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田舎暮らしの本 1月号

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田舎暮らしの本 1月号

12月3日(火)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

役所広司さんインタビュー「陶芸は俳優の仕事と同じで、たま〜にうまくいく。偶然です(笑)」

どんな役でも確かな説得力と自然なたたずまいを、信じられないくらいの安定感を持って身にまとう。〝日本を代表する名優〞という枕詞が決して大げさに響かない、俳優の役所広司さん。最新主演映画『ファミリア』が公開されます。在日ブラジル人への偏見や差別、難民問題、テロと、社会問題の要素をちりばめながら、家族についての物語を描く人間ドラマ。陶器職人である父親を演じた役所さんに聞きました。

掲載:2023年2月号

やくしょ・こうじ●1956年生まれ、長崎県出身。『CURE』『うなぎ』『EUREKA ユリイカ』『赤い橋の下のぬるい水』『渇き。』など国際映画祭出品作に数多く出演。2012年、紫綬褒章を受章した。近年では『孤狼の血』『すばらしき世界』『峠 最後のサムライ』などに出演。今後は『銀河鉄道の父』が23年GW全国公開、Netflixシリーズ『THE DAYS』が23年配信予定。またヴィム・ヴェンダース監督によるプロジェクト「THE TOKYO TOILET Art Project」の映画にも出演予定。日本を代表する俳優として活躍している。

 

自然な芝居がしたい。それが大きなテーマ

「完成した映画を自分で観ると反省ばっかりなんですけど、監督はよくこれだけ盛りだくさんな脚本をまとめ上げたなと。家族というのが1つのテーマでしょうけれども、僕の役でいうと、あとに残る若者への思い、愛情を強く感じましたね」

 役所広司さんは最新主演映画『ファミリア』をそう振り返る。演じたのは陶器職人の神谷誠治。妻を亡くして山里に1人で暮らし、昔ながらの作陶を続ける。

 「陶芸の練習は楽しみだったです。旅先でちょっとやったくらいでしたが、陶芸をやる友達もいて楽しそうだと思っていたんです。やってみるとなかなか難しい。でも俳優の仕事と同じで、たま〜にうまくいく。偶然です(笑)。そういう瞬間を求め、あのときにできたからまたできるかも……と思い、うまくいくことが増えると面白くて。それで毒が回ったように夢中になりました。形をつくったあとに焼いてもらったんですけど、そこでまたどうなるかわからない面白さもあって」

 劇中の役所さんはまさにベテランの職人。土に含まれた空気を抜くための菊練りも、ロクロを回すのも手慣れている。立ったままロクロで成形するのも、経験を重ねないと難しいはず。

 「息子に指導するシーンですよね? 今回協力してくれた陶芸家の方にいつもそうやって教えていただいて。見よう見まねです」

 きっとかなりの訓練を積んだのだろう。その時間こそが、役への助走になるのだろうか?

 「菊練りはなかなかうまくいかなかったですけどね。一日中工房で練習し、土を持ち帰って家でもやって。すると手に油っ気がなくなってカサカサになります。それで少しでも、陶芸家の手みたいになればいいなと」 

 役所さんのようなベテランでもそうしてコツコツと役を構築する。当たり前かもしれないが、途方もないものに触れた気になる。

 「自然な芝居がしたい。俳優が何かをやっているのでなく、そんな人がいるように見えたらいい。それが大きなテーマです。経験を重ねれば芝居に慣れることはあるでしょう。でもそれが自然に見えるには、例えば陶芸家の動きや所作がからだに入ってないと。芝居に集中しなきゃいけないときに陶芸をする手元に気を取られないように。菊練りがうまくいかないな……と思いながらセリフをしゃべるのは嫌ですから」

 誠治には離れて暮らす息子がいる。吉沢亮演じる学は一流企業に勤め、アルジェリアに赴任中。そこで現地の食堂で働くナディアと出会う。学は妻となったナディアを伴って帰国する。

 「誠治は児童養護施設で育ち、家庭にずっと恵まれなかった男です。親が自分にどう接したか知らず、息子にどう接していいかわからない。だからどこかに遠慮があり、近しい関係になれなかったのかもしれないなと。まあ、あれだけ美男子で優秀な子がいたらそうなりますよね(笑)。でもやっぱり子どもに親は必要で、何より人は1人では生きていけない。お互いの痛みを共感できる間柄の人間が傍にいるってことは、生きるうえで大切なことだろうと思いますね」

 「会社を辞めて焼き物をやる」と言い出す学に、誠治は戸惑いを隠さない。同じころ、半グレ集団に追われるブラジル人青年のマルコスと出会う。

 「息子が陶芸をやりたいと言っても、血のつながりがあると〝こんな大変な仕事はしないほうがいい〞となかなか自由に接することができない。その気持ちはわかります。でも同じように陶芸を志そうとするマルコスは、学校に行けなくて苦労していて。中学しか出ていない誠治は、昔の自分を見るような気持ちになるんじゃないでしょうか。それで、大変な仕事だけれども自分にできることはそれくらいかなと受け入れようとする。誠治はヒーローでもなんでもない、ごく普通の親父なんですね」

 マルコスは在日ブラジル人が多く暮らす団地に住む。撮影はモデルとなった愛知県豊田市の保見団地で行われた。

 「『KAMIKAZE TAXI』(1995年)という映画で南米から出稼ぎに来た日系移民のタクシー運転手を演じたんです。そのとき日系ブラジル人の方の話を聞く機会があって。あれから何十年も経ったけど、いまだにいろいろと苦労があるんでしょう。もういい加減に仲よくやればいいのにと思うけど、島国である日本に溶け込むのは難しいのだろうと。あの団地では住民の方が協力してくださってバーベキューパーティーシーンの撮影をしたんですけど、皆さん明るくて。その瞬間を楽しもう!というエネルギーにあふれているんですね」

 在日ブラジル人の配役はオーディションを兼ねたワークショップを経て決められた。そのほとんどが演技未経験者。彼らをどのように導いたのだろう。

 「監督はず〜っと彼らに付き合って、リハーサルでできて、なぜ今できない?と何度も本番を繰り返すことになります。それでまあ、先輩としては(笑)、いつうまくいくかわからないから、こっちも緊張しながら一生懸命やるってことくらいでしたけど」

 お芝居は1人じゃできないし、と役所さんは続ける。

 「スタッフが準備してくれたセットで、こういうところに住んでいるんだな……と役を理解できたりするし、相手役の俳優さんによって自分に跳ね返ってくるエネルギーは全然違ってきます。やっぱり、目ですよね。何を感じているか、何を訴えようとしているか? 最終的に相手の俳優さんの思いが伝わるのは、目を見たときじゃないでしょうかね」
 
 この映画でも、そうした思いのやりとりを存分に楽しんだ。

 「でも……俳優の仕事は面白いことばかりじゃないですよ。苦しいこともいっぱいあって楽しいことがときどきある、というか。それでもスタッフ・キャストが集まって1〜2カ月、1つの物語のために寝食を共にして過ごす。物づくりの仲間というのは、人間同士の本物の交流に思えます。それでときどき俳優同士で非常にいい交流ができたり、エネルギーをもらったりすると、ああいい仕事だなあって思うんです」

スーツ/18万4800円/EMPORIO ARMANI
シャツ/9万5700円/GIORGIO ARMANI
チーフ/1万3200円/EMPORIO ARMANI
(ジョルジオ アルマーニ ジャパン㈱ ☎03-6274-7070)

 

関東近郊の〝小屋〞で田舎暮らしを楽しむ

 映画の中に、印象的なシーンがある。学の妻であるナディアが、母国の歌を口ずさむ。温かく、初めて聴くのにどこか懐かしい。紛争で孤児になり難民キャンプで育った彼女は、「この歌が故郷なの」とつぶやく。

  「自分にも、お袋が子守唄を歌っていた記憶があります。うちは普通に親父もいましたし、貧しいながらも幸せでしたけど。故郷には……田園風景が広がり、町の真ん中に大きな川が流れていました。ちょっと田舎のほうに行くと、ギロチンで有名な干潟があって」

 〝ギロチン〞とは長崎県・諫早湾(いさはやわん)での干拓事業で、海に突き刺さる鉄の水門を形容したもの。

 「でも比較的町っ子だったので、映画館に行くのが楽しみでしたね。ちっちゃな町でも映画館が3〜4軒あって、行くとスチールの写真が見られる。日曜日は子どもだらけでしたよ。それで怪獣映画とか(ハナ肇と)クレージーキャッツの映画をやっていて。外から音だけ聞きに行ったりして」
 
 のちの名優が、そんなふうに俳優への夢を膨らませていたと思うとほほ笑ましい。
 
 そんな思い出はあるが、「最終的に、故郷へは帰らないかもしれないですね。でも田舎暮らしには興味があるんですよ」と役所さん。時間ができると、関東近郊の〝小屋〞に足を運ぶ。

 「そこでは野良仕事をしてます。別荘地じゃないところで、行かないと荒れてきますし。そういう時間が大好きで、家の中より外にいることが多くなりますね。庭の葉っぱを掃除したり、焚き火をしたり。山菜の時期にはタラの芽やコシアブラを採って天ぷらにしたり。東京にいるとどうしてもずっと仕事のことを考えちゃうんですよ。どこかに仕事のヒントが落ちてないかな?って。でも山へ行くと、それを忘れます。それで草むしりが1日のテーマになり、とめどもなく草をむしったりする。夢中になれるのがいいのかもしれないですね」

 するとそこが終の棲家に?

 と尋ねると、「山に暮らし、東京で仕事をしてまた帰る。だんだんそうなるかもしれないですね、そんなに忙しくなくなって」とトボけるので、「そんなことないのでは⁉」というこちらの声につい力が入ってしまう。やはり彼のような俳優はなかなかいない。多くのつくり手に作品の中心にいることを求められ続け、後続の若手俳優には強い憧れの眼差しを向けられる。何をどう努力したら、彼のようになれるのだろう?

 「まず……役柄がありますよね、それで監督がいます。監督によって現場の雰囲気は違うし、それに順応することにはだんだん慣れていくんじゃないでしょうか。でも役を演じるそのやり方というのは変えようとしても、変えられない。〝今日はAでいく〞〝今日はBで〞、なんてできません。普段、その役を演じていないときは普通の人間でいればいいし、演じるときはそっちのほうに向かっていけばいい。ただ、自分が演じる役のことだけに集中すればいいんじゃないでしょうか。そんなふうに思っているんです」

 

『ファミリア』( 配給:キノフィルムズ)
●監督:成島出 ●脚本:いながききよたか ●出演:役所広司、吉沢亮、サガエルカス、ワケドファジレ、中原丈雄、室井滋、アリまらい果、松重豊、MIYAVI、佐藤浩市 ●新宿ピカデリーほか全国公開中

陶器職人の神谷誠治(役所広司)のもとに、プラントエンジニアとして海外赴任中の一人息子、学(吉沢亮)が妻ナディア(アリまらい果)を伴って帰郷。「会社を辞めて、ここで焼き物をやる」と言い出す。そのころ、誠治は隣町の保丘団地に住むブラジル人青年マルコス(サガエルカス)と出会う。彼はブラジル人に憎しみを抱く半グレのリーダー、榎本海斗(MIYAVI)に目をつけられていた。
ⓒ2022『ファミリア』製作委員会 https://familiar-movie.jp/

 

文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
ヘアメイク/勇見勝彦(THYMON Inc.) スタイリスト/安野ともこ

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