園庭を小川が流れ、畑やピザ窯まである……。そんな唯一無二の環境がある保育園に子どもを通わせながら、家族でゆったりとした田舎時間を過ごす。秋田県由利本荘市の事業「ゆりほん保育園遊学」を体験すると、保育園を中心に形成された、当たり前に手を差し伸べ合える「助け合いのコミュニティ」が見えてきた。
掲載:2024年10月号
CONTENTS
秋田県由利本荘市 ゆりほんじょうし
秋田県の南西部に位置する、南に鳥海山(ちょうかいさん)、西に日本海、市内を悠々と流れる子吉川(こよしがわ)と、「山・海・川」が揃う自然景観が美しいまち。平成17年に8つのまちが合併して誕生した、県内一広いまちでもある。主力産業は、農業と電子部品産業。人口約7万4700人、年平均気温11.1℃。飛行機で羽田空港から秋田空港まで約1時間、秋田空港から由利本荘市中心部まで車で約40分。
子どもの体験と家族時間を求めて、保育園遊学に参加
ライター・揖斐ファミリー
東京都在住、会社員の夫と共働きで2人の育児中。虫が大好きな小学1年生の長男、甘えん坊で泣き虫な3歳の長女の4人家族。写真は、由利本荘市を訪れた初日に「えみの森」園長の畑山玲子さん(写真右から2人目)と。
仕事と家事・育児の両立は常に余裕がなく、時間に追われる。今の暮らしは、子どもに負担をかけてしまっているのではないか、あっという間に終わってしまう子どもと一緒に過ごせる時間を、無駄にしてしまっているのではないか――。秋田県由利本荘市の「ゆりほん保育園遊学」の取り組みを知ったのは、2人の子どもと過ごす時間について悩んでいるときだった。
「ゆりほん保育園遊学」は、都市部に暮らす子育て世帯に、地方の「保育園」と「田舎暮らし」の魅力を体験してもらうことを目的に、市が地元保育園、地域住民と一緒にスタートさせた事業だ。豊かな自然環境の保育園で、子どもたちに田舎ならではの遊び体験をさせると同時に、家族でゆったりとした田舎時間を過ごすことを目的に掲げている。5月にオンラインで開催された説明会に参加し、受け入れ保育園の素晴らしい環境にもひかれ、小学1年生の長男の夏休みに合わせて家族で参加することを決めた。
由利本荘市は、平成17年に1市7町が合併し誕生したまちだ。面積は約1200平方キロと神奈川県の半分ほどの広さで、秋田県随一。そのためエリアによって、環境や文化が異なる。
今回私たちが滞在したのは、特に自然豊かな東由利地域。市中心部から車で約30分、緑美しい山々と田んぼのある日本の原風景のなかで、1161世帯、2793人(2024年2月29日現在)が暮らしている。滞在するのは、田園を見渡す高台にある市営住宅。コンビニ、スーパー、温泉施設まで車で3分程度と生活しやすい立地だ。
「えみの森」を中心とした支え合うコミュニティ
今回、体験保育をするのは0歳から6歳まで34人が通う東由利地域唯一の保育園「えみの森」だ。保育園と学童が一体になっているので、小学1年生の息子も、3歳の娘と一緒に、えみの森で過ごした。
「えみの森」を訪れると、まずはなんといってもその環境に驚く。園庭には小川が流れ、敷地内には畑もあって、季節ごとの野菜が育てられている。調理体験をするためのピザ窯も設けられていて、都市部ではちょっと想像できない環境だ。
「その日の活動を大人の都合で決めるのではなく、子どもたちそれぞれがやりたい遊びに没頭できるように、1人ずつの気持ちに寄り添うことを大切にしています」
と園長の畑山玲子さんが説明会で言っていた通り、自然豊かな園内で子どもたちは遊びに熱中している。小川でヤゴやゲンゴロウ、カエルを捕まえる子、泥遊びをする子、虫捕り網を持ってトンボやセミを追いかける子、広い園庭内で自転車の練習をする子……。当然、年齢ごとに分かれてもいないから、子どもたち全員の安全に気を配る保育士たちは大変だ。34人の園児に対して保育士の人数が8人という環境だから可能な保育でもある。
「もともとこの保育園遊学がスタートしたきっかけが『えみの森』の存在なんです」
と移住支援課の工藤淳さんは言う。
「由利本荘市のなかでも過疎化が深刻で、出生率が1ケタ台だった東由利に、秋田大学で教育文化学や子どもを研究されている方がご家族で移住してきたんです。お話を伺うと、えみの森に感動して、ぜひお子さんを通わせたいと思ったと。それで畑山園長ともお話しして、えみの森を体験してもらうことが、由利本荘市への移住を検討するきっかけになり得るのではと。そうして22年に『ゆりほん保育園遊学』が始まったんです」
ゆりほん保育園遊学では、保育園の体験入園だけではなく、希望に合わせた地域体験もコーディネートしてもらえる。
「事業化を検討していくなかで、えみの森が『地域のために積極的に協力しよう!』という、前向きでパワフルな地域住民に支えられていると感じました。訪れた家族に、保育園体験を軸に、さまざまな地域との交流や体験を提供できると思ったんです」
私たちが東由利を訪れる前日に、えみの森でお祭りが催されたそうなのだが、園児約30名の保育園に300人の地域住民がやってきたという。地域の中心に、子どもたちを育む「えみの森」があり、関心を持たれているのだ。
「子どもが少ないからね、子どもたちとかかわるのがみんなうれしいの。カブトムシやスズムシを持ってきてくれたり、スイカを差し入れてくれたり、畑作業を手伝いに来てくれたり。たくさんの人が保育園とかかわってくれています。保育園遊学が始まって、遠くからご家族が来てくれるようになって。それが子どもたちや私たち保育士にとってはもちろん、地域のみんなにとってよい刺激になっているんです」(畑山園長)
初登園の日。息子は大自然の広がる園庭で虫捕りに夢中になり、捕った虫をお友達に披露。最初は泣いていた娘も優しい先生に抱っこされてだんだん笑顔に。
園庭を流れる小川で、娘はアメンボ捕りに夢中に。
浸水させたもち米を笹の葉で巻いて熱湯でゆで上げる、秋田県の郷土料理の笹巻きづくりを体験。得意げにお土産を持って帰ってきてくれた。
滞在3日目には、子どもたちと一緒に地域体験にも参加した。まずは、市特産のフランス鴨を飼育する金子農産へ。市営住宅のすぐ近くで農園を営む金子さんは、毎回、保育園遊学の参加者を楽しませようと、事業に協力しているんだそう。その後、農家を営む小松さんのおうちを訪ねて野菜の収穫体験を楽しんだ。昼食をいただいた伝統的な日本家屋の小松家は、どこか懐かしい気持ちになる空間で、すっかりくつろいでしまう。金子さんも小松さんも、まるで親戚のようにあたたかなまなざしで子どもたちや私に接してくれることがうれしかった。
また、園長先生の提案で地元の東由利小学校も見学した。訪ねると、校長先生が校内を案内してくださった。全校児童数は80人ほど。えみの森の卒園生は皆在籍していて、多くの児童が今もえみの森の学童に通っているので、校長先生と園長先生の親交も深い。児童たちの多くは東由利地域の各地からスクールバスで登校し、学童利用者は、放課後にえみの森へ向かう。
「保育園も小学校も、中学校も、みんな一緒。東由利の子どもたちはみんなで成長していく。一人ひとりに目が届いて、誰かが取り残されることがないのは、少人数学校のメリットですよね」(大庭校長)
東由利地域の特産品「フランス鴨」の生産組合の代表を務める金子拓雄さんの農場を見学。
平成元年からフランスでは高級食材として取り扱われるバルバリー種のフランス鴨の生産をスタート。今では由利本荘市のふるさと納税でも好評のまちの特産品だ。
収穫体験後は小松さんのご自宅で昼食会。穫りたてのトウモロコシやキュウリは絶品で、子どもたちも何度もおかわり!
野菜の収穫中に、東京ではなかなか見られないオニヤンマを見つけて大興奮。
全校児童約80人の東由利小学校を見学。校長先生に校内を案内していただいた。
歴史的大雨被害で実感したコミュニティの心強さ
7月24日。朝からポツポツと降っていた雨が、夕方、バケツをひっくり返したような豪雨になった。運転に不慣れな私を心配して、園長先生が子どもたちを住宅まで送り届けてくれた。雨は弱まることなく降り続ける。21時ごろ、移住支援課の工藤さんから電話がかかってきた。
「大丈夫ですか? 東由利地域で避難所が開設されています。住宅のあるエリアは高台にあるので今のところ大丈夫ですが、くれぐれもお気をつけください」
この日、秋田県全域が記録的な大雨となり、東由利地域では、7月の1カ月分に匹敵する、統計を取り始めてから最も多い雨量を記録した。市内を流れる子吉川水系の石沢川の堤防が決壊し氾濫。浸水により、農地や家屋にも甚大な被害が発生した。次の日も、雨は降り止まず、やっと少しの晴れ間が見えたのは、えみの森登園の最終日だった。
えみの森で催していただいたお別れ会には、移住支援課の方がたも来てくださり、一緒に最後の給食をいただいた。
夜に予定されていた市主催の地域の方がたとの懇親会は、大雨の被害を考慮して中止になっていたのだが、地域の方が主体になり、バーベキューを企画してくださった。
「せっかく来てくれたのだからできるだけ楽しんでほしいし、地域のことを知ってほしい」
と、雨の被害でそれぞれが大変な状況にもかかわらず、フランス鴨農場の金子さんをはじめ、地域の有志の方がたがご家族で集まってくださった。
そのなかの1組が、22年にゆりほん保育園遊学の第1回に参加したことがきっかけで、東京から移住した大西秀嗣さん・茜さん家族だ。
「じつは今回の大雨で、自宅が床下浸水してしまって、今、近くに住む知人宅に居候しているんです。他人に、家に泊めてほしいと頼むことができて、当たり前に、おいでと受け入れてくれるような関係性、都会ではなかなかできないですよね。わが家の状況を聞きつけて、荷物を2階に運ぶ手伝いに来てくださったり、流れ込んだゴミを運び出すために軽トラを出してくださる方もいました」(茜さん)
東由利の人口は約3000人にも満たない。大規模マンション1棟程度の人数だから、各家の状況をお互いによく知っており、気にかけ合っている。困っている家庭があれば助け、助けられるのが当たり前。助けられることに過度に恐縮したり、遠慮することもない。なぜなら、〝お互い様〞だから。同じコミュニティに所属し、その一員である意識が、地域住民みんなの中に根付いている。「まるで大きな親戚のようですね」と私が言うと、茜さんがうなずく。
「保育園も1つ、歯医者も1つしかない。だから、地域の全員の状態を知っている人がいるんです。そして、何かあったときには気づいてもらいやすいんです」
田舎ならではの人との距離感やコミュニティをネガティブに感じる人も多いかもしれない。だが、今回の滞在で、小さな集落だからこその、コミュニティのつながりの強さを間近に見て、ときに面倒くさいほどにかかわってくれる存在が、どんなに心強いかを知った。
都市部での子育ては、田舎にはないメリットももちろんあるが、コミュニティは希薄で、子育て世帯は孤独を感じやすい。仕事と家事、育児の両立が立ちゆかなくなっても、自分たちで抱え込んでしまう。子育て世帯に、当たり前のことのように手が差し伸べられ、甘えることが許される環境であれば、もっと穏やかな気持ちで子育てができるのかもしれない。
移住支援課の皆さん。滞在前から細やかにケアしてくださり、何も心配せず楽しく過ごすことができた。子どもたちともたくさん遊んでいただいた。
地域の方がたが企画してくださったバーべーキュー。由利本荘市の日本酒や、金子さんが生産するフランス鴨をいただきながら、楽しい時間を過ごした。
最終日、土砂による通行止めで観光がすべてキャンセルになってしまった私たちのために、金子さんが急きょ野菜の収穫体験を企画してくれた。抱えきれないくらいの大きなスイカは、東京の自宅まで宅配便で送ってくださり、1週間かけておいしくいただいた。
東京から東由利に移住した大西 茜さんに聞いた「移住してよかったこと」
① 子どもが病気になる頻度が激減した(感染症のリスクが低い)
② 保育園の環境がよいので、子どもを預けて働くことに罪悪感を感じなくなった
③ 民間の学童の環境がよい。さらに保育園と同じ施設にあるので送り迎えがラク
④ 子どもたちが都会ではできない自然体験ができている
⑤ 夏は過ごしやすく冬は雪遊びができる
大西 茜さん
ゆりほん保育園遊学とは?
2022年にスタートした、豊かな自然とゆったりとした時間のなかでの子育てと田舎暮らしが体験できる体験移住プログラム。プログラム期間中(5日以上)は市内の体験移住施設に宿泊(賃料は1日1800円=基本料金+光熱水費・家財使用料など。寝具代別途)。日中は、子どもは市内にある特色ある保育園に通い(保育体験料1日3000円)、大人は市内のリモートワークスペースの利用が可能。農業や自然体験、地域住民との交流会など参加者の希望に応じた体験もできる。これまでに7組の家族が体験し、うち1組が由利本荘市に移住した。また参加者は、滞在期間中のレンタカー費用の助成が受けられるほか、市までの往復交通費の一部(関東から参加の場合、1家族上限 3万円)も助成される。
【受け入れ保育園】
□えみの森
□石沢保育園(2024年から開始)
【申し込み期限】
希望する参加期間の6週間前まで申し込み後の流れオンライン面談、追加資料の提出のうえ、正式に参加が確定
※今年度の募集は終了。以下フォームから登録すると、2025年度の最新情報を優先的に配信予定
>>「ゆりほん保育園遊学」事前登録フォーム<<
問い合わせ/移住支援課 ☎️0184-24-6247 ✉iju@city.yurihonjo.lg.jp
由利本荘市の移住支援情報
由利本荘市では2人の移住相談員が移住希望者に寄り添って、仕事や住宅の紹介・斡旋のほか、子育てや介護、自治会などの暮らしに関することまで、ワンストップで“まるごと”相談にのってくれる。オンラインや電話での個別相談も可能だ。
移住者交流会の様子。
2人の移住相談員が、移住希望者のさまざまな相談に対応中!
「保育園遊学以外にも多彩な子育て支援があります! ぜひお問い合わせください」
移住支援課 工藤 淳さん
問い合わせ/移住支援課 ☎0184-24-6247 ✉iju@city.yurihonjo.lg.jp
https://yurihonjo-teiju.jp/
この記事の画像一覧
この記事のタグ
田舎暮らしの記事をシェアする