木工の世界に飛び込み、自分の工房で作品づくりを始める女性が増えている。それには技術を学ぶ場も必要だが、地域おこし協力隊の活動後に独立を果たした女性木工家を登米市津山町で発見。独立までのプロセスや現在の活動内容などを聞いた。
掲載:2024年10月号
宮城県登米市(とめし)
宮城県北部に位置する地方都市で、人口は約7万1000人。2005年に9町の合併で誕生した。市内はほぼ平坦地で広大な平野に田園地帯が広がっているが、北上山地と接する東部では林業が盛んで、NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』でも紹介された。漫画家・石ノ森章太郎の出身地としても有名だ。仙台駅から高速バスで登米市役所まで約1時間35分。
協力隊から起業する、多くのメリットとは?
工房内の製材機で木材を加工する井上さん。木工にかかわって8年なので、基本的なスキルは身についている。
登米市の東部に位置する津山町は面積の82%が山林で、約9割がスギという津山杉の産地だ。1982年に津山木工芸品事業協同組合を設立し、製作と販売を強化してきたが、近年は組合員が高齢化。その対策として登米市が木工芸を行う地域おこし協力隊を募集し、5年前に滋賀県出身の井上優里(ゆうり)さん(32歳)が採用された。
「その3年前から愛知県の工房で木工の修業をしていたんですが、次のステップへ進もうとネットで調べたら、登米市で木工芸支援員の地域おこし協力隊を募集していることを知りました。協力隊は給料をもらえるうえに有給休暇もあれば、ケガをしたときの保障制度も(笑)。応募して正解でした」
市の職員として働く協力隊は、地域とのつながりがつくりやすい。また木工芸支援員は起業型地域おこし協力隊のため、任期終了後は起業のための支援補助金も活用できた。木工で独立を目指していた井上さんにとって、貴重なプロセスになったようだ。
愛知県では堅い広葉樹で家具や小物づくりを経験してきた井上さんだが、針葉樹のスギを使う木工は初めての経験。スギの木目を美しい矢羽(やばね)模様に加工する矢羽集成材が津山町の特産品で、製材から乾燥、仕上げ、塗装など一連の作業、集成材を使った商品の製作などを学ぶ機会を得た。
3年間の協力隊の活動で技術を習得した彼女は、登米市ファースト・ウッド(初めての木製品)デザイン公募に応募し、「フォト身長額」で最優秀賞を受賞。津山町の林業に新風を吹き込んでいる。
最優秀賞を受賞した「フォト身長額」は、地元の赤ちゃんに贈られるもの。成長の様子が段階的にわかる写真入れと身長の目盛りが付いている。
工房の名称は「キトトキト」。木と過ごす時間を大切にしたいという思いが込められている。刻印してある木は津山杉を加工した特産品の矢羽集成材だ。工房キトトキト https://kitotokito.net
地域と連携して活動。特注品の依頼も増える
幼少のときから絵を描くのが大好きだったという井上さんは、高校時代に通ったアトリエで、絵の具がつきながらも古い家具が大切に使われていたことから木工に関心を持った。大学ではデザインを学んだが、卒業後の工房での修業と地域おこし協力隊の活動で木工の技術を身につけていった。
独立後の現在は終日、工房で作品づくりに取り組んでいるが、取材した日は道の駅の隣にある「もくもくランド」の「もくもく工作教室」で小学生にブックエンドのつくり方を教えていた。金づちを手にした女の子も真剣そのもの。完成後は自分の作品をうれしそうに持ち帰っていった。木工に関心を持つ人が集まってもらうワークショップの手助けもしているのだ。
2年前に独立した彼女は、前述の協同組合の組合員でもある。材木は組合で仕入れ、作品は「もくもくハウス」で販売。地域と連携しながら活動している。テープカッターやブックエンドなどのオリジナル商品のほか、最近はベッドの脇に置く家具の棚や子ども園で使うおもちゃなど、特注品の依頼も増えてきた。
「子どもから大人まで楽しめる作品をつくりたい。正月飾りやお月見などをモチーフにした、季節が感じられる作品づくりにもチャレンジしたいですね」
木工活動の幅がますます広がっていきそうだ。
国道45号沿いにある道の駅「津山もくもくランド」の「もくもくハウス」では、木工芸品を展示販売。裏山を見ればここがスギの一大産地だとわかる。
夏休みの土日に開催した「もくもく工作教室」で、小学生にブックエンドづくりを教えている様子。津山町ではこういうイベントがたびたび開催されている。
「もくもくハウス」で販売している井上さんの作品。テープカッター、ポストカードを入れる額、名刺入れなどがある。
木工の魅力は?
「木と触れ合う暮らしは楽しいですよ!」と井上さん。
木は自分の好きな形に自由に加工することができます。こんな形にしよう、こんなものをつくってみたい、という思いを作品にすることができるんですよ。しかも、木でつくった作品や製品は、傷ついたり壊れたりしても、修理すれば何十年も使うことができます。それが金属にはない魅力でしょうね。針葉樹は柔らかく傷つきやすいので加工は簡単ではありませんが、木と向き合う時間が楽しいです。
登米市の移住の問い合わせ
「移住体験ツアー」実施。1人につき上限3万円の助成あり
歴史と自然が調和する風光明媚なまちであり、宮城県屈指の米どころである登米市。仙台牛の4割を占める畜産のほか、林業が盛んで、冬季の降水量は少なく住みよい地域だ。登米市の魅力を体感できる移住体験ツアーを実施。参加者1人につき最大上限3万円を助成している(条件あり)。
お問い合わせ:登米市まちづくり推進課 ☎︎0220-23-7331
登米市/移住定住関連情報
移住体験ツアーでは公用車で移動。1組1組に合わせた内容で案内してもらえる。
「市内には道の駅が5つあります。せひ、遊びに来てください」(登米市のキャラクター「はっとン」)
文・写真/山本一典 写真提供/登米市
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