田舎暮らしには生産性がある。しかしそれには、さまざまなノウハウと労働が欠かせない。冬の畑で多品目を収穫するために、僕はさまざまな手段を講じている。
1億円マンションと互角のガチンコ勝負
前回「移住・田舎暮らしの明と暗」をテーマとした。その頃テレビのニュースで宮崎県都城市の移住促進策が好評、人口増加につながっていると知った。「明と暗」に書き足そうかと思ったが締め切りまで時間がなかった。そして今パソコンで詳しい情報を眺める。移住希望者には魅力的な待遇。給付金は基礎が1世帯100万円、中山間地域への居住ならさらに100万円、子ども加算が1人当たり100万円(3人上限)。総額は最大500万円。都城市はこのための予算を8億480万円組んでいるという。パソコンで移住者の声というのを読んでみた。IターンやUターンが多く、遠隔からという例は見当たらなかった。九州に縁のある僕にはさほど遠隔地とは思えないが関東の人にとっては遥かな地、北海道よりも遠いと感じられるのかもしれない。でも条件を満たせば最大500万円は夢のような話。僕の時代は自前でやるしかなかった。僕が手に入れた農地・宅地・家屋の総額は業者の手数料や登記代を含めて2500万円くらい。それから40年近く。現在は格安物件がかなりある。2500万円は高いと感じる人もいるだろう。でも最近、首都圏の新築マンションは1億円するという。台所とトイレは共用、風呂は銭湯。そんなアパートを経験した僕からすると羨ましい。かつて荒涼としていた東京湾沿い、そこに林立する高層マンションをテレビで見るたび60年で時代はここまで変わるかと感慨深い。その1億円マンションに比べると我が田舎暮らし物件は安いもの。しかも生産性がある。食料、電気、水が自前。算盤をはじく。自給金額を月額5万円と仮定。ここまで38年。2280万円が償還されたことになる。だけじゃない。「秘密の部屋」での楽しみが田舎暮らしには付属する。負け惜しみ半分(笑)で言う。1億円マンションと互角のガチンコ勝負だぜ・・・。
1か月前に植えた白菜やキャベツの苗たち。まずまずの成長だ。毎日、朝一番、ビニールを半分持ち上げ朝日を当てる。陽が落ちた午後4時に密閉する。1週間に一度、草取り、土寄せ、水やり。ハウスは8つあるからかなりの手間。収穫はたぶん2月の初め。長丁場。12月も半ばとなって朝の冷え込みは一気に増した。固定のビニールの上からさらに厚手のビニールを掛ける。朝外しに行くとすこぶる重い。表面が薄い氷で覆われているのだ。
毎年、大豆でモヤシを作る。今年も4台ある製造機をフル稼働させる。豆を敷き詰めたトレーが3段重ね。下部が水タンクになっていて、上部からシャワー状になって落下する。24時間通電しているゆえけっこう電気を食う。ソーラーパネル600ワット、そこに2000ワットのポータブル蓄電器をつないでこのモヤシ製造機を稼働させている。
「自分も太陽光発電をやってみたい、全くの素人に分かるよう説明してほしい」との声が届いたので簡略に説明しよう。太陽光発電に必要はソーラーパネル、バッテリー、コントローラー、インバーターの4つ(A方式と呼ぶ)。この方式とは別に、バッテリーとコントローラーとインバーターを一体化したもの、いわゆるポータブル蓄電器があり、これだとソーラーパネルと蓄電器を連結するだけで電気が得られる(B方式)。A方式の弱点は連結部材が多いゆえ1つに不具合が生じただけで発電が出来なくなる。しかしバッテリーの数を増やすことで発電量を増せるのが利点。一方B方式は1プラス1というシンプルさゆえにトラブルが生じる可能性は低い。ただし発電量は固定されているゆえ増量することは不可能。
この上の写真はA方式。手前がインバーター、右の白いのがコントローラー。バッテリーは奥に隠れて見えにくいが100アンペア12ボルトが4つ連結してある。このA方式での総費用は20万円ほど。それでまかなえる電気は冷蔵庫、パソコン、テレビ、室内灯くらい。もし電子レンジ、湯沸かし器、圧力鍋、電気毛布などを使うならA方式を1つ追加する必要がある。この下の写真がB方式で、ポータブル蓄電器を好きな場所に持って行けるのがいい。例えば僕は来客の折、畑のテーブルで珈琲飲む時に便利だ。ただ値段は10万から20万、ちょっと高価。僕は仕事でも電気を使うのでソーラーパネルは40枚、ポータブル蓄電器は2000ワットが5つある。ソーラーパネルを多数設置する場所がないという人もいるだろう。でも1枚で400ワットの高発電(3万数千円)もある。
太陽光発電がらみで、これはすごいと感嘆した話がある。千葉市の農政センター。広さ100坪ほどのハウスが2つ。それと太陽光発電設備。ハウスの暖房には重油や化石燃料は使わず電気でヒートポンプを動かす。僕がさらにすごいと思うのは、ハウス内には二酸化炭素を発生させる装置があり、外気より高い濃度の二酸化炭素をトマトの苗木に吹き付けて光合成を活発にし、成長を促すという。カネさえあるならオレもやってみたい・・・思わず身を乗り出すニュースだった。
朝から快晴の日。午前8時の屋上庭園。僕にとってはちょっとした天国。3メートルの高さから見渡せる我が畑、その上に広がる青い空。ここでのくつろぎは正味30分。この後にキビシイ労働も待っている。ゆえに一時の天国が貴重。ここで新聞2紙を読む。新聞といえば1月から値上がりする。新聞業界も苦戦しているようだ。何と言っても購読者の減少。ニュースや娯楽はスマホで十分・・・時代の趨勢ということか。でも僕は紙をめくるのか好き。スマホを持たない僕にもその便利さはわかる。ただ・・・作家・姫野カオルコさんはこう書いている。
今、自分の前にいる人間、今、自分が食べているもの、今、自分がいる場所。これらをすべて消して、スマホの中に没頭させてしまう。
花、野菜、果物、土、枯草・・・田舎暮らしとは、周囲にあるものを見る、触る、そして食べることである。そこには視覚、触覚、味覚、多くが「実存」する。小さいけれど万能な精密機械に対し、どこかトロ臭くて、泥くさくて、劣る。されど花とも野菜とも土とも、対等で濃密なリレーションがある、それが田舎暮らしというもの。前に書いたバナナは健在。そして名も知らぬ花たちは(僕は花に疎い)ビニールで囲われ、外気に触れずにすむこの場所ゆえ蕾を増やし、次々に開花している。
さて、ビニールで囲われたこの屋上庭園はそこそこ快適だが、12月も残り少なくなった今、外の風は冷たく、野菜洗いの水はさらに冷たい。夜明けの最低気温は零度が連続。この夏の猛暑の時、今冬は厳寒かもと予測したが僕の予測は当たったようだ。上の写真のピーマンは本年最後の収穫。ビニールハウスの管理には多くのエネルギーを使う。そんな自分の苦労を忘れさせてくれるのがキビシイ寒さの中で実を着けたピーマンだ。人工の保温をせず12月にもピーマンを作れる人はそうそういまい。みんなよく頑張ったなあ・・・表面を愛撫しながら僕はピーマンに囁いている。
今年はこれが最後の原稿である。年末年始、世の中は労働から離れ、いっときの華やぎを見せる。僕は大晦日も元日もなく働く。おせちとは縁がない(保存食を避ける体質のせいか)。我がおせちはオンラインでなく畑から取り寄せる。キャベツとネギとシーチキンで炒め物を作り、すりおろした生姜をふりかける。目玉焼きとチーズトーストであつあつの珈琲を大きなカップで飲む。卵は産みたて、箱から首を伸ばしている(上の写真)ニワトリの体温がまだ残っている、その「おせち」を食べ終えたら畑に向かう。正月とて格別の感慨はなく、思い煩うこともなし。スコップで土を掘る。散乱している枯れ木を燃やす。果樹の剪定をする。剪定挟みのカチカチという音が新しい春へのカウントダウンだ。何十年と変わらぬこれが我が正月。みなさんどうぞ良い年を。1月10日頃にまたお会いしましょう。
この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
田舎暮らしの記事をシェアする