四季ではなく二季で生きるという考え方
自然と寄り添う暮らしのリズム
1年を四季に分けて風物を語る営みは平安時代の貴族が始めたということを最近学んだ。すなわち四季の歴史はおよそ1000年。ではそれ以前はどうだったのか。二季しかなかった。農耕を行う「野の時期(春夏)、薪集めや狩猟をして暮らす「山の時期(秋冬)」。なるほど、そういわれると、我が百姓暮しにピッタリ重なる、自分も二季で生きているという気がする。僕は狩猟はしないが、冬になるとあちこち散乱している伐採木や枯草を、畑の肥料作りを兼ね、朝の暖房として焚火をするのだ。
寒さと向き合う日々の営み
最も寒さが募ると畑の土も凍る。朝日を受けて長く日に当たる場所は問題ないが、日照の足りない所は鍬を跳ね返すくらい畑の表面は凍っている。都会では、これから1か月余り、イルミネーションが灯り、ジングルベルの音楽が流れ、新年に向けて人の心も風景も華やぐ時だろう。
残念ながら、田舎暮らしの百姓にはそうした華やぎがない。凍り付いた土の上でなんとか耐えている野菜たちにただ思いを寄せ、互いに春を待つ。今日11月9日、ポットまきのソラマメを植えた。師走から1月にかけて、いちばん寒さを感ずるのは、朝の見回りで目にするそのソラマメの姿だ。
丈はまだ15センチ足らず。霜で真っ白になった葉がうなだれている。日が高くなると霜解けの水分を貯めた葉が広がり一息つく。翌朝は再びうなだれる。それを数十日繰り返し、3月、一気に成長過程に突き進む。地上部分のみならず、根を伸ばす土だって冷たい。言葉あるならば聞いてみたい。ソラマメたちよ、毎日どんな気持ちで時を過ごしているのか、辛くはないのか、おまえたちは・・・。
ネギもワインも温暖化の影響を受けている
身近な畑から見える世界の変化
今日はネギの世話にちょっとばかり時間を費やした。ニワトリたちが気分よさそうに元気に走り回るのは見ていて楽しいけれど、困ることもある。そのひとつがネギ。踏みつけて、せっかくの青い葉を折ってしまう。今日はその防止、通り抜けできないようにパイプを刺すことにした。
ネギといえば、九条ネギの本場、京都で、その栽培が難しくなっているというニュースがあった。僕も赤ネギ、下仁田ネギとともに九条ネギも作っているが、京都では10年くらい前から高温障害に悩まされているらしい。日没後の気温が30度を下回らない日が続くと成長が鈍り、収穫量が減る。たしかにそうだ。今はようやく勢いをつけているが、うちの畑のネギたちも9月末まではグッタリして成長しなかった。その九条ネギが今では岩手県で栽培され、近く北海道でも栽培する計画があるらしい。
世界のワイン産地でも起きている気候変動
目を転じてフランスやイタリアのワイン。気候変動でブドウ栽培が難しくなっている。熱波で、実がなったまま茹でられてしまう・・・というからヨーロッパの暑さもすさまじい。僕の記憶では、日本が35度くらいで熱いと騒いでいたころ、パリは42度だとテレビで伝えられていた。北極、南極の氷塊がどんどん溶けて海面が上昇しているというニュースもあった。さあ、みんな、どうする・・・。
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この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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