八戸市は「本のまち八戸」を提唱し、子どもから大人まで、本に親しめる場が充実。0歳児には「八戸市ブックスタート」で本が贈られ、小学生には毎年、好きな本を選べる「マイブッククーポン」が配られる。市営の書店「八戸ブックセンター」は売れ筋ではない意外な本、興味深い本に出合える。
掲載:2023年10月号
青森県八戸市(はちのへし)
青森県南部の太平洋岸に位置、八戸藩が置かれた城下町。人口約21万9000人。年平均気温10.5℃。夏は冷涼、冬は降雪が少なく晴天が多い。国の名勝、種差海岸は長さ約12km、天然芝生をはじめ変化に富んだ景観と海岸植物の宝庫として知られる。八戸港は漁業のほか、工業・国際貿易港で東北第2の規模を誇る。苫小牧へのフェリーも就航。東北新幹線で東京-八戸間、約2時間45分。写真は波打ち際まで広がる種差海岸の天然芝生。
国内最古の公立図書館が子どもたちの読書を応援
「郷土を愛し文化の高いまちにしましょう」と、市民憲章の最初の一章節で謳う八戸市。2015年に策定された第6次八戸市総合計画で「本のまち八戸の推進」が施策に盛り込まれた。
本にまつわる八戸の歴史は、古い。2代八戸藩主南部直政(なんぶなおまさ)は貞享元年(1684)頃、江戸藩邸内に「文林館」を設けて名士や家臣に学問を奨励。藩士間の読書サークルも見られ、維新後の明治7年には藩主所蔵の図書類を受け継ぐ「八戸書籍縦覧所」が設立された。これは東北における公共図書館の発祥とされている。併設して明治13年には公立八戸町村連合書籍館が発足。明治20年に町の財政難で公立図書館が閉鎖されると旧士族の子弟の教育に努めた「八戸青年会」が24年にわたって運営を継続。この系譜を受け継ぐのが今日の「八戸市立図書館」で、明治期から蔵書を伝え続けた国内最古の公立図書館といわれる。
現在、市立図書館では約38万冊の図書が利用できる。おはなし会や季節ごとの企画展示、子どもの本研究会、古文書解読講習会、調べる学習コンクールなどのイベントも多く、読み聞かせや読書会などの市民のサークル活動も活発。副館長の磯嶋奈都子さんは言う。
「本のまち八戸の取り組みが始まって、他部署との連携が増えました。市営書店の八戸ブックセンターが中心市街地で開催するブックフェスに移動図書館を出したり、そのほかのイベントでも関連する本の展示の依頼を受けたり」
児童書担当の今野結実さんによれば、目下の課題は中高校生の利用者数を増やすこと。
「学校生活で忙しい年代ですからね。小学生までに図書館に親しむ機会を増やし、図書館利用を習慣化してもらえれば」
市では全児童に市内書店で使える2000円分のマイブッククーポンを配布している。
「子どもたちは本を選ぶ楽しみを6年間、毎年経験できるんです。図書館でもクーポンが使える期間に合わせて、すすめたい本を展示しています」
市立図書館の磯嶋奈都子さん(左)と今野結実さんに、推したい本を持っていただいた。
児童書コーナーは約3万5000冊を開架展示。新しい児童書が毎週30冊ほどのペースで補われている。
靴を脱いで親子でくつろげる赤ちゃん絵本コーナー。
『八戸藩日記』をはじめ約8万点の古文書を収蔵。解読作業は現在も進行中。
市立図書館本館。このほか市内に2つの分館があり、移動図書館「はちのへ号」が市内を巡回する。
読み聞かせボランティアがブックスタートをお手伝い
八戸市のブックスタート事業では、生後90日から1歳前の全員を対象に、絵本1冊の入ったブックスタートパックをプレゼント。月齢3カ月の赤ちゃんを対象にした先天性股関節脱臼検診のあと、読み聞かせと同時に手渡される。運営は市立図書館のスタッフが担う。
読み聞かせのボランティアには、3つのグループが持ち回りで当たっている。
「絵本を開いて赤ちゃんと優しく語り合う時間を過ごしていただければうれしいですね」と言うのは、この日担当の「八戸市読み聞かせボランティア青い鳥」の皆さん。
ブックスタートのほかにも、市内の小学校を回って、朝の読書の時間に読み聞かせや昔語りなどを行い、月に2回の研修も欠かさない。
「小学校の読み聞かせでは、学年と時期に合わせて、読む本を選ぶところから始めます。子どもたちからは予想とは違う反応が返ってきたり、大きな楽しみをもらっています」
「青い鳥」代表の三浦文恵さんは八戸市出身。八戸学院大学短期大学部教授で音声表現や朗読を研究テーマとする。
「八戸市では私が子どものころから、合唱や朗読、群読が盛んでした。それだけにサークル活動なども活発で、関心のある方が多いと感じています」
赤ちゃんと一緒の時間はほっこり心が和む。ブックスタートの読み聞かせはそれが何より楽しみ。
検診は毎週行われ、20組ほどの親子がブックスタートの読み聞かせ会場を訪れる。
親子に手渡されるブックスタートパック。絵本のほか、図書館からの案内なども一緒に。
読み聞かせボランティアの皆さん。左から三浦禮子さん、加賀谷静子さん、代表の三浦文恵さん、山野内睦子さん。
本好きを増やしひきつける全国でも珍しい“公営書店”
「本のまち八戸」を推進する拠点に位置付けられるのが中心市街地にある「八戸ブックセンター」。2016年のオープンでは、全国でも珍しい〝公営書店〞として注目を集めた。所長の音喜多信嗣さんは言う。
「『本のまち八戸』を進め、本の好きな人を増やすには、購入して手元に置く体験が必要だと考えました。地方では書店の数が減り、売れ筋の本以外は店頭で手に取って見られません。民でできない部分なら、公共で補おうというわけです」
オープンにあたっては民間書店の経験者を全国から募集した。現在、八戸ブックセンターの職員のうち東京、札幌など市外からの移住組が4人。
書籍は、市内の書店と競合しないものを選ぶ。
「以前に勤務していた書店とは違った本の並べ方で、一種のセレクトショップともいえますね。埋もれてしまっているけれどおすすめできる本。置ける数が限られるなかで、イベントに合わせたフェアでも特色を出しています」
という熊澤直子さんは八戸ブックセンターに興味を持って県内から移住した。書店以外で本を手に取れる「ブックサテライト増殖プロジェクト」にも力を入れ、カフェや信用金庫などでも書棚を展開している。
「年配の方が多い場所、主婦層の多いスーパーの近く、海のそばなど、場所に応じて内容を決めます。八戸ブックセンターに来たことのない方にも本を手に取ってもらえればと思います」
八戸ブックセンターでは、作家や編集者、デザイナーなどによるワークショップ、トークイベントなども開かれる。市民グループなどによって主催される読書会や句会は月に10〜20回。ブックセンターの企画から新たなコミュニティが生まれ、開催されるものもある。
「市内の書店の方が集まって情報交換する場になれたのもよかったです。みんなで本のまち八戸を盛り上げようと、協力してブックフェスを開いたり」
と音喜多さん。また、全国の本好きが訪れる観光施設的な面もあり、自治体や図書館の職員などの視察も多い。
「目標は市民が誇りを持てる、文化の薫り高いまち。八戸ブックセンターをきっかけに、本に出合い、いろんな分野に興味を持ち、さまざまな人の交流が広がってほしいと思います」
所長の音喜多さんを中心に、八戸ブックセンターを運営するスタッフの皆さん。
場所は中心市街地の中ほど、店舗やオフィスが入居する複合施設の通りに面した1階。
レジではドリンクも提供。コーヒーやお茶、ワインを片手に、じっくり本選びを楽しめる。
八戸市出身の芥川賞作家、故・三浦哲郎氏が生前愛用していた文机のレプリカは館内の読書席の1つ。
テーマ別に関連する書籍が集められている。ハンモックに揺られての読書もできる。
天井近くまで高さのある中央の書棚。テーマはアートや音楽など。今どきの売れ筋ではないだけに、スタッフの趣味も垣間見える。
ギャラリースペースでは期間ごとに企画展示が行われる。
青森県立美術館、棟方志功記念館とコラボしたトークイベントも9月10日に開催された。スタッフの熊澤さん。
取材時は、青森県を舞台にした映画『バカ塗りの娘』にまつわるフェアが開催されていた。
関連部門を1つに集め、子育て・教育の相談に対応
八戸市の子育て施策で注目したいのが、「八戸版ネウボラ」として、妊娠期から18歳までの子どもとその保護者の相談に、各部門の専門家がワンストップで対応する体制をとっている点。ネウボラとはフィンランド語で「助言の場」を意味し、母子とその家族を支援する目的で、地方自治体が設置・運営する拠点のこと。市は2020年に医療・健康対策の拠点として市が整備した八戸市総合保健センターに、児童福祉部門の「子ども家庭総合支援拠点」、母子保健部門の「子育て世代包括支援センター」、教育委員会所管の「こども支援センター」を集約した。
「相談は役所の部署をまたいだ内容が多いですし、各部署の情報を持ち寄って考える必要があります。ここでは保健と福祉の担当が机を並べ、教育の担当も1フロア下からすぐに呼べますから連携は密接です」
と、すくすく親子健康課課長の坂本泰子さん。
「相談は増えています。昔と比べて地域の付き合いが薄まった今は、子育てが孤立しやすいですし。また、八戸版ネウボラとしてかなりPRしていますから、相談しやすくなったのも増えた理由の1つだと思います」
と話すのは、こども家庭相談室室長の中里充孝さん。こども支援センター所長の田端修文さんは、「不登校や集団不適応の児童生徒を支援する部屋もあります。対応は一人ひとり違うため、ネウボラの各部署と学校とで協力した取り組みが大切です」と続ける。
このほか市内では、地域で子育てを応援しようと、未就園児の親子向けの「子育てサロン」が各地区の公民館で開かれ、子どもを預けたい人と預かる人のネットワーク「ファミリーサポートセンター」なども運営されている。
総合保健センターは郊外のショッピングセンターの隣にあり、総合健診センターも併設する。市の保健・福祉の拠点だ。
左から、こども支援センターの田端さん、すくすく親子健康課の坂本さん、こども家庭相談室の中里さん。
こども支援センターでは、就学前の幼児から小中学生の子どもが集団活動や学習に適応できるように相談や支援を行う。
こども支援センターに通う子どもたちが花や野菜を育てる菜園。
本のまち八戸ここがスゴイ!
- 江戸時代にさかのぼる歴史・文化的背景を持つ
- 明治期からの蔵書を引き継ぐ「市立図書館」
- 親子が絵本を通じて心を通わせる「ブックスタート」
- 小学生が6年間毎年もらえる「マイブッククーポン」
- 全国でも珍しい“公営書店”「八戸ブックセンター」
- 「八戸ブックセンター」は本を“読む”だけでなく“書く”人の応援にも取り組む
- 図書館、書店、行政、学校など地域ぐるみの連携
- 読み聞かせや読書会など市民活動が活発
- 「本のまち八戸」の取り組みが市外から人を呼び、中心市街地活性化にも貢献
八戸市の子育て支援
- 保育料の軽減
- 子ども医療費助成( 中学生まで無料、高校生の入院無料)
- 八戸市ブックスタート事業
- マイブック推進事業
- こどもはっち( 育児支援機能も備えた遊び場。転入者が集まるイベント「転勤ママひろば」も開催)
- 八戸版ネウボラ
- ファミリーサポートセンター
- 子育てサロン
- 地域子育て支援センター( 各地域の保育園などに開設)
- 病児・病後児保育の実施
- 子育てウェブサイト「はちすく」
「こどもはっち」は育児支援機能も備えた遊び場。
37haの広さを持つ「八戸公園」。芝生広場ゾーンや遊園地ゾーン、室内遊具を備えた「三八五・こども館」もあり子育て世代に人気。
八戸市の移住支援情報
東京圏から移住して地元企業に就業したり、テレワークや起業をする人には単身者60万円、2人以上の世帯には100万円、子育て世帯には加えて子ども1人につき100万円を支給(要件あり)。UIJターン就職希望者には採用決定後、引っ越し費用と交通費、家賃、学用品購入費などを支援する「ほんのり温ったか八戸移住計画支援事業」もある。
●問い合わせ先/広報統計課シティプロモーション推進室
☎️0178-43-2319
https://www.city.hachinohe.aomori.jp/ijujoho/index.html
約300年の歴史を持つ「八戸三社大祭」は夏の風物詩。毎年つくられる27台の山車は高さ10m・幅8mにも。子どもたちの参加多数。ユネスコ無形文化遺産。
毎週日曜日の舘鼻岸壁朝市は約800mにわたり300ほどの店が立ち並ぶ国内最大級の朝市。
「八戸はブランドサバの『八戸前沖さば』やイカなど、おいしい海の幸が豊富! 移住&子育て支援も充実しているので、ぜひ八戸にお越しください!」
(シティプロモーション推進室 嶋津 慧さん)
文・写真/新田穂高 写真提供/八戸市
この記事の画像一覧
この記事のタグ
田舎暮らしの記事をシェアする