実力を備えた華やかな歌舞伎俳優として、テレビドラマや現代劇でもどこか異彩を放つ役者として、年を追うごとに存在感を増す片岡愛之助さん。池波正太郎生誕100年となる記念の年に、映画『仕掛人・藤枝梅安㊀㊁』に出演します。悪を闇に葬る仕掛人、藤枝梅安を豊川悦司が演じる二部作。愛之助さんは、梅安と相棒のような関係性を築く彦次郎を演じています。
掲載:2023年3月号
誰も観たことのない新しい時代劇
「豊川さんは梅安のイメージにぴったり、撮影開始からもう原作を抜け出たようでした。私の演じた彦次郎は原作と違い、梅安より年下という設定で。〝明るくひょうきん、ではないトーンで〞と河毛(俊作)監督におっしゃっていただき、台本の印象そのままに自然体で務めさせていただきました」
と言うのは映画『仕掛人・藤枝梅安㊀㊁』に出演した片岡愛之助さん。主人公の藤枝梅安は貴賤の別なく治療を施す鍼医者と金で殺しを請け負う仕掛人との、2つの顔を持つ。緒形拳から渡辺謙まで、時代を担うスターが演じてきたダークヒーロー。愛之助さんは、そんな梅安と確かな絆を結ぶ彦次郎を演じた。
「江戸の香りというのかちょっと粋で、手先の小器用な匂いが画に映ればいい。楊枝づくりもていねいに教えていただきました。例えば野球なら、素振りを幾度となく繰り返し正しいフォームを身につけると思います。同じように楊枝づくりの正しい型を学びました」
彦次郎もまた仕掛人として暗躍する。楊枝職人である彼の武器は、毒を塗った吹き矢。
「爪楊枝で人を殺めることができるのか?という話になりそうですが(笑)、れっきとした武器で。相手との距離によって種類が異なり、遠距離用の吹き矢は、こんなにも飛ぶのか!と驚くほどに威力がある。畳にも突き刺さるほどでした」
梅安と彦次郎は「蔓(ツル)」と呼ばれる裏稼業の元締から依頼を受けて事をなす。第一作で梅安は料理屋の内儀、おみのの仕掛を依頼される。蔓である羽沢の嘉兵衛に柳葉敏郎、おみのに天海祐希。まさに重量級のオールスターキャストが、まずはナチュラルさを求められる現代劇とは違う、磨き上げられた芸のような演技を見せる。しかも時代劇らしいただの様式美に終わらない。どれもがツボを突いていて、その切れ味はめっぽう鋭い。
「河毛監督の求めるものがそうだったのかもしれません。〝観たことのない新しい時代劇を撮る!〞とおっしゃって。それで登場人物の個性の強さと、瞬間瞬間に放たれるパワーと。スタイリッシュで斬新な時代劇になりました」
例えば夜の帳が下りると、画面はぐっと暗くなる。電気のない時代、行燈の灯りが頼りの生活に身を置いた気になる。
「現場で撮ったばかりの映像を確認させていただいたときはとても暗い印象で。でも作品として映画館で改めて観ると、当時を再現したようにリアルで。凝った照明だからこそ、つくり込まれていない自然な描写に見せられるんです」
そんな暗闇の中、梅安と彦次郎が差し向かいでお酒を飲むシーンが何度も登場する。米から炊いたおかゆにがつがつと粗削りした鰹節をのせたもの、醤油を塗っただけの握り飯。シンプルでやたらうまそうなものを食べながら、「女は怖いねぇ」なんて話から存在の核を突くような身の上話まで。話は尽きない。
「豊川さんの持つ空気のおかげでしょうか。優しいオーラに包まれ、寡黙ですけど面白いことをおっしゃるのに癒やされて。それで無理なく、梅安と彦次郎の関係性が築けました。信頼と大きな意味での愛情、それを確かめ合うようでしびれましたね」
そうした思いは豊川も同じ。撮影で飲んだのは水だが、おじさん2人で酒を飲むってこんなに楽しかったっけ? テレビもインターネットもなく、目の前の人との会話が格別の娯楽だった時代に思いを馳せた。現実でのやりとりは、便利なスマホのアプリを駆使して。
「私は東京にいないことが多く、豊川さんもお忙しい。なかなかご飯に行ったりできませんけど、私が東京で撮影中に豊川さんからLINEが来て。大阪にあるバーのマスターと写った画像がスッと送られてきました(笑)。どこかプリティな方なんです」
けれど劇中の梅安には息をのむ。身の回りの世話をする、高畑淳子演じるおせきとの軽妙なやりとり、菅野美穂演じる女中おもんと情を交わすときの色気、闇に生きる人間の凄みと哀しみを漂わせ、豊川悦司の新たな代表作となったのは確か。その横に、愛之助さんがいる。江戸の人間としての説得力、つくり込んだ暗闇に浮かぶ彦次郎の表情。歌舞伎俳優としての研鑽が、洗練された時代劇の中で画面に華やかさを刻む。また大衆演劇出身の早乙女太一らによる殺陣も華麗だ。
「美しかったですね。歌舞伎の殺陣は型を重視し、相手に当てることはないんです。早乙女さんたちのばんばん斬っていく殺陣は観ていて、格好いい……って。彦次郎は吹き矢なので、派手な立ち廻りはしませんけど」
さらにそれぞれが抱えるドラマも壮絶で、時代劇の醍醐味を誰もが堪能することだろう。
「時代劇と聞くと古いと思うかもしれませんが、当時はこれが〝現代劇〞。それを演じる私たちはカツラを被りますが、それが普通のヘアスタイルだったのですから。歌舞伎もそうですが、時代劇に普段触れない方も一度観てみてください。一作目と二作目では毛色が全然違って。それもまた面白いですよ」
歌舞伎俳優の50歳は〝鼻たれ小僧〞
ロケは、冬の京都で。上方の歌舞伎俳優である愛之助さんにはなじみの場所でもあった。
「京都の南座には何度も出演させていただきますが、ホテルと劇場の往復ばかりで。でも今回の3カ月の撮影期間はまちをよく歩きました。いつもは何げなく通り過ぎる道も、〝こんな店が〞と新しい発見があって。歩くと違う景色が見えてくるんですよね」
京都以外も兵庫県豊岡市で「永楽館歌舞伎」、徳島県鳴門市で「システィーナ歌舞伎」と、日ごろから各地を飛び回る。
「巡業では居酒屋にお邪魔して、そこで地元の方と交流するのが楽しい。裏メニューでおいしいものがあったりしてね。コーヒーを飲むにもチェーン店でなく、歴史を感じる純喫茶とか。趣があっていい」
出石永楽館は、出石の城下町に立つ兵庫県指定重要有形文化財。近畿地方最古の芝居小屋で、収容人数は368人と歌舞伎の劇場としてはこぢんまりしたつくり。
「床が回転する盆回しもセリも電動ではなく人力です。地元の方に手伝っていただき、せいの!で持ち上げます。だからセリもスッと上がらず、よいしょよいしょという感じで。ぐらぐら揺れながらというのも味です」
客席は平座敷に座布団、手を伸ばせば舞台に届きそう。
「永楽館は刀を振り回したら客席に届きそうなほど近く、お客さまは集中して観てくださる。何をやっても届く感覚があります。それで意外なところで笑いが起きたり拍手喝采をいただいたり、大劇場とは反応が違って新鮮です。本物の水を使った演出の『鯉つかみ』では、水でびしゃびしゃになりながらお客さまはとても楽しんでくださった。歌舞伎というのはこうした芝居小屋で生まれたもの、まさに原点だなと」
そんな愛之助さんの歌舞伎俳優としての原点は、十三代目片岡仁左衛門の部屋子となった子役時代までさかのぼる。
「歌舞伎は初めて観たときから好きで、それ以外の職業は考えませんでした。サッカーが好きだからサッカー選手になる!って思うのと同じ。それがずっと続いている。好きなお仕事をさせていただけるってありがたいことだなと」
すると田舎暮らしに縁はなさそうですね?と聞くと、「いやいや興味ありますよ」と微笑む。
「私の生まれた堺も港のある、静かなところですから。いつかゆっくり暮らすのもいい。400年以上続く歌舞伎の歴史。その年表に自分の人生を入れたら、ただの点。そんな短い時間と思えば、何も思い悩むことはありません。のんびり好きなことをして、周りの人と仲よく暮らしていくのもいいって」
そう言うけれど歌舞伎だけではなく映像や現代劇の舞台でも求められ、50代を迎えた。
「歌舞伎俳優の50歳なんて鼻たれ小僧です。我々の修行に終わりはない、正解はないですから。きっと私も〝×歳で引退する〞なんて言ったりしても、ず〜っとやってるんでしょうね」
そう言って「50歳の鼻たれ小僧」は笑う。一般家庭に生まれながら歌舞伎の花形役者となり、着実に活躍の場を広げる自分に「どうしてこう運がいいのだろう?」と首を傾げながら。
「本当に、なんででしょう? 神社が好きでよくお参りはしますけど(笑)。あと実家の両親は早くに亡くなったこともあって、月3〜4回はお墓参りに行きます。やっぱり今があるのはご先祖様のおかげですから。何に対しても感謝の気持ちは大事ですよね。師匠である十三世仁左衛門は、誰に対しても〝ありがとう〞と感謝する方でした。感謝というのは、本当に大事なことだと思うんですよね」
『仕掛人・藤枝梅安㊀㊁』( 配給:イオンエンターテイメント)
●原作:池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」(講談社文庫刊) ●監督:河毛俊作 ●脚本:大森寿美男 ●音楽:川井憲次 ●出演:豊川悦司、片岡愛之助、菅野美穂、小野了、高畑淳子、小林薫/第一作ゲスト:早乙女太一、柳葉敏郎、天海祐希/第二作ゲスト:一ノ瀬颯、椎名桔平、佐藤浩市 ●2月3日(金)・4月7日(金)連続公開
●第一作:藤枝梅安(豊川悦司)は彦次郎(片岡愛之助)の家からの帰り道、浪人の石川友五郎(早乙女太一)が刺客を切り捨てる場面に遭遇する。その日、羽沢の嘉兵衛(柳葉敏郎)から仕掛の依頼が。標的は料理屋「万七」の内儀、おみの(天海祐希)。万七の女中であるおもん(菅野美穂)と深い仲になり、内情を聞き出す梅安。そうして初めておみのの顔を見て息をのむことに。それは梅安の暗い身の上を思い出させる対面だった……。
https://baian-movie.com/
©「仕掛人・藤枝梅安」時代劇パートナーズ42社
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
ヘア/山崎潤子 メイク/青木満寿子 スタイリスト/九(Yolken)
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