コミカルなおトボケ演技から盲目的な恋に身をやつすキャリア女性まで、つくり手から求められるどんな役柄も的確に自然に自分のものにして、その魅力をぐっと底上げする俳優の麻生久美子さん。横浜聡子監督による映画『海辺へ行く道』に出演し、お団子ヘアもカワイイ、心の自由な女性を演じています。映画のこと、田舎暮らしへの思い、子離れのこと。麻生さんに聞きました。
掲載:2025年10月号
あそう・くみこ●1978年生まれ、千葉県出身。1998年に今村昌平監督の映画『カンゾー先生』のヒロインで注目を集める。主な出演作は『時効警察』シリーズ、『オリバーな犬、(Gosh‼)このヤロウ』『おむすび』『魔物』などのテレビドラマ、『回路』『夕凪の街 桜の国』『ハーフェズ ペルシャの詩』『モテキ』『ラストマイル』などの映画。待機中の映画に『THE オリバーな犬、(Gosh‼)このヤロウ MOVIE』(9月26日公開)がある。
横浜監督の作品なら「やります!」
「監督としてはもちろん、人として横浜聡子さんがとても好きで。憧れがあるんです。すっごくすてきな方なんですよ。だからもう台本も読まずに、『やります!』と(笑)。うれしかったです」
そう振り返るのは、映画『海辺へ行く道』に出演した麻生久美子さん。横浜監督とは、『ウルトラミラクルラブストーリー』『俳優 亀岡拓次』と、いずれもヒロインを務めた縁がある。
「監督として、私の新しい一面を引き出してくださる。3本目ですが、毎回そう思うんです。いつもワクワクするし、監督が大好きで。だからどんな台本でもどんな役でも、やります!なんです(笑)」
映画の舞台は、アーティストの移住を積極的に支援するどこかの海辺の町。そんな施策に後押しされ、アーティスト風(?)の大人たちがやってくる。美術部員の奏介は14歳。どこか胡散臭い大人には目もくれず、仲間と巨大な絵を描いたり、ヘンテコなオブジェをつくったり、一瞬の夏を満喫中。
麻生さんが演じるのは、そんな奏介と保護者のように暮らす寿美子さんだった。
「どこかヘンな怪しい大人ばかりが出てきますが、寿美子さんは違うんですよね。寿美子さんと奏介は親子ではないというのはハッキリしていて、気を使わない間柄ということでしたが、答えがあるわけではなくて。いつから一緒に暮らしているというのも聞いていたかどうか……。私も詳しくいろいろと聞くのではなく、頂いたヒントからつくっていくので(笑)」
友達? 友達の子ども? 関係性をどう設定するかで奏介への接し方は変わるだろうし、寿美子は大人のなかでもちょっと異質な立ち位置でもある。微妙な調整が必要な役だろうに、「いろいろ考えたと思うんですけど……うふふ」とか言ってトボける麻生さん。でも映画の中では、意図なくコミカルで無垢に楽しく、どこか浮世離れした寿美子さんとして物語の重要なひとマスを的確に埋めている。
「現場の空気に任せた? 多分そうです」とも。個性的でカラフルな衣装、好きなものがたくさん飾られたにぎやかな部屋。確かに衣装をつけて現場に立てば、寿美子さんという人が、確かな手応えを持って立ち上がるだろう。
「明るい色の柄物の服を私自身は全然着ません。でも周りにいるそうした服を着る人は、心が自由というか、解放されているイメージがあります。そういうところからもヒントを得て。もちろん台本からも、こういう感じ?と考えていきますが、現場で横浜さんに演出してもらうとまた変わっていくんです。この作品に限らずそうなのですが、横浜さんの作品では特に決め込まずにいきます」
横浜監督の映画に流れる絶妙な間合い、トボけているけど、ただのんきではないものが込められている気配。それはどんな演出から生まれるのだろう。
「私の想像力だけでは無理で……あはは。いや、ひとりで考えても限界がありますよね。それで横浜さんが演出してくださると、なるほどそういう気持ちでここにいるのか! それでこういうセリフを?と、役としての景色が一気に広がる。キャラクターの人間味が増して、すごく楽しいんです」
監督は、どんな魔法をかけるのだろう? 猛烈に気になる。
「気持ちの説明が多いのかな。寿美子が、テーブルに突っ伏して寝ていて、起きるシーンでは、『幽霊みたいに、消えそうな感じで、奏介さんにはもう二度と会えないかもしれない、そんな気持ちで演じてみてください』って、言葉のチョイスも横浜さんらしくて。私はそんなふうには台本を読めていなかったので、ハッとさせられるんですよね」
少しだけ、撮影現場の空気が見えた気になる。演出風景がもう、なんとなくおかしい。
「横浜さんってピュアな感じがするんです。子どものころのそうした気持ちをずっとキラキラさせ、そのまま年齢を重ねている。そんなふうに見えます。初めてお会いしたときからその印象は変わりません」
映画を観て、「横浜さんには、周りの大人があんなふうに見えているのかも」と麻生さん。
「映画はとっても面白かったです。ユーモアがちりばめられていて、ヘンな大人がいっぱい出てきて怪しい。でもそうした大人も悪い人として描かれていないのもまた好きです。流れる空気は気持ちがいいし。私の演じた寿美子さんが子どものようなところがあるからそう感じるのかもしれませんが、横浜さんの人柄が映し出されているようだと思ったんですよね」
人前で話すのが嫌な目立ちたがり屋!?
テーブルに置かれた本誌を目にし、「お父さんじゃない!」と声を上げた麻生さん。NHK連続テレビ小説『おむすび』で夫婦を演じた、北村有起哉さんの記事を見つけてうれしそう。すると次の瞬間には別冊付録を手に取り、「ワンちゃんカワイイ!」と食い入るように見る。写真撮影ではスタッフのひとりと同じ年と知らされ、「若っ」と驚いてみせる。いやいやいや、その驚きは麻生さんに対する我われの驚きですから! 年齢を重ね、俳優として確かな歩みを続けてきても、偉ぶる様子はなし。ただただその場を楽しむようなたたずまいは、周囲を自然に和ませる。そんな人柄は、生まれや育ちと関係あるのだろうか。
「生まれ育ったのはこの映画のような海が見える所ではないですけど、九十九里浜まで車で20〜30分。ほんっとうに、なんっにもない山の中です」
川でザリガニをとったりする、やんちゃな子だったそう。
「今思えば目立ちたがり屋でした。でも性格はそうではなく、人前で話すのは嫌で。ただ心の中では 〝目立ちたい〞と思っている。例えばクラスで劇をやるなら、主役をやりたいけど選ばれたりはしなくて。積極的に選んでもらおうともせず、そうした思いを秘めている。いわゆる引っ込み思案でもなくてなんだろう、鼻につくタイプかも(笑)」
いや、それ別に鼻につかないですよ! でもそういう人が俳優になるなんて不思議ですね、と続けると、「自分でも不思議です」と麻生さん。彼女のそのナチュラルなさまは、2人のお子さんのママである日常でも変わらない。俳優として多くの人が知る存在なのに、ごく普通に近所付き合いをしているというのに驚かされる。
「本当ですか? ただ両隣さんに恵まれているだけですけど。留守にするときに子どもをちょっと預かってもらったり、お隣のお子さんが家の鍵を忘れてしまったときに預かって 〝ウチにいるよ〜〞と連絡したり。田舎暮らしに向いている? そうかも。人と話すのが好きなんですよ。みんなで子どもを育てるような近所付き合いに憧れがあるんです。でもじつは人見知りだから機会があれば話したいけど、積極的に人脈を広げる、みたいなことはしないんです。なんか、恥ずかしくて(笑)」
海より、山派。空気がおいしい!
そんな麻生さん、50代になったら自然を近くに感じられる所に住みたいそう。
「住めるかな? 住みたいんですよ、気持ちとしては。やっぱり、空気が違うんですよね。千葉の実家に車で行くと、途中から窓を全開にします。すると、〝いい匂い、帰ってきた!〞と思うんです。実家に泊まった朝も、外の空気は酸素が濃いな〜。空気がおいしいってこういうことだな!って。そんな所で生活したら、空気を吸うだけで健康でいられそう。夜は真っ暗でシーンとしていて、星がキレイで。もう田舎って最高です」
海か山かで言えば、山派。
「でも海が嫌いなわけでもなくて、景色として見えるなら海のほうが好き。ただ、海より山の匂いのほうが好きだから、山がいい。たまにはそうした自然を自分の中に取り込みたくて、家族でキャンプに行くこともあります。山の中で、景色として海が見える、そんな所あるかな?」
じつは、具体的に住んでみたい場所もあるそう。
「屋久島のように密度の濃い、ぎゅっとした自然を感じさせるところが好きです。でも現実的に住むことを考えると、『おむすび』の舞台だった糸島はとってもよかったです! 海が近いしキレイだし。山という感じではありませんが、自然がとにかくいっぱいで。レンタカーを借りて海辺を走るとおしゃれなカフェがあったりして気持ちがいい。ハワイみたいなんです。それで野菜がおいしくて、ご飯がおいしい。しかも福岡から近くて、車で1時間もかからないんですよ。自然の中に暮らしても、ときどきは刺激も欲しいし、映画が観たいし、ショッピングだってしたい。そんなときに福岡に行けばとっても都会で、おしゃれなところもたくさんあります。完璧なんですよ」
そんなところに移住したらサイコーだな〜。麻生さんの話を聞いていると、なんだか楽しくなってくる。そもそも2人のお子さんの子育てと仕事と、手いっぱいの忙しさのはずなのに、いつでもその瞬間、肩の力を抜いて楽しむのが伝わる。そんな麻生さんだけれど、そろそろ子離れが視界に入る時期。
「そうなんです、寂しいですよね……。下の子は小学3年生で、男の子でまだカワイイですけど、上の女の子は中学生で、もう大人だなという感じが強くなってきました。すると、ずっと一緒にいるのもいいけど、一度はしっかり親元を離れたほうがいいなって。親がいない所で、自分の世界を生きてみてほしい。自分もそうでしたから。そういう経験をするのとしないのとでは大きく違うだろうと」
そうして子どもが自分の足で歩き始めるのと同時に、親は久しぶりに、自分自身の世界を取り戻すのだろう。
「私も、自分の好きなことをしたい。もしかしたら、俳優の仕事への向き合い方も変わるかもしれません。そのときになってみないとわからないですけどね」
『海辺へ行く道』
(配給:東京テアトル、ヨアケ)

●原作:三好銀「海辺へ行く道」シリーズ( ビームコミックス/KADOKAWA刊) ●監督・脚本:横浜聡子 ●出演:原田琥之佑、麻生久美子、高良健吾、唐田えりか、剛力彩芽、菅原小春、諏訪敦彦、村上淳、宮藤官九郎、坂井真紀 ほか ●ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほか全国公開中
アーティスト移住を進めるどこかの海辺の町。寿美子(麻生久美子)と暮らす奏介(原田琥之佑)は、仲間と絵を描いたり新聞部の手伝いをしたりして忙しい。ある日、包丁売りの高岡(高良健吾)とヨーコ(唐田えりか)が、不動産会社の理沙子(剛力彩芽)に連れられて古い一軒家を訪れる。夏の終わりには、海辺の家にケンと名乗る男(村上淳)が。理沙子の旧友メグ(菅原小春)も、アーティストの借金取り立てのために町に帰ってくる―。
©2025映画「海辺へ行く道」製作委員会
https://umibe-movie.jp/
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
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