「好きな景色のなかで、大切な人と生きていこう」──。そう決意し、会社員から洋梨農家へと転身した寺岡祐さん。洋梨をつくって売るだけでなく、人びとが畑に集い、語らい、農の手触りに触れることで、果物の奥にある物語を感じてほしいと願っている。
掲載:2025年10月号

山形県のほぼ中央部に位置する人口約5万9900人のまち。将棋駒とラ・フランスの生産量が日本一で、天童温泉など観光資源にも恵まれている。東京から飛行機で約70分、新幹線では約2時間40分とアクセス良好で、首都圏から日帰りも可能。写真は春の風物詩「天童桜まつり」で開催される人間将棋。
あえて洋梨のみに絞りブラッシュアップ
合同会社Enrin 寺岡 祐さん
天童市出身、34歳。山形県酒田市出身の妻(37歳)と長男(3歳)、長女(1歳)と暮らす。趣味は映画鑑賞。「果樹は木を育てるところから始まるので、すぐに収穫できるものではありません。だからこそ、この果樹園の風景を、次の世代にきちんと手渡したいと思っています」と、寺岡さん。
https://enrin.net Instagram/@yo_nashiya
ラ・フランスの名産地として知られる天童市。ここで2020年に洋梨農家を始めたのが、当時29歳の寺岡祐さんだった。
「生まれも育ちも天童です。祖父母が農業をしていて、果樹を一通りやっていたそうですが、僕が高校生のころにはもう辞めていて、畑はありませんでした」
名古屋の大学に進学し、大阪の医療機器メーカーに就職。その後、札幌に転勤となった。
「学生時代は、NPO法人を通じて国内で農業の手伝いをしたり、東南アジアで井戸を掘るなどボランティア活動をしていました。いずれは、なんらかの形でそのNPOに協力できたら、という気持ちがあったんです」
しかし実際に働き始めると、そうした活動に時間を割くのは難しかった。
就職して3年半ほどして、保険会社の営業職にスカウトされた。外資系で、報酬は完全歩合制。会社員でありながら、個人事業主のような働き方だ。
ちょうど「実家に戻って農業をやりながら、ボランティア団体とのつながりをつくりたい」と考えていた時期でもあり、独り立ちできるスキルを身につけたいという思いで転職。2年間、営業の経験を積んだ。
「僕は迷ったとき、『どこで、誰と、どうやって生きていきたいのか?』と自分に問いかけます。このときもそうして、出てきた答えは『大好きな風景がある山形に住み、友人たちにすぐに会える生活』。それが、農業に行きついた理由です」
寒河江市(さがえし)にある園芸農業研究所で1年間の研修を受け、独立。祖父母の畑はほとんど残っていなかったが、人に貸していた20アールの果樹園を受け継ぎ、そこから洋梨専門の農家としてスタートを切った。
洋梨に絞ったのは、産地としてすでに確立されていてPRしやすいし、ブラッシュアップしてブランディングの可能性も広げられると考えたからだ。
昭和50年代に、天童市の行政・農協・生産者が連携してラ・フランスの栽培面積を拡大。現在は日本一の果樹産地となった。
華やかで濃厚な香りと、とろけるような舌触りが人気のラ・フランス。ほかにも、オーロラやマルゲリット・マリーラなどの品種を生産している。
寺岡さんが生み出す特産品【天童市はラ・フランスの生産量が日本一!】
夏と冬、昼と夜の寒暖差が大きい盆地特有の気候を持つ天童市。この環境が、ラ・フランスに芳醇な香りととろけるような食感を与えている。加えて、収穫後に適温下でていねいに行われる追熟工程が、その味わいにさらなる深みを加えている。
現在は、苗木を育てている場所も含め、合わせて2ヘクタールの畑で7種類の洋梨を育てている。収穫物の約8割が生活協同組合への出荷、残りの2割がECサイトでの販売だ。さらにジュースやジャムなどの加工品も委託で生産しており、昨年はアイスの製造にも取り組んだ。
「今年はジェラート屋さんとコラボして、生のラ・フランスを使ったイタリアンジェラートをつくる予定です。ほかの食材と組み合わせることで、プレミアム感を出したいと思っています」
昨年からは、法人向けに洋梨の木のオーナー制度も始めた。収穫体験付きで、実際に畑に足を運んでもらえる仕組みだ。好評を受けて、今年は個人向けにも展開を予定している。
「僕は、たくさんの人に畑に来てもらいたいと思っています。そして、洋梨ってこういうふうにできるんだと、その背景にある物語に触れてもらうことで、農業にもっと興味を持ってもらえたらうれしいですね」
洋梨は年に一度しか収穫できない。「就農5年目の僕は、まだ5回しか経験していません。だから周りの農家さんに教わることも多いです」。
「ラ・フランスがどのように育てられているのかを知ってほしい」と話す寺岡さん。収穫体験などを通して畑に来てもらう機会をつくっている。
贈答用としても家庭用としても人気の一品。収穫間近になると合同会社Enrinのサイトから購入可能。
洋梨の旬は10月から12月。それ以外の季節にも楽しんでもらおうと、品種別の洋梨ジュースやアイスなどの加工品もある。
特産品を生み出すためのアドバイス
「まずは農業ボランティアや研修などに参加して、実際の現場を経験してみてください。また、最近の農業は、ブランディングや販路開拓など、自分の采配で判断し動くことが多くなっています。だからこそ、人とのつながりはとても大切。出会いや学びを大切にしてください」(寺岡さん)
天童市の魅力はここ!
- コンパクトで、車で約20分でまちのどこへでも行ける
 - 新幹線駅があるので、東京へのアクセスが良好。山形空港へも車で約10分ほど
 - 東北にしては積雪量が少なめ
 - 天童温泉があり、入浴料が安い
 - 春夏秋冬がはっきりとしている
 - 自然と利便性のバランスがとれている
 
【天童市 移住支援情報】
お試し移住を体験する人には交通費&宿泊費を補助!
天童市では「お試し移住滞在費補助金」として、市内での住居&仕事探し、生活体験などを行う人に宿泊費・交通費を補助(宿泊費1人1泊当たり最大5000円、交通費1人当たり最大1万円。交通費は小学生以下の同行者がいる場合のみ補助)。ほかにも、移住者やUターン者をはじめ、新婚世帯や子育て世帯への補助金や、住まいの新築&リフォームへの補助など多彩なサポートを用意している。
問い合わせ/てんどう移住の窓口(市長公室) ☎023-654-1111
https://www.city.tendo.yamagata.jp/iju/
「将棋のまち天童」を発信するため、JR天童駅では巨大な駒のモニュメントが訪れた人を出迎える。
山形県の移住・交流フェアに参加するなど、市の魅力をイベントやHPで発信中!
「自然と利便性のバランスがよいまちで、山形県内各地や仙台、東京へのアクセスも良好です!」
(地域おこし協力隊 門脇洋介さん)
文/はっさく堂 写真提供/寺岡 祐さん、天童市
この記事の画像一覧
この記事のタグ
田舎暮らしの記事をシェアする































