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田舎暮らしの本 5月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 5月号

3月1日(金)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

池松壮亮さんインタビュー「どの時代にもある生きづらさの一方で、現代では失われゆく豊かな生き方がある」

ハリウッド映画『ラスト サムライ』でデビュー後、映画好きの誰もが認める実力派として、確かな歩みを進める俳優の池松壮亮さん。最新作である映画『せかいのおきく』が公開されます。江戸時代って循環型社会だった!という気づきを改めてもたらす、それでいて青春映画のような軽やかさと、貧しくてもたくましく生きる人びとの人間ドラマを描きます。いろいろな意味で新鮮な驚きをもたらす、モノクロの時代劇です。池松さんに聞きました。

掲載:2023年5月号

いけまつ・そうすけ●1990年7月9日生まれ、福岡県出身。2003年『ラスト サムライ』で映画デビュー。『斬、』で高崎映画祭最優秀主演男優賞、『宮本から君へ』でキネマ旬報ベスト・テン主演男優賞ほか、その演技力は高い評価を受ける。オール韓国ロケの映画『アジアの天使』、Amazonプライム・ビデオ配信のドラマ『モダンラブ・東京~さまざまな愛の形~』、NHKドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』シリーズ、映画『シン・仮面ライダー』と、近年多彩な作品に出演。

 

物語の根底にあるのは循環型社会

「時代劇でありながら汚穢屋(おわいや)にフォーカスし、循環というものをテーマに、底辺に生きる人びとの目線から世界を、今という時代を描く。商業映画で、モノクロの日本映画を観られる日がまさか来るとは。なかなかできない試みをいくつも含む、非常に魅力的なプロジェクトでした」

 『せかいのおきく』に出演した池松壮亮さんはそう語る。彼が演じたのは汚穢屋の矢亮(やすけ)。長屋の共同厠(かわや)から汲み取ったものを買い取り、農村に肥料として売る。そんな矢亮が紙屑(かみくず)拾いの中次(ちゅうじ)と出会い、一緒に働き始める――。限られた資源を使い切り、あるいは土に戻して食物を育てる。鎖国もしていた江戸時代、ごく当たり前に営まれた循環型社会が物語の根底をなす。

 「例えばあらゆるものの修理屋、古着屋、再生紙、どうやっても使えなくなったものを燃やしたその灰さえも、肥料や上薬の原料として売り買いされていたと聞きます。資源の少なかった日本では、衣食住すべてが貴重な資源でした。資源を循環、回していくこと。それが生きることと直接的に結び付いていたのだと思います。どんどん生産して使い捨ててを繰り返す現代の消費社会において、大きな問いになると思いました。そしてそうしたテーマが関心を持たれつつある今、多くの人に伝わるのではないかと思いました」

 企画の始まりは、多くの映画を手がけてきた美術監督の原田満生。サステナブル等の環境問題に触れながら人間を描いた映画をつくりたい、と「YOIHI PROJECT」を発足。その第1弾が本作で、今後もマタギが主人公の『プロミスト・ランド』、炭焼き職人を追ったドキュメンタリーを制作する予定。

  「美術という立場から、ひとりで映画のムードをつくってしまえるような、この日本映画界でもはや伝説のような人です。何本もご一緒し、たくさん助けられました。とある打ち上げの席で2人で話していたときに原田さんから言われて忘れられない言葉があります。〝どんな作品も自分からいいものにすればいい。人に求めず自分から動け〞と。原田さんが伝えてくれたその言葉が強烈に残りました。それからは、数年に1本はいい映画に出合えるだろう、そんな姿勢で俳優活動を続けるのをやめました。自分がかかわった作品を絶対に面白くしたい。そこに俳優活動の価値を置こうと決めました」 

 そう思わせた人がプロデューサーとして立つのだから、意地でも面白くしてやる! それが矢亮役の出発点。矢亮と中次は長屋へ通う。そこには武家育ちのおきくが、父と暮らしている。中次とおきくの間に流れる淡い感情のやりとり、その横で矢亮が貧乏生活をボヤいたり下ネタで笑ったりしながらからだを動かして働いている。矢亮の心地よい軽妙さが庶民のたくましさを表し、ふと見せる横顔に浮かぶ陰が、社会の底辺を生きる人間の声にならない抵抗を示す。

 「どの時代にもある生きづらさの一方で、現代では失われゆく豊かな生き方がある。今回どちらも描くべきだなと思いました。空の下に人がいて、水があって、そこで虐げられる人がいる。人がさまざまなことを感じながら情緒を転がし、生きている。うんこを汲み、運び、次の季節を待っている。汚穢屋という仕事をしながら明日のご飯代をぎりぎり稼ぎ、空腹をしのぎながら、コップ1杯の矜持(きょうじ)を持ってみずみずしく生きる矢亮の姿を体現したかった。風通しのいいキャラクターにして、映画ににぎやかさを持ち込めたらいいなと思いました」

 ある日おきくを悲劇が襲う。それでもおきくは生きていく。ときにお天道様に手を合わせて祈る姿の美しさ、中次へのかわいらしい恋心。この映画にはどこか、青春映画のような爽やかな手触りがある。映画の成り立ちを含め、時代劇と思って観たら、驚く人も多いことだろう。

 「侍って格好いいとか着物ってきれいとか、表面的な懐古趣味な時代劇ばかりをやっても仕方がありません。何を物語るために時代をさかのぼるのか? どんな教訓や豊かさを見つめるのか? そこに、時代劇をやる意味があるはずだと思います」

 いい作品に出合えた、そんな確かな手応えを感じている。 

 「モノクロの力ってスゴイなあと思いました。季節の移り変わりはもちろん、あらゆるものが、カラーの映画を観るより鮮やかに残ってしまったりする。なかなかつくられないもの、可視化してこなかったこと、そういうものをちゃんと映画にできたと思います。難しいプロジェクトをカタチにできたこと、その一員であれたことを誇りに思います。そして今この国の映画づくりや映画界でじつは最も見落とされているかもしれない、100年後に残る映画をつくる!というこのプロジェクトの姿勢に、心から共感しました。海を越え、時代を超えて、世界的なあらゆる問題に対して作品を通して語っていかないと、映画なんて本当にただの暇つぶしになってしまいます。何を信じて、何に感動して物語にしたのかということを自覚して伝えていきたいと思っています。伝えるということがいわば回ることなんだと思います。シンプルなことですが、大事なことを伝えていくことが、映画や物語を持続可能なものにするために必要なことだと思っています」

「なかなかつくられないもの、可視化してこなかったこと、そういうものをちゃんと映画にできたと思います」

 

ちゃんと感応して生きるしかない

 そんな池松さんは福岡県福岡市出身。幅広い目線で未来を見据えてストイックに俳優の道を歩む姿に、田舎暮らしは縁遠い?と思うも、「興味ありますよ、田舎者ですから」と笑う。野球少年だった彼だが、野山で遊ぶのに福岡は都会過ぎる?

 「福岡って極端で。市内でもちょっと外れると山があって海があって。天神とか博多以外はのどかなところです。当時の僕の家の裏にも山があって、小さいころ、親にTVゲームを一切買ってもらえなくて。父親にどうしてもこれだけはと、勇気を出して、ポケモンがほしい!と伝えたところ、捕まえてこい!と言われました(笑)」

 昨年公開の中国映画『柳川』に出演。舞台は福岡の柳川で、ロケ地からすぐのところに母方の実家があったそう。お堀があって、観光地にはないひなびた風景がどこか懐かしい。

 「何もないんですが、本当に静かできれいなところで。そうした風景に幼いころからなじんでいますから、いつか自然のなかで暮らしたいという思いはあります。都会は空が狭いけど、朝焼けとか夕焼けとか、空の広いところでその移ろいを感じながら過ごしたいなとよく思います。都会の撮影よりも、地方ロケがもっぱら好きなんです」

 まだそんな田舎暮らしは、遠い先の話になりそうだ。今の彼は俳優業にまい進中。ここ数年は立て続けに韓国、中国、アメリカの撮影現場を体験した。

 「半分はたまたまの出合いですが、もう半分は海外に自分の目が向いていたというのはあります。20代のころから30代は、日本だけじゃなくもっと広い世界で、これまでとは違うやり方をやっていきたいと企んでいました。一方コロナ禍を経て、合作や海外での活動がすこぶる難しくなったのも事実です。隣人より自分のこと、そんな価値観が蔓延すればするほど、映画で立ち向かえることはないか?と考えてしまいます。リスクを冒して海を渡り、誰かと直接手をつなぐ。共に同じ物語を信じ、共に物語をつくり上げる。家にこもるより、今が外に出るときだと信じきっていました」

 そうして行動した人間にだけ、見えてくるものは確かにある。

 「ウェブの記事でも世界に触れられますし、他者に手軽にかかわれる時代です。でも暮らしもそうでしょうが、やっぱりそこに行かないと、肌感覚でいろいろなことを感じないとじつは何もわかりっこない。どんな時代もそうですが、特に人と人とのかかわりが遮断されたあのコロナ禍で、希望はいつかどこかにあるわけじゃなく、人と人が向き合ったところ、その間に浮かび上がるものだと信じていました。コロナ禍を経て海外で、これまでどう生きてきたのかも知らない人たちと手を組み、同じ傷みでつながり、同じ物語を信じる日々を過ごして、改めてそのことを実感しました。映画はどこか宗教じみた力があります。物語を信じることって、人が生み出し、この世界の生き物の頂点に君臨し、生き延びてきた力そのものですから」

 まだ32歳。年齢を軽く超越した落ち着きと、ちょっと計り知れない内面の奥行きを感じさせるたたずまい。この人が画面に登場したときのハッとさせられる何かは、いかにして生まれるのだろう? 作品の質を一瞬で底上げする俳優としての力は、多くのつくり手が求めるのも当然に思える。その中から、「今を生きる人びとに届く映画」を、いかにして選び取っているのだろう?

 「ちゃんと感応して生きるしかないのかなと、自分がそうできているかはわかりませんけど。やっぱり、人を相手にしてますから。同時代に生きる人の気分のようなものには、とても敏感になっていると思います。人は今どんなことを感じているのか? どういうムードか? 日々考えます。映画や本とも日々対話しています。同時代の人や先人たちが何を感じて、どんな記憶を物語にしたのか。飽きることはまったくありません」

 そうしてここ数年はテレビも映画も、エンタメ作もアート系もと、同世代の同業者もきっと嫉妬するはずの仕事ぶりが続く。

 「やりたいようにやらせてもらっているだけなんですよ。やりたい作品とちゃんと巡り合い、やりたいようにやる。この世界と折り合いをつけながら、とにかくそのときのベストを尽くす。俳優はひとりではできませんし、映画って、ひとりでつくるわけじゃないので、集団芸術の弱みと強みを感じながら、その集団でやれるベストを探す。本当にそれだけです」

 

『せかいのおきく』( 配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア)
●脚本・監督:阪本順治 ●出演:黒木華、寛一郎、池松壮亮、眞木蔵人、佐藤浩市、石橋蓮司 ほか ●4月28日(金)より全国公開

武家育ちのおきく(黒木華)は、父親(佐藤浩市)と2人で貧乏長屋に暮らしている。毎朝、矢亮(池松壮亮)と肥しを汲みに来る中次(寛一郎)のことが気にかかる。ある日、父親の命を狙う者に、おきくは喉を切られてしまう。声を失ったおきくは、それでも中次に思いを伝えようとする。
http://sekainookiku.jp/

©2023 FANTASIA

 

文/浅見祥子 写真/鈴木千佳 ヘアメイク/NEMOTO(HITOME)

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