貧しい けれど ほんわか 豊かな暮らし
それをアナタにも。
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経済的苦境を乗り越えて
梅干しご飯と夢
月収4万円、「梅干しご飯をひたすら食べていた」……。そんなエピソードから始めよう。
ノンフィクション作品『対馬の海に沈む』を著した窪田新之助氏。ご本人の写真入りで紹介された新聞の記事。引き寄せられたのは、我がもうひとつの故郷「対馬」その2文字であった。魚の仲買人だった父は日向、唐津、対馬と九州を点々とした。僕が13歳の時に母が亡くなり、再婚した父は対馬で新しい家庭を営んだ。
日本農業新聞の記者だった窪田氏は2012年フリーに転身。月収は4万円まで落ち込み、「梅干しご飯をひたすら食べていた」とノンフィクション作家となった今、昔を振り返るのである。月収4万円となれば、仮に家賃1万5千円のボロアパートとしても1日千円足らずで暮らさねばならない。苦しい日々だったろう。それでもやりたい仕事に向かって突き進んだ。敬意とともに、我ら学ぶべきことは多いかと思う。
昨夏、赤と黄色の花を続々と咲かせた睡蓮。今は凍結した池でじっとしている。寒いだろう。きっと春を待ち望んでいることだろう。
豊かなのか、貧しいのか
僕自身の経済的苦境は脱サラ後の数年だった。農産物はまだ十分でなく、買い手もすぐに見つからない。ランチ時には仕出し弁当屋の配達、畑仕事を終えた夜は地域の中学生相手の英語塾。自分でもよくやったと感心しつつ30数年前を思い出す。自営業ゆえ、厚生年金から国民年金に移る。その掛け金が払えないこともあった。子どもふたりは高校大学に進む時期でまとまった金も必要だった。
そして現在、我が収入は年金と畑がほぼ半々、月額24万円ほど。窪田氏の4万円から見ると“高給取り”だ。ただし、最近テレビが日本の労働者の月額平均は30万5千円、ユニクロの初任給は30万円になったと伝えていた。それにはだいぶ劣るな。しかも、週休ゼロで月の労働270時間。時給にしたら幾らか。
新卒ユニクロ社員にも負け。だが、貧窮という感覚はなし。
なぜか。
家賃がいらない。太陽光発電をやっているので月の電気代は千円以内。医者にかかることなく医療費ゼロ。着る物はあちこちからお古が送られてくるゆえ、衣料費もゼロ。食べ物も市価で月額5万円ほどは自給しているだろう。
まだある。
築40年超のボロ家のメンテナンスは全部自分でやる。昔は人並みにやっていた外食・旅行もなし。田舎暮らしの良さ、それは、食欲やエンタテイメントを外に求める必要がないことか。
中を立って歩けるのがハウス、そうでないのがトンネルだということをアナタはご存じか。このトンネルにはチンゲンサイとカブがまいてある。
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この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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