都会と自然が隣接する松山市のよさを生かし、社会人2年目で週末移住用古民家の改修を始めた人がいる。彼の移住は異例ずくめ。家と土地はタダ同然、大工のスキルも工具もなかったのに改修は進む。その秘密とは?
掲載:2025年2月号
愛媛県松山市 まつやまし
愛媛県の県庁所在地で人口49万8614人(令和6年11月推計)。市街地は四国有数の都会だが、瀬戸内海国立公園にある忽那諸島(有人島9を含む約30の島々)も有する。忽那(くつな)諸島最大の中島(なかじま)は人口2698人。中島へは、三津浜港または高浜港から高速船やフェリーで26~80分。写真は中島の神浦(こうのうら)地区。ミカンの栽培が盛んだ。
安過ぎるうえに、思いもよらぬ助けが
矢野諭稔(やの・さとし)さん(28歳)
愛知県出身。2022年に就職で松山市にIターン移住し、翌年に同市忽那諸島の中島の古民家(築約100年)と土地を2円で購入、自分で改修を開始。現在、クラファンスタートを目指し準備中。詳細は矢野さんのInstagram /@yano_includeやクラファンサイト「For Good」で告知予定だ。写真/屋根を目指す矢野諭稔さんを、NPO法人「農音」スタッフなど移住の先輩らが見守る。
忽那諸島の移住支援NPO「農音」https://noon-nakajima.com
忽那諸島の空き家バンク「離島の空き家」YouTube https://www.youtube.com/@ritounoakiya
ミカン畑の山を背後に構える神浦地区。この集落の海岸にあるのが矢野さんの家だ。前の家主が農業倉庫にするつもりで放置していたので、購入時には残置家財なし、住めないが傷み過ぎてもいない状態だった。松山市街で暮らし、週末は島に通って家の改修に挑戦するのが、矢野さんのこの一年だった。
「田舎にもう一つ拠点がほしかった。農山漁村の人とかかわることで、普段の町の仕事とは関係ない分野やスキルを学べるはず、というのが出発点でした」
高知大学農学部で学んでいた矢野さん。研究調査で四国の農家を訪れるうちに、田舎暮らしのよさに気づいた。なかでも都市と自然のバランスのよさでひかれたのが愛媛県。矢野さんは、島根県での大学院生活を経て松山市で就職し、週末移住先を探して中島に出合う。
「ここは地域を盛り上げる人たちがいて、いいなぁと」
そして、土地1円、家屋1円の物件を購入するのだが、幸運はさらに続いた。
「自分で改修をするつもりでしたが、大工作業経験も建築知識もなかった」
だが、彼に救世主が現れる。しかも複数!
「元家主が建材の仕入れ業者を手配してくれたり、工具一式を貸してくれました。床材はこの島の移住者からの無料提供です。作業の助言や手伝いは何度もあり、感謝しかないです」
これが2円(正確には家屋1円土地1円)の家だ。ミカンの保管倉庫と築約100年の母屋を、コンクリートで増築した台所・風呂・トイレ棟がコの字形につないでいる。
改修次第だが、母屋は約28畳のスペースを確保できる広さだ。屋根の葺き替え作業にかかりっきりで、内装のリフォームはこれから。
屋根は雨漏り箇所があったため、古い瓦を全部下ろして大改修。セメント瓦に葺き替える計画だが、古い瓦の下地のままではダメなことが判明し、地道な手直しが続く。
矢野さんが工具を購入したのは改修作業を開始してから約半年後。メジャーなどの100均商品数点のみだ。それ以外はコンプレッサーや電動工具まで先輩移住者が貸してくれた。
これは、中島を含む忽那諸島で移住支援をするNPO「農音」が、空き家紹介などで活発に活動しているからだろう。農音が把握するだけでも中島の移住者はこの12年でのべ100人を超えた。先人たちは、若い移住者を放ってはおけないのだ。
「昔からの島の人も優しくて、家の改修作業中の電気まで使わせてくれる方もいます」
こんなに人の情けがあるとは予想外だったらしい。
「普通の額の即入居できる家を買っていたら、人とのこんなつながりはなかったかも」
矢野さんが抱くこの2円の家の将来像はまだ曖昧だが、「人の交流」がポイントのようだ。
「この島にはアーティストが多いので、いろんな作家が参加できるギャラリーもいいですね。港に近いから、旅行客が気楽に立ち寄れる場にもしたいな」
家の改修を始めて約1年。試行錯誤で作業が滞ったり、うっかり近隣に迷惑をかけて気持ちがへこんだりと、決して順風ではないが、2025年の8月を目標に家を整えたいと矢野さんは気持ちを強くしている。
「8月にこの神浦地区で4年に一度の花火が上がります。それを、我が家の屋根の上から、助けてくれた人たちと一緒に眺めたいんです」
台所などの水回りはコンクリートによる増築部分。上る階段はないのに、物干し場に使っていたらしい屋上スペースが。ここを展望テラスにして神浦地区の花火を眺めるのが夢。
動力船普及以前の瀬戸内の島々には船大工がいて、その技により島の古民家の造りはいいという。矢野さん宅の天井の梁も立派。屋根裏部屋があり、面白いことができそう。
倉庫の軒の屋根を、改修作業を見に来た人が踏み抜いた。大事には至らなかったが、作業中のケガ防止も考えなければと、矢野さんは肝に銘じている。
土壁の解体時には友人が広島と大阪から車で駆けつけた。「土と藁と竹だけでこんなに頑丈な壁がつくれるなんて、昔の人はすごい!と2人とも驚いていました」。写真提供/矢野さん
格安空き家DIYのアドバイス
格安物件でも思わぬ出費が
空き家の購入で要チェックなのが不動産登記。きちんと相続登記されていないと、物件が格安でも登記費用が高額になることも。残置家財の処分方法も確認が必要。私はインスタグラムなどで家の改修作業を公開していて、それを見て手伝いに来てくれる人がいます。彼らがケガをしないよう危機管理が必要だと思いました。
「島の人たちに助けられています!」
松山市の移住の問い合わせ
移住希望者の視察を応援!
松山市へ移住を考えている県外在住者を対象に、視察する際の宿泊費や交通費、レンタカー代の一部を補助している。視察に来た際には先輩移住者に相談できたり、移住者交流会に参加することで、松山の暮らしやすさや移住のメリットを体感することができる。
問い合わせ/まつやま移住相談窓口(まちづくり推進課内) ☎︎089-948-6095
移住特設ウェブサイト「いい、暮らし。まつやま」https://matsuyama-kurashi.com
Instagram/@iikurashi_matsuyama
中島など忽那諸島への連絡船が発着する三津浜。風情ある「三津の渡し」が観光客に人気。
先輩移住者との交流の様子。
「松山は都会と田舎のよさがあり、暮らしやすいです!」(まちづくり推進課 西澤茉里江さん)
文・写真/大村嘉正
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