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田舎暮らしの本 12月号

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田舎暮らしの本 12月号

11月1日(金)
890円(税込)

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無変化を喜ぶ/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(60)【千葉県八街市】

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昨日できたことが、今日も同じようにできる。変化の乏しい日常だが、僕は変化しないことも素晴らしいと思う。今日も食事がおいしい。元気に生きている。田舎暮らしが与えてくれる小さな幸せだ。

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畑仕事で「変わらない」を保つ

 「苦労に対して、目に見えて効果が上がる、答が出るということに、現在の人間はほとんど縁がなくなりましたね・・・」。アフガンで医療と水路建設に従事した医師・中村哲氏との対談における、これは作家・澤地久枝氏の言葉だという。働く者はもちろん誰もが日々苦労している、結果を出している。世間には嘆き、迷い、時には恨みの言葉もあるが、達成感や高い報酬を得た喜びの声も溢れている。その「苦労」とは頭脳を経由して生まれたものがたぶん多い。ぬかるんだ土に足を埋もれさせ、腕の力に頼ってスコップ作業に励む・・・たぶんここで言われる苦労とはそれ。「水路や池を造ると、耕作ができ、魚も棲みつく、それで栄養失調も防げる。水浴びすれば皮膚病も減る・・・」中村哲氏のこの言葉から苦労の姿がわかる。現代ニッポン社会はそうした現場から遠い、ゆえに人々は幸福なのだとも言えるか。頭を使っての生き方、手足を使っての生き方。今の僕は頭脳労働に遠くてよくわからないが、手足を使った労働には文字通り「手応え、足応え」がある、それはわかる。

 朝は冷えるが日中は夏日という日が続く。テレビが寒暖差で体調を崩す人が多いのだと伝えていた。「蓄積予備能力」が不足しているためです、予備のエネルギーがないゆえ環境変化に適応できないのです、医師はそう言う。対策として体操したりエレベーターを使わず階段を利用したりを勧めていたが、もうちょっとハードルを高くした方がいいかなと思う。体操や階段よりはるか、人間の負荷耐性のキャパシティーは大きいのだから。11月の気温は平年より高い。逆に12月、1月は平年並みかやや寒いという予報。インフルエンザの流行時期が寒暖差の大きい時期と重なる。人が幸せと感じる要素はさまざま。どんなに暑くとも寒くとも僕は変わらぬ状態が保てる。「ホメオスターシス(恒常性維持機能)」・・・田舎暮らしが与えてくれている小さな幸せである。馬鹿は風邪を引かない、昔はよく耳にしたが、風を引かず便秘せず、ウツにもならない・・・馬鹿も捨てたものではない。

 秋が深まり、今年も残り2か月。冬支度である。マイナス7度まで下がる1月、2月。そこでいかに商品を、いかに我が口に入るものを作るか。腕の見せ所、かつ苦労の現場。それが晩秋である。風でヨレヨレになり、透明度が落ちたビニールを取り外し洗濯する。苦労である。なんせ6×12メートルというLLサイズ。水桶は多数あるがこのサイズがゆったり収まるものはない。それでもって根気よく引っ張り、ずらしながらこすって汚れを取る。そして厳寒・・・ザクザク靴底で音を立てる霜を踏みながらビニールハウスに入り、11月に苗を植えたキャベツを収穫するのが田舎暮らし「第四幕」真冬の舞台。達成感、充足感は寒さゆえに味わい深し、1年が巡り、やがて梅の花の咲く第一幕がまた訪れる。

 数日の雨。そして晴れる。やることは決まっている。布団を干す、洗濯物を干す。靴下は穴が開いても捨てない。100足くらいあるが左右揃ったものはない。着る物、食べる物を捨てられないのは貧しい時代に育ったせいか。サラリーマン時代、カネを稼ぐ、家事をやる、夫婦完全分業だった。田舎暮らしの今、カネを稼ぐと家事をダブルでこなす。数十年を経て、妻の苦労がどれほどのものだったかを知る。昨今、家事育児と外での仕事をも持つ妻の大変さを軽減しようとの声が高まり、家事を受け持つ男性が増えていると聞くが、妻から合格点がもらえる夫は少ないらしい。畑仕事を夏は10時間、日暮れの早い冬でも8時間やり、合間に洗濯し、ゴミを出し、食事を作り、食器・浴槽を洗い、荷造り現場のちらかりを片付け、買い物して冷蔵庫に収める。正直手ごわい、時にシンドイ。でも愚痴は言うまい、あの大竹しのぶさんだって・・・大竹さんは『まあいいか』に書いている。「午後11時、入浴中に回しておいた洗濯物を室内に干し始める。稽古着、パジャマ、息子の衣類。こんな夜中に女優が洗濯物を干しているなんて誰も想像しないだろうな・・」。息子さんが小さい頃はどんなに疲れていても、それまで息子の面倒を見てくれていた母上が「はいお母さんが帰ってきました」と渡され、朝になるとお弁当はどうするのと起こされたという。我がダブルワークを愚痴っては偉大な女優さんに申し訳ない。

 屋上庭園の三方にビニールを掛けて冬装備とした。土台から急ごしらえだから風を完全に遮断するのは無理。でも素通しに比べたら申し分ない。今日はそこで朝食である。珈琲を飲みながら新聞を読む。変化のない日々ではあるが、田舎暮らしの味わいとはここにあるのです。「いつか田舎に」・・・そう思っている人には声を中くらいにしてそう伝えたい。昨日と今日がまるで同じ。世間には変化の乏しい日常を嘆く人もいるが、僕は無変化を喜ぶ。例えば朝のランニング。仕上げはいつも村の墓地に続く急坂を駆け上ることだが、昨日と同じスピード、昨日と同じ呼吸の乱れ、それで上れたことを、大袈裟だが、人生、これでいい、これがいい、そう思う。田舎暮らしとは、自分で掘った穴に独りもぐることである。自閉症でもひきこもりでもない。穴の中は心地よいし、頭もけっこう冴える。穴から出たら惜しみなく手足を使って働くのだ。すると昨日と同じように食事が美味しい。元気で生きていることが嬉しい。田舎暮らしとはそういうものである。

 意気消沈しつつピーナツを掘る。収穫は例年の10分の1。ずっとハクビシンだと思っていた。しかし同じく被害を受けた農家から教えてもらい、真犯人はアライグマであると知る。大きい豆だけを選んで食い、他はほっぽって帰る。散らかった豆を見て無念、腹立たしい・・・でも同時に、生き物すべて命の保持に懸命なんだと思う。熊の出没が相次ぐ東北で、かなり痩せた1頭がカメラに捉えられているのを見た。専門家がコメントした。群れからはじき出されて人家にやって来たのでしょう。もうひとつ東京・埼玉には猿が現れた。その猿には左の手首から先がなかった。それぞれが苦難を抱えて暮らす、なんとか生きようとしている。

 指先をよく動かすと脳のトレーニングになるらしい。名古屋工大と愛知産業大の研究チームが高齢者を対象とし、注意力や記憶力が改善したという結果を得た。残念ながら僕は若い頃から不器用。パソコンのタッチはとろとろ遅い。ブラインドタッチなんて永遠に無理。スマホやパソコンを操作する若い人の猛烈スピードをテレビで見るたび、こりゃ魔術師だと思う。そんな僕だが、長年の経験から唯一優れた指先操作術を持つ。野菜の苗である。例えば白菜やレタス。1ポットに3粒の種をまく。明らかに軟弱なものは抜き捨てる。そうでないものは生かしてやる。残すものと移動するもの、双方の根を傷めないよう、そっと指先を使い土から出す。それを別なポットに移す。背丈に応じて根をどの位置に置くか考え、左手で直立させ、右手で目の細かい堆肥を入れてやる。土は浅すぎず深すぎず。最後に水やり。苗はうんと小さいから無造作に上からかけると衝撃が強すぎ倒れる。左の指で苗をかばいつつ、右手でゆっくり水を掛ける。春と夏、この作業をポット数にして1000くらいやる。そんな僕がパソコンはトロトロなのである。

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  • 公道の下水管まで50メートル。長い間には詰まりが生じる。時にはうっかり鍬で叩いて穴を開けてしまう。メンテナンスはひたすらの辛抱である。
  • せっせと泥のしみ込んだビニールを洗う。イヤでもその洗い水が自分の体にもしみ込む。この苦労は経費節減のため、ゴミを増やさないため。
  • ビニールハウスの最頂部は2.5メートル。強風でパイプが歪んだり、接合部が外れたりする。脚立に乗って、ずっと仰向けの作業をすると首が痛くなる。
  • 長年やっている洗濯だが、洗濯ばさみというものを一度も使ったことがない。風で落ちたらはたけばいいのさ・・・この楽観はほめるべきか、ダメな奴と言うべきか。
  • 会社員時代、朝の満員通勤で巧みに小さく折りたたんでいた朝刊。それを今は片手で珈琲を飲みながらゆったりと読む。
  • 三方をビニールで囲った屋上庭園に朝日が差し込む。たったそれだけで幸福感が募る。
  • 動物による食害が増えたのはここ5年ほどである。野生動物の住宅地への侵入は人口減少と関係があるとの説がある。昔は頻繁に人々が山に入って行った。今はそれがないというのだ。
  • 白菜の苗。我がウエストほどの太さとなる白菜も、発芽から半月、まだかような幼さである。
  • 8月に苗専用の小屋を造った。畳2枚分。鶏の侵入を防ぐためにネットで囲い、夜や強い雨の日には厚手のシートでスッポリ覆う。

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この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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