日本三大名瀑「那智の滝」を有する熊野信仰の象徴的なまちへ、堀良子さんが移住を決めたのは49歳のとき。シングルマザーとして働きながら育ててきた子どもたちが自分の道を歩みはじめ、立ち止まって自分の人生を顧みたとき、新たに進むべき道が見えてきたそう。
掲載:2022年12月号
生き方の選択肢は都会だけじゃない
移住を考える最初のきっかけは、乗馬クラブの手伝いで北海道を訪れたとき。滞在先の人たちが、ブドウを栽培したり、シラカバの樹液を採って砂糖代わりに使ったりする姿を見て、衝撃を受けました。都会ではたとえ何千万円のマンションを買ってもそこからは何も生み出せないのに、その土地にはたくさんの恵みがあったのです。
それから10年余りが過ぎた2020年夏、しまなみ海道を旅しました。道中、豊かな自然に囲まれてのびのび生活する人たちを見て「やっぱりこういう暮らしがしたい」と実感。子どものころに山や川に入って遊んだ両親のふるさとでの記憶と、自分の今の生活がかけ離れていることにも気づきました。特に親として、自分の道を歩きはじめた子どもたちに、いろいろな生き方の選択肢があることを伝えたい気持ちが強くなりました。
移住を決意して情報を調べるなかで見つけたのが和歌山県の移住オンラインイベントです。参加すると、地域おこし協力隊を募集していた那智勝浦町とマッチングが成立しました。
面接を兼ねてまちを訪れ、活動拠点となる廃校を活用した「太田(おおた)の郷(さと)」にもご案内いただきました。木造校舎へ入った瞬間「ここで何かやってみたい」という思いがこみ上げてきたことを覚えています。10年ほど前に家族で訪れた「那智の滝」にも立ち寄ると、参道に以前と同じお店が同じたたずまいのまま残っていることに感動しました。お店のおばさんも気さくで、こういう元気な人があちこちにいるまちを一緒に盛り上げていけたら面白そうだと感じました。
広がりやつながりを生み、地域内外を盛り上げたい
21年5月の移住後、米どころの太田地域で地域おこし協力隊に着任しました。地域の交流場「太田の郷」の運営と活用を中心に、地域活性化のための活動をしています。特産品づくりの一環として、ピロール農法米(※)の米麹、JR銀河エクスプレスでの地産スイーツなどの開発をしながら、施設内のカフェメニューの充実も図っています。
今年6月には1カ月間の「太田の文化祭」を初企画。従来のシニア向け中心のプログラムに加え、京都から切り絵の先生を招いたり、熊野らしく瞑想やセラピープログラムも加えたり、利用者の年代もエリアも拡大してきました。今後は敷地内でキャンプや宿泊を楽しみながらの防災体験や、伝統技術の体験ができる施設にしていき、設備も関係人口もさらに充実させていこうと考えています。
活動を通じてこのまちで感じるのは、お米、梅、しょう油、備長炭などの特産品だけでなく、熊野に魅せられてやってくる移住者など、有形無形の資源が豊富なこと。これらをうまくつなげられたら可能性は無限大です。
協力隊任期後のことはまだ考えず、今は目の前のことを全力でやり、日々の暮らしを楽しむのみ。那智勝浦町には、バリエーション豊富な温泉を含めて多くの魅力があり、まるで宝箱。今も日々発見が尽きません。
住まいは一人暮らしですが、田舎の暮らしとは地域全体が大家族のようだと感じています。困りごとの相談や畑作業はもちろん、しめ縄づくりや炭づくり、木工細工など、暮らしと物づくりが隣り合わせ。田舎で季節感を目一杯感じながら、日々の楽しみ方もまた無限です。
※ピロール農法米……栄養をつくる微生物「ラン藻」を増やす「ピロール農法」という有機栽培農法で栽培された米のことで、ビタミンB₁₂などの栄養素を多く含む。
【和歌山県那智勝浦町(わかやまけんなちかつうらちょう)】
紀伊半島南東端の那智勝浦町は、人口約1万4000人。世界遺産の熊野古道、日本一の水揚げ量を誇る生まぐろ、源泉数が県内一の温泉地として知られる。紀勢本線特急で新大阪駅・名古屋駅から紀伊勝浦駅へ約4時間。
那智勝浦町移住支援情報
子育て支援が充実! 世界遺産と温泉と生まぐろのまち
山間部の色川(いろかわ)地区では人口の半数以上が移住者で、新規就農支援などの受け入れ体制が充実している。また、まちなかエリアにある空き家を改修し、世帯向け住宅に整備し入居者の募集も予定。東京圏からの移住者に対し、移住支援金(世帯100万円、単身60万円)がある。そのほか、移住者起業補助金(最大300万円)、空き店舗活用事業補助金(最大230万円)も用意。
問い合わせ:那智勝浦町観光企画課 ☎0735-29-2007
https://www.town.nachikatsuura.wakayama.jp/info/1281
文・写真/笹木博幸
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