住みたい田舎ベストランキング
時間感覚と田舎暮らし
もう1月も終わりである。時のたつのは早いなあ・・・老齢になるとそう感じるのだと世間では言われる。心理学者・一川誠という方が、「友人との楽しい時間はあっという間なのに、退屈な会議はなかなか終わらないと思う・・・」こう述べてから、『身体の代謝』を語る。代謝が激しいと時間がゆっくり進むように感じ、反対に代謝が落ちると時間が速く進むような感覚になるのだそうだ。
代謝の激しい我が日常ゆえ、もう1月かあ、時のたつのは早いな、との言葉はちょっと矛盾する気もするが、そうでもない。田舎暮らしには、とりわけ今年のように強風が何度も吹き、久しく経験してない寒波が連続して、この下の写真のようにその対応作業は連日てんやわんやで日が暮れる。気が付けば、ああ、もう1月も終わりなのか、いろいろあったが・・・そんな感じになるのである。
我がふるさとは瀬戸内海の島。暮らしたのは14年間だけ。東京9年、茨城6年、千葉は50年。もはやそこをふるさとと呼んでいいのかどうか・・・それでも、時々なつかしくなるのでホームページをのぞいてみる。そこでビックリした。なんと、田舎暮らしの本の記事が引用されているのに「偶然」遭遇したのだ。
阿武町が上位に入る理由
同じ山口県でも山陰側。人口1万人未満の阿武町。そこが、「住みたい田舎ベストランキング」で、シニア世代1位、子育て世代2位、総合でも2位にランキングされている。それを語りながら、ふるさと祝島のホームページ作者は嘆く。
悲しいね、祝島は最下位なんだよなあ・・・
と。
ホームページ作者はその理由を、原発廃棄物処理場の建設が予定されているからであろうと推測していた。対して阿武町は、学校給食費と高校生までの医療費が無料、出産祝い金が100万円支給されるという。なるほど、これじゃ勝負にはならない。
ふるさと祝島が属する上関町はいくつもの島から成り立ち、その人口総数は現在2000人台。70年前は祝島だけでも人口3600人だったのに・・・。
ふと抗癌剤のことを僕は想う。これには副作用がある、しかしこれを投与しないと余命は危うくなる・・・医師の言葉にどう対応するか。抗癌剤の副作用に苦しみながらも生き延びることに望みを抱くか。いや、けっこう。これ以上苦しむのであれば、わたしは何もせず、静かに家で死の時を迎えたい・・・そう考えるか。例えとしてはあまり良くないかもしれないが、ふるさと祝島はそんな状況にあるような気がする。
故郷の集落にひとり
冷たく乾いた風は日中でも肌を刺す。雨が降らない、気温が低い。風が強い。野菜にとってこれは三重苦。テレビで東京立川の大根農家の苦境が伝えられていた。畑の水分が少なく、気温が低いと大根はどうなるか。ほとんど凍死、腐敗してしまう。農園主は4割はダメになっていると嘆いていた。
大根と同じく、人間にも今の気象条件はキビシイ。両手の指のキレギレは仕事に差し支えるが、夜、布団に入って間もなく、背中がやたら痒くなる。背中にはなかなか手が届かない・・・そんな肌の乾燥に対し、僕は熱い風呂でじっくり体を暖めた後、全身にクリームを塗りたくる。その消費量はかなりで、ストックしてある安物クリームがたちまちにして底をつく。
消滅集落で生きるという選択
先に、ふるさと祝島は遠からず消滅するかもしれないといった話を書いたが、すでに消滅したと言ってもよい集落にたったひとりで暮らす人がいる。高知市内から車で2時間。平家の残党が生き延びたと伝えられる椿山。そこで中内健一さん(66)は愛犬と暮らす。
かつて48世帯245人だった集落に今は中内さん以外に人はいない。集落の歴史を終わらせないためにと、60歳で会社を早期退職し、家族と離れ、ひとり定住生活を始めたのだそうだ。
実家の蔵に入ると大量の俵が積まれていた。かつて凶作に度々見舞われたことから、母は誰も飢えないようにと、曲がった腰をさすりながら収穫したヒエを俵に詰め、蓄えていた。
きらびやかな都会の暮らしからはるかに遠い、ともかく食うことに懸命、土に根差して生きる、そんな人間の姿がここにある。
この記事のタグ
この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
田舎暮らしの記事をシェアする
















