夢にはいろいろあれど、個人で「水族館をつくる」はめったにない。それを実現しようとしているのが松尾拓哉さんだ。彼はいかにして夢に近づきつつあるのか。世界ジオパークの室戸半島を訪ねた。
掲載:2023年2月号
小3のときの室戸旅行が彼の人生を決めた
3歳のころから生き物好きだった松尾拓哉さんが、室戸の海に出合ったのは小学3年生のとき。室戸市佐喜浜町の民宿に泊まり、定置網漁などを体験した。
「その漁では、深海魚など図鑑で見た海の生き物がたくさん獲れて、すごく驚きました」
彼は室戸半島の自然や文化にすっかり心を奪われた。室戸半島はユネスコ世界ジオパークであり、その地形や地質に科学的意義が見いだされている。なかでも室戸の東海岸は、陸からの深海の近さが注目されている。
「約2km沖で水深500〜600mまで急に海底が落ち込むなんて、島国日本でもそんなにない。深海という未知の世界や、室戸の地形や漁師の文化など、この地域のストーリーに僕はひかれました」
そして小3で拓哉さんは決意する。「将来は室戸で漁師をしながら、自分やほかの漁師が獲った生き物で水族館をする」と。
彼は毎年4回ぐらい1人で大阪から室戸に向かった。漁を体験させてもらい、漁師がくれた魚介を家に持ち帰り、専門書や熱帯魚屋などで学んで飼育した。
「子どもだけど、もう水族館の人みたいでした(笑)」
生き物や自然生態系に熱中する拓哉さんを理解する大人たちにも恵まれ、拓哉さんはぶれることなく成長し、専門学校を経て水族館に就職する。そこで研鑽を重ね、海の生き物を愛する人びととつながること5年、ついに室戸市へ。
まずは漁師になろう。拓哉さんは県の新規漁業者支援事業(当時)で2年間漁業研修した。そして漁船リース事業を利用して漁船を手に入れ、独立する。
「でも、僕みたいにいきなり個人で漁業をするのはオススメしません。リスクがあります」
彼の漁は深海物専門で、調査や研究の手伝いもする。取引先は「海遊館」などの水族館だ。
「僕の漁業は特殊ですから。ここ室戸だと、定置網漁をする組合に入ってサラリーマン漁師になるのが現実的です」
さて水族館だが、まず「移動式」という形で実現した。常設の水族館のほうも、実現へと前進しているようだ。
「規模は小さめですが、内容にはこだわります。室戸の海の生き物をしっかり見せて、この地の生態系や文化や伝統を知る水族館にしたいですね」
何があってもやると、彼の決意は固い。少年時代に夢を持たせてもらい、多くの縁に支えられた彼は、室戸と人に恩返しをするつもりなのだろう。
「僕の水族館を通じて地域を盛り上げ、室戸の発展に貢献したいです」
夢を持ち、行動を起こし、少しずつでも進めば、とてつもない夢でも実現できる。拓哉さんの水族館を訪れる子どもたちは、その生き方に勇気をもらえることだろう。
松尾さんに聞く 田舎で夢をかなえるために大切なこと
「周囲への発信と、余裕のある計画を!」
子どものころから、「こうしたい」と周囲に発信していました。すると、味方になってくれる人がよく現れた。天狗にならず、人に頼ることが大切。それから、補助金など行政の支援制度を利用するときは自分でしっかりと情報収集を。そして、行政の対応には時間がかかることもあるので、計画に余裕を持ちましょう。
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sumuroto@city.muroto.lg.jp
Instagram/@muroto_iju
文・写真/大村嘉正 写真提供/松尾拓哉さん
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