お笑いコンビ「ガレッジセール」のゴリとして活動しながら、映画監督としても着実にキャリアを積む照屋年之さん。2018年『洗骨』でモスクワ国際映画祭ほかに出品、実力を知らしめた監督としての最新作『かなさんどー』が公開されます。映画づくりのこと、沖縄への思い、照屋監督に聞きました。
掲載:2025年3月号
てるや・としゆき●1972年生まれ、沖縄県出身。1995年、お笑いコンビ「ガレッジセール」を結成し、2006年から監督業に進出。初監督作の短編映画『刑事ボギー』でショートショートフィルムフェスティバル〈話題賞〉受賞。2009年『南の島のフリムン』で長編監督デビュー。2018年の映画『洗骨』はモスクワ国際映画祭、上海国際映画祭に出品、日本映画監督協会新人賞受賞。2022年には小説『海ヤカラ』も出版。
映画をつくって沖縄に恩返しをしたい
「18分の作品を90分ほどの長編にするのはやっぱり難しくて。短編のように罠を仕掛け、〝こういうオチでした〜〞だけでは、人は集中して見続けてはくれません。登場人物それぞれに魅力的なスパイスを利かせ、好きになってもらわないと。役によっては嫌われてもいい。でも目が離せなくなる存在にするには、魅力的な者同士が交わり、そこに生まれるストーリーの面白さが大事で」
映画『かなさんどー』を完成させた照屋年之監督はそう話す。元になったのは、満島ひかりさん主演の短編映画『演じる女』。監督・脚本を手がけたこの作品を、松田るかさん演じる美花をヒロインに迎え、確執を抱えた父と娘のドラマに仕上げた。
「脚本を書くときは最初から最後まで書き、また最初に戻って書き直します。そのうち、血が青い?と思うような薄っぺらいキャラクターに真っ赤な血が流れ始める。それぞれが勝手にしゃべり出します。そうなると、来た来た!という感じで。パソコンのキーボードを叩くのも、まるでピアノを弾くよう。〝よいこと言うな……〞とセリフを書きながら泣いたりします(笑)」
勝手にしゃべる登場人物の会話を記録するだけの「書記みたい」とも。そうして記録された物語、今回の舞台も沖縄。YouTubeも「おきなわ新喜劇」の立ち上げも、「沖縄に恩返しをしたい」という思いから。これまでの監督作も『南の島のフリムン』はコザ、『洗骨』は粟国島(あぐにじま)と、沖縄を舞台にしてきた。
「360度美しい海に囲まれ、そんな離島がいくつもある。お金をかけずに素晴らしい美術セットがあるようなもので、そこに流れる時間も人も気候も穏やかです。プラス独自の音楽や文化、伝統芸能、歴史がある。映画をつくるにはそれをどう組み合わせるかで、沖縄ならいくらでもできます」
『洗骨』では、土葬や風葬後に遺骨を海水や酒で洗い、再び埋葬する風習を描いた。今回も沖縄のお墓が出てくるが、形状はほかの都道府県のものとは異なる。
「あれは子宮のカタチなんです。人間は女性の子宮から生まれ、亡くなったらまた子宮に戻るという意味らしくて。そうしたことも、勉強して知るんですけどね。小さいころは沖縄の歴史なんて興味がなかったし、若いころは東京に目が向いていましたけど」
今回の映画の舞台は伊江島(いえじま)。7年ぶりに島に帰郷した美花は、余命わずかな認知症の父、悟と再会する。テッポウユリや、烏帽子のようなカタチの岩山「伊江島タッチュー」のエピソードが印象的に描かれる。
そうして映画の冒頭に映し出されるのは、身支度を整えようと、口紅を筆でていねいに塗る女性の口元だった。それは「お父さんの前では女でいたい」という母の思いの表れ。そんな色っぽいシーンに始まる。
「あれは亡くなった母親の塗り方で。小さいころ、ず〜っと見ていた記憶があるんです。画家のようにキレイに塗っていくな〜って気持よくて。お母さんが、女性になる瞬間ですよね。僕の母親は元美容部員で化粧が上手でした。ベビー用品店で働き、スナックのママもしていたので、夫である父親に向けてというより、外向きの顔として化粧していたんでしょうけど」
映画では美花が亡き母の日記を見つけるエピソードも描かれるが、それも自身の記憶からだった。
「子どもの自分からしたら両親でしかない。でも僕らが生まれた直後くらいの日記で、そこに書かれているのは男と女、そのことにビックリしました。〝あなたといられて幸せ〞ってきゃぴきゃぴで、ヘンな感じ!と(笑)。でも意図的に自分の父と母をイメージしたのではなく、書き終えてから、そういえば似てるなと。作品というのはやっぱり、経験したものからしか生まれないのかもしれません」
浅野忠信さんって、こんなに優しい人なの!?
「かなさんどー」は、沖縄の方言で〝愛おしい〞という意味。沖縄民謡のタイトルでもあって、その歌を美花の母がよく口ずさむ。
「お母さん役は堀内敬子さん。優しくかわいらしく、あの歌声がどうしても必要でした。でもお父さんの悟は最初、浅野忠信さんのイメージではなかったんです」
娘の目に悟は、飲み歩いてばかりで家庭を顧みない父。しかも母亡きあとに認知症を患い、今や意思疎通もままならない。
「もっと年上で落ち着いている人を想像していたのですが、プロデューサーから浅野さんの名前が出たのがきっかけで。『おかえりモネ』で妻に先立たれて飲んだくれの親父を演じられていましたが、それを観て、イケる!と。オファーすると〝脚本が面白い〞と出ていただけることになり、とてもうれしかったです」
映画は、脚本で決まる。だから「そこにいちばんエネルギーを注ぐ」という照屋さんの思いと重なった。とはいえ浅野忠信さんといえば、ハリウッドでも活躍する、いわばビッグネーム。
「顔合わせのときから、俺は浅野忠信だ!という感じで来るだろうと緊張するわけです。ぐわっとソファに座り、脚を組んで。ぱんっと脚本を広げ、〝このセリフはどういう意図なの? 俺は言えないんだけど〞とか言うんじゃないか……と。何を言われても自分で脚本を書いたのだから大丈夫!と構えていました。〝浅野さん来られました〜〞と言われてパッと立ち上がり、振り返ると浅野さんが、〝お願いします、お願いします〞とハトぐらいに首を振っていた。こんなに謙虚で優しい人なの!?と(笑)」
もう一人印象に残るキャストが、沖縄を中心に活動する芸人で、悟の会社の従業員である小橋川を演じたKジャージさん。悟と美花の間で右往左往するばかりで、いまいち頼りにならない。そんな役柄を脱力気味に演じて笑いを誘う。
「あのキャスティングは賭けでした。最後、安定感ある芝居をする人と2人が候補に残って。Kジャージさんはアクの強いネタをやっていてお芝居もどこか粗さがあった。でも安定感以上の化学反応がほしい。〝Kジャージさんで!〞と決断すると、オーディションを見ていたスタッフも、〝やりますか……〞と(笑)。事前に2人で本読みをし、理想とする小橋川さんになってくれました」
年を取ったら沖縄で暮らしたい
照屋さんの映画は演者が魅力的に見える。きっと現場で、演者に余計な負担がかからないような配慮があるからに違いない。
「それは自分が演者だからかも。〝もっと違う感じでやってもらっていい?〞とあやふやな指示しか出さないとか、ストレスの溜まる監督というのはわかります。自分が監督をするときにそういうことはやめようと思うんです。それに、だらだら撮影が続くと演者だけでなく、スタッフみんなも心が疲れる。それは確実に作品へ乗り移ります。だから撮影はテンポよく、的確に進めて無駄なカットは撮らない。脚本を書く時点で映像が浮かぶし、カット割りができているんです」
そもそも照屋さんが、芸人の活動をしながらこれだけの脚本を書き上げることに驚かされる。
「芸人って、本当に忙しい人は難しいかもしれませんが、自分の時間が結構あるので、空いている時間にやってるだけです。僕は趣味もなく、仕事が好き。休みの日もずっと物語を考えていますし」
「毎日脚本を必ず書くと決め、どこに行ってもロケハンをする」ところまで行くと、この人は本当に努力家なのだと思う。それに初監督作の短編映画『刑事ボギー』から、作品世界はきっちり構築されていた。
「脚本を書くにもコントとは違うし、とても苦労しました。しかも現場が大変で。当時は演出の仕方がわからず、技術スタッフへの指示も出せない。夜10時に終わる予定が朝5時までかかり、つらくて申し訳なくて。撮り終えたとき、〝すいませんでした〞とみんなに謝りました。〝監督なんて二度とやらない!〞と思ったのですが、作品ができたらもうたまらない。苦労して出産した子ってかわいくて、人に見せたくなりますよね。それと同じで、〝我が子を観て〜!〞と。その繰り返しで14作です」
演出の腕は、作品を重ねるなかで磨かれた。それでいて〝照屋組〞の現場はいつもギスギスした空気は皆無らしい。冗談が飛び交い、明るく、楽しく。それもまた演者の経験から。それでいて撮るべきものがハッキリと見えていたが今回、浅野忠信さんが涙を流すシーンでテイクを10回重ねた。
「あれはヤバかった……。現場では一生懸命に頭の中で編集し、どうしたら映画を観たお客さんが喜んでくれるか?を第一に考えます。とにかく『あのときに僕が折れたせいで』と、編集の段階で後悔するほど最悪なことはなくて。だから現場では絶対に諦めません。でもゼロの状態から涙を流す演技を10回やるって、演者にとっては相当なストレスで。『こういう理由でダメです』と言うと、浅野さんは何度でも『わかりました』と応えてくれる。それで〝くっ〞と集中し、浅野さんが『(カメラを回して)オッケーです』と言い、『よ〜い、スタート』で涙ぽろ。『カット、違います、なぜなら……』と、その繰り返し。そのたびに浅野さんは涙を拭き、気持ちをつくろうと〝くっ〞と集中されるのですが、『殴りかかる前の〝くっ〞じゃないよね!?』と、とにかく怖くて! 胃に穴が開くかと思いました……。浅野さんは嫌な顔をひとつもせず、本当に気持ちのいい演者さんでしたけど」
沖縄の青い空と海、のんびりした人びと。そこに娘の目を通して、ある夫婦の物語が立ち上がる。そこここにクスッとした笑いがちりばめられ、出てくる人出てくる人が、どこかかわいらしくて愛おしい。観ているこちらも、気づけば自然とキレイな涙が流れている。
「世の中、幸せな人ばかりじゃありませんよね。そんな人が、一歩を踏み出してみるか!と思ってもらえるような作品にしたい。だから僕の映画には問題を抱えた人ばかりが出てきます。そんな人が勝ち組になるのではなく、また頑張ってみるか!と思うようになる話で、感情移入しやすいはず。それで観終えたあと、温かい何かを持ち帰ってほしい。僕自身が小さいころから、つらいときはエンターテインメントに救われてきましたから。幼いころの自分に向けてつくっている気もします」
そうしてまたひとつ、故郷の沖縄を舞台にした映画を完成させた照屋さん。芸人として、映画監督として、沖縄愛はいつでもだだ漏れ。
「今はまだ子どもが学校へ行ってるので東京にいます。でもやっぱり年を取ったら沖縄で暮らしたい。芸人として東京と沖縄でコンビの仕事をレギュラーでしているし、東京で舞台にも立っています。そうして空いた時間に脚本を書き、書き上げたら撮影準備に入る――。相方はすでに沖縄に移住していますが、自分が沖縄に移ってもやることは変わらない気がします。それでも住まいが変わるだけで、ストレスが全然違うでしょう」
もちろん沖縄の海や自然は好き。でも何より、1000円でべろべろに酔える「せんべろ街が好き」とも。
「沖縄に帰ると、同級生がやってる居酒屋ばっかり行っちゃうんです。すると、同級生がどんどん集まってきて、そこで毎回同じ昔話をする(笑)。過去の話ばかりで未来を見ていない、思い出にすがっているという人もいるでしょう。でも、過去の話ってとってもいい。日々の疲れが吹っ飛び、心の安心が得られるんですよね」
『かなさんどー』
(配給:パルコ)
●監督・脚本:照屋年之 ●出演:松田るか、堀内敬子、浅野忠信、Kジャージ、上田真弓、松田しょう、新本奨、比嘉憲吾、真栄平仁、喜舎場泉、岩田勇人、さきはまっくす、しおやんダイバー、仲本新、A16 ●2月21日(金)より全国公開
ⓒ「かなさんどー」製作委員会
https://kanasando.jp/
妻の町子(堀内敬子)を亡くし、認知症を患う悟(浅野忠信)。娘の美花(松田るか)は母が亡くなる間際、助けを求めた電話を取らなかった父を許せずにいた。悟の病状悪化の知らせを受け、沖縄県伊江島に帰郷するが、父との関係は修復しない。7年ぶりの故郷で、両親との時間を思い出す美花。ある日、母の日記を見つける。
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(東京グラフィックデザイナーズ)
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