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田舎暮らしの本 11月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 11月号

10月3日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

消滅可能性自治体/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(55)【千葉県八街市】

執筆者:

 7月3日。「母となる喜びのために僕は自分の不便をがまんする」。

 仕事柄、常に天気予報に注意する。テレビの予報を何度も見るし、夕刊の予報欄にも必ず目をやる。しかし、そもそも、テレビの予報と新聞での予報がなぜ違うのかという疑問があるとともに、その両方ともがピタリとは当たらないというのが不思議だ。今日、曇りのち晴れという予報だったのだが、実際は朝から猛暑である。雨キライ、晴れスキという僕はそれで喜び勇んで畑に向かう。大豆予定地の草取り、そろそろ仕上げだ。数日前に抜いた草はもう半分が土に同化している。それが嬉しい・・・これ、まさしく百姓のココロである。百姓は、カネを増やすことは(そもそも増やしたくとも増やせないのだが・・・)考えずとも、土を増やすことは常に考えている。果樹の落葉や、今日みたいな草取りが、やがて土の仲間入りをすると思うことで気持ちの豊かさが生まれる。それにしても、この蒸し暑さの中でのスコップ仕事はなかなのものだ。先日、光ケーブルが切れて、ブログの更新なし、電話も通じない、それを心配して駆け付けて来た弟が、顔を合わせるなり言った。おまえ、ずいぶん痩せてるな(弟はでっぷりしている)・・・心配そうな顔をしたのだが、こんな猛暑の下で連日スコップ仕事をする、4時間も5時間も・・・僕が痩せるのは当然だよね。

 荷作り。ふるさと納税の品。たぶんアメリカ人だと思うが、1年12回を申し込んでくれた、その今回が最終便。トマト、キュウリ、カボチャ、ジャガイモ、ピーマン、人参、大根、ブルーベリー、卵15個。最後に、新聞に挟み込まれた裏白の広告に下手な字でサンキュウの手紙を書いて添える。

 荷物が完成したのが午後5時。ブルーベリーを30粒ほど口に放り込み、今日最後の仕事。ブルーベリー園の下がものすごいことになっている。生えているのはドクダミとスミレ。スミレの花は愛らしくて好きなのだが、ここまで増えるとちょっと困る。悪いが切らせてもらうぜ。午後6時。ブルーベリーとは別に背の高いプラムや柿がそばにあるのだが、その樹間から落日間際の太陽が薄い金色の光を送り込んできた。僕の心がふわっと浮揚する瞬間である。遠くから「テッペンカケタカ」の高らかで陽気な鳴き声も響いている。このシーンに我が心は魅了され、浮揚する、よっしゃ、うまい晩メシが食えるぞ、そう思う。東京での生活にはこの浮揚感がなかった。東京もけして悪くはなかった。ただこの瞬間と、この風景と、そこから生じる浮揚感のようなものは存在しなかった。大きく西に傾いた太陽が送り届ける薄い金色の光、テッペンカケタカの陽気な鳴き声、それとは対照的、チョッピリ物悲しいカナカナの鳴き声も加わって、輻輳(ふくそう)して醸し出される静かで甘い味わい・・・銀座でも渋谷でも新宿でもない、いずれは消滅するとされる地方での遮断された暮らし。それでも感じられる生きている喜びのようなものの存在。田舎暮らしの主軸はどうやらこのへんにあるらしいのである。

 いつものように、すべての仕事を終えたら、ストレッチしながら夕刊を読み、腹筋を100回やる。そして、部屋に戻って風呂に入る前、ニワトリたちとそのヒヨコたちがちゃんと所定の場所で眠りについたかどうかを確認する。この下の写真、一昨日から抱卵態勢に入ったニワトリ(昨春、岐阜から仕入れたヒヨコが立派な姿となった)が、今まさに親にならんとする真剣な表情で、近寄った僕を見つめているところである。この場所に卵を産むようになったのは3か月くらい前。始めは、困ったなあと思った。地上1メートルの位置に苦心して木製のプランターを作り付けた。その花がまさに咲き始めた時の仕業だったからである。彼女はそんな僕の気持ちはおかまいなし。産んだ卵を安定させるため、穴を掘り、しっかり地ならしをしてイチゴはすっかりダメになった。まあそれでも毎日卵を産んでくれる。イチゴの惨状には目をつぶろう。そして今、この場所を産卵室と決めてから3か月、抱卵態勢に入ったのである。

 偶然だが、全く同じ日、抱卵に入ったニワトリがいる。こちらも、イチゴとは別な意味で困ったなあである。場所は僕の寝室。あれこれを乗せる台がある。その下を彼女が産卵場所としたのはもう2か月くらい前だ。昼間は問題ない。部屋は汚されるけれど、それはさほど問題ではない。困るのは、夜10時頃、居間でのパソコン仕事を終えて寝室に入って、いつも僕はテレビを見るのだが、こいつに気遣い、テレビの音量はうんと下げる、部屋の灯りも寝ているこいつの邪魔にならないよう工夫する。なかなかの制約が生じることとなるのだ。イチゴを荒らされ、寝室のテレビの音量は(それでなくとも遠くなった耳に)聞き取れないくらい下げねばならない。だが、しかし、その受けた被害にも、不便な暮らしにも僕は耐える。よしとする。なぜか。彼女たちに母となる喜びを体験させてやりたいと考えるからである。

 母には母の苦労がある。前にも書いたように、卵を暖める21日間は食事もトイレもギリギリ我慢する。ずっと座りっぱなしゆえ、人間で言うエコノミー症候群にもなるだろう(初めてヒヨコとともに庭に出した日、真っ先にやるのは脚伸ばしである)。そして、ヒヨコが生まれると約2か月、外敵から守りつつ、懸命に土を蹴って甘い鳴き声とともに虫の存在をヒヨコたちに伝える。突然の雷雨だと、自分はズブ濡れになりながらおなかの下にヒヨコたちを避難させる。苦労は尽きない。しかし、その苦労を上回る喜びが彼女たちにはある・・・養鶏45年の経験から僕はそう確信する。正直なところ、月に600個必要な卵は現在のメンバーで足りている。これ以上ニワトリを増やす必要はない。それでも僕は、この抱卵に精一杯協力するのだ。ヒヨコたちとともに庭を歩む姿、その足取りに彼女の生きることの幸福感を僕は感じ取る。だから、どのニワトリにも一度だけは母になるチャンスを与えてやろう、そう思うのだ。

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