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田舎暮らしの本 1月号

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田舎暮らしの本 1月号

12月3日(火)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

田舎暮らしは「秘密の部屋」/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(62)【千葉県八街市】

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田舎暮らしの喜びとは何か。緑あふれる風景、育てた野菜の収穫、地域の人との交流。もちろんこれらも大変な喜びだが、独りの時間を楽しめること、他人とは違う自分だけの「秘密の部屋」に閉じこもることができる環境や時間こそが、田舎暮らしの真の喜びだと思う。

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明るい挨拶&謙虚な心が、独りを楽しむ時間につながる。

 師走である。アカギレに苦しめられる季節である。さて今回は移住・田舎暮らし、その明と暗について考えてみたい。キッカケは、ふだん読ませてもらっているブログネーム「KAZEの股三郎」さん(プライバシー尊重のため仮名)が貼り付けていた他からの記事、それに少しばかり驚いたためである。貼り付けられていたのは文春オンライン「地方移住を5日でやめて東京に戻った理由」。早大卒の元AV女優25歳。今は文筆家として新しい生活を始めた彼女はパソコンさえあればどこでも出来る仕事、東京にこだわる必要はないんじゃないか、そう考え、付き合っている男性と東京から1時間半という地方に移住した。二階建て、かなりリフォームを必要とする古い物件を賃貸で。

 なぜたった5日で移住を断念したのか。インタビュアーの質問が鋭さを欠いているせいか、記事から読み取れることは少ない。ゴミ出しが当番制になっていること、近所のおじいちゃんが急に訪ねて来て、気づいたら庭にいた。さらに近所に引っ越しの挨拶に行って、彼のことは尋ねるが自分のことには関心がない・・・。なんだ、そんなことで断念? 二度の田舎暮らし、通算46年の僕は、5日とはずいぶん性急だなと思うのだが、周囲の人々や環境になじめず、孤独感を強めたこと、それが主たる理由であるらしいことは次の言葉から伝わって来る。

東京にいた時と同じことをしても時間が余るんです。友達と会うとかジムに行くということがなくなったので、そのぶんどうしようかと思うのですが、何もやることがない。夜8時にはもう暗くなって周囲の人はみんな寝る。だからよけい孤独を感じる。東京はせわしくて、人が多くて眠らない街で、そこが生き辛さなのかなと思っていたのですが、むしろそんな東京に助けられていたというか、東京ではヒマとか孤独とかを感じにくくて・・・。

 うーん、ちょっと浅いかな、自己分析や社会を見る目の深みが足りないかな。どこかに行く必要がない、夜8時にはもう暗くなる・・・僕なら幸せの必須ファクターで大喜びだ。田舎暮らしを成功させるもの。第一は日々の挨拶。朝のランニングで出会った村人に僕は大きな声でおはようございます、いい天気ですねえ、今朝は寒いですねえ、そう言って頭を下げる。ドブさらい、ごみステーションの清掃、集会場の掃除、あらゆる労役は休まず遅刻せず出る(最初の田舎暮らしでは消防団員にもなった)。村人としての義務を果たしさえすれば、人によっては深い関わりを喜び礼賛もするが・・・僕は濃密なお付き合いを必要としない。

自分らしさとか個性というのは変なものであり、居場所というのは、自分が変なままでいられる場所だということです。東畑開人

 これに「折々のことば」の鷲田清一氏はこう解説する。

生き延びるためには「誰かとつながる」ことが不可欠だが、他人とは違う自分だけの「秘密の部屋がある」こともそれに劣らず大事だと、臨床心理士は言う。

 25歳の女性は「誰かとつながる」ことに期待しすぎたのだと思う。田舎暮らしとは「秘密の部屋」に閉じこもること、それが真の喜びなのだと、まだ若いせいか理解していないように思う。

 変わりやすい秋の空だが、晴天が4日続いて喜んでいる。今年最後となるポットの苗150本を定植する。10年使い続け、ガタガタになったビニールハウスを3日がかりで分解、建て直した。そこに植えるのだ。今朝は今シーズンの初霜だった。だが日の出時刻から快晴となるとハウスの気温はどんどん上がり、40度。そこでスコップ仕事をする。真夏と同じほどの汗が出る。間もなく連日が霜と結氷という寒さ。4センチほどの苗たちは耐えられるだろうか・・・。ハウスで大汗かきながら思い出したことがある。大阪の天王寺動物園で飼育員が動物用の野菜や果物を何度も盗んだというニュース。よほど暮らしに困っていたのか。動物は嗅覚が鋭く鮮度が悪いと口をつけない。病気を防ぐためにも上等なものを常に食べさせているという。40代の彼はそんな野菜や果物に魅了された?

 谷川俊太郎氏が亡くなった。朝日新聞での連載『どこからか言葉が』を僕はいつも楽しみに読んでいた。訃報が伝えられる5日前、連載最後の作品はこうだった。

目が覚める

庭の紅葉が見える

昨日を思い出す

まだ生きているんだ

今日は昨日のつづき

だけでいいと思う

 偉大なる詩人の言葉の心、そこからはずっと遠い。だが僕も、寝床で目を開けた瞬間、ひとり、そっと喜ぶ、感謝する。詩人は「神に?世界に? 宇宙に? 分からないが 感謝の念だけは残る」こう続けるのだが、僕も昨日の続きの今日が明るい光と共に訪れたことを喜び、感謝する。布団を跳ねのける。よし走りに行こう、朝食をすませたら仕事にとりかかろう、今日のノルマは8項目だ・・・生きる意欲にあふれている自分が嬉しい。

 移住・田舎暮らしの明と暗。話にはもう少し続きがある。文春オンラインの記事を自分のブログに貼り付けたKAZEの股三郎さんは、田舎に住んでいながら田舎が以前からキライである。キライでありながら住み続ける。それがどれほどシンドイことか同情する。彼が文春オンラインを引用したのは、ほらね、やっぱりね・・・の気持ちからであるらしく、ご自分の文章の冒頭には「田舎への移住はオススメしません、特に農村地域はやめたほうがいい・・・」そう書いている。僕もれっきとした農村地域に暮らしているが、ヒマを持て余したジイサマが用もないのにやって来るとか、田舎は人の陰口が娯楽という人が多いとか、彼が常々列挙する事例を経験したことがない。むしろ・・・顔見知りがうちの前を通りかかる。AさんもBさんも、車の窓から顔を出し、よおっと笑顔で話しかけてくる。天気やら仕事やらの話をちょっとだけして(僕の荷造りの邪魔をしないよう彼らは気遣ってくれている)、じゃあまたな・・・再びの笑顔を残して走り去る。これぞ我が田舎暮らし。あるのは心地よさだけだ。

 しかし存外、KAZEの股三郎さんの激しさに同調する声は少なくない。驚くけれど、例えば丹波篠山での例を挙げ、「空気は良いし自然もいっぱい。でも農家集落は協力どころか足の引っ張り合いでドロドロ。プライベートは無いと思え・・・」こう言う人もいるのだ。あくまで僕の推測だが、田舎暮らしで壁にぶつかり苦労する人というのは頭(ず)が高いのではないか。明るい声と笑顔で挨拶していないのではあるまいか。田舎暮らしを成就させる大事なポイント。よく持ち出されるのは、例えば、「東京で立派な仕事をしていた」とか「有名大学を出ている」とか、前歴を自慢しないこととされる。そうだと思う。頭を低くし、笑顔で、必ず挨拶する。それをなすならば、アイツ、前歴の自慢して、愛想のない男・・・などという嫌疑は生じず、もう“立派な村人”である。KAZEの股三郎さんは、自身の来歴のみならず、何代も前のご先祖、何百年も前の血筋、そういったことまで披露する。この自尊心はイヤでも村人には伝わるであろう。『介護格差』(岩波書店)にこんな言葉がある。「挨拶もしない。横柄な態度をとる人は介護者から敬遠される・・・」。“ありがとう”はどんな場所でも、いつの時代でも大事。僕はクロネコ便の受付女性、夕刊配達の老人、廃品回収の馴染みのおじさん、誰にでも必ずありがとう、ごくろうさまと言う。

 誰もが未来に夢を抱いて生きている・・・。我が流儀。それは、遠くない、近い未来に、小さな夢を、ちょっと多めに、抱きつつ、生きることである。この上の写真、手前左は先月買ったバナナ、4500円である。僕は朝食に必ずバナナを食べる。その朝食で突如ひらめいたのだ。屋上庭園で、目の前からバナナをもぎ取って食べる・・・(うまく出来るかどうかわからんが)夢のある話ではないかと。すでに果物の木は手が回らないほどある。なのに今年、丸ごと齧れる甘いレモン、種なしで果汁タップリの蜜柑、オレンジ、極甘のイチジク、そしてこのバナナの苗木を買った。それぞれが成木として実をつけるまでに最低2年かかる。その2年が、淡く、甘く、ときめく夢の待ち時間、小さな未来なのである。バナナが耐えられる最低温度は5度。夕刻には忘れず薄い毛布を掛けてやっている。田舎に住みながら田舎の悪口を言う、世間に向かって何かを常に愚痴っている・・・なんと悲しく不幸なことか。僕は多くを望まない。ささやかな夢だけ目の前にぶら下げ、生きる。明日も村人と顔を合わせたら明るく朝の挨拶をするだろう。それさえすませたら、あとは“秘密の部屋”に籠って独りを楽しむ。健康、平和、穏やかな田舎暮らし。それを約束するのは平板、単純なもの、全て挨拶と謙虚から始まる。

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  • 毎朝の屋上庭園での朝食。その味をすっかり覚えたニワトリがいる。僕からパンがもらえるだけでなく、他のニワトリが知らない秘密の場所を自分はこしらえた・・・あるらしい。
  • 強風被害を何年も応急処置でしのいできたこのハウス。いざ分解しようとなると行き当たりバッタリで付け足したパイプが僕を苦しめる。
  • ハウスの温度40度。スコップ仕事を1時間半やると1リットルほどの汗が出る。痩せたい人はどうぞ、作業着持参でうちに来てください。
  • この朝は霧だった。霧に包まれて西に向かい走っていたら、背後から朝陽が追いかけてきた。美しい瞬間だった。
  • 秘密の部屋で、胸に小さな夢を抱く。自家製バナナを朝食に添えたい・・・70年前、炭鉱で働いている叔父が盆休みで帰る時の土産はバナナと牛肉だった。どちら・・・ものだった。

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この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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