント
協力隊になれば、自分の子どもぐらいの世代のメンバーとともに活動することになります。今まで積み上げてきた成功体験や思想などは一度脇に置き、フラットな視点で向き合うことが円滑なコミュニケーションのコツです。彼らの新鮮な考えに、刺激を受けることも多いですよ。一方で矛盾するようですが、役場や地域の方との交渉やプロジェクトを進める際には豊富な社会経験が役立ちます。その経験値には自信を持っていいと思います。
●50代からの新規就農について
体力の衰えを感じる年代ではありますが、チェーンソーや耕運機が使えるようになったり、鶏舎づくりなどのDIYが上達したりと「できること」がたくさん増えて、自己成長を感じられます! また、今後の自分の課題でもありますが、農業で得たい収入の額やその期限、お客さん像や販売ルートなど、ある程度の指標は最初のうちから持っているといいでしょう。
●山本さんの現在の収入について
地域おこし協力隊としての給与は月額約19万円(別に年2回の賞与あり)で、家賃補助は3万5000円です。地域貢献として必要となる小型船舶免許の取得費やチェーンソーの講習会にも、活動費として補助が出ました。そのほかの収入としては、兼業届を出しているので、野菜と卵の販売で月約2万円。また妻のアルバイト収入があります。
※地域おこし協力隊としての給与や補助などは自治体によって異なります。
今治市移住支援情報
お試し移住滞在や住宅取得に補助
市では、愛媛県外に住み、今治市に移住相談した本人と同行者1名分のお試し滞在費(1泊分の宿泊費。1人1泊最大5000円、最長6泊分)を補助。また、市外から移住する人が住宅の新築または購入をした場合、上限30万円(地域や子どもがいるなどで加算あり)の補助も行っている。どちらも条件あり。
お問い合わせ:今治市地域振興課 ☎0898-36-1514
お問い合わせ:今治市しまなみ振興課 ☎0897-72-8772
今治市移住・定住・交流ポータルサイト|いまばり暮らし (iju-imabari.jp)
本誌「住みたい田舎ベストランキング」人口10万人以上20万人未満の市において、2年連続4部門1位の今治市。ていねいな移住サポートには定評がある。
写真・文/吉野かぁこ 写真提供/山本寿さん、愛媛県今治市
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