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田舎暮らしの本 10月号

9月1日(金)
890円(税込)

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赤井英和さんインタビュー「実話が元で、自分も認知症になるかもしれない未来に、勇気を与えてくれます」

どんな役を演じても、どっしりとした実在感をもたらす俳優の赤井英和さん。若年性認知症と診断された会社員とその妻による夫婦の絆を描く最新映画『オレンジ・ランプ』のこと、ボクサーから俳優へ転身するまでの壮絶な日々のこと、夫婦円満の秘訣についてなど。「佳子ちゃん」と呼ぶ奥さまと一緒にお話を聞きました。

掲載:2023年8月号

あかい・ひでかず●1959年生まれ、大阪府出身。高校1年生からボクシングを始め、近畿大学在学中、プロに転向。1985年に大けがを負って引退。1989年に映画『どついたるねん』で俳優デビュー、以後多くの映画、ドラマ、舞台に出演。2022年、息子の赤井英五郎編集・監督の、ボクサーから俳優になるまでのドキュメンタリー映画『AKAI 』が公開。

 

心が広く情に厚い社長役

 「素晴らしい話やないですか? 認知症って誰しもかかる可能性があるし、それとどう向き合うのか? 実話が元で、自分も認知症になるかもしれない未来に、勇気を与えてくれますよね。心が広くて情に厚い社長という役を頂き、ありがたかったです」

 映画に失礼がないよう、緊張で大きなからだを縮めるようにして生真面目に言葉を探していく赤井英和さん。映画『オレンジ・ランプ』は、39歳で若年性認知症と診断された晃一とその妻、真央の9年間を描く人間ドラマ。赤井さんが演じるのは晃一が勤める会社の社長。認知症になっても日常を死守しようともがく社員を温かく見守る島崎を演じた。

 役柄について監督とどんな話をしたのか尋ねると、「どやったかな、佳子ちゃん?」と愛妻に助けを求める赤井さん。

 「三原監督とご一緒するのは2度目で、赤井はセリフだけでなく人柄が画面にあふれ出るからそのままやってくださいと」

 即座にフォローする言葉にうれしそうに耳を傾け、会話を録音するためのマイクを佳子さんのほうへ向ける赤井さん。せっかくなので、お2人からお話を聞くことに。

赤井「島崎は晃一に、『できることをしたらええねん』と言います。会社を運営するうえでうまく人を使う人やねんなと。撮影は……もう1年前か」

 時の流れの早さに、そうか……と思いつつ、ふと95歳まで長生きしたというおばあちゃんのことを思い出したよう。

赤井「最後の1年間は寝たきりで、言葉を発するのもままならない状態でした。そのせいもあってか、認知症は高齢者がなるものだろうと。若い人も発症するのをこの映画で知りました。発症後も会社員を続けたり、昔やっていたサーフィンを再び始める人もいるそうで、からだは覚えているんでしょうね。認知症になったから何もできなくなるのではなく、まったくの別人になるのでもないのだなと」

 晃一は認知症になっても「何を諦めたくないか?」を考え、仕事をしたい!という結論に至る。

赤井「僕の場合は家族との時間です。長男の英五郎が結婚して昨年、孫ができましたし。長いこと赤ちゃんを見ていなくて、こんなにちっちゃかったんや!と」

佳子「昨日、寝言を言ってたよ? ××ちゃんに石鹸とタオルを準備しとかな、って」

赤井「あ、そう? 覚えてない。しょっちゅう寝言を言うみたいで」

 佳子さんがTwitterでつぶやく赤井さんの〝生態〞が話題だが、なるほどネタは尽きないだろう。時折見せる笑顔はまさに人柄のよさが全開で、「もちろん子どももそうですが、やっぱり孫ってかわいらしいですね」と笑う目尻は、いつもよりさらに下がっている。

 

奥さまとの力関係は100対0!?

 『オレンジ・ランプ』で和田正人さん演じる晃一は認知症とともに笑顔で生きる道を探る。それは晃一と真央、夫婦の絆の物語でもある。

赤井「本物の夫婦の生活を垣間見るようで、映画の世界へすぐに入っていけますよね。真央ちゃんは晃一を大事にしていて、愛して、フォローする。この夫婦だからこそ成り立つ話やなと」

 貫地谷しほりさん演じる真央は、一見絶望的な状況にも動じない。明るく受け入れ、じゃあどうしよう?と即座に前を向く。本当にいい奥さんですよね?と同意を求めると、「ウチの奥さんもええよ」と赤井さんが、こちらも即答する。特に、照れることもなしに。なぜそんなに仲がよい?と直球で聞きたくなる。

赤井「僕は料理ができひんけど、ちゃんとお茶碗を洗ったりしますよ。お小遣いをもらうためですけど(笑)。佳子ちゃんに逆らったことないよ。力関係は100対0やから!」

 と言い切るのにまた笑ってしまう。本当に仲よしな夫婦なのだ。

佳子「赤井のお父さんとお母さんがそうだったんですよ」

赤井「喧嘩してるとこなんて見たことなかった。せやから、夫婦って喧嘩せーへんもんやと思ってました。佳子ちゃんと夫婦喧嘩? しません。喧嘩になりませんから!」

佳子「赤井は、ありがとうの回数が多いです。それからゴメンなさいが早い。食い気味なくらいで」

赤井「ありがとうとゴメンなさいは、スピードが大切やなと」

 まさに阿吽の呼吸! 新たな格言(?)まで生まれてしまう。

 それにしても。赤井さんってどんな役を演じても、トーク番組であっても印象が変わらない。

佳子「本人に近い役を頂くことが多くて。単純でア〇で人情があって、みたいな」

赤井「単純でア〇ですか?」

佳子「いや、褒めたのよ!」

赤井「そうなの? ありがとう」

 やっぱり、ありがとうが早い!

赤井「(笑)。まあまあ、確かに自分をその役に近づけていくほうかもしれません。同じ台本でも、演じる人によってイメージは変わります。そのなかで私を呼んでいただくわけで。どんなふうにお客さんに観ていただこう?と考える。俳優の仕事は、そこが面白いんじゃないかと思います」

「ありがとうとゴメンなさいは、スピードが大切やなと」

 

愛される人になりなさい

 大阪の西成区で生まれ育った赤井さん。

 「おばあちゃんの里が兵庫県丹波篠山(たんばささやま)で。先祖は荻野直正、黒井城を乗っ取った武将で通称・赤井悪右衛門(あかいあくえもん)もんだと聞かされていました。でもNHKの番組(『ファミリーヒストリー』)で、本当の先祖は悪右衛門の弟だと」

 悪右衛門はあの明智光秀軍を破った戦国の勇将で、〝丹波の赤鬼〞と恐れられたらしい。その弟とはいえ、なんとも迫力ある話。

 「子どものころは毎年、夏休みに遊びに行きました。いとこが何人かおって、その仲間とも友達になったりして。そこにいた1カ月ほどは丹波の子やったです。すると大阪に帰ってきても、しばらくは丹波の方言のままでね。今はお盆のときに、おばあちゃんの墓参りに行くくらいですけど」

 するといつかは丹波で暮らしたい、地方の、自然が豊かなところで。そんな思いもありますか?と尋ねると、「生まれたときから街中にいてましたし、でも……田舎に住みたいほうがええんですよね?」と、気を使わせてしまう。そうだった。佳子さんのTwitterを見れば明らかなように、赤井さんの〝大阪愛〞は常にだだ漏れ。大阪に行く支度をするだけで、背中からウキウキ感が伝わるほど。

 「母親が亡くなり、西成に帰っても実家はないですけど、仲間がいっぱいいますんで。新世界でみんなとワイワイ串カツを食べたりと、大阪では1人で飯を食うたことがないです。逆に(自宅のある)東京では、飲みに行ったことがない。佳子ちゃんとご飯を食べに行くくらいで」

佳子「おとなしいですから、東京では。初めて大阪に行ったとき、キャラが全然違うからびっくりしました」

 その自覚はないですか?と赤井さんに尋ねると「(ものすごく小声で)自覚は、ないです……」なんてふざけている。

「東京では朝起きてから仕事して寝るまで、ずっと佳子ちゃんと一緒ですしね。大阪に行ったときは佳子ちゃんがいてへんから……(チラッと見て)元気なんかな。はっはっは!」

 と赤井さんが今度は豪快に笑っている。

 ふと、こんなお父さんいいな、なんて思う。どっしり構えていて奥さんと仲よしで、いつでもどこか楽しそう。そしてお子さんたちはプロボクサーで映画監督、俳優、ミス・ユニバース・ジャパン東京大会審査員特別賞受賞と、それぞれに個性的な道を歩んでいる。

 「幼いときから、同じ目線でしゃべってました。小さいころはしゃがんで、今は(背丈を抜かれて、目線を上げて)こんなんですけど。子ども扱いはしない、すると対等な関係になりますよね」

佳子「赤井が子どもを怒ることはないです。それで本人は自然にしているから気づかないみたいですけど、〝自分をいちばん大事に〞と教えていました。娘が幼いころ、列に並んでいて。後ろから来た子が何人割り込んでも、いいよと譲っていたんです。私は道徳の授業などで、人に譲るのはいいことだと教えられました。でも赤井は〝順番を譲ったりしてはダメ。自分を大事にしなさい〞と。自分を優先する人は他人に不満がない。ワガママなようだけど、結局楽しそうにしている。その姿を見て、学ぶのでしょう」

 赤井さんの子どもは幼いころから対等に扱われ、考え方やすべき行動を押し付けられることはなかった。きっと、大切な自分と対等なお友達も大切に思う子に育ったのだろう。そうして常に自分と向き合い、機嫌よく生きられる道を探ったはず。それはプロボクサーから、俳優として映画主演デビューした赤井さんもきっと同じ。

 「1985年2月5日に試合があって、ケガをして緊急搬送され、緊急手術。そのまま40日ほど入院し、退院してからも週3〜4日通院する毎日で。学生時代からお世話になった先生や先輩、応援してくれた会社の社長さんに〝これからどうするか、まだ考えてます〞と一人ひとりに挨拶に行って。あとはすることもなく、酒ばっかり飲む毎日でした。それで70kgの体重は85kgになって。1988年に、〝お前の人生、おもろいから本書いてみんか?〞と言っていただいたのが、高校の先輩である笑福亭鶴瓶さんです。それを阪本順治監督が映画(『どついたるねん』)にしてくださって。そのままではカメラを回すことはできひんと言われ、65kgまで体重を落としたのです」

 どこをどう切り取ってもいろいろとスゴイ、みたいな話。すべてが、今こうしてニコニコと語る赤井さんの身に起こった事実なのだ。

 「人とのつながりがあって、今に至る。『どついたるねん』の撮影初日、記録係の今村治子さんに『撮影も初めてで、どないしたらいいですか?』と聞いたんです。すると、『愛される人になりなさい』って。愛される人?とクエスチョンのままやったけど、その言葉がずっと心に残っています」

 俳優・赤井英和誕生の瞬間に、今を予言するような言葉。それを信じてやり通す素直さと、自分を大事にすることの揺るぎなさ。赤井さんという人の芯が、見えたような気がする。

 「それでいて大事なのは、今を大切に生きることだなと。俳優としての今後? 考えたこともありません。明日みたいな遠い未来のことはわかりまへんから」

『オレンジ・ランプ』(配給:ギャガ)

●監督:三原光尋 ●企画・脚本・プロデュース:山国秀幸 ●脚本:金杉弘子 ●原作:山国秀幸『オレンジ・ランプ』(幻冬舎文庫) ●出演:貫地谷しほり、和田正人、伊嵜充則、山田雅人、赤間麻里子、赤井英和/中尾ミエほか ●新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開中

妻の真央(貫地谷しほり)と2人の娘と暮らす只野晃一(和田正人)は、カーディーラーのトップ営業マン。若年性アルツハイマー型認知症と診断された後もなんとか仕事を続けようとするも、周囲の気遣いがつらくなって離職届を提出する。真央に連れられて「認知症本人ミーティング」に参加した晃一は、診断後も営業マンを続ける加藤(山田雅人)と出会う。
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会  https://www.orange-lamp.com/

 

文/浅見祥子 写真/鈴木千佳 ヘアメイク/伊藤里香

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